7-10 状況確認と悪だくみ
「・・・結界というのは、鑑定スキルではどうすることもできないはずですが?」
「結界そのものはどうすることもできませんが、結界のすき間を鑑定スキルで見つけることはできますので。」
「・・・一応、ハイエルフである私がつくったかなり高度な結界なんですが。ともあれ、アルマたちのお仲間なら歓迎はしますけど。」
「いえ結構です。すぐにここを離れて次の目的地に向かいますので。」
呆れながらも歓待の意を示すエヴェリーナだが、ジョーガサキの反応は淡々としたものだった。
「ジョ、ジョーガサキさん失礼ですよ!エヴェリーナさんは私たちがバリガンさんの試練を乗り越えるのを手伝ってくれたんです。今日もこれから試練突破のお祝いをしてくださるんですから、すぐには村を出られませんよ!」
「バリガン?ほう、ここに?」
「・・・ともあれ、こんなところで立ち話もなんだろう。私の家においで。」
エヴェリーナに促され、アルマたちは村長宅前に戻った。
そこにはすでに多くの村人たちが集まっていた。
いずれも手には武器を所持している。どうやらジョーガサキという闖入者を見とがめた村人がいたようだ。
慌ててアルマたちが知り合いであることを説明したことでなんとか治まったが。
あわせてエヴェリーナから、アルマたちが試練を突破したことが告げられ、再び村を上げての宴の準備がはじまる。
「それで、お前の方は何がどうなったって?」
「大したことではありません。ベイルガントには生協は必要ないと言われただけですよ。」
「だからその経緯を話せっつってんだよ。」
宴の準備が進む最中、さすがに今回は手伝わせるわけにはいかないと隅っこに追いやられたアルマたちはジョーガサキの話を聞くことにした。
タルガットに促され、ジョーガサキがしぶしぶといった体で答える。
冒険者ギルドの冒険者ギルド支部で、生協の準備担当となったのは、シモレ・ユーサレナという女性職員だった。
シモレは美しい娘で、冒険者からの人気も高い。
だが、特に仕事ができるというわけでもない。というかむしろ事務作業は苦手なタイプらしい。
面倒な書類仕事などが回ってきそうになると冒険者たちの相手役に回ってしまう。
冒険者たちの抑え役としては役に立っているため、あまり言われることはないが、要するに要領よくサボる術を身に付けた娘だった。
そのシモレが、なぜか生協の準備担当に名乗りを上げた。
「なんでそんなのが、わざわざセーキョー担当になんかなるんだ?」
「王都でも注目されてる部署ってことで、担当になっておけば重宝がられるとでも思ったのかしらね~。あるいは中央に認められたジョーガサキくんに粉かけようとでもしたのかしら~?」
「・・・それって、ジョーガサキさんには一番合わないタイプじゃないっすか」
タルガットの疑問にエリシュカが答え、シャムスが新たな疑問を呈する。
シャムスの予想通り、シモレは書類仕事の量に、わずか1日で音を上げた。
2日目からは、ジョーガサキ曰く「さまざまな手法で業務を逃れようとした」らしい。
ギルドからかなり離れた店に昼食に誘ったり、誰もいない休憩室に呼び出したり、終業前に飲みに誘ったり。
「思いっきり色仕掛けじゃないですか!?」
アルマが思わず叫ぶ。
だが、ジョーガサキがそのような誘いに乗るわけもない。
丸2日、ジョーガサキの監視の下、分刻みのスケジュールで事務処理に追われたシモレは3日目に体調不良で欠勤した。
心配した冒険者がシモレを見舞いに行ったところで、シモレからあれこれ吹聴された冒険者がジョーガサキに対して激怒。
周囲のシモレ信者を巻き込んで、ジョーガサキおよび生協の排斥運動へと発展したのだという。
「たった数日で、何をどうしたらそういうことになるんだ?」
「マイヤ~。ジョーガサキくんはそっちが普通だから~。むしろここ最近、異常にうまくいきすぎていただけだから~。」
「でも・・・一応、王都で承認が得られればセーキョーは冒険者ギルドの正式サービスとなるんですよね?ギルド支部的に問題はないんですか?」
「残念ながら、正式サービスとはなりますが、採用するかは各支部の判断となります。」
ランダの質問に、ジョーガサキが機嫌の悪さを隠そうともせずに言う。
それは、ベイルガントという町の特殊性にあった。
観光都市としての側面を持ち、城塞都市ミレンへの補給路でもあるため、経済的にも物流的にも恵まれている。
近くに森はあるものの、なぜか森から出てくる魔物は少なく、あえて狩りに行くほどでもない。
実はそれはエヴェリーナたち隠れ里の住人が適度に間引いているからなのだが、町の住人はそれを知らない。
要するにベイルガントは何もせずとも、ほどほどに平和なのだ。
近くのミレンでは孤児たちが将来に絶望している状況を考えると、なんとも皮肉だが。
「そういうわけですので、この地に滞在する必要はなくなりました。明朝にでも出発しますので。牛車も森の近くに待機させています。」
「いやいや、こっちにも都合がありますから!そうだ、ジョーガサキさんなんとかしてくださいよ!」
アルマたちはジョーガサキにこの村に来てからのことを説明する。
エヴェリーナが長き時を生きるハイエルフであること。
かつてバリガンとともに戦った仲間であり、バリガンの遺志を継いでこの村を守っていること。
村の役割。バリガンの試練。
そして、バリガンからエヴェリーナへの手紙。
「そういうことなら、俺からも頼みてえ!」
アルマたちの説明を遮ったのは、村に住む獣人、ヤカランシュという男だった。
アルマたちがこの村に来た日にタルガットと飲み明かしていた。
実はこの村では、タルガットはずっと彼の家にお世話になっている。
「ああ、すまねえな。聞き耳を立てるつもりもなかったが耳に入ってきちまってよ。」
「そりゃいいが・・・。」
タルガットが頬を掻きながら思案する。
ヤカランシュから聞くまでもなく、エヴェリーナはこの村の住人からとても慕われている。
だが同時に、村の住人は結界を張り続けるエヴェリーナに申し訳なさを感じていることも、この数日でタルガットは感じていた。
「エヴェリーナさまはこの村から離れることもできねえ。それも何百年もだぜ。俺たちゃエヴェリーナさまに幸せになってもらいてえんだよ。もちろんここはエヴェリーナさまの村であることには変わりねえ。いつ戻ったって俺たちゃ歓迎するけど、外の世界をよ、見てもらいてえんだ。」
「なるほど~。でも本人が行きたくないって言うのを無理やりってのもね~。」
「いや、姉さん違うんだ。エヴェリーナさまがそういうのは、俺たちのことを心配してくださってるからなんだよ。」
「だったら、エヴェリーナさんに安心してもらえるようにすればいいんだよね?ジョーガサキさん、ここに生協をつくってくださいよ、ベイルガントの代わりに!」
アルマがジョーガサキに話を振る。だがジョーガサキは首を横に振る。
「この村は、国から認識されていないからこそ、この国のセーフティネットたりえているんでしょう?だったら、生協という組織に加わることは、村の意義を損ないかねません。」
「ど、どういうことですか?」
「国に見つかれば、税や労役などが発生します。逆に国からの支援も受けられますが、同時に貨幣経済に組み込まれることで貧富の差も生まれる。そうなったら、この村からこぼれた貧困者や孤児たちを誰が救うのです?」
「そ、それは・・・。」
「私がつくろうとしている生協は、あくまでも国家という枠組みの中でのセーフティネットです。一部では富裕層向けのサービスと誤解されていますけれど。それに、この村は自給自足でなりたっているのですよ?生協としてモノの売買・・・はムリとして、物々交換を行えば生活は豊かになるかもしれませんが、エヴェリーナさんを安心させる材料にはなりませんよ。」
「その・・・せーふてぃねっとというのがどういうのかはわかりませんが、じゃあどうしたら?」
アルマの問いに、ジョーガサキはしばし考える。
「本人の自由意思に任せればいいと思いますが。どうしてもと言うなら手がなくはありません。」
「ほんとですか?」
「ええ。少し確認しなければならないことはありますが。エリシュカさん、エルフからハイエルフになるにはどうするのかを教えてください。」
「え?それは~・・・私の里では、武や魔法に長けた者が試練を受けることで・・・。」
「試練を超えたらすぐにハイエルフになるのですか?」
「いや試験を超えた者はハイエルフとして他とは離れて暮らすんだけど~・・・いつハイエルフになるのかしら~?」
「なるほど。だいたいわかりました。」
「えええ?ジョーガサキくん、何かよからぬこと考えてない~?」
「いいえまったく。ただ、ついでにちょっとベイルガントに意趣返ししようとは思ってますが。」
「それ、世間では悪だくみっていいますよね?」
アルマのつっこみをさらりと無視したジョーガサキは、エヴェリーナを説得する方法を皆に伝える。
「山姥の噂をベイルガントに流す・・・ですか?」
「それで、エヴェリーナさんが村を出たくなるっすか?」
「はい。間違いなく。」
首をかしげるアルマとシャムスに、ジョーガサキは悪魔のような笑顔を浮かべて答えた。