8-4 事故
ベイルガントの南方に位置するホーエンガルズは、王国の中央と北部とを結ぶ交通の要衝だ。
東部港湾都市カレンガレン、西部鉱山都市ドルグサイズとも近く、さらに東南部近郊に迷宮を擁するこの町は、多くの冒険者が集う冒険者の町でもあった。
そんなホーエンガルズの町の手前で、アルマ達は牛車を止めて牛たちを休ませ、ある作業を行っていた。
「いいぞ、降ろせ!」
「ゆっくりね~。アルマそっち下がってるわよ~。いいわよ、そのまま~。」
今、彼らが行っているのは馭者台の付け替えだった。
3輌の台車を連結させた牛車は、1輌ごとでも運用できるよう、馭者台を付け替えることができるのだ。
連結を切り離し、馭者台を付け替えると他の車輛が動かせなくなってしまうが、そこは抜け目のないジョーガサキによって、簡易の馭者台が予備として用意してある。
ちなみにアルマたちの寝起きする寝台車は、屋根上に柵を立てられるだけでなく、車両の強度にも配慮した戦闘車両だったりする。
それはともかくとして、魔族の少女ラキが同行することになり、町には連れていけないということで、一行は車輛を2つにわけることにしたのだ。
一方は、ジョーガサキとタルガットが乗る執務車輛。
こちらは町に入り、そのまま町で活動するジョーガサキの寝所となる。
タルガットは毎度のごとく、町の宿屋だ。
そしてもう一方は食堂車と寝台車の2輌連結車。
こちらにはラキとエヴェリーナが残り、町を大きく迂回して、比較的冒険者が訪れる機会の少ない西南部に移動して待機の予定だ。
アルマたちはこのまま徒歩で町に入り、物資の調達と情報収集だ。
アルマとランダは、食料品などの買い出し。
シャムスとマイヤは、冒険者ギルドで魔物素材の売却と情報収集。
エリシュカは道具屋をまわり、ラキの魔力を抑える腕輪を作成するための道具などを買い揃える。
さらにその後、ラキの衣服なども揃えて、エヴェリーナたちと合流の予定だ。
「私はこれまで同様、生協の立ち上げ準備に向けて5日ほど町に滞在する予定です。皆さんは自由にして構いませんが、問題を起こさないように。」
「なっ!まるで私たちが常に問題を起こしているような言い方!」
『まあ、起こしてるけどな?』
「ななななっ!」
ジョーガサキと今後の予定を確認したあと、一行は一旦別行動となった。
ホーエンガルズの町は、アルマ達のホームタウンであるラスゴーと似た雰囲気の町だった。
だが町の規模はラスゴーよりも大きい。
通りを歩く冒険者たちも、見るからに装備が充実している。
近くに港湾都市があるせいか、市場に並ぶ食材も珍しいものが多かった。
アルマとランダはそうした食材の料理法などを店主に尋ねながら、目についた食材を次々に購入していく。
食材の補充が終わったころに、冒険者ギルドに寄っていたシャムスとマイヤが合流する。
「お疲れさま!ギルドの方はどうだった?」
「ベイルガントからここに来るまでの間に狩った魔物の素材は、それなりの値段で売れたっすよ。ラキのおかげで、素材はかなりあったっすからね。」
アルマの問いかけにシャムスが硬貨の入った革袋を示して答える。
ラキと同道した2日間、ランダの結界魔法を強化するなどして夜間の防衛にあたっていたが、それでもかなりの魔物の襲撃を受けていたのだ。
重ねてランダがマイヤに問う。
「魔物の情報でなにか注意すべきことはありましたか?」
「エヴェリーナさまたちが向かった南西エリアは結構強い魔物が出没するらしい。新人冒険者は近寄るなって警告が出てたな。まあ、エヴェリーナさまがいれば問題ないとは思うけどな。」
「そっか。でもラキちゃんの体質のこともあるし、一応早めに合流するようにしようか!」
「後はなにが必要なんすか?」
「ラキちゃんの服とか靴とかですね。」
「おっし。とっとと買い物を済ませちまおうぜ!服選びなら、あたしに任せろ!」
「・・・マイヤのセンスはラキには合わないと思うっす。」
「な、なんだとシャムス!」
そこからは、衣類を扱う店を見て回る。
まず絶対に必要なのが、ラキの角を隠すためのフード付き外套と靴だ。
これはすぐに手に入った。
着ていれば、ちょっと見たくらいでは魔族と気づかれることもないだろう。
だが問題はその下に着る服だ。
ここでアルマたちの意見が大きく分かれた。
マイヤはなぜか煽情的な下着を選んでいた。
ランダはやたらとヒダやらリボンやらがついた服を選びたがり、シャムスは機能優先の男物のような服を選ぶ。
そしてアルマはどこの地方かわからない民族衣装を勧めて全員から罵倒を受けていた。
「アルマのセンスは本当にひどいっすね。」
「女子力を磨けつってんだろうが!」
「な、なんたる侮辱!シャムスちゃんのだってたいがいだと思います!女子力どこ!?マイヤさんはそもそも論外ですから!」
「こ、これは女子力基準で選んでないんす!戦闘力っす!」
「まて、女子力は下着からだぞ?これはエリシュカ直伝だからまちがいないぞ!」
「年を考えてください!それにその下着、誰に見せるんですか!」
「ではここは私が選んだもので・・・。」
「ダメだよランダちゃん!そんなお嬢様みたいの着てたら目立つでしょ!」
「目立つのはアルマのも一緒だろうが!なんだその色、色彩の暴力だろうがそんな服!」
「そうですね。そんなの着てたら、あっという間に魔物に襲われそうです。むしろ着ることで呪われそうです。」
「これはきっと民族的な意味合いがあるんですー!豊穣とか厄除けとか!」
「女子力関係ないっすよね!?」
かくしてラキの衣装選びは長時間に及び、エリシュカが合流するまで続いたのだった。
その後、一行は再び町を出て、エヴェリーナたちがいる西南部の丘陵地帯をめざす。
だが町を出たところでアルマたちが見たのは不思議な光景だった。
「丘の向こうが・・・燃えてる?」
「なんか、嫌な予感がするっす・・・。」
「ちょ~っと、急いだ方が良さそうね~。」
アルマたちは急いで丘を駆け上る。
そして丘の上で見たものは。
「あーっはっはっは!燃えろ!燃え尽きなさい!!!」
爆走する牛車。
その屋根に立ち、魔法を撃ちながら高笑いするエヴェリーナ。
牛車が通った轍を示すかのように累々と並ぶ、魔物たちの死体。
そして、それを遠巻きに眺める冒険者たちの姿だった。
『ああ、年取って丸くなったと思っていたけど、エヴェリーナってああいうやつだったなあ・・・。』
「ちょ、マルテちゃん。なんでそれをはやく言わないの?」
『いや、あたしも忘れてたわ。あいつ、昔はあたしより戦闘狂だったからなあ。』
「・・・これは、多分問題ですよね?」
「わ、私じゃないからね!?ランダちゃん、私は関係ないからね?」
「そういう問題じゃないっすよアルマ。この事件を、ジョーガサキがどう捉えるかが問題なんす。」
「そうね~。ジョーガサキくん、きっと怒るわよね~。」
思いがけないエヴェリーナの行動に、アルマたちはその場で頭を抱えるのであった。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと短め。。。。