7-5 バリガンの試練
磐座にできた穴を覗くと、階段が見える。
どうやらここから地下に降りられるようだ。
「こんな仕掛けになっていたのね・・・。」
エヴェリーナが目を丸くしたまま言う。
彼女も、鍵を使うところは初めて見たらしい。
穴の奥を油断なく覗いていたタルガットが振り返って尋ねる。
「さて・・・これからどうする?」
「そうね~。今日はもう遅いから、中に入るのは明日にした方がいいかもね~。」
「でしたら、皆さん家に泊まっていきなさい。バリガンの後継者ですものね。」
「後継者・・・わたしがっ!!」
『よおし馬鹿娘、喜んだな?あたしがきっちり後継者として鍛えてやるからな。覚悟しとけよ?』
「え?今まで以上に?」
『後継者として恥ずかしくないくらいにギッタンギッタンに育てる。』
「それ育てる音じゃないよね?」
ともあれ、アルマ達は一旦村に戻ることにした。
磐座の穴は、アルマがカギとなっている魔道具を外すとひとりでに消え、元の岩肌が現れる。誰かが間違って入り込むことはないだろう。
村に戻ると、村人たちがたくさんの食材をもってエヴェリーナの家の前に集まっていた。
来客がいることを子どもたちから聞いて、持ってきてくれたのだという。
やはりエヴェリーナは村人たちから慕われているようだ。
だが、食材の量が多すぎる。
それならいっそみんなで食べようということになり、急遽村を挙げての宴会が決まってしまった。
アルマたちも村に来るまでに仕留めていた魔物の肉を提供。
さらにエヴェリーナの家の厨房を借りて、ジョーガサキから教わった焼き菓子をつくることにした。
村人たちも女性陣が数人ずつで集まって、それぞれに調理をするようだ。
男性陣は、各自の家から机やイス、食器などを持ち寄る。
やがて、できた料理がエヴェリーナの家の前に運ばれると、なしくずしに露天の宴会がはじまる。
村では恒例なのか、エヴェリーナの家の屋根や周囲の木々には光を放つ魔道具が据えられており、立ち並ぶ木々と古いレンガ造りの家が幻想的な光景が創り出していた。
さらに村人たちもさまざまな種族が入り混じっていて、見ているだけで楽しい。
「しっかしお前らといると、どこ行っても宴会に巻き込まれるな。」
「え?私たちがおかしいんすか?」
「さびれた村だと冒険者は歓迎されるけど、村総出でってのはそんなにないわよ~。」
「まあいいじゃんか。楽しいし!」
「マイヤ~、食べすぎると太るわよ~。」
「エ、エリシュカこそ飲みすぎに気をつけろよ!」
タルガットたちが話をしていると、遅れてアルマとランダが大皿に大量の焼き菓子を乗せてやってくる。
「わあもう始まってる!遅れてごめんなさい!」
「慌てなくてもいいですよ。さて皆さん、この村が建国の王バリガンによって作られたことはご存じと思います。彼女たちは、そのバリガンの試練を受けるためにこの村に滞在されることになりました。試練がどの程度のものでいつまで滞在されるのかはわかりませんが、私にとっても大切な客人です。どうぞ彼女たちを助けてあげてくださいね。」
エヴェリーナに紹介されたアルマたちが揃って頭を下げると、村人たちは笑顔と拍手で歓迎してくれた。
バリガンの試練についても、誰も疑問に思っている様子はない。
もしかしたら、いつの日か挑戦者が現れるということは伝わっているのかもしれない。
ともあれ、改めて宴会が再開される。
中央に置かれた料理を各自自由に自分の食器に盛って食べる形式のようだ。
アルマたちは早速手分けして、それぞれの料理を少しずつもらってくる。
「おいしい!」
「さすがに森の中だけあって香草やキノコがふんだんに使われていますね。複雑な味と香りがします。」
「姉さま、こっちの魚もおいしいっすよ。」
「エルフの里とも違う味付けだが、美味いな。この潰した芋みたいなのはなんだろう。」
「それはコルナルという木の実をつぶしたもの。この村では主食代わりになってるのよ。」
新しい食味を堪能するアルマ達に、エヴェリーナが微笑みながらそれぞれの料理の解説を加えていく。
アルマとランダがつくった焼き菓子も村ではまず食べられないものとあって、子どもや女性陣に好評だった。
「それにしてもあのマルテがあそこまで人に心を許すなんて。」
「え!マルテちゃんですか?」
「ええ。バリガン亡き後、マルテは長いこと、この村にあったの。でも、誰もバリガンほどうまく扱うことはできなかった。それで、最初はバリガンの技を伝えるんだって言っていたマルテも、次第になんていうか・・・持ち主に期待を持たなくなってしまってね。このままではいけないと思った私は、遠いエルフの里に預けることにしたの。」
「ああ、なるほど。それをカレルヴォ兄さんが受け継いだのか。」
「カレルヴォ?」
マイヤがエヴェリーナに説明する。
かつてエリシュカの兄カレルヴォがマルテの持ち主であったこと。
タルガットと共に、一時は金級冒険者に届くとまで言われていたこと。
だがカレルヴォは不幸な事故によって亡くなったこと。
その後、マルテは長いこと鍛冶屋の片隅に放置されていたこと。
タルガットとエリシュカは、何も言わずにその話を聞いていた。
「そう。そんなことがあったのね。恐らくマルテはそのカレルヴォに最後の望みをかけていたんでしょう。だけど、その夢は叶わなかった・・・。」
「そういえば、当時はだいぶやさぐれてたってシャヒダさんから聞いたことある。けど、マルテちゃん、私と会った時からポンコツではあったけど、今とそんな変わらないよ?」
アルマがオーゼイユに向かう途中に聞いた話を思い出しながら呟く。
「なんだシャヒダの野郎、そんな話ししてたのか。」
「あ、これ内緒だったかも?タルガットさん、聞かなかったことにしてください。」
「ポンコツはあんたよアルマ~。」
「ななな、なんてことを言うんですか!」
バリガンの愛槍をポンコツ呼ばわりするアルマに、エヴェリーナは目を丸くしたが、周囲にいじられる様子を見て、思わず吹き出してしまう。
「あ~。気を悪くしないでほしいっす。アルマは、変な回路だけやたら敏感なくせに、他人の悪意には異常に鈍感なんす。」
「そういう意味ではマルテさんはアルマさんにぴったりですよ。それがいいことなのかはわかりませんけど。」
「そうだな。ただ、ワクワク担当なだけでな。」
「なんだろう、パーティメンバーの気遣いが嬉しいけど痛い!」
「うふふ。あなたたちの会話を聞いているだけで、マルテとの関係もわかります。アルマさん、あなたは不思議な人ね。」
「ふえ?」
「うちの自慢のワクワク担当っすからね。」
「ええ。うちのワクワク担当はすごいんです。」
「これ以上仕事しなくてもいいからな、ワクワク担当。」
「ありがとうみんな、違う意味で涙出そう!」
そんなこんなで夜は更けて。
アルマたちは村人や村の子どもたちともしっかりと交流を深めた後、エヴェリーナの家に泊めてもらった。
タルガットは遠慮したのか、村の男性と一緒に飲みに出て、そのまま彼の家に泊めてもらっていた。
明けて翌日。
アルマたちはエヴェリーナと共に、朝から再び、バリガンの墓所を訪れた。
「それじゃあ、行きますよ。」
アルマが磐座にカギを嵌め、魔力を流すと、磐座の深部へと続く階段が現れる。
タルガットが先頭に立ち、揃って階段を降りると、そこからは真っすぐに伸びる長い通路になっていた。
壁全体が淡緑色に発光している。
かつて潜った泉の迷宮と景色は違えど、似たような空気をアルマたちは感じた。
もしかしたらここは、神域に近いのかもしれない。
と、その途中でタルガットが立ち止まる。
「タルガットさん、どうしたんですか?」
アルマが尋ねる。
「シャムス、ちょっと来い。これ、わかるか?」
「えっと・・・ああ、トラップがあるんすね?んんん?これって・・・」
タルガットが示したところには迷宮でも見られるトラップが仕掛けられていた。
踏むと発動するタイプのようだ。
だが本命はその先。目の前のトラップと飛び越えたところに、巧妙に隠された別の罠がある。
「これは、きっちり解除しないとあっちの罠に誘導されるっすか?」
「よし。よく気づいた。どうやらバリガンさまは、俺たちの力量を試したいみたいだな。お前ら、気を引き締めろよ。」
アルマたちの方を振り返り、タルガットはそう告げた。
アルマたちがそれに頷く。
そこからは、まるで迷宮を探索しているかのようだった。
多様な種類の罠に加え、隠し扉までが用意されていた。
道が分岐していないのと、魔物が現れない分進みやすくはあったが。
高齢ゆえに体力が心配だったエヴェリーナも難なくついてきている。
だが、突然通路が途切れ、広間が現れる。
広間は円形になっており、その壁一面には、20体ほどの鎧が並べられていた。
アルマたちは広間の中心まで進む。
と、突然数体の鎧が動き出し、アルマたちの前に並ぶ。
エヴェリーナを抜けば、ちょうどアルマたちと同じ人数。しかも手に持つ武器までが一緒だった。
「これは・・・。」
『へへへ。どうやらお次は武力を試されるみたいだな。アルマ、いくぜ!』
「おうともさ!」
「え~、私も入ってるの~。」
「エリ、おしゃべりは後だ。来るぞ!」
鎧たちは構えると、一斉に動き出した。
それと同時に、アルマたちも一斉に動き出す。
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