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8-9 逃亡

アルマ・フォノンは混乱していた。

突然現れたヌアザ神により、魔族の少女ラキを捕らえるための部隊が迫っていることを知らされたからだ。

そして実際にその面々を目にするに至り、アルマの混乱は極限に達したのだった。


「どどどどうしましょう!」

「はいはい落ち着いて~。ランダは船とめて~。」

「はい。」


サカナの神獣、東雲によって波間を進んでいた小舟がその動きを止める。

まだ漁村までは距離があるが、ぼやぼやとしていたら冒険者たちが船に乗ってやってくるだろう。

目を凝らせば、すでに小舟に乗り込む冒険者たちの姿も見える。


「落ち着いてる場合じゃないですよエリシュカさん!」

「この距離ならまだこちらの人相どころか人数すらわからないだろうし、大丈夫よ~。けど、とりあえずこのまま陸に上がるのもまずいから、逃げるわよ~。」

「ウミヘビはどうすんだ?」

「元々村の人たちにあげるつもりだったんだし、ジャマだから置いていこっか。船代ってことで~。」

「網ごと船から外したらいいっすかね?」

「うん。よろしく~。」

「ではシノさん、ウミヘビを村に届けてあげてくださいな。ちょっと大きめの波も一緒に。」


ランダの指示に従って、東雲が水流をあやつる。

小舟で曳いていたウミヘビの死骸はゆらりと小舟の前まで漂うと、そのまま漁村に向け送り出されていく。

その速度は次第に増し、さらに周囲の波が不自然に盛り上がっていく。

浜辺にいる冒険者たちもそれに気づいたようで、こちらを指さしながら何かを大声で叫んでいる。

だが、波は瞬く間に漁村へとたどり着き、船に乗り込もうとしていた冒険者たちのもとに巨大なウミヘビの死骸ごと襲い掛かった。

波に吹き飛ばされる冒険者の姿が見える。


「だ、大事件に発展している!」

『ぶははは!やるな東雲!」

「わ、笑いごとじゃないよ!」


わなわなと震えるアルマの横でマルテは快哉の声を上げる。


「ま~あれくらいで死にはしないでしょ~。さあ、いまのうちに逃げるわよ~。」

「に、逃げるってどこへ?」

「さあ?とりあえず一旦沖に出て、進路を悟られないようにしてからどっかでこっそり上陸するしかないわね~。」

「でしたら、このまま南下しましょう。少し先が岬になっているはずなので、その向こう側なら冒険者の足では追いつけないと思います。」

「さすがっす姉さま!」

「けど、牛たちはどうすんだ?牛車も置きっぱなしだぞ。」

「ああ、そんなら心配いらんよ。ジョーガサキはんらが手を回しとる。」

「ジョーガサキが?」

「せや。」


マイヤの疑問にヌアザが答える。

どうやら一足早くカレンガレンに到着したジョーガサキ達が魔族討伐の噂を聞きつけ、手を打ってくれたらしい。


「せやし、アルマはんらは安心して逃亡生活を満喫したってや。」

「満喫はしたくないけど。いや、二度とない機会だし満喫した方がいいのかな?」

『そこ悩むとこかよ。』


その間、ラキはじっと成り行きを窺っていた。

騒動の原因は明らかに自分なのだ。

だが彼女からの謝罪の言葉は、アルマの言葉によって遮られた。


「ラキちゃんごめんね。肩身の狭い思いをさせちゃったね。」

「・・・え?いえ。悪いのは私ですから。」

「ラキちゃんが悪い事なんてない!魔族がみんな悪いなんてことはないよ!だから、コソコソするような真似をさせてごめんね。」

「・・・でも、魔物退治を言い出したのも私です。」

「それこそ悪い事じゃないよ。」

「そうよ~。陸の上でいきなり冒険者たちに囲まれたら逃げることもできなかったんだし。むしろタイミング良かったわよ~。」

「・・・でも・・・いえ、ありがとうございます。」


こうして、突如追われる身となってしまったアルマ達一行は、再びシノさんの誘導で海路を進み始めたのだった。

ある程度沖に出たところでランダが他者からの視覚をごまかす結界を船に施す。

そこからさらに南下し、岬を越えたところで周囲が暗くなり始めたので、夜陰に乗じて上陸した。

だがそこで、意外な人物と再会することとなった。


「にゃっははは。おつかれだニャ。上陸するならこの辺りだと思ってたけど、バッチリだったニャ。」

「シャヒダさん!どうしてここに?」

「どうしてって、ジョーガサキに言われて牛車を届けに来たんだニャ。この先に停めてるから案内するニャ。」


金級冒険者パーティ「三ツ足の金烏」で斥候を務めるシャヒダの足ならば、討伐部隊に先んじて村に辿り着くこともたやすい。

それを見込んで、ジョーガサキが頼んだのだろう。

一行はシャヒダの案内で牛車の元へと向かった。

牛車さえあれば、今夜も屋外で寝起きする必要がなくなるのだ。


「一日中波に揺られてて、おなかがすいたかニャ?勝手に使って悪いとは思ったけど、食堂車にあった材料でスープを作っておいたから食べると良いニャ。」

「シャヒダさん至れり尽くせり!」


実際、海の上では食事もできなかったので空腹を抱えていた一行は遠慮なくシャヒダの行為に甘えることにした。


「おいしいです!」

「にゃはは。『三ツ足の金烏』定番スープだニャ。うちの料理もなかなかでしょう?」

「本当においしいわね~。それで、早速だけど状況を教えてくれる?」


アルマ達と同様に自らが作ったスープを堪能しながらも、シャヒダが状況を説明する。

まず、ホーエンガルズでエヴェリーナが起こした魔物虐殺事件の始末をするため、タルガットとエヴェリーナはホーエンガルズ冒険者ギルドに出向くことになった。

伝説の勇者バリガンとともに活躍したエヴェリーナの登場にギルド幹部たちは大いに驚いたという。

ただ、その件については特に被害は出ていない。

冒険者たちに対しては金級冒険者がちょっとやりすぎたということで、エヴェリーナの名を伏せて説明することで話はまとまったのだそうだ。


その後、ジョーガサキたちが移動するのに付き合う形で、「三ツ足の金烏」もカレンガレンにやって来た。

そこで魔族捕獲のための作戦が行われるという情報を得たのだ。


その情報を冒険者ギルドに持ち込んだのは、どうやらアルマたちが立ち寄った村に住む少年だったらしい。

少年の父親はアルマたちが討伐したウミヘビに襲われて現在は行方不明。母と二人で暮らしていた。

アルマたちのおかげで村は奇跡的に大漁が続いていたが、翌日にはアルマたちが村を離れることを聞いた少年は、また不漁になるのではないかという不安にかられたらしい。

稼ぎ頭の父もいない。不漁になれば、今度こそ自分と母親は死んでしまう。

だからせめてもの備えとして、魔族の情報を売ることにした。


「そ、そんなの酷いよ!ラキちゃんは自分がいなくなってもいいようにってウミヘビの退治までしたのに!」

「そのことは知らなかったみたいだニャ。少年が村を出たのは昨日だからニャ。」


冒険者ギルドは即座に冒険者たちを集めた討伐隊を結成した。

彼らがカレンガレンの町で出発の準備をしているところにジョーガサキ達の一行が出くわしたというわけだ。


「そのタイミングだと、私たちはまだのんびり朝食を食べてた頃ですね。なるほど、その後、私たちが海に出ているあいだに、シャヒダさんが村に来たんですね?」

「そういうことだニャ。一応、村長さんたちに話は通しておいたニャ。」


ラキが魔族かもしれないという事は、村人たちも薄々気づいていたらしい。

だがあえて何も言わなかったのだ。

少年が冒険者ギルドに情報を持ち込んだことについても、村人たちは恩を仇で返すとは何事かといきり立っていたらしい。


「村の人たちは、命の恩人を売るようなことはしないって言ってくれてたニャ。少年もきっちり説教するって。」

「それじゃあ、少年の見間違いってことで治まる可能性もあるんですか?」

『馬鹿アルマ。そんなわけはねえだろ。』

「え、なんで?」

「ベリトの件があったから、いま王都周辺では特に魔族に対しては警戒が厳しいんだニャ。村の人らが仮に口をそろえて間違いだと言っても、恐らく捜索は続けられる。冒険者たちを蹴散らして逃げてきたんなら、なおさらだニャ。」

「そ、それはエリシュカさんがっ!!」

「あら、あの場ではああするしかなかったわよ~。それで、私たちはどうしたらいいのかしら。」

「ラキちゃんはベイルガントの近くの村に引き取ってもらう予定って聞いたけど、そこに行くにはホーエンガルズを通るしかない。でも今ホーエンガルズに向かうのは危険。そこまではいいかニャ?」

「そうね~。かなり警戒されてるでしょうね。」

「というわけで、みんなにはここから大きく南を迂回して、南側から王都に入ってもらう。そこでジョーガサキらと合流する予定だニャ。」

「え!でも、王都の方が危ないんじゃないっすか?」

「そこは金級冒険者たるうちに任せてほしいニャ。王都までの道のりもうちが同行してあげるニャ。」

「王都に入るのが何とかなるとしても、そこから先はどうするんですか?ラキさんをいつまでも危険にさらすのは避けたいのですが。」

「そこはジョーガサキがなんとかするらしいニャ。」


こうして、アルマたちは急遽南回りで王都をめざすことが決まった。

食事中ラキはそれを黙って聞いていた。

なにか思いつめた様子のラキにアルマが声を掛ける。


「ラキちゃん安心して!私たちが必ず守るからね!」

「・・・ありがとうございます。」

「ラキちゃん?」

「・・・すみません。今日はちょっと疲れてしまったので、先に休ませてください。」

「あ、うん・・・。」


ラキはそういうと、寝台車に向かう。

ラキからすれば、少年の行動は恩を仇で返されたようなもの。

そのことがラキの心にどのような影響を与えるのか。


だがアルマたちはラキに掛ける言葉を見つけられないまま、その背中を見送ったのだった。


お読みいただきありがとうございます!

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