閑話 ルスラナ・クエバリフの受難
ここでちょっと、変わった切り口で。
「きょ、今日から冒険者ギルド、ラスゴー支部の職員となりました。ルスラナ・クエバリフと申します。よろしくお願いします!」
よし、うまく言えた。私は、こっそりと安堵の息をつく。
しがない騎士爵の3女として生まれて、18年。それでも、何の苦労もしないまま育ててくれた両親には、心から感謝している。
でも、これからはそうはいかない。
悪くはないと思うけど、すごく器量がいいわけでもない。取り立てて何かの才能があるというわけでもない。
それでも、自分の足で歩いていくために、自ら選んだのだ。この冒険者ギルド職員という仕事を。
「ルスラナは当面、窓口業務のサポートに回す。この支部のルールやらなんやら、色々教えてやってくれ。いいな。」
そう言って私の肩を叩くこの人は、ダリガ・ソロミンさん。以前は冒険者をやっていたという女性で、現在はギルド支部のサブマスターを務めているそうだ。
器量も気風もよく、仕事もできて頼れる女性。自立をめざす女性たちにとっての憧れの存在だ。
「ルスラナの指導担当はジョーガサキ、お前がやれ。」
「お断りします。」
それが、彼との最初の出会いだった。
この辺りではあまり見かけない、平たい面長の顔と切れ長の瞳。青白い、でも妙にきめ細やかな肌。独特の分け方をした黒い髪。
そして、少なくとも悪くはない顔立ちと、それを台無しにするしかめっ面。
「お断りしますじゃねえ。やるんだよ。」
「理由をお聞きしても。」
「ギルマス命令だよ。」
「では仕方ありませんね。」
ものすごく嫌そうな表情を浮かべてため息をつくジョーガサキという男に、私はあきれてしまった。
なんなんだこの男は。ダリガさんに向かって偉そうに。それに、まるでやる気が感じられない。
私たちの生活を守ってくれる冒険者たちをサポートするのが、私たち職員の仕事。
誇りある職務に、何でこんな男が。
それが私の、ジョーガサキという男に対する第一印象だった。
「ここにある依頼書をすべて把握してください。」
「こ、ここにある依頼を全てですか?」
ジョーガサキにまず連れてこられたのは、さまざまな依頼書が貼られた掲示板だった。
「どんな依頼があるか。その難易度は?報酬は一般価格と比して高いか低いか?それを把握していないと、それぞれの冒険者に対して効率的に依頼を配分することができませんから。」
「依頼は、冒険者が自己責任で選ぶのでは?」
「基本はそうです。ですが冒険者というのは適当ですから、サポートが必要です。ほら、受付業務の開始時間まで間がありませんよ。急いでください。」
わかった。これは、いじめだ。
指導するのが面倒だから、それらしいことを言って、無茶な業務を押しつけようとしてるんだ。
いいでしょう。これでも暗記は得意なのよ。見てなさい。
「お、覚えました・・・。」
「お疲れ様です。でも、暗記が難しかったらメモでもいいですからね。」
先に言いなさいよ!
「わたしはすべて記憶してますが。これは毎日行ってくださいね。」
「ま、毎日ですか・・・。」
「依頼は毎日変わりますから、当然でしょう?」
「く・・・。ちなみに左端から二列目、上から3つ目の薬草採取の案件ですが、一般的な報酬価格はどれくらいですか?」
「上から4つ目ですね。」
「はい?」
「薬草採取の案件は上から4つ目です。一般価格と比較すると少し安いでしょう。ですが今の時期は供給過多になるので、それを加味すると一般的と言えます。ちなみに、年間の価格変動はこちらに。案件の種類とその一般的な報酬額は、こちらに過去の依頼が種別にファイルしてあります。今週中にすべて目を通してください。」
「う・・・はい。」
「こちらは現在出ている依頼のうち、注意案件のリストです。通常より魔物の発生率が高くなっている地域、強力な魔物が発生したとの報告があった地域の依頼をまとめています。こちらは窓口業務の前に把握してください。」
「は・・・はい。」
意趣返しのつもりで質問したら仕事が増えた。なんてこと!
いいわよ。やってやるわよ。こんな陰湿ないじめには負けませんからね!
そして、窓口業務がはじまった。
案の定、この男の前に並ぶ冒険者はいない。
そりゃあ、こんなにやる気のなさそうな男、願い下げだろう。あ、ようやく一組来たみたい。
「この依頼受けるぜ。とっとと処理しろや。」
「現在この辺りでは強力な魔物の目撃報告があがっていて危険です。別の案件をお勧めします。」
「ああ?俺たちじゃ役不足だって言いてえのか?」
「そう申し上げました。」
「おい、俺たちゃ黒鉄級だぞ。こんな案件、俺たちゃ何度もやってんだよ!」
「周辺で目撃されているのは紫斑大蛇です。魔法攻撃が有効な魔物ですが、皆様のなかには魔法攻撃が得意な方はおられませんよね?」
「う、うるせえな。紫斑なんか、何度も倒してんだよ。いいから処理しろよ早く」
「忠告はしましたからね。」
ここ、怖かった。やっぱり冒険者の人は怖いですね。
それにしてもこの人、あんな言い方では冒険者の方も引くに引けなくなるでしょうに。
と、次の冒険者が。あ、また別の依頼勧めてる。次も・・・あ、まただ。
何なの、この人!難癖付けないと気が済まない病なの?
次は・・・あら、可愛らしい男の子。
「あの・・・依頼を出したいんですけど。3日前からうちで飼ってる猫がいなくなっちゃって。」
「受け付けられません。ペット探しの依頼料は200コルンからです。払えませんよね?」
「そ、そんなに。いえ、は、払います!」
「そんな大金をあなたがお持ちだとは思えませんが。」
「後で親に言って出してもらいます。大切な家族なんです。それに、最近体が弱ってて。でも、うちの近所の空き地でいなくなって。きっとなんかあったんです!」
「では早急にお金を集めてください。集まったら、依頼を受け付けますので。」
「~~~~っ!」
だから言い方!ああ、かわいそうに、男の子は帰ってしまった。
「ちょっと、さすがに今のはないんじゃないですか?」
「言い方を変えたところでどうにかなりますか?冒険者ギルドを通して受けた依頼は、行政が認める正式な『契約』です。違反者には罰金もしくは刑罰が科せられます。安易に依頼を受けると、後で苦労するのは当人ですよ。」
「それは・・・そうですけど。」
「それよりもそろそろお昼です。お昼休みは自由にして構いませんが、戻ってくるときに掲示板の確認を。どの依頼が剥がされたのかを確認して、冒険者の行動を把握します。」
そういうなり、彼は何かをさらさら書きつけると席を立つ。他の職員たちにそれを渡すと、ギルドの一角に机と椅子を持ち込み、何やら幟をたてはじめた。
「冒険者生活協同組合」「組合員募集中」?
なんなのあれは?なんでギルド内で変な組織の勧誘してるの?なんで誰も言わないの?
そんで、なんでそんなところでお弁当食べてるの?あれじゃあ、ますます誰も近寄らないじゃない。
もういい。わかった。ギルドマスターがこの人を指名したのは、この人を反面教師にしろってことね。
見てなさい。あんたより私の方ができるってところ、見せたげる!
ギルド内の食堂で急いで食事を取りながらも、あいつを観察する。
あ、あいつタルガットさんと話ししてるじゃない!
銀級の、ちょっと、いやかなり格好いいおじさま。私も仲良くなりたい。
じゃなくて!
「掲示板の確認終わりました。剥がされた案件はここにまとめてあります。」
「3件足りませんね。各職員が受け付けた依頼控えがあそこにありますから、確認してください。」
控えがあるなら、チェックする必要ないじゃない!
「剥がすだけ剥がして、受付を通さない冒険者もいますから。その場合、誰も依頼を受けられなくなる可能性もあるので。」
わ、わかってるわよそんなこと。
「では、昨日集めた依頼終了確認書の集計をお願いします。達成を確認した依頼は種別ごとに仕分けを。未達成の依頼は再掲示の手配を。各冒険者から集めた情報は、地域ごとに整理してレポートに。要注意情報は地図上で確認して、その周辺の依頼を注意案件扱いとしますのでリストアップをお願いします。」
や、やってやる。やってやるわよ!
「まとめました・・・。」
「こことここ、計算が間違っています。この情報は注意案件になります。過去の注意喚起案件のリストと照らせば基準はわかります。こちらがそのリスト。こちらも今週中に一読されることをお勧めします。」
ぐぬぬ。
「修正終わりました。」
「お疲れ様です。ちなみにこの作業は必須業務ではありません。」
じゃあなんでやらせたのよ!
「この作業をすることでギルド内でどんな案件が動いているか把握できますから。注意案件は通常サブマスターが判断しますが、彼女は感覚で判断するので、別の判断基準にもなります。」
ダリガ様に対してなんてこと言うのよ!
てか、この時間、あんたは何してたのよ!
「終了確認書の添削をしました。各職員ごとに追加すべき情報項目を付けてますのでそれぞれ担当者に配布して記入させてください。」
は、速いわね。この時間で本当に全部見たの?うわ、ちゃんと全部見てる。てか、字めっちゃきれい。
「この時間からは、依頼達成を確認する業務が多くなります。買取業務はこちらの価格表を参考にします。価格は日々変動しますので、毎日確認してください。依頼とは別に確認すべき項目はこちら。依頼終了確認書を作成するときに合わせて記入してください。こちらの情報は別途データを累積しておくといいでしょう。あ、これは必須業務ではありませんが。」
やりますよ!やればいいんでしょう!
て言ってたら、本当に依頼を終えた冒険者たちが集まってくる。
やっぱりこいつのところに来る冒険者は少ない。
何よ。偉そうなこと言って嫌われてたら意味ないじゃない。
と、そこに駆け込んでくる冒険者。
「おい!大変だ。紫斑大蛇が出た。セバァラの奴が治療院に運ばれたぞ!」
騒然とする冒険者たち。
え?それって、朝こいつが受け付けた冒険者じゃない。どうすんのよ?てか、なんでそんな普通なの?責任感とかないわけ?
「ああ、それなら大丈夫だ。たまたま現場に居合わせたタルガットさんが駆けつけて、ちょっと噛まれただけで済んだらしいぞ。解毒薬もタルガットさんが持ってたみたいで、大事ないってさ。」
と、別の冒険者の声。
え?え?どういうこと?
混乱してるうちに、ジョーガサキの前に別の冒険者がやってくる。
「ジョーガサキさん。タルガットさんから伝言聞きましたよ。西地区の倉庫点検してきたので依頼達成の処理お願いしますー。」
「お疲れさまです、アルマ・フォノンさん。シャムスさん。ランダさん。ちなみに猫はいましたか?」
「いました!ちゃんと金具屋さんのところに連れていきましたよー。」
え?え?猫ってなに?朝の男の子の依頼?断ったんじゃないの?
「ちょっと、どういうことですか?」
「なにがですか?」
「紫斑大蛇とか、猫とか、全部ですよ!」
「紫斑大蛇は彼らには難しい案件でしたのでタルガット・バーリンさんに別案件を紹介がてら、様子を見るようお願いしておきました。猫については、彼の家で猫を飼っていることは誰もが知っていますから、3日も見つかっていないなら、周辺にはいない可能性が高い。昼間に彼の家周辺の依頼は優先するよう他の職員には伝えましたが、それで見つからないとなると、地理的に西地区の倉庫にいる可能性が高い。ついでにアルマ・フォノンさんたちに見回るようお願いしただけですが?」
な、なんなの、こいつ?
こんだけの業務のなかで、他の職員の書類添削や独自の集計に加えて、保険のためにタルガットさんに根回ししてたの?
てか、猫探しの子は名前も名乗ってなかったじゃない。あの子の名前も、住居周辺の情報も全部暗記してたの?そのうえで、猫の行動を予測したっていうの?
「冒険者の実力把握も、町の住人や地理の把握も、より詳細にしておけば無駄な業務が防げます。つまり、残業しなくて済むということです。」
それがどんだけ大変かわかってんの!
と、心の中でそこまで突っ込んで気づいた。紫斑の件も、猫の件も、まったくこいつの評価につながっていないことに。
恐らくどちらも、こいつが裏でここまで動いていたことになんか気づかない。
ああ、そうか。
ギルドマスターが、こいつを教育係にした意味が、ようやく分かった。
ギルド職員はサポートするのが業務。自分が評価されようがされまいが関係ないんだ。
そんなことには関係なく、完璧なサポートをすること。
その理想形を、こいつに学べってことなんだ・・・。
っっって、なるかー!
まったく納得できない!
見てなさい。絶対こいつより、仕事できるようになってやる。そのうえで、冒険者や依頼主とのやりとりも、百倍うまくできるようになってやる!
みてなさいよ、ジョーガサキ!!
初評価いただきました!わあい、うれしい、うれしい!
ブックマークもありがとうございます。
そんな日に、閑話で、しかも投稿おくれたんですが。。。仕事忙しかったんです。ごめんなさい。