8-13 ジョーガサキさん、本音を語ってしまう
鬱蒼と木々が生い茂る森の中。
タルガットとエリシュカは木々のスキマを縫うようにひた走っていた。
その背後には、冒険者風の男たち。
いずれも手には武器をもち、その全身からは殺気が漲っている。
どう見ても話し合う余地などはないことが、その殺気から伝わってくる。
「エリ!こっちだ!」
タルガットが右側に方向を変え、エリシュカがそれを追う。
彼らが選んだのは急斜面となっている岩場だった。
その背後から、矢と魔弾が飛んでくる。
二人は運を天に任せるかのようにかわしもせず、ほとんど飛び降りるようにして斜面を一気に駆け下りた。
一か八かの賭けではあったが、なんとかかすり傷程度で切り抜けた。
追手との距離も稼いだ。
だからこそ、そこで立ち止まるわけにはいかない。
二人は再びすぐ近くの茂みに向かって走りこんだ。
一旦視界から逃れることができれば、待ち伏せや罠を警戒して追手の行動も慎重になる。
二人は茂みに入った後は音も立てずに移動を続け、さらに1時間ほど森の中を進んだところでようやく息をついたのだった。
「ふ~。なんとか逃げ切れたわね~。」
「できれば1人か2人くらいは捕まえたかったがな。奴らがどういう組織で、何を企んでいるのかがわかっただろうに。」
「無茶言わないで~。あれは相当訓練されてる。捕まえたところで簡単には口は割らないわよ。」
「まあ、そうだな。軽傷で済んでよかった。」
金級冒険者と比べても遜色ない実力を持つタルガットとエリシュカは共闘した期間も長く、互いが戦闘時にどう動くかも体が覚えている。
いかに相手が10人がかりとはいえ、並の冒険者であれば後れを取ることはない。
実際に戦闘が始まった時も、一人ひとりの技量のみをみれば、それほど脅威には思えなかった。
だが相手もまた巧みな連携で決定打を与えることができず、次第に2人は相手の数に押され始めた。
これ以上は危険。
会話を交わすこともなくほぼ同時にそう判断した2人は、一点突破を試みたのだった。
「それに~。あいつら、聞いたこともない呪文を唱えてた。気づいた?」
「いや、俺には聞こえなかったな。」
「かなり小声で唱えてたから、エルフか獣人でもなければ無理ないかもね~。」
「エリシュカも知らない呪文をつかうとなると・・・。」
「おそらく・・・ていうか、ほぼ確実に、魔族よね~。」
エリシュカの言葉に、タルガットは思わずため息をつく。
山中に埋められていた魔道具が魔族ゆかりのものであるとエヴェリーナに知らされてから半ば予想していたことではあったが、そうであっては欲しくないという希望的観測はここで潰えた。
魔道具の効果は、周囲の魔素の流れを強制的に任意の方向に変えるというもの。
かつて魔族はその魔道具を自らの生活圏を守るために、あるいは敵対するものの拠点に魔物を導くために用いたという。
組織だった魔族がその魔道具を用い、冒険者に扮して王都周辺で何をしているのか。
王都周辺の危険な魔物を人知れず排していたのだとすれば、それを見つけたタルガットたちに対して問答無用で襲い掛かることはない。
だとすれば、答えは一つだ。
ある程度の規模と財力を備えた魔族の組織が、魔物に王都を襲わせようとしている。
タルガットとエリシュカが導く「銀湾の玉兎」が、ラキという魔族の少女をなんとか助けようとしているこのタイミングで。
なんと間の悪い事だろう。
魔族の大規模な犯罪が知れれば、ラキの立場はますます悪くなる。
それどころか、王都に住む多くの力なき市民に害が及ぶ可能性もある。
「なんつうか、えらい大事になってきちまったなあ。」
「まあ、事前に相手の動きを知ることができただけでもラッキーだったと思うしかないわね~。」
「そうだな。とにかく俺たちは一刻も早く、このことを王都の冒険者ギルドに知らせねえと。」
「とはいえ、敵さんも警戒してるだろうしね~。」
「王都からはだいぶ離れた所に追い込まれちまったし、王都に向かう方向は警戒網を張られているかもな。」
「そうね~。けど、のんびりするつもりもないんでしょ~?」
「ああ。可愛い後輩のためだ。少しばかり無茶もしないとな。」
「あら、妬けるわね~。」
「馬鹿言うな。折角俺たちが指導してんだから、あいつらには守りたいものを守れるようになってもらいたいってだけだよ。」
かつてタルガットとエリシュカは、一緒に活動していたパーティメンバーを2人失っている。
うち一人は、エリシュカの兄だ。
そしてその戦闘では、守るべき獣人の村を守り切ることも叶わなかった。
だからこそタルガットはアルマたちに対して異変に備える知識と術を集中的に教えてきたし、冒険者としての活動を半ば辞めていたエリシュカまで巻き込んで、共に彼女たちの技量と連携を磨き続けてきたのだ。
自分たちのような苦い経験を彼女たちに味あわせたくなかったから。
「ふふふ。だったら私も『可愛い後輩たちが守りたいもの』を守るために、一肌脱ぐとしますか~。」
「まあ『三ツ足の金烏』の連中も動いているし、ジョーガサキの野郎もいるからな。仮に俺たちが失敗したところでなんとかしてくれるだろうから、気が楽ってもんだ。」
「そのジョーガサキくんへの信頼はどっからくるのかしら。」
「あの阿呆を信頼してるのはお前もだろ、エリシュカ。」
「さあ~?」
予定を過ぎてもタルガットたちが戻ってこないことを知ったジョーガサキがどんな表情をするのか。
きっと彼はまた仕事が増えたとため息をつき、この上なく嫌そうな顔をするのだろう。
だけど、それならそれで彼はなんとかするのだ。それだけは間違いない。
たとえそれが、どんなにはた迷惑な影響を及ぼす方法であったとしても。
そしてそのジョーガサキすらも呆れさせる事態を、アルマ・フォノンという少女が巻き起こすのだろう。
そこまで想像した二人は、思わず笑いあい、再び静かに行動を開始したのだった。
その瞳には、強い意志が漲っているように見えた。
同日。
彼らの話題にのぼっていたことなどつゆ知らず、ジョーガサキは王都の冒険者ギルド本部を訪れていた。
彼の傍らにいるのは、王国の祖であるバリガンとともに戦火を戦い抜いた伝説の魔女エヴェリーナ。
そしてフードを深くかぶり正体を隠した魔族の少女ラキだ。
対するは、ひと際高い鷲鼻が目を引く老齢の男性。
白髪白眉、凛とした佇まいが学者めいた印象を抱かせる。
人族でありながら齢100をゆうに超えてなお第一線にあるこの男こそ、王国すべての冒険者ギルドを束ねるギルドマスター、ティムル・ラシード。
多彩な魔法を用い、かつて王国を恐怖に陥れた青虎を退けた立志伝中の人物だ。
青虎はその後、当時の第1王女であったディルバル姫と契約を結び、王都を守護する聖獣となったという。
だが、その彼にとってもエヴェリーナという存在は別格だ。
「よもやよもや。生きているうちにエヴェリーナさまにお会いする光栄に浴する日が来ようとは。」
「私などはバリガンという知己を得る機会に恵まれただけの魔女。それももはや過去のことであり、いまや世事に疎いただの老エルフです。礼節などは無用に願いますよ。」
「ひょほほ。ただの老エルフがホーエンガルズで結構な騒動を起こせるとは思えませんが、ならば儂などはそこらの路傍の石ですかの。しかし不調法者ゆえ、お言葉はありがたい。ここからは、修辞は抜きでいかせていただきますかな。」
「構いませんよ。」
「では改めて・・・ジョーガサキくんと言ったか?まさか冒険者ギルドの職員たる君が伝説のエヴェリーナさまと魔族の少女を連れて乗り込んでくるとは夢にも思わなんだが、その理由を聞かせてもらおうかの。」
「わかりました。ではまず、ここにいる魔族の少女ラキについて、そして、今王都に迫りつつある危機についてご説明いたします。」
ジョーガサキはギルドマスターを相手にしても表情を変えることなく、淡々とこれまでの経緯を説明していく。
ひとつめは、エヴェリーナによって用途が明かされた謎の魔道具について。
使い方によっては王都を魔物の大群に襲わせることもできる魔道具が王都周辺の山中に埋められていたこと。
埋めたものたちの真意を探るため、『三ツ足の金烏』やタルガットたちが動き始めていることだ。
「・・・なるほど。もしそれが良からぬものの手によってなされているのであれば、確かに捨て置くわけにはいかんな。だが、今の時点では大規模に冒険者たちを動員することもできん。」
「王都に危機が迫っているというのに?私の証言では足りないと?」
「いえ、そうではありませんエヴェリーナさま。むしろ、エヴェリーナさまの言を信じればこそですな。」
「どういうことです?」
「まず、王都を襲わせる計画があるのであれば、防衛の観点から有力な冒険者は王都から離れるわけにはいかん。実行のタイミングがわからない状況で市民の不安をあおれば、かえって混乱を生むことになる。むしろそれこそが敵の狙いで、混乱に乗じて何かことを起こそうとしているとも考えられる。」
「・・・それは、確かにそうですね。」
ティムルの言葉に、エヴェリーナは言葉を失う。
そこで、ジョーガサキは会話を引き継いだ。
「つまり、現時点ではどう動くか判断がつきかねるとおっしゃるわけですね?」
「その通りだよ、ジョーガサキ君。それがわかっているからこそ、君たちも独断で調査をはじめたのじゃろう?」
「そうですね。」
「で?君は何を望む?たしか君は、ベリト・ストリゴイ捕縛の件で呼び出しを受けている最中だろう?」
「まさにそれがお願いしたいことです。私はこれから審問官たちと会い、ベリトの証言についての裏付け調査に付き合わなければなりません。ですが、そんなことをしている余裕はない。」
「裏付けだけではなく、君が保有する【育種】というスキルの可能性についても検証と確認が必要と聞いているのう。」
「はい、それもあります。ですが私のスキルなど取り立てて珍しいものではありません。」
「迷宮を思うように育てることができるスキルのどこが珍しくないというのかね。」
「それは誤解です。【育種】を使えるのは名前がわかる対象のみ。どのような迷宮にも使える便利なものではありません。」
「ほう・・・。」
「いずれにせよ、審問官に拘束されるのも、スキルの検証も、今は時間がありません。ですので、ギルドマスターの権限において、私に魔道具調査の任を与えていただきたい。」
「ふむ。」
そこまで聞いて、ティムルは目を閉じる。
魔道具の調査について、今の時点で冒険者ギルドとしては大きく動きにくいのは事実。
ならば、すでに足を突っ込んでいるジョーガサキに任せるのもひとつの手ではある。
彼はラスゴーで迷宮騒動を治め、ベリト捕縛の指揮にも立っている。
能力的に不足はない。
だが、ティムルにはもうひとつ気になる点があった。
「たしかに緊急案件として、一時的に君の審問を伸ばす交渉はできよう。しかしなぜ君がそこまで魔道具の調査にこだわる?そこにいる魔族の少女が関係しているのかね?」
「その通りです。この魔道具を山中に埋めた者たちの目的は明確ではありませんが、私は魔族が関係していると考えています。であれば、それを未然に防ぎたい。」
「それはなぜかね。」
「彼女、ラキ・ミゲルを、人族と魔族との融和の旗印としたいと考えているからです。」
「なんと・・・。」
ジョーガサキはそこで、もう一つの願いをティムルに説明する。
魔族の少女ラキを、人族と魔族との融和の旗印としようとしていること。
後見人として、エヴェリーナと、アルマ・フォノンが立つ用意があること。
さらに、ラスゴーの冒険者ギルド支部のみならず、オーゼイユを治めるクナンザム伯爵をも巻き込んで魔族を受け入れる村の開拓がはじまっていることなどだ。
「なんとまあ。非常識の塊のような男だな、君は。だがもうひとつ、なぜ魔族と人との融和をめざすのだね?」
「めんどうだからです。」
「・・・は?」
「魔族のゲリラ的な抵抗活動は、押さえつけたところで終わるものではない。ベリトのような者と対峙するのは、私の残業が増えて面倒なのです。ならば、彼らと融和をめざし、双方の不満を軽減した方が楽ではありませんか。」
「な・・・。」
思いがけない発言に、ティムルは絶句してしまう。
だが、彼は驚きのあまり気づいてはいなかった。
ジョーガサキの隣にいたエヴェリーナとラキもまた、初めて知ったジョーガサキの真意に絶句していたことに。
明けましておめでとうございます。
これからまた少しずつ、更新を進めてまいります!