7-12 シモレ・ユーサレナの不運
ベイルガント近くの山中を歩く、とある冒険者パーティがあった。
森の入り口付近で軽く狩りをして、その獲物を売ってその日の飲み代にでもあてようかと気軽に森に分け入った。
ところがなぜか、その日に限って獲物の姿がない。
獲物を求めて、いつの間にやら、だいぶ森の奥に踏み込んでしまった。
結局、手に入れたのは数匹の針兎だけだった。
これでは大した金にもならないが、軽装でふらりと来た森にいつまでも留まるわけにはいかない。
運がなかったと諦め、彼らは森の出口へと向かった。
ところがなぜか、歩けど歩けど森の出口にたどり着かない。
そうこうしているうちに、とうとう日が暮れてしまった。
軽装ゆえに野営の準備などない一行は、ただひたすらに歩き続けることしかできなかった。
やがてすっかり疲れ切ったその時。
彼らは前方に小さな明かりが灯っているのを見つけた。
疲れ切った冒険者たちの足は、吸い寄せられるようにその明かりの元へと向かう。
そこには、牛車の荷台だけを無理やり2つ並べたような民家がぽつりと建っていた。
「夜分に済まない!家主はおられるか!」
家の中から現れたのは、一人の女性だった。
わずかな明かりの中で見るその女性は、壮年に差し掛かっているようでもあり、あるいは若い女にも見える、なんとも年齢をつかみにくい容姿をしていた。
事情を話すと女性は、隣の小屋で休めと勧め、簡単なスープまで用意してくれた。
「こちらでお休みください。ただし、決してあちらの小屋をのぞいてはいけませんよ。」
ようやく人心地ついた冒険者たちは、ウトウトとまどろみ始める。
だがリーダー格の男が、隣の小屋から聞こえる妙な物音に気づいた。
のぞいてはいけないと言われていたものの、どうしても気になる。
気になりだすと、女の雰囲気や、深い森に一人で住んでいることなども気になりだす。
いくら疲れていたとはいえ、全員が無防備で眠りかけていたことも普段ならあり得ないことだ。
男は静かに全員を起こすと、揃って女性のいる小屋を覗いてみることにした。
シャコ・・・シャコ・・・シャコ・・・
女がいるはずの小屋からわずかな明かりとともに音が漏れている。
冒険者たちは互いに顔を見合わせると、息をひそめて、わずかに開かれた扉のスキマから中を窺った。
そこで冒険者たちは、女が一心不乱に巨大な包丁を研いでいる姿を目にした。
息を呑む冒険者たち。すると、その女はこちらを振り返り。
「みぃぃたぁぁなあぁぁあっ!」
「うわああああ!逃げろ逃げろ逃げろ!」
冒険者たちは一目散に逃げだした。
だがその背後から、すごい勢いで女が追いかけてくるのがわかる。
「ここは俺が抑える、お前たちは先に行け!!」
一人の男が剣を抜き、走りくる女の前に立ちふさがる。
だが女は、恐ろしい力で包丁を振り回す。
男は、瞬く間に剣ごと弾き飛ばされてしまった。
もうダメだ。男は思った。
ところが女は、男が飛ばされたときに放り出された荷物へと向かっていく。
それは昼間に狩った針兎だった。
女はその針兎を無造作に持ち上げ、月明かりの中で妖しく笑った。
「次はお前の番だよ。」
「うわああああっ!!!!」
今度こそ男は、無我夢中で逃げ出した。
そして、前方を走っていた他のメンバーと合流すると叫ぶ。
「あいつはやばい!やばすぎる!すぐに獲物を捨てろ!それで足止めできる!!」
こうして、男たちは折角の獲物を足止めに使う事で、命からがら逃げ延びたのだった。
「・・・と、こんな案件が何度も起きてるんですぅ。」
「ふうん。それで、追いかけてきたのはどんな奴だったんだ?」
「それが、若い女とも老婆とも、子どもとも言われててよくわからないんですよねぇ。人の姿であるのは間違いないんですがぁ。」
「場所もよくわからないんだろう?面倒だな。実害がでてないんなら、ほっときゃいいんじゃねえのか?」
「だ、だめですよぅ。この町では護衛依頼が中心ではありますけど、森を狩場にする冒険者もいるんです。でも、討伐経験の豊富な冒険者は少なくってぇ。どうか指揮を執っていただけませんか?」
「つっても、俺もこの町にゃちょっと立ち寄っただけだからなあ。」
「町でもレベルの高い冒険者を集めますので!どうかおねがいしますぅ!」
いま、ベイルガントの冒険者ギルドで話しているのはタルガットとギルド職員のシモレだ。
実は数日前、シモレはアルマたちから「山姥」の話を聞いていた。
その時は、若い女性の冒険者が勘違いをしたのだろうと一笑に付し、他の職員への報告を怠っていたのだ。
ところが他の冒険者たちからも被害報告が出始めると、注意喚起を怠ったシモレの立場は微妙なものとなった。
すでにシモレは、生協の準備担当であったにも関わらずジョーガサキの指導についていけず、冒険者たちをそそのかしてジョーガサキの排斥を実行している。
その時は多くの冒険者たちも巻き込んでの騒動になっており、肝心のジョーガサキもとっとと町を離れてしまったため他の職員たちにはどうすることもできなかったが、職員の間でシモレの立場はよろしくない。
くわえて山姥騒動だ。
自分の立場がまずいことになっていると気づいたシモレは、汚名挽回とばかりに山姥討伐作戦の担当職員として名乗りを上げた。
それこそがジョーガサキの狙いであるとも気づかずに。
そして、たまたま町に来ていた銀級冒険者であるタルガットに声を掛けたというわけだ。
結局、タルガットは、成否を問わないという条件でこの依頼を引き受けた。
よくわからない者を相手にするということで討伐作戦に参加したがる冒険者はいなかったが、そこはシモレが声を掛けてなんとかかき集めた。
「ここまで、きっちりジョーガサキさんの作戦通りですね!」
「うまいことタルガットさんに声が掛かってよかったっす。」
「あとは討伐作戦当日だな。なんか面白くなってきたじゃねえか。」
当然、この騒動を仕掛けたのはアルマたちである。
エヴェリーナを自由にするため。村に近寄る冒険者を減らすため。そしてついでに、めんどくさいという理由で生協の立ち上げ準備を放棄したシモレにお仕置きするため、ジョーガサキが考えたのがこの「山姥騒動」だった。
アルマたちはいまいちジョーガサキの意図を理解していなかったが。
「でも、エヴェリーナさんはいいんですか?エヴェリーナさんを村から追い出すための作戦なんですよね、これ?」
「ああ、ランダはジョーガサキの狙いを理解してるのね。私はもうあなた達の旅について行くって決めましたから。がんばって脅しておけば村の安全も守られるし、それに、面白そうですしね。」
『だっははは。昔のお前っぽくなってきたなエヴェリーナ。それじゃあどっちがより冒険者たちを脅かせるか勝負だな!』
山姥役はエヴェリーナ、そしてマルテだ。
エヴェリーナはなぜかジョーガサキの作戦に嬉々として協力していた。
周辺の地理を良く知り、方向感覚を惑わす魔法に長けたエヴェリーナはうってつけだ。
そして悪乗りしたエヴェリーナがジョーガサキを焚きつけ、村人の協力を仰いでの大規模作戦となった。
討伐作戦当日。
タルガットが先導して、討伐隊がベイルガントを出る。
タルガットは巧みに冒険者たちを村の近くに誘う。
「ここを拠点に周辺の探索を行う!予め決めたパーティの代表者は集まれ。探索範囲を割り振る!」
タルガットの呼びかけに数人の冒険者が集まり、パーティを引き連れて指示されたエリアに向けて散っていく。
だがこの場所はもう、エヴェリーナが魔法でつくった天然の迷路の中だ。
行けども目的地にはたどり着けず、戻ろうにも拠点とした場所は遠い。
完全に道に迷った薄闇の森の中、一人の冒険者が木々の向こうに見え隠れする女性の姿を見つける。
「おい、あそこに女がいるぞ!」
どこか放心した様子で歩く女を追いかけ、冒険者たちは物音を立てないように注意を払いながら追いかける。
だが女がいたはずの場所についたときには、もう女の姿はない。
「くそ、どこ行きやがった?」
「まて、ヴェスヴィオがいねえぞ。」
「は?」
慌てて仲間を探す冒険者たち。
と、どこからか女の声が聞こえてくる。
『ああ嬉し。焼いて食べよか、煮てみよか。』
「くそ、どこだ!でてこい化け物!」
『ああおかし。腕から削ごうか。足から削ごうか。』
「おいあそこだ!」
木々のすき間に見え隠れする女を追いかけて、冒険者たちはさらに森の奥深くに分け入っていく。
そして一人、また一人と行方がわからなくなって。
わずかな星明りのなか、ついに最後の一人が、姿を消した。
シャコ・・・シャコ・・・シャコ・・・
大きな刃物を研ぐ音に冒険者たちは目を覚ます。
そこで彼らは、森のなかに建つ小屋の前に転がされていることに気づく。
なぜか体がうまく動かない。実はそれは潜んでいた村人たちに睡眠薬を嗅がされたからなのだが、そのことに彼らが気づけるはずもない。
やがて、小屋の扉が開き、一人の女が小屋の中から現れる。人化したマルテだ。
手には大きな包丁。顔は髪に隠れて良く見えない。
マルテは包丁を目の前に掲げ、冒険者たちを見て呟く。
『ああ楽し。誰から切ろうか。何から食おうか。』
「う、うわああああ!!!」
一人の冒険者が無理やりに体を動かし、転がっていた剣を拾って剣ごとマルテに体当たりする。
その剣が深くマルテの腹に突き刺さる。
だが魔法でつくった体を刺されたとて、マルテがそれで倒れるはずもない。
マルテはカクンと首を傾げ、剣が腹に突き刺さったまま笑う。
『ああ愛し。最初に食うのは、お前にしようか。』
その瞬間、周囲の草がうねうねと動き出し、マルテの周囲には小さな鬼火が無数に灯る。
エリシュカとランダの魔法だ。
「うわああ!逃げろ逃げろ逃げろ!」
恐慌状態に陥った冒険者たちは散り散りに森の中を逃げ惑う。
それが冒険者たちにとっての悪夢の始まりだった。
逃げる先々に、山姥に扮した村の女たちが待ち構えている。
どこに逃げても、どこからかマルテ扮する山姥の声が聞こえる。
さらにアルマたちにの攻撃が冒険者たちを襲う。
ある者は頭から水を浴びせられ、ある者は足元から飛んできた石礫を体に受け、ある者は突然現れた盾のようなものに頭をぶつける。
意を決して女につかみかかった者は、腕を獣のように変化させた女によって、ものすごい力で投げ飛ばされてしまう。
一晩中森の中を逃げ惑った冒険者たちは、明け方ごろにようやく森の出口にたどり着いた。
実はそれすらエヴェリーナに誘導されてのこととも知らずに。
こうして、山姥討伐作戦は大失敗に終わった。
翌日、タルガットは冒険者たちが誰一人として拠点に戻ってこなかったことをギルドに報告した。
「こんなんで指揮もへったくれもねえだろ。俺は降りる。ギルドには今回の人選について正式に抗議を申し立てるぞ。」
「そ、そんなぁ。まってくださいよぅ。」
シモレは食い下がったが、銀級冒険者の抗議ともなれば、ギルド側も無碍にはできない。
ギルド側はタルガットの抗議を受け入れ、シモレの減給をもって手打ちとなった。
対して、村の方ではお祭り騒ぎだった。
「あたしを見た時の冒険者の顔ときたら!」
「女どもは楽でいいな、俺たち男は裏方に徹して大変だったんだぞ。」
「だが楽しかった!やり方もわかったし、今後は定期的にやるか?」
「おお、そりゃいいな。山姥祭りだ!」
村全体が協力しての大仕掛けで村人の結束も高まった。
ましてそれが、村の大恩人エヴェリーナの新たな門出を祝うためとなれば、喜びもひとしおだ。
そして、エヴェリーナは村人たちから盛大に見送られ、アルマたちとともに旅立った。
ちなみに、さんざんな目にあった冒険者たちがシモレを避けるようになり、シモレの立場がさらに危うくなるのは、後の話。
山姥討伐作戦はその後もギルド主導で何度か計画されたが、冒険者たちからは敬遠され、実行には至らず。
村周辺の森はギルド指定の危険区域として、立ち入りが禁止されることになるのだが、これもまた、後の話だ。
お読みいただきありがとうございます!
これにて第7章は閉幕となります。
続く8章は、ちょっとだけ間が空くかもしれません。
仕事がバタバタしておりまして。。。
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