8-5 埋伏する毒
「・・・久しぶりで少し血が滾ってしまいましたわね・・・。」
「す、少し?少しでこうなるんですか?」
「ち・・・反省してます。」
「エヴェリーナさま、今舌打ちしました~?」
冒険者の町ホーエンガルズの南西部に広がる丘陵地帯。
予定していた合流地点のはるか先で、アルマ達はエヴェリーナたちと合流していた。
だが周囲にちらばっているのは、魔物の死骸だ。
あるものは焼け焦げ、あるものは身をねじられ、凄惨な状況を創り出している。
そのいずれもが、エヴェリーナの手によるものだった。
一体なぜこんなことになったのか。
アルマとエリシュカがエヴェリーナに問いただしているのだ。
「い、一応の言い訳をしておきますと、この辺りの魔物は思ったより強力だったのですよ。魔物に囲まれてはラキが不安になるかと思い、移動しながらの戦闘を選んだのです。」
「それが、なんでこんなことに?」
「牛たちの速度が速すぎたのです。それがラキの不安を焚きつけたらしく、かえって周囲の魔物を呼び寄せることに・・・。」
「あ~・・・なるほど~。」
「ラキちゃんの能力が発動しちゃったんですね。」
『けど最後の方は嬉々として殲滅してたじゃねえか、エヴェリーナ。』
「ぐっ・・・だからそれはその・・・はい、ちょっと楽しくなってましたね。」
『ぶははは。年とっても変わんねえな、お前も。」
「ぐぅ・・・。」
「でも、困ったわね~。魔物を呼び寄せるっていうラキちゃんの体質がここまでっていうのは。腕輪ではたぶん抑えきれないんじゃないかしら~。」
「あれは多分、彼女の感情に呼応していますね。激しい感情に囚われた場合、もっと広範囲に影響を及ぼす可能性があるでしょう。村の結界でも防げるかどうか。」
「そうすると、やっぱり彼女には魔力の制御を覚えてもらうしかないですね~。」
呪いとも呼べるようなラキの体質。その予想以上の影響に、エヴェリーナとエリシュカは眉をひそめた。
そのラキはと言えば、ランダとシャムス、マイヤが必死に慰めているが、寝台車輛の奥に縮こまって出てこない。
荒野を爆走する牛車の中はよほど怖かったのだろう。
「これは・・・ジョーガサキの野郎を呼んでくるしかねえな。」
「・・・そっすねえ。」
「いまラキさんが心を許せるのはジョーガサキさんと、かろうじてアルマさんだけですからね・・・」
この2日間で少しずつ心を開き始めていたラキだったが、一番安心できるジョーガサキが不在のタイミングでの恐怖体験で、再び強く心を閉ざしてしまうのは困る。
まずは落ち着かせるのが肝要ということで、ジョーガサキを連れてくることになった。
だが、3人がアルマを呼びに向かったところで、牛車に近づいてくる人の気配に気づいた。
「町の外で天災が起きてるって言うから来てみたら・・・一体これはなんの騒ぎだニャ?」
それはラスゴーを活動拠点とする金級冒険者パーティー「三ツ足の金烏」に所属する獣人シャヒダであった。
アルマたちは以前オーゼイユへ向かう護衛任務を共にしたことがある。
「シャ、シャヒダさん!どうしてここに?」
「どうしてって、町では大騒ぎになってるニャ。それで、たまたま町にいた私たちに調査依頼がかかったんだニャ。」
「わたしたち?ということは、『三ツ足の金烏』の皆さんもこっちに向かって来てるんですか?」
「向かって、ていうか、もうそこにいるニャ。あと、タルガットさんとジョーガサキも。」
アルマの質問にシャヒダが答える。
見ればすぐ近くの丘の上に数人の人影と、1輌の牛車が見えた。
どうやら予想以上の騒動になっているらしい。
近づいてくる牛車を見て、アルマたちは頭を抱えた。
×××××
「にゃははは。相変わらずアルマたちはよくわからないことやってるニャ。」
牛車の食堂車輛の前で、シャヒダが笑う。
エヴェリーナとエリシュカは、ジョーガサキやタルガット、「三ツ足の金烏」リーダーのバリなどに囲まれて事情聴取中。
聴取に飽きたシャヒダにせがまれて、アルマたちは牛車の案内をしていたのだった。
ちなみにラキは、現在はジョーガサキの執務車輛で眠っている。
「笑い事じゃないですよ。てか、シャヒダさん、魔族って聞いても平気なんですね。」
車輛の説明がてら、集まった面々のために料理を作っていたアルマが尋ねる。
「ん~。一応、魔族は見つけたら冒険者ギルドに報告ってことになってるけどニャ。実は人の町でこっそり暮らしてる魔族って結構多いんだニャ。」
「え!そうなんすか?」
「そうだニャ。うちらは結構あちこち行かされるし、会う機会も多い。けど、ほとんどの魔族は慎ましく暮らしてる。危険な奴らはもちろん容赦しないけど、善良な者まで突き出すようなことは、うちのパーティではやってないニャ。」
「それを聞いて安心したぜ!それじゃあラキのことは・・・」
「うちのパーティからギルドに伝えることはないニャ。ていうか、実際にこの惨状をつくりだしたのは、かの伝説のエヴェリーナさまだニャ。それを報告したときのギルドの職員の顔を見るのが楽しみだニャ。」
どうやら魔族というのは、意外に数が多いのだそうだ。
さらに今では人族や獣人族、エルフ族などとの混血もごく一部ではあるが存在しており、一概に魔族と呼べない者も多いのだという。
「けど、いつまでも連れていくわけにもいかないニャ。ラキみたいに魔族の特徴が顕れている者はどうやっても人の社会には溶け込めない。どうするつもりだニャ?」
「ラキを受け入れてくれる村に心当たりがあります。ただ、先ほども説明したように、彼女の魔力は危険です。それをコントロールする術をエヴェリーナさまから教わっているところなのです。ラキがその術を身に付けるまではギルドに黙っていただけるとありがたいのですが。」
「ランダ、心配しなくても言わないニャ。ただ、最近は王都周辺の魔物の様子がおかしい。警戒も厳しくなってるから、用心することだニャ。」
「おかしいって、どんな風に?」アルマが問う。
「ん~。あちこちで魔物が活発に活動しだして、生息域が乱れてる感じかニャ。もしかしたらどこかに大型の魔物が出たかもっていう話になってて、うちらはその調査もあって、ラスゴーに戻らず、この辺をあちこち調査してるんだニャ。」
「そこに、今回のエヴェリーナさまご乱心事件っすか。それですぐに派遣されたんすね。」
「ま、今回は指名されたのがうちらで良かったけど、これからのあの子を匿うつもりなら十分に注意することだニャ。てか、ご飯はまだかニャ?」
「あ、もうできますよ。エヴェリーナさまたちの話もそろそろ終わりそうですし、ご飯にしましょう。」
「おいしそうな匂いでがまんできないニャ。」
「うふふ。ジョーガサキさんが開発したての、タオタオモナのスープです。とてもおいしいですよ。」
「あいつら呼んでくる。早く用意するニャ!」
そう言うなり、シャヒダは駆け出していく。
それを見て、急いでアルマとランダは人数分の器を用意するのだった。
「大型の魔物っすか・・・。面倒なことが起きないといいっすけどね。」
「まあ、そんなのがいるなら、あたしらが倒しゃいいさ。」
「攻撃力皆無のマイヤに言われても説得力がないっす。」
「なっ!シャムスてめえ、エヴェリーナさまの指導を受けてからのあたしの成長ぶりに嫉妬してんな?」
「だ、誰がっすか!」
「はいはい、二人ともそこまでー!ご飯だよー!」
そこからは一旦夕食ということになった。
人が多いので、ラキはいまだ執務車輛に引きこもっている。
料理はレシピが公開されたジョーガサキの新作スープをアルマとランダで再現したものだが、「三ツ足の金烏」にはすこぶる好評だった。
だがそこでも、話題となるのは今後のアルマたち一行の身の振り方をどうするかということだ。
「とりあえず俺たちからはうまいこと報告しておくけどな。この町には冒険者が多い。他の連中からどんな報告が上がるか分からないし、あの子を匿うつもりなら、この町を離れた方がいいんじゃないか?」
そう言ったのは、「三ツ足の金烏」のリーダーであるバリだった。
それを受け、食事中は一切言葉を発していなかったジョーガサキが顔を上げる。
「仕方ありませんね。皆さんにはしばらく、カレンガレン方面へと向かっていただきましょう。」
こうしてアルマたちは、落ち着く間もなく次の目的地に向けて移動することになったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっとバタバタして更新遅れてしまいましたごめんなさい。