8-3 旅は道連れ
ラキという魔族の少女が、旅に同行することになった。
アルマたちに対して警戒を解く気配はないし、アルマたちに話しかけられても答えることもない。
だが、なぜか逃げ出す様子もなかった。
町に着くまでには今後の身の振り方を話し合う必要があるが、ひとまず体力を取り戻すまでは様子を見ようということになった。
問題となったのは、寝る場所だった。
アルマたちと同じ空間にいては警戒してゆっくりと休むことができないだろう。
かといって屋根の上で寝かせるわけにもいかない。
そこで、ジョーガサキがつかう執務車輛のソファを使ってもらうことにした。
ジョーガサキはものすごく嫌そうにしていたが、なぜかラキはジョーガサキにだけは警戒を解くので仕方がない。
もしかしたら、ジョーガサキの髪と瞳が黒いことから親近感を覚えたのかもしれない。
そう。ラキの蓬髪もまた、黒かったのだ。
それだけならば、単に珍しいだけだ。
やせ細ってはいるが、見た目はごく幼い少女。
ただ、その額から伸びる巻き角だけが、人族と大きく異なる。
それは人族とはあまりにかけ離れた特徴だった。
結局、そもそも最初に餌付けをしたのだから責任をとれと言われて、ジョーガサキは渋々納得したのだった。
ただ、これにはアルマが難色を示した。
「だ、だって。ジョーガサキさん自身は屋根の上の寝室で寝るとはいえ、お、同じ車輛に年頃の女の子を寝かさせるのはまずいんじゃないですか?」
「アルマ、嫉妬っすか?」
「ちち違うよ、そういうんじゃなくて!」
「アルマ~、ジョーガサキくんのことが信用できないのかしら~?」
「いや、だからそういうんじゃなくて!・・・もういいです。ジョ、ジョーガサキさん、彼女に何かあったら許しませんからね!」
そんな顛末を経て、ラキの寝床は執務室のソファに決まったのだった。
こうしてラキは、物心ついてからの短い人生においてはじめて、安眠できる空間を得た。
だがその夜に異変が起きた。
普段ならほとんどない魔物の襲撃が、その日に限って立て続いたのだ。
幸いにも一度に襲来する魔物の数は多くはなかったため、牛車の周囲に陣取る牛たちによって撃退することができたが、数度にわたる襲撃を受けて、アルマ達はどうにも休まらない一夜を過ごすことになったのだった。
「どうやらこの子には、魔物を引き寄せる力があるみたいですね。」
食堂車の前で朝食を囲みながら、エヴェリーナが言った。
そのラキは、ジョーガサキの影に隠れるかのようにして朝食を食べていた。
その様子を微笑ましく思いながら、アルマが首を傾げる。
「魔物を引き寄せる力、ですか?」
「そうですよ、アルマ。そもそも魔族は、魔力が高いせいか人間よりも魔物に襲われる傾向が強いのです。そのなかでも稀に、特に魔物をひきつけやすい魔力を持つ者が現れると言いますね。」
「えええ!なんですかそれ!」
「人族が魔族を嫌うのもその体質によるところが多いと聞きました。魔族の多くが屈強な理由も、強くなければ生きていけないからだとも。」
エヴェリーナの言葉を、ランダが補う。
王都のような大きな町ならともかく、小さな集落であれば魔物を引き寄せてしまう存在など厄災そのものだ。
アルマはエヴェリーナから見せられたラキの記憶を思い出す。
常に何かから逃げ続ける毎日。
その一因は、彼女自身が発する魔力にあったのだ。
それはなんと悲しいことだろう。
「・・・・・。」
当のラキは、自身の体質を初めて知らされて、目の前が真っ暗になるような衝撃を感じていた。
思えば母親が病気になったのも、魔物に襲われた傷が原因だった。
父は、その母の薬を求めて人族の町に行ったきり戻ってこなかった。
すべて自分のせいだったのだ。
それが事実なら、この人族たちも自分を追い出すだろう。
もしかしたらこの場で襲ってくるかもしれない。
なぜ自分だけがこんな目に合わなければならないのか。
だが、そんなラキの思考を吹き飛ばしたのは、アルマの一言だった。
「だったら、ますます放っておけませんね!けど、ずっとってわけにもいかないので・・・エヴェリーナさん、なんとかしてください!」
『・・・アルマ、お前はそういうところ、妙に潔くてびっくりするわ。』
「え?なんで褒められたの、私?」
『いや、褒めてはいねえよ!?』
「だって私にはどうしたらいいかわからないし。エヴェリーナさん、ラキちゃんの体質を何とかする方法、あるんですよね?」
「・・・そうですね。彼女には今あなたたちがやっている魔力の波長変換を覚えてもらいましょう。それと身を守る術も必要ですね。」
「だったら私は魔力を抑える腕輪でも作ろうかしら~。身に着けておけば無意識で魔物を呼び寄せることもないはずよ~。」
「おお、ラキちゃん良かったね!それじゃあ今日から、一緒に修行だね!」
予想だにしなかった展開に、ラキは目を丸くする。
追い払われるか殺されるか、どちらにしろひどい目に合うなら少しでも抵抗してやると身構えていたのに、毒気を抜かれてしまった格好だ。
そんなラキにジョーガサキが声をかける。
「ラキ・ミゲルさん。あなたはこれからの生き方を選択せねばなりません。あなたが生きたいと願うなら、彼女たちはそれを手助けしてくれるでしょう。人族の手を借りるのが嫌ならば、ここから立ち去るのも止めはしません。その時は最低限の食料と武器くらいは融通します。さあ、どうしますか?」
極度の栄養失調に加えて、魔物に襲われたばかりの彼女に対してのジョーガサキの言葉は、ある意味で酷とも言える。
だがラキは、ジョーガサキの表情をじっと見つめ、次に、アルマたちを見て。
そして、しばしの逡巡の後、口を開いた。
「・・・魔法のやり方・・・教えてください。」
「もちろんだよ!私がなんでも教えてあげるよ!」
「いやアルマ、お前はだめだろ。」
ラキに飛び掛からんばかりのアルマに、マイヤが突っ込む。
だがもう一つの懸念もある。
「あー。ラキが魔法の扱いを覚えるのは構わねえんだが、あと2日もすれば次の町に着いちまうぞ。それはどうする?」
そう言ったのはタルガットだった。
予定では次の町で移動手段を確保し、ミュルクヴィズの村にとんぼ返りするはずだったのだ。
だが彼女に魔力の扱いを覚えさせるとなると、すぐにというわけにはいかない。
「羊人族ということでなんとかなりませんか?」
「いやジョーガサキ、羊人族てのは確かにいるけど、さすがにムリだぞ?そもそもあいつらに角は生えてねえからな?」
「どちらにしろ町の中では魔法の練習もできませんから、私がラキと一緒に町の外に残りましょう。」
「う~ん。まあ、そうするしかねえかなあ。」
エヴェリーナの一言で、とりあえずの方針が決まった。
こうしてラキは、あくまで魔力の扱い方を覚えるまでの間ではあるが、正式にアルマたちの旅の一員に加わったのだった。
その道中は、ラキにとっては驚きの連続だった。
食事からしてラキには想像もつかないほど贅沢なものであったが、簡易とはいえシャワーもトイレもある文化的な生活など、これまで考えもしなかったものだった。
自分の魔力と向き合うというのも、初めての経験だった。
簡単な魔法はかつて父親から習ってはいたが、あくまで我流のもので、感覚に頼るところが大きい。
それに対してエヴェリーナの指導はしっかりとした理論体系に基づくもので、理解しやすかった。
長年にわたって身に沁みついた他者への警戒心はすぐにほどけることはなかったが、それでも少しずつ、ゆっくりと、ラキはアルマたちに対しての警戒を解いていった。
そして2日後。
一行は次の目的地である町に到着したのだった。
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