8-8 冒険者というもの
ラキの申し出により、カレンガレン周辺の漁場を荒らす魔物退治に乗り出すことにしたアルマたちは、急いでその準備を進めた。
魔族であるラキが初めて見せた歩み寄りの姿勢に応えたいという思いは皆同じで、アルマ以外のメンバーからは反対意見も出なかった。
そして、翌日。
アルマ達一行は、そろって村人から借りた小舟に乗り込み、漁村から沖をめざして進んでいた。
小舟には一応の帆や櫂も備えられているが、現在船を操っているのは風でも波でも、ましてや人力でもない。
ランダが使役する神獣、東雲である。
「水の中だと、シノさんは無敵だね!」
「うふふ。ありがとうございますアルマさん。」
不慣れな海の魔物退治にも関わらず反対意見がでなかったのは、この東雲の存在が大きい。
水流を自在に操り、また氷塊を用いて攻撃もこなす東雲がいれば、いざというときの逃走も可能だろうという判断からだ。
もとより報酬などは出ない討伐案件。
ラキのためにも成功させたいが、生命の危険を冒すつもりはアルマ達にはなかった。
「さて、この辺でいいかしら~?それじゃラキ、よろしくね~。」
「・・・は、はい!」
エリシュカの呼びかけに応え、ラキが笛を取り出す。
ここ数日の訓練と本人の熱意により、笛に魔力を乗せる業はずいぶんと上達している。
ラキの魔力は魔物を呼び寄せる性質を持つため、これを使って問題のウミヘビを呼び寄せようというわけだ。
ちなみに、笛を用いた訓練の本来の目的は魔力を安定させ、魔物を呼ばないようにするためのものであるが、こちらも一定の成果をあげつつある。
現在は笛に魔力を乗せるか乗せないかの2択でしかないが、笛に乗せる魔力の波長を切り替えられるようになるのが今後の目標だ。
ラキの笛の音が、穏やかな海原へ染み込んでいく。
しばらくすると、小さな魚の群れが小舟の周囲に集まり始め、水面を跳ねるものまでが現れだす。
「うわあ!今日も大漁だね!ラキちゃん、ほんとすごいよ!」
『馬鹿アルマ。アホなこと言ってないで集中しろ。』
「わ、わかってるよ!」
魚の群れは惜しいが、今日のところはとっている余裕はない。
さらにしばらくすると、右舷側の水面が波立ち始める。
見れば異常に長い影がそこに見える。
「来たっすよ!」
「うわ!でけえぞ!」
シャムスとマイヤが叫ぶ。
それはアルマたちの乗っている小舟を縦に4艘つなげたほどもある長大な影だった。
「は~い、どいて~。」
「おっしゃやるぜ!」
影の近づく右舷側にエリシュカとマイヤが立つ。
海上での攻撃は二人の弓が主体だ。
二人がほぼ同時に矢を放つ。
それは示し合わせたようにウミヘビの頭と思われる辺りの水面へと飛んでいく。
だが、さすがに海中の魔物に対しては威力が足りないのか、矢は弾かれてしまった。
「やっぱり姿を現してくれないことには厳しそうね~。」
「では予定通りに。ランダちゃん、船を反転させて!ラキちゃんはそのまま魔物をひきつけて!」
「シノさん、お願いします。」
アルマの指示を受け、船は向きを変えて浅瀬へと向かい始める。
船は素晴らしい速度で水面を跳ねるように進むが、追いかけるウミヘビの魔物も負けてはいない。
だが、むしろ浅瀬に呼び込むのがアルマたちの作戦だ。
「波の様子が変わったっす!」
シャムスが叫ぶ。
見ればウミヘビの周りの波が明らかに大きくなり、その波ごとものすごい勢いでウミヘビが迫ってくる。
「どうやらあいつも水を操れるみてえだな!」
「波はシノさんがなんとかしてくれます!」
『どのみち浅瀬に呼び込まないと話にならねえ、このまま突っ走れ!』
迫りくる波が船の手前で急速に勢いを落とす。
東雲が水流を操って、相殺しているのだ。
波のすき間を縫ってエリシュカとマイヤの矢が飛ぶ。
今度はいくつかの矢がウミヘビの身を穿つ。
だがそれによって、ウミヘビはさらに速度を上げる。
小さな魚の群れも付いてきていたが、ウミヘビの創り出した波に飲まれてしまったようだ。
「浜に突っ込みます!気を付けて!」
「どわあああ!」
小舟はほとんど激突する勢いで砂浜へとたどり着く。
急激に速力を失った船から放り出されたアルマたちはなんとか空中で姿勢を立て直し、即座に戦闘態勢に入る。
見れば目の前の浅瀬まで追いかけてきたウミヘビの魔物は半身を水の上に晒してのたうちまわっていた。
見た目は完全にヘビ。だが鮮烈な青と黒の横縞が禍々しくその体表を覆い、巨大だ。
「水から出てればこっちのもんだ!」
マイヤが矢を放つ。だがその矢は魔物の体に届く前に、湧き上がった波に絡めとられてしまう。
「海の近くはだめっす!もっと陸におびき寄せないと!」
「私がやります。皆さん下がって!」
「ラキちゃん立てる?走って!」
「シノさん、私の魔力をお使いくださいな。」
「どわあ!ランダちゃん容赦なしか!」
ランダが東雲に魔力を渡し、その魔力を使って東雲が大波を引き起こす。
大波に運ばれ、ウミヘビの魔物は浜まで打ち上げられてしまう。
慌てて浜から逃れたアルマたちは、浜に打ち上げられたウミヘビに向かって再び走り出す。
「マイヤさん、拘束!」
「ゆらゆらと奮え水の竜。どうどうと唸れ土の竜。その根源たる力は信。我が信念に従い、
堅牢なる枷となれ。」
「いくっすよ!」
「古より継がれし一条の槍マルテに冀う、闇払う刃は心に、心根伝う柄は肉に、いまその身現し、敵を討て。」
『顕現!』
アルマの咒に応え、マルテが光り輝く槍を手に人の姿を現す。
アルマ、マルテ、シャムスが一気に躍りかかり、さらにスキマからネズミの雪さんの石礫とエリシュカの矢がウミヘビに襲い掛かる。
「祝給えよ。五鎮なる真火、二十重の羽羽矢となりて敵を討て。」
とどめはランダの放つ火矢。
水棲の魔物だけに火の魔法には弱かったようで、鱗を焦がされ、肉を炙られ、見る間に体力が削られていく。
いざとなれば逃げる用意をしていたものの、結局、ほとんど危なげなくアルマたちが完勝してしまった。
「・・・す、すごい。」
それを見ていたラキは茫然とした表情を浮かべる。
これまでに何度か戦闘や稽古を見る機会はあったが、自分とほとんど変わらない年頃の少女たちが、ここまで強いとは思っていなかったのだ。
『ぶはははは!見たかヘビ野郎!』
「うし、完勝っすね。」
弱弱しく身をくねらせるウミヘビの首元にきっちり斧を撃ち込んだのはシャムスだ。
「それじゃあ予定通り村に持って帰ろうか!網とってくるよ!」
アルマが小舟に用意しておいた網を取りに走る。
ウミヘビの素材も売り払えば幾ばくかの金になるため、討伐がうまいこと行けば村に寄贈するつもりで持ってきたのだ。
全員でウミヘビの魔物に網をかけ、波打ち際まで運ぶ。
だいぶ陸側に打ち上げてしまったので、運ぶのに一苦労したが、海まで運んでしまえばそこからは東雲が運んでくれるのだ。
テキパキと作業を進め、船に網を取り付け再び沖に出る一行。
ラキはそれを手伝いながら、またもその手際に感心していた。
これが冒険者というものか。
こういう生き方があるのか。
この経験は、ラキの短い人生に、鮮烈に刻まれた。
だが沖に出て、再び漁村へと向かう途中。
ラキの想いを吹き飛ばすような出来事が起こる。
「アルマはん、大変や!緊急事態やで!」
「え?え?ヌアザさま?」
突然アルマの頭の上に、小人のおっさんが現れたのだ。
「アルマはんらが魔族の子を匿ってんのがバレた!カレンガレンの冒険者ギルドから、討伐部隊がやってきとるで!」
「ええええええ!!」
すでに見えてきた漁村。
そこには、数十の冒険者たちの姿があった。
お読みいただきありがとうございます!
年末ですねえ。。。