7-8 楽園
鎧たちとの戦いは、アルマ達のペースで始められた。
最初こそアルマの無差別攻撃でペースを乱されたものの、「銀湾の玉兎」の面々にとって、アルマの奇抜な行動は「よくある」こと。
鎧たちよりもいち早く体制を整えなおし、一斉に攻撃に転じた。
だが、鎧たちもさすがというべきか、バリガンが用意しただけあって、完全に崩すことはできなかった。
徐々にペースを取り戻し、気が付けばいつもの1対1という状況に追い込まれていく。
鎧たちの必勝パターンだ。
そんな戦いを見ながら、エヴェリーナは遠い昔のことを思い出していた。
それはバリガンとこの村で過ごした、最後のひと頃の記憶。
××××××
そう、あの時バリガンは、この試練に用いる鎧たちの制作を嬉々として進めていたっけ。
当時は一体何に使うのかも分かっていなかったけれど。
「あなたは一体、何をしているの?」
意図的に呆れた声をあげた私に、バリガンが笑顔で答える。
「こんな世の中だ。何か、思ってもみなかったことが世界のどこかにあった方が楽しいだろう?」
「それを、あなたがわざわざ創る理由は?」
「うん?いや、別にないな!」
「・・・あなたは一体、何を言っているの?」
私は今度こそ、心の底から呆れた。
「いや、まああれだ。どこの誰がつくったかわからんもんじゃ有難みがないだろう?その点、俺は今じゃ一国の主だ。遠い未来に俺がどう語られるのかは知らないけど、多少は箔もつくだろう。」
「それは・・・まあそうでしょうけど。」
「この国はちょっと大きくなりすぎた。悪いことじゃないけど、やっぱり俺の理想とはずいぶん違う形になっていくだろう。だからせめて、生まれ育ったこの場所にさ、残しておきたいと思ってさ。」
「この村を?」
「村が理想ってわけでもないけどな。そうだな・・・希望を、かな?」
今、この村には彼が引き受けた孤児たちが暮らしている。
彼らはやがて大きくなり、子を成すだろう。
一部は村を離れていくだろうけど、残念ながら孤児はどこにでもいる。
村の新たな住人になる者は、これからも出てくるだろう。
そうした者たち。この国の平穏な暮らしから、あぶれてしまった者たちの、最後の希望。
差別も貧富の差もない最後の楽園。
この村がそうであればいいと彼は言っているのだろう。
たとえ、ここで救える命がわずかではあっても。
「その村に、自分のお墓とよくわからない仕掛けを置く意味は?」
「そりゃあお前、隠れ里なんだから冒険味のひとつくらいほしいだろうが。」
「そこにはまったく同意できないのだけど。まあいいわ。だったら私が見守りましょう。」
「エヴェリーナ?」
「私が愛した唯ひとりの男が何を成したのか。それが未来に、どう受け継がれていくのか。それを見届ける余生も悪くないわ。」
「いや・・・そうは言っても、この仕掛けにたどり着くヤツがいつ現れるかなんてわからんぞ?」
「生憎、時間だけはいくらでもあるの。あなたと違って。」
「いやいや、永遠に現れない可能性だって・・・。」
「この村を守る者も必要でしょ?私がいれば、結界を保つことができる。隠れ里なんだから、それっぽくしておいた方がいいでしょ。」
「俺としては、お前をいつまでも縛りたくはないんだけどな。」
「それは私が決めることでしょバリガン。私は、私の意志でここに留まるの。」
「・・・そうか。すまんな。」
「気にする必要はないわ。誰か他に好きな男でもできたら、その時はどうなるかわからないけどね。」
「ああ、構わない。というか、俺としてはエヴェリーナが幸せであればそれが一番なんだからな。」
「ふふ、わかってる。あとは・・・心配なのはマルテね。」
「そうだな・・・あいつもいつか、自分が何者なのかに気づくだろう。だが、あいつは大丈夫だ。」
「バリガン?」
「もしいつか、この仕掛けにたどり着くヤツがいるんなら、そいつはマルテと一緒にやってくる。というか、マルテが認めた者しか来れないだろうからな。」
そう。
あの時バリガンは、そう言って笑ったのだ。
××××××
いま、ここにバリガンの意思を継ぐことになるかもしれない少女がいる。
そして彼女が率いる「銀湾の玉兎」の面々は、はつらつとして鎧たちと刃を交えていた。
そこには、悲壮感はない。
あるのは、未来へ進もうという強い意志だけだ。
エヴェリーナはそれを不思議な感慨をもって見つめていた。
予想していたのとはまったく異なる後継者。
しかし彼女は、槍マルテと心を通わせ、合唱魔法などという想像だにしなかった技を見せつける。
なぜかそれは、妙に温かい心持ちにさせる光景で。
『徐々に押し込まれてる、このままじゃいままでと一緒だぞ!』
「みんな、なんとかして相手の連携を崩して!後は私が決めるから!」
「アルマがこっちの連携を崩すからこうなってるっすよ!」
「そうだ、反省しろアルマ!」
「ええええええ!」
「ふふ。わかりました、私が崩しますから、後はよろしくお願いしますよ!」
ランダはそういうと、おもむろにマイヤの下に走り出す。
「マイヤさん、それじゃあ行きますよ!」
「おう、防御は任せろ!」
ランダが声を上げると、マイヤが応える。
「雪さん、シノさん。私の魔力を捧げます。存分に戦ってください。」
ランダは錫杖をシャラリと鳴らし、目を閉じる。
練り上げた魔力が彼女と、ネズミの雪音、サカナの東雲が体を発光させる。
防御を完全に捨て、雪音と東雲の攻撃にすべてを預ける形だ。
対して鎧の方は、マイヤと対していた杖持ちがランダにも攻撃の矛先を向けてくる。
「聖盾6連!」
相手の動きを見越していたのか、マイヤが叫ぶと6つの盾が空中に生み出される。
マイヤはその盾を自在に操り、相手の魔法攻撃をすべて受け止めた。
それと同時に、ランダの魔力を受け取った雪音と東雲が大きな石礫と氷塊を生み出すと、相対するゴーレムにぶつける。
それまでよりもはるかに強力な攻撃にゴーレムは耐えきれず破壊される。
しかし、雪音と東雲の攻撃はそれで終わらず、ゴーレムを使役していた杖持ちの鎧へと向かう。
「よっしゃ!狙い通り!」
マイヤが叫ぶ。
豊富な攻撃手段を持つランダが攻撃を担い、【聖盾】という固有スキルをもつマイヤが防御を担う。それが二人の立てた作戦だった。
聖盾の複数制御は難易度が高く、ランダは魔物に直接狙われるといまだに体が硬直してしまう。
賭けではあったが、それぞれが苦手な部分を埋めるより、得意な部分を伸ばして補い合う方が相手を崩せる可能性は高い。
そして崩すのは、わずかの時間でも構わない。
「姉さま、さすがっす!」
ランダとマイヤが崩した相手のスキを突くべく、シャムスが走り出す。
ゴーレムを破壊された杖持ちはすでに次のゴーレムを生み出し、雪さんとシノさんの繰り出す魔法攻撃に対処している。
だが、その対応に追われ、走り寄るシャムスに対応しきれない。
シャムスのすぐ後ろを、斧持ちの鎧が追いすがる。
だがシャムスは振り返ることなく、まっすぐに杖持ちの鎧へ迫る。
「おらああ!!」
シャムスが斧を振るう。杖持ちの鎧の左腕が吹き飛ぶ。
その攻撃の間にシャムスに追いついた斧持ちがシャムスの背後から巨大斧を振り下ろす。
シャムスの肩口に当たるかと思われた瞬間、シャムスがくるりと体をひねり、その回転の勢いのまま斧使いを蹴り飛ばす。
「これが私の特訓の成果っすよ!」
シャムスは目を閉じていた。それがシャムスの秘策だった。
なまじ視覚が良すぎるゆえに相手の変則的な動きに惑わされてしまうシャムスは、タルガットを相手に、目で見ず音で相手の攻撃を見極める練習を繰り返していたのだ。
「その斧は音もでかいからわかりやすいっすよ。」
シャムスが杖持ちの一体の腕を切り飛ばし、さらに斧持ちを蹴り飛ばしている間にランダは雪さんとシノさんを槍持ちのもとに向かわせていた。
その攻撃により、アルマと槍持ちの間には距離ができる。
『アルマいまだ、行くぞ!』
「了解!古より継がれし一条の槍マルテに冀う、闇払う刃は心に、心根伝う柄は肉に・・・」
アルマが呪文を唱える。
それは、前日エヴェリーナがアルマとマルテのために考えたものだった。
××××××
「手を出してごらん。」
「手、ですか?」
右手はアルマの左手を、左手はマルテを握る右手を。
「長い時を生きるとね、少しずつ心がすり減ってしまうの。だから、私たちハイエルフは、人と記憶を共有する魔法を覚えるのよ。」
「記憶を・・・?」
「ねえマルテ。どうせ人の姿になるのなら、バリガンを叱ることができたただ一人の女性の姿を借りるのも一興ではないかしら?」
『エヴェリーナ、それって・・・。』
「ええそう、今から見せるのは、バリガンの母、メルローサの記憶。」
そうして私は、咒を唱えた。
××××××
『顕現!』
マルテが叫ぶ。
するとアルマとマルテを覆っていた光が離れ、一人の人間の姿となっていく。
その姿は、数日前にベイルガントの町で見た、あの胸像によく似ていた。
『だっははは!オラいくぞお!』
「おうともさ!」
人の姿を得たマルテが徒手空拳のまま、アルマとともに槍持ちの鎧に迫る。
マルテは、アルマの動きを完璧に把握し、その行動を阻害することなく槍持ちのスキを突いていく。
実質2対1となった槍持ちは瞬く間に追い詰められていく。
『一気に決めるぞ!』
「っせーの!」
マルテが鎧の足を払い、体勢を崩したところでアルマの槍が鎧の頭を吹き飛ばす。
『まず一体!』
「アルマの変な技に見せ場を取られるわけにはいかないっす!」
シャムスの腕が光る。
一気に加速したシャムスは、起き上ろうとする斧持ちに迫ると、その勢いのまま両手、両足を切り飛ばした。
「雪さん、シノさん、お願いします!」
リン!
ランダが鈴を鳴らすと、雪音、東雲の周囲に先ほどまでよりさらに大きな石礫と氷塊が現れる。
それらは一気に、片腕となった杖持ちを貫いた。
最後の一体となった杖持ちが、無差別でアルマたちに魔法攻撃を仕掛けてくる。
「聖盾!アルマ、とっとと決めろ!」
マイヤがその攻撃を魔法の盾で防ぐ。
盾の陰から杖持ちに迫るのは、マルテとアルマ。
二人の攻撃が、最後の一体に届く。
アルマたちは、バリガンの試練を乗り越えた。
お読みいただきありがとうございます!
更新が滞っててすみません。
ちょっと今までとは違う表現もあり、戸惑うかもですが・・・。
楽しんでいただければ幸いです。