閑話 ベリト・ストリゴイの退屈な毎日
「よろしい。今日はここまでとしようか。」
「おや?おやおやおや?こんなところでかい?興が乗ってきたところじゃないか。今なら、西方のシャスハ聖国で活動する魔族のアジトが思い出せそうな気がするのだがなあ。たしか、この国の第3王女が留学していただろう?」
私の言葉に、目の前の男がピクリと反応する。
まあ、目の前と言っても、こちらは目を塞がれているのだが。
「・・・ダメだ。明日までに思い出しておけ。」
「どうも私は会話をしながらでないと、脳が働かない性質らしくてね。君だってわかっているだろう?」
「そんなことはしらん。これ以上有益な情報を引き出せないと判断されれば処刑するだけだ。それが嫌ならば知っていることはすべて吐くんだな。」
平静を努めているが、その声にわずかに怒気が含まれている。
それに気づいた私は、表情には出さず、心の内でニヤリと笑う。
今日の審問官、フロイド・ドミスは優秀ではあるがまだ若く、それ故に自身の感情を隠し切れない。
そのわずかな感情の揺れは、今の私に与えられた数少ない娯楽なのだ。
現在、私を担当する審問官は3人。
彼らは日替わりで私の元にやってきて、審問を行う。
恐らくは魅了や洗脳の類を警戒しているのだろう。
これによって、私はこの王都の監獄から抜け出すための手段の一つを失った。
だが一方で良いこともある。
彼らが明らかにしたい情報を、私は山ほど持っている。
王都で私が商人として築いた人脈、オーゼイユのクナンザム伯爵との関係、他の魔族の拠点や人数、そして私がこれまでに手掛けてきた企み・・・
私はそれらの情報を、問われるままに話してやった。
審問官ごとに、少しずつ内容を変えて。
その証言のズレを彼らは許すことができない。
繰り返し同じ質問が行われ、私はそれに答えることで時間を稼ぐことができる。
その間に私は、脱獄に向けた準備ができるというわけだ。
「わかったよ。では正直に覚えている事を話そう。君だけ特別だよ、フロイド・ドミスくん。」
「気安く呼ぶな魔族風情が。こちらの油断に付け込もうと思っているのならムダだ。貴様と接触する時間は厳しく管理されているし、面会後は専門の術師が呪いや洗脳の類はくまなくチェックする。貴様とてわかっているだろうが。」
「ははは、こんなにも協力している私が今更何を企むというのかね。」
「・・・ベリト・ストリゴイ。貴様の退屈しのぎに付き合う気はない。行くぞ。」
フロイの声を受け、2人の衛兵が動き出すと、刺又のような道具を使って私を押さえつける。
直接触れないようにということだろう。
まったく大した念の入れようだ。尋問の度にいちいち腕や肩を刺す必要などないだろうに。
「ああ、そうそう。私の証言の裏取りをするんだろう。彼はもう王都に来ているのかな?」
「誰のことを言っている?」
「私の計画を3度にわたって邪魔してくれたラスゴーの冒険者ギルド職員、ジョーガサキくんに決まっているだろう?」
「・・・貴様にはいかなる情報も渡すつもりはない。」
「ははは。フロイドくんは優秀だね。ところで、最近は季節の変わり目だろう。娘さんが風邪をひくといけない。サルガヤを使った解熱剤を用意しておくことをお勧めするよ。」
「・・・行くぞ。」
今ではすっかり狭くなってしまった私の城から立ち去ろうとする審問官に声をかける。
わずかな間と感情の揺らぎ。
それらが私の質問に対する答えを雄弁に語っている。
刺又で刺された痛みがなければ私は笑い出していたかもしれない。
そしてそのまま衛兵は一言も口を利くことなく、私はひとり独房に取り残される。
これが。
ジョーガサキの罠にまんまとはめられ。
オーゼイユのオークション会場で魔族であることをバラされ。
さらには後ろ盾まで失って捕縛された私の。
日常。
王都の地下深くに作られた監獄は、かつての迷宮跡を再利用したものだという。
地上までの抜け道はなく、さらに数カ所の関所は厳重に封鎖されており、脱獄は困難だ。
さらに審問官への魅了や呪いの類は幾重にもチェックされている。
「だが、だからといって手がないというわけでもない。」
手枷をはめられているからといって、まったく魔法が編めないというわけではない。
魅了や呪いをかけられないのであれば、それ以外の方法を取ればいい。
私は、長い時間をかけて、3人の審問官に私の魔力を流しこみ続けた。
彼らに語る言葉に乗せて、彼らの感情の揺らぎに混ぜて。
その微量の魔力で編んだのは、彼らが地上で目にした視覚情報を保存するだけの記録魔法だ。
彼ら自身も気づかない、何の害もない小さな魔法。
私は、彼らがここに訪れるたびにその記録を取り込む。
そして彼らが立ち去ったあと、その映像を脳内で再生しながら、私の固有スキル【未来視】を発動させてゆく。
これが、この独房で私が手に入れた新たな能力だ。
【未来視】は、「私自身が見た」ものの未来しか見ることはできない。
つまり他人の記憶であっても、それを「私が見る」ことさえできれば、【未来視】は発動する。
そして見るのに、私自身の目は必要ない。
今や彼らは、目を塞がれた私の視覚を代わりに担ってくれる中継器だ。
私は、今や歓喜していた。
この新しい能力をくれたのは、他ならぬあのジョーガサキだ。
審問官たちの視覚情報を何度も吟味し、さまざまな未来を検証し、私が脱獄する可能性を探っていく。
彼らの視覚情報から得た現在を吟味し、彼らを揺さぶっていく。
彼らに疑心暗鬼を与えること。
それが、彼らの万全の体制を揺るがすほころびを生む。
そのほころびこそが、私の未来の可能性につながるのだ。
そして私は、ついにたどり着く。
それは、フロイド・ドミスが見るはずの、そう遠くない未来。
そこには、あの忌々しくも好ましい、私が唯一の好敵手と認めた男。
ジョーガサキの姿があった。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと間空いてしまってすみませんでしたー!
ここからまたぼちぼち再開。ちょっと不定期続きますが新章をはじめます!