8-2 悪魔の供物
「それにしても、またとんでもないものを拾ってきたわね~。」
「ワクワク担当、自重しろ。」
「アルマさん、ほんと勘弁してください。」
「え、冤罪です!今回は完全なる冤罪です!」
ベイルガントから王都へと向かう山道脇にて。
アルマたちは牛車を取り囲んで立ち尽くしていた。
牛車の3輌目には、一人の少女が寝かされている。
タルガットとアルマ、シャムスによって助けられ、マイヤの治療魔法を受けて命はとりとめたものの、いまだ目を覚まさない。
「私もアルマの記憶を見せてもらいましたからある程度は把握していますが、さすがに魔族を匿うのはまずいでしょうね。」
「エヴェリーナさんまで!」
「魔族は見かけたら通報ってえのが義務だからなあ。」タルガットが頭を掻く。
「けど、衛兵に突き出したらこの子、そのまま処刑されちゃうんすよね?」
「えええ、だ、ダメだよそんなの。折角助かったのに。」
「でしたら、私の村に連れていきますか?村から出ることはできませんが、村の人間なら危害を加えることもないでしょうよ。」
「そうですね・・・本人がそれを納得してくれればいいんですけど・・・。」
アルマの懸念は少女の記憶にあった。
彼女が魔族である以上、他に仲間がいた場合にはアルマ達にも大きな危険がある。
そこで、エヴェリーナが治療にあたって彼女の記憶を読み取り、アルマ達に見せていたのだ。
他人の記憶を勝手に盗み見ることにアルマたちは抵抗を示したが、エヴェリーナが危険を排除するために必要なことだとして強行した。
そこで見た少女の記憶は、壮絶だった。
彼女は両親とともに暮らしていたらしい。
だが両親は大人しい性質で、あまり戦いを好まなかったようだ。
行く先々で人族に追われ、あるいは強力な魔物に住処を奪われ、王国内を転々としながら暮らしていたらしい。
ひたすらに人目を避け、逃亡し続ける記憶。
そんな日々がいつまでも続くわけがない。
少女の母親と思われる女性が病に倒れた。
父親と少女は女性を懸命に看病したようだが、病状は悪化するばかり。さらにそんななかでも、冒険者たちが追いかけてくる。
そんななか、父親は薬を得るために、ついに魔族であることを隠して人里に降りることを決意する。
だがその日以降、少女の記憶に父親が再び現れることはなかった。
おそらく父親は町で正体を見破られ、捕まったのだろう。
父親が少女たちのことを話したのかはわからないが、魔族の存在を警戒した町から冒険者や衛兵が町周辺の探索に乗り出す。
少女の母親は、病気の身をおして少女を連れて必死に逃げたが、徐々に追手が迫ってくる。
そしてある日、少女の母親が姿を消した。
自分が囮をしている間に遠くに逃げろという母親のメッセージが、少女の足元の地面に残されていた。
それ以降は、ひたすら逃亡の記憶だけだった。
一度だけ偶然に出会った魔族の男と行動を共にした時期もあるようだが、その魔族の男も人間に見つかり命を落とした。
今なお眠り続ける少女にとって人族は、憎むべき親の仇だ。
そんな者たちと一緒に暮らすことが、果たして彼女にとって幸せなのか。
アルマたちは答えを見つけられずにいた。
「まあ、それは俺たちが決めることじゃねえ。この子次第だろうさ。この子が村での暮らしを望むなら、そん時はそれを助けてやろう。」
「でも、ここからだとミュルクヴィズは結構遠いですよ。村に連れていくにしても、一度次の町まで連れていって、そこで移動の手段を用意するのがいいのでは?」
「そうね~。どちらにしろ、しばらくは安静にして栄養を取った方がいいし、次の町までは一緒に行動するってことね~。」
ランダの提案にエリシュカが賛意を示す。
どうやらこれで当面の方針は決まったかに思われたが、それをマルテが混ぜ返す。
『お前らがそう決めたんならそれでいいけど、ジョーガサキがなんて言うかわかんねえぞ?』
そう。それがもう一つの懸念材料だ。
いまだ食堂車で料理の研究に没頭しているジョーガサキは、この魔族の少女の存在を知らない。
己が定めたスケジュールを乱されたり、突発的なアクシデントを極端に嫌うジョーガサキがこのことを知ったら、その場で縛り上げて官憲に突き出したり、森に放り出したりしかねない。
法に則るならそれも仕方ないのだが、少女の境遇を考えると、あまり無体なこともしたくないというのがこの場にいる全員の気持ちだった。
「んんん。でも、ジョーガサキさんはそんなひどいことはしないと思うよ?」
「はぁ。アルマはお気楽っすねえ。」
「あのジョーガサキだぞ?アルマ、大丈夫か?」
マイヤのジョーガサキ評はかなり辛らつだ。
だが、アルマは、ユグ島で最後の巫女となったサラの葬式の時に見せたジョーガサキの表情を思い出していた。
「ん~。だいじょうぶだと思うんだけどなあ。」
そんな会話をしていると、眠っていた少女がモゾモゾと動き出す。
どうやら目を覚ましたようだ。
しばし呆然としていた少女は、自分が人族に囲まれていることに気づくと、飛び起き、牛車の奥の方で身を固くする。
「あ、あの、怖がらないで!私たちはあなたを傷つけたりしないから。」
「う・・・ううううっ!!!」
まるで獣のように警戒心を露わにする少女。
アルマは、何とか少女の警戒を解こうとできる限り明るい声色で話しかけるが、近寄れば飛び掛かってきそうだ。
「言葉はわかるよね?私たちは、あなたが狼に襲われたところにたまたま通りがかっただけなの。危害を加えるつもりはないから、落ち着いて?」
だが、少女は警戒を解く気配はない。
どうしたものかとアルマたちが困惑していると、騒ぎを聞きつけたジョーガサキが食堂車から顔を出す。
「さっきから一体なんの騒ぎですか?なぜこんなところで休憩しているのです?」
「あ、ああ、ジョーガサキ。ちょっとその、トラブルが発生していてな・・・。」
「だからそのトラブルが何かと聞いているのですが?」
歩み寄ってきたジョーガサキはそこで、3号車の奥に身をひそめる少女を見とがめる。
「・・・アルマ・フォノンさん?」
「えええ冤罪です!森で襲われていたこの子に気づいたのは牛6号です!私たちは彼女の手当てをしただけです!」
「あの、ジョーガサキよ。ちょっとこの子は訳ありみたいでよ。できればその・・・穏便にだな。」
「私が何をするというんです?タルガット・バーリンさん?」
「いや、別になにってわけじゃねえが・・・。」
「ジョーガサキさん、この子は多分お腹がすいているので、何か美味しいものを食べさせてあげてください!」
「おい、アルマ。俺が話すから黙ってろ。」
「・・・はあ。ちょっと待っていてください。」
タルガットを無視してそう言うと、ジョーガサキは食堂車に戻り、小さな椀に入れたスープと水を持ってくる。
どうやらジョーガサキの新作のようだ。
周囲に美味しそうな匂いが立ち込め、アルマたちは条件反射で椀の中を覗く。
「ジョーガサキさん、これ、スープだけですか?お腹膨れませんよ!」
「彼女は長いこと食事をしていないようですから、いきなり固形物を胃に入れても体が受け付けません。まずは水分と栄養を取る方がいいのです。」
「おおお!そうなんですか!」
それだけ言うと、ジョーガサキは少女が警戒するのも構わずに牛車の中に上がり込むと、少女の前にスープと水を置く。
「さて。ラキ・ミゴルさん。これは私が丹精込めてつくったスープですから、一滴たりとも残すことを許しません。しっかりと味わいなさい。あそこにいる馬鹿どもは気にしなくてもいいですから。」
ジョーガサキが名前をなぜ知っていたのかと言えば、鑑定スキルによるものだ。
突然名前を呼ばれた少女は、目を丸くする。
だがそれよりも、取り繕う気配のまったくないジョーガサキの言葉は、なぜか少女の心に真っすぐ届いた。
そして、長い間まともな食事をしていなかった少女にとって、目の前のスープが発する香りは抗いがたい魅力を感じさせた。
少女が取りやすいように、ジョーガサキが後ろに下がる。
すると少女は、ゆっくりと、アルマたちへの警戒を解くことなく、椀に手を伸ばす。
そして、少女はそのスープに口を付けると、再び目を丸くした。
それは、これまでの少女の短い人生の中で体験したことのない味わいだった。
少女がゆっくりとスープを飲み干すのを、ジョーガサキはその場で、黙って見守っていた。
「会心の作です。おかわりはいりますか?」
いつもと変わらぬ、ぶっきらぼうな口調でジョーガサキが尋ねると、少女は目に涙を浮かべながら、小さくうなずいた。
そんな少女の反応を見て、ジョーガサキは悪魔のような笑顔を浮かべる。
唖然とする一行のなか、アルマだけはジョーガサキと同じように笑顔を浮かべて言った。
「ジョーガサキさん私も!私にも試食させてください!」
「・・・仕方ありませんね。あなたがたはあちらへどうぞ。きちんと感想を聞かせてくださいね。それと・・・。」
ジョーガサキは足を止めて言う。
「きっちりと、事情を説明してくださいね。」
その笑顔は、今度こそ文字通り、悪魔の様だった。
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スープの出汁はタオタオモナです。