2-1 新しい冒険の始まり
新章のスタートです!
アルマ・フォノンは悩んでいた。
魔道具である槍マルテの効率的な使用方法についてである。
「私、マルテちゃんはもっとその能力を生かせると思うんだよね!」
『なんだと?あたしが手を抜いてるって言いてえのか?』
片手に持つ相棒マルテに向かい、そう切り出すアルマ。
「そうじゃなくてさ。マルテちゃん、相手を選んで声を届けられるでしょ。魔物に声聞かせたらさ、攪乱できるんじゃない?」
『言葉も理解できない魔物に何言うんだよ。』
「だから、音だよ。矢が飛んでくる音とかいきなり聞こえたら、びっくりして意識がそっち向くんじゃない?」
『む・・・』
「ほら、ちょっとやってみてよ。矢が飛んでくる音。」
『ひゅ、ひゅか!』
「ひゅか!ってそれ、なんかに刺さってんじゃん!そうじゃなくて、もっとこう、迫ってくる感じだよ。」
『ひゅ、ひゅおう!』
「弱弱しいよ!もっと強く!」
『うるせえ!こんな恥ずかしいこと、やってられるか!』
「あきらめるの速っ!なんであきらめるの?マルテちゃんのポンコツ!」
そんな話をしているのは、ラスゴー迷宮からの帰り道。
新たなパーティを結成以降、彼女たちは銀級冒険者タルガットとともにラスゴー迷宮での戦闘を繰り返しながら、互いの連携を深めていた。
何故か突然、過保護なポンコツ親父になってしまったタルガットも次第に落ち着きを取り戻し、今では通常運転に戻っている。
シャムスとランダは、少なくとも借金が清算できるまではアルマの家に居候することになった。
朝は、アルマの家の近くにある空き地で朝稽古。
その後、タルガットと落ち合って迷宮へ行き、連携の確認。
そして夕刻にギルドで報酬を受け取って解散。
それがここ最近のパターンとなっている。
生協の指名依頼がある日は、タルガットはお休みだ。
タルガットから取得するよう言い渡されていた「気配察知」と「隠密」のスキルについては、シャムスとランダはあっという間に取得することができていた。
聴覚や嗅覚に優れる獣人には取得しやすいらしい。
対してアルマは、「気配察知」はなんとか取得できたものの、「隠密」はいまだに取得できていない。
「アルマはまず性格を直さねえと、隠密は取れねえかもなあ。」
「ぐぬぬぬ。」
『ポンコツはお前だ、馬鹿娘。』
「返す言葉もない。」
とはいえ、シャムスに槍の型稽古を教わってから、アルマの槍も少しずつ上達していた。
そろそろ、何か違う依頼を受けてもいいかもな、とタルガットは思う。
「まあ、ゆっくりやればいいよ。アルマたちと一緒だと楽しいし。」
「そうですね。私たちのことはお気になさらず。」
「わあん、二人とも良い子だよー!」
年下のシャムスとランダに励まされ、アルマは嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになり、それを誤魔化すためか。二人に抱き着く。
頼れる仲間がいる。今まで一人で活動していたアルマにとっては、その事実が何よりも嬉しかった。
と、そんな話しをしながら、本日の精算をすべく冒険者ギルドへ。
だが、いつもは人の並びが悪いジョーガサキの受付には、なぜか子どもがいた。
「だから、どうして依頼を出せないんだよ!」
「何度も申し上げている通り、その薬草はラスゴーの森では採取された記録がありません。しかし依頼を受け付けた場合、依頼手数料が発生します。無駄な手数料を払うよりも、治療費に充てた方が良いのでは、と言っているんです。」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ!」
「おーい。穏やかじゃないな。一体どうした?」
見かねてタルガットが声を掛けると、少年が涙ながらに理由を話し始めた。
彼(テシャという名前らしい)の祖母が病気になったらしく、その治療にサリムサクという薬草が必要なのだということ。
しかしその薬草は希少で、ラスゴー周辺はおろか、近隣の都市でも扱ってはいないということ。
わずかな可能性に賭けて、冒険者ギルドに採取依頼を出そうとしたが、ジョーガサキに止められたということ。
そこにアルマたちが出くわしたというわけだ。
「なんという祖母思いの好少年。タルガットさん、なんとかなりませんか?」
「なんとかっつってもなあ。」
テシャ少年に感化されたのか、目を潤ませて言うアルマにタルガットが答える。
長年にわたってこの町で冒険者として活動してきたタルガットも、そんな薬草は聞いたことがなかったのだ。
「お願いします!お金は・・・あんまりないけど、あるだけ払います!足りない分は、働いて必ず払います!」
そう言って何度も頭を下げるテシャ少年を見て、一同は顔を見合わせる。
何とかしてあげたいという少女たちの視線を受けて、タルガットが言う。
「よし、じゃあこうしよう。とりあえず、森には俺たちが探しに行ってやるよ。」
「ほ、本当ですか?」
「そろそろ迷宮以外で狩りの訓練をしようと思っていたところだ。ただし、契約はなし。サリムサクとやらが見つかったら必ずお前に渡すと約束するし、知り合いの冒険者たちにも声をかけてやるよ。だが、それでも見つからなかったあきらめてもらう。いいか?」
「本当に探してくれるんなら、それでいい。」
「大丈夫。ちゃんと探すよ!」
「私たちは鼻が利くんだ。もしあるんなら、必ず見つけるよ!」
アルマとシャムスの言葉を受けて、テシャ少年はうなづいた。
「とりあえず必ず連絡はいれるから、安心しろ。」
「はい。よろしくお願いします!」
住所を改めて確認した後、テシャ少年は何度も頭を下げながら帰って行った。
それを見届けて、ジョーガサキが言う。
「さすが我が生協を代表する皆さんです。奉仕精神に感服する思いです。」
「いや、そんな嫌そうな顔で言われても。」
「つか俺はセーキョーじゃねえし。」
即座に突っ込むアルマとタルガット。
しかしジョーガサキは動じない。
「時に皆さん、森の探索には野営の準備が必要かと思いますが。」
「ああ、そうだなあ。」
「おお!野営!・・・う、けれど先立つものが。」
「それでは、こちらでどうでしょう。」
そこでジョーガサキが奥から何かを持ちだしてくる。
「アルマ・フォノンさんのように素材採集の道具を揃えてない冒険者は意外と多いらしいので、初心者向けのセットを組合員限定で売り出そうかと思いまして。商店の皆さんにも協力いただいて、試作品を作ってみたんです。そのついでに、野営用のセットもこちらに。」
「お前、これを狙ってやがったのか。」
「何がでしょうか、タルガット・バーリンさん?」
「俺たちがあの少年の依頼を受けたら、これを売り込めると思ったんだろ。」
「なるほど。だからちょっと嬉しそうだったんだな。」
「え!この顔のどこが嬉しそうなの?」
シャムスにはジョーガサキの顔が嬉しそうに見えるらしい。
その言葉に、アルマが驚く。
「いい機会だと思ったことは認めます。それで、どうですか?」
「テントに、毛布、鍋、調理用ナイフ、ロープ・・・ちょうど3人用か。ジョーガサキの思い通りってのは気に食わないが、これでいいんじゃないか?」
「ええと・・・おいくらで?」
「素材採集セットは200コルン、野営セットは400コルンですね。」
「う・・・。」
「皆さんの懐事情は把握していますから、お金は私が個人的にお貸しします。個別に管理するのは面倒なので、すべてリーダーのアルマ・フォノンさんに貸し出すという事でいいですか?」
「え!私リーダーじゃないですよ!」
「ごちですリーダー。」
「ありがとうございますリーダー。」
「えええええ!ちょっと、シャムスちゃん、ランダちゃん?プレゼントするわけじゃないからね?」
こうして、パーティのリーダーがアルマと決まった。
そしてシャムスとランダのそれぞれに素材採集用セットが、パーティには野営セットが揃えられることとなった。
地道に返済を進めていたアルマの借金は、またちょっと増えた。
このままでは、ジョーガサキに借金漬けにされてしまう。
相変わらず嫌そうな顔を浮かべるジョーガサキだが、シャムスの発言の後では、なぜだか嬉しそうにも見える。
そこでタルガットが言う。
「後はあれだな。そろそろ、装備の更新を考えようか。」
アルマの借金は、さらに増えそうだ。
ここから少しずつ、冒険譚っぽくなっていく。。。はず。。。