8-6 魔族の女子力
港湾都市カレンガレンは、冒険者の町ホーエンガルズから馬車で1日ほどの距離にある。
南北に長い領土をもつ王国にあって、王国北部にある商都オーゼイユや南部港湾都市とをつなぐ海運の中継都市としての側面もあり、町の規模で言えば王都に次ぐとも言われる都市だ。
そのカレンガレンからは少し離れた浜辺に、アルマ達はいた。
カレンガレンは海上防衛の要所としての側面が強いため、漁業はあまり行われていない。
その代わり、周囲に漁業で生計を立てる漁村が周囲にいくつか点在している。
アルマたちがいるのは、そうした漁村と漁村のちょうど中間地点辺りだ。
「いやあ、見事になんにもないねえ!」
「・・・ごめんなさい、私のせいで。」
アルマの言葉に反応して、ラキが小声で謝る。
一晩ジョーガサキの執務室で眠ったことで、ラキの様子は大分落ち着いていた。
さらに言えば、あまり口数は多くはないが、アルマ達に対しては会話もできる程度には心を開き始めていた。
そんなラキに対してアルマは、慌てて両手を振って弁解する。
「いやいや、責めてるわけじゃないよ?なんにもなくて気持ちいいねーって意味で!」
「そうっすよ。ここなら人目も少なさそうだし、思いっきり魔力操作の練習ができるっすよ。」
「おお、どうせなら、ラキの魔力で魚とかとれねえかな?そしたら魚食べ放題だぜ?」
「マイヤさん、魔力を抑える訓練をするのに集めてどうするんですか?」
「いやいや、ランダ。集めるのだって操作の一環だろ?抑えるだけじゃなくて、自分でコントロールできるようにした方がいいだろ!」
「そんなこと言って、本当は魚を食べたいだけでしょう?」
早朝にホーエンガルズを出発して、今は夕刻。
今日はこのまま浜辺で野営の予定だ。
さすがにホーエンガルズで騒動を起こしたばかりだし、ラキがいるのであまり人の目が多い場所はまずい。
とはいえ寝台車輛があるので、寝泊まりはさほど困らない。
寝床はさすがに狭いが、なんなら町の安宿より快適なくらいだ。
「それじゃあ、とりあえずラキは私と一緒に魔力操作の訓練だね~。料理はアルマとランダ、おねがいしま~す。」
エリシュカが仕切り、それぞれ行動を始める。
マイヤとシャムスは野営に向けて、周辺の哨戒と地形の把握にでかける。
ちなみに、今回はタルガットとエヴェリーナは同行していない。
前日に起こした騒動の後始末のため、ホーエンガルズの冒険者ギルドに行っているのだ。
アルマたちが料理をしていると、寝台車輛の屋根の上から笛の音が聞こえ始める。
それを奏でているのはラキだった。
その笛は、実はジョーガサキがラキに贈ったものだった。
魔物を引き寄せてしまうラキの魔力は、ラキ自身の感情の起伏に呼応して影響範囲を広げてしまうらしい。
それを聞いたジョーガサキが、感情を安定させるのにどうかといって用意したのがその笛だった。
あくまでも感情と魔力を制御するためのものであり、他意はない。
だが、人から物を送られた経験のないラキは、見た目にはわからないがとても喜んだらしい。
ここまでの道中も一度たりとも手放すことはなかった。
「今日一日で、ラキちゃんはずいぶん上達しましたね。」
「楽器の音色に魔力を乗せる練習なんて、考えたこともなかった。さすがエルフだよね!ラキちゃんも笛の扱いも覚えられるから、ちょうどいいよね!」
エヴェリーナ不在の間、ラキは笛を使った練習を言い渡されていた。
それは音楽を愛するエルフ族では良く行われる練習法だそうで、エリシュカも指導することができる。
自分で音楽を奏でるという体験が思いのほか楽しかったのか、ラキは熱心に取り組み、移動中も牛車の中でひたすら練習していたのだ。
同じフレーズが何度も屋根の上で繰り返される。
しばらくすると、それが別のフレーズになり、さらにしばらくするといくつかのフレーズがつながり、曲としての輪郭ができあがっていく。
アルマたちは微笑ましい気持ちでそれを聞きながら、夕食の準備を進めた。
やがてシャムスとマイヤが周囲の偵察から戻ってきて、夕食となった。
本日のメニューはアルマとランダが町で買い揃えた食材をつかったホーエンガルズ風シチューだ。
つくり方は市場のおばちゃんから教わっただけだったが、ここしばらくはタオタオモナを使った新作料理ばかりだったため、新しい味に飢えていたメンバーには好評だった。
そして食後。
この日、アルマ達には何が何でもやらなければならないことがあった。
本来なら昨日行われる予定であったが、思いがけない騒動で機会を失っていたこと。
それは。
「ラキちゃんの女子力向上作戦、始動です!!」
「・・・え?」
アルマの宣言に、ラキが困惑の表情を浮かべる。
「ホーエンガルズで私たちは、これはと思うアイテムをそれぞれ選んできました!これからラキちゃんには、実際にそれを着てもらい、一番似合うと思うものを選んでいただきます!」
「・・・ア、アイテム?」
「そうです!ラキちゃんはこれから女子力を磨かなければなりません!私たちのセンスを吸収して、大いに女子力を磨いてください!」
『相手にする必要はないぞ。この中に女子力を磨いているヤツはいねえ。』
「・・・え!?え!?」
混乱するラキをよそに、アルマ達はそれぞれに購入した衣服をラキに着せていく。
ラキは訳もわからないまま何度も着替えさせられ、特にマイヤの購入した下着を着せられそうになった時には涙目になっていた。
ちなみに、最終的にラキが選んだのはエリシュカが購入したシンプルな貫頭衣だった。
アルマたちは大いに不満そうであったが、アルマ達の購入したアイテムも強制的にラキに贈られることになった。
「まあ、私のセンスが認められなかったのは残念だけど、ラキちゃんはまだ女子力道の入り口に立ったばかりだから仕方ないね!」
「いや、アルマの通ってきた女子力道は、王道を離れた枝道をひたすら進んで、遭難した先っすからね!?」
「そうだぞ、しかも袋小路だからな?」
「えへへ、照れる。」
「褒めてねえよ!?」
「まあアルマさんの購入した服はそのうち仕立て直すとして、私の差し上げた服は遠慮なく着てくださいね?」
「いや・・・姉さまのもたいがい・・・。」
「よ~し。それじゃあ折角だから、髪の毛もきれいにしよっか~。私が切ってあげるわよ~。」
ともあれ、こうしてラキは、気分によって衣服を選ぶという文化に触れたのだった。
その後は、散髪タイム。
それを横から眺めていたアルマがふと思いつき、ラキに質問を投げかける。
「あ!そういえばラキちゃんて何歳なの?」
「・・・じゅ、十五です。」
「えええええ!」
ラキの見た目はかなり幼い。
アルマたちはみな、もっと年下だと思っていただけに驚いたのだ。
成長期に栄養を十分にとれなかったことと、表情が乏しいことが影響しているのかもしれない。
そこに思い至り、アルマ達はなんとも言えない気分になった。
「は~い、終わったわよ~!」
「わあ!ラキちゃん可愛い!」
「髪の毛を切るだけでも印象って変わるもんすねえ。」
「ああ、見違えたな!」
「本当ですねえ。」
ぼさぼさだった蓬髪はエリシュカによって短く切りそろえられた。
それだけでも浮浪児のような印象を払拭するには十分だった。
額から生える巻き角はどうしようもないが、顔立ちは整っているのでもう少し肉がつけば人形のように見えるかもしれない。
こうして、少しずつ打ち解けながら、浜辺の夜は更けていく。
穏やかな波の音に混じって、笛の音が、いつまでも聞こえていた。
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