6-12 ムスリカ少年の鬱屈した毎日
その日。
ムスリカ少年は人生で最悪の誕生日を迎えた。
冒険者だった彼の両親は、誕生日を祝う費用を捻出するため、前日から狩りに出たまま帰ってこない。
親の言いつけを守り、一人で留守番をしていたムスリカ少年は、誰にも祝われることもなく、誰と話すこともなく。
ただじっと、部屋の椅子に座って両親の帰りを待つだけで誕生日は過ぎ去った。
待ち疲れて、椅子に座ったまま寝てしまったのだろう。
少年を起こしたのは、小さな借家の玄関扉を叩くノックの音だった。
お父さんとお母さんが帰ってきた!
少年は急いで玄関に向かい、扉を開けた。
だが、そこに立っていたのは彼の両親とともに狩りに出ていた冒険者の一人だった。
そして、知らされたのだ。
両親の訃報を。
その時のことを、彼はあまり覚えていない。
なんとなく、悲しかった記憶はある。
だけどなぜか、涙はでなかった。
悲しまなければいけないから悲しんでいるような。
自分のことなのに、どこか他人事の様に彼には思えた。
ムスリカはその後、町の孤児院へと預けられた。
年少の子どもたちは意味もなくはしゃぎ。
年長の子どもたちは見えない未来に悲観する。
そのどちらに属するのも嫌で、気づけば彼は誰とも深く関わらないようになっていった。
そんなある日、孤児院に4人の冒険者がやってきた。
院長がまた余計な依頼を冒険者ギルドに出したらしい。
そんなことをしたってムダなのに。
冒険者なんてどいつも名前ばっかりで、実際は町の雑用係だ。
みんなどこか死んだような眼をしていて、覇気もなければ野心もない。
そんな奴らと話をしたって得るものなんか何もない。
ムスリカはそう思った。
その思いに気づくことなく、アルマと呼ばれた少女が今までの冒険を話し出した。
神さまとか幽霊とか神獣とか、とても信じられない内容だった。
それなのに年少組は目を輝かせて話を聞いていた。
ムスリカは、目の前が真っ赤に染まるような怒りを覚えた。
怒りに任せて、少年は思わず叫んだ。
びっくりした顔をする年少組を見た時に、ムスリカは心にわずかな痛みを感じた。
この子たちはただ夢みたいな話を聞いて楽しんでただけだ。
だけど、年もさほど変わらない少女が冒険者を気取っているのが、どうしても許せなかった。
次の日も、その次の日も、4人の少女は孤児院にやってきた。
色々とめんどくさくなったムスリカは、関わらないことにした。
するとそこに、別の冒険者がやってきた。中年の男だ。
聞くつもりもなかったが、漏れ聞こえてくる会話から、彼女たちが守護隊に目を付けられたらしいと分かった。
ほらみたことか。調子に乗ってるからそうなるんだ。と、少年は心の中で毒づく。
だから、とっとと行けばいいと言ってやった。
男の冒険者が目を丸くしてムスリカを見る。
ムスリカはなぜか、心がささくれ立つのを感じた。
さらに次の日。
少年たちは院長に連れられて、町の練兵場へと連れていかれた。
どうやらここであの冒険者たちと守護隊の模擬戦が行われるらしい。
院長がどういうつもりで連れてきたのかはわからない。
冒険者が打ちのめされるのを見て、変な夢を見るなとでもいうつもりなのか。
少女たちはもう来ていた。
見るからに緊張した様子だった。
様子を見に来た町の人たちも、どこか気の毒そうな顔で見ている。
やや遅れて、模擬戦の相手となる守護隊員たちがやってくる。
「ね、ねえ、あれって。」
「あれ・・・騎兵隊だよね?守護隊の中でも特に強いっていう・・・。」
年長組の誰かがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
騎兵隊の隊長が横柄な態度で言う。
「逃げずにここまで来た度胸だけは誉めてやろう。胸を貸してやるから、精々冒険者の実力とやらを示してみろ。どんな卑怯な手を使っても構わんぞ。治癒術士が控えているからケガも治してやる。手足がちぎれたら治せんがな。がはははは!」
そして、模擬戦が始まる。
どうやら隊長は参加せず、4対4での対戦になるようだ。
戦いは一方的だった。
騎兵隊の中でも一際体格の大きい男が、両手に斧を持つ獣人の少女に切りかかる。
獣人の少女は斧を使うだけあってそれなりに力はあるようだが、騎兵隊には及ばない。
かろうじて攻撃は防いでいるものの騎兵隊員が剣を振うたびに、体ごと大きく弾き飛ばされている。
作り話をしていたアルマとかいう少女には、同じく槍を使う隊員があたっていた。
槍をいなして相手の姿勢を崩そうとしているが、うまくいかない様子だ。
なぜか誰かと話しているかのように声を出して騒いでいる。
長身のエルフの少女は弓、もう一人の獣人の少女は杖。この二人は後衛役なのだろう。あっさりと距離を潰されてしまってなす術もなく、ひたすら防御に徹している。
少女たちは頻繁に動き回ってかく乱する素振りを見せるが、騎兵隊員はさすがというべき連携でそれを許さない。
決定的な攻撃を受けることはないものの、じわじわと押されていく。
少女たちが大きく弾き飛ばされる度に、観客から悲鳴があがる。
「がっはっは!どうしたどうした!遠慮しなくてもいいんだぞ!ほれほれ、冒険者らしく卑怯な手を使ってみろ。魔法を使っても構わんぞ!がっはっは!!」
隊長が下品な野次を飛ばす。
町の人たちの中にはもう目を背けている者もいる。
攻める気配を見せない少女たちに野次を飛ばす者もいる。
隊員たちも反撃されることがないとわかっているのか、どこか余裕そうだ。
だがそれでも、少女たちは諦めていないのか、ひたすら防御に徹し続ける。
ムスリカはその様子を見て、自分でも理解できない感情に襲われていた。
悪目立ちしてしまった冒険者は潰される。
この町では当たり前のことだ。そう思っていた。
なす術もなく、ただひたすら逃げたり守ったりするだけの少女たちをあざ笑えばいい。
だが実際に彼が感じていたのは怒りと悲しみだった。
それのどこが冒険者だ。
冒険者っていうのはもっと、強かで、逞しくて、大胆で。
そう。おぼろげな記憶に残る、父さんと母さんのように。
なぜこのタイミングで両親を思い出すのか。
なぜ、あの時よりも悲しいのか。
攻め疲れた騎兵隊員たちが、一旦距離を開けたその瞬間、ついにムスリカ少年は叫んだ。
「ふざけんなよ!なんだよそのざまは!お前らみたいのがいるから、そんなんだから冒険者は馬鹿にされるんだろ!」
そうだ。
思い出した。
小さい頃は、父さんと母さんのような冒険者になりたいと思っていた。
力強かった父さんのように。
やさしかった母さんのように。
でも二人は死んじゃって、やっぱり冒険者なんかやるもんじゃないって周りに言われて、いつの間にか周りと同じように未来にも夢を持てなくなって。
こんな状況を変えたくて、でもどうしていいかもわからなくて、この鬱屈した毎日を蹴散らすような、強さが欲しくて。
さまざまな感情が去来しては彼の心をかき乱す。
「がっはっは!ほらほらどうした。ガキにまで心配されてるじゃねえか。降参するか?うん?」
だがそこで。
少女たちはムスリカを見て、笑った。
「あそこまで言われちゃ、きっちり冒険者の強さを見せるしかないよね!」
「そっすね。集団戦での騎士の動きは参考になったけど、もう大体わかったっすよ。」
「おお、あたしはいつでもいけるぜ!」
『まちくたびれたぜ!』
「うふふ。では、そろそろ反撃開始とまいりましょう。」
「ほほう?ここまでは様子見だったと?がっはっは!いいだろう、それじゃあこっちも本気を出してやろう。死んで後悔するなよ!」
だが。そこからの光景は、驚くべきものだった。
動き出そうとする騎兵隊員の足元に、いつ構えたのかすらわからない早業で放たれた矢が刺さる。
慌てて距離を置く騎兵隊員たち。
「おっと、まずは前衛対決といこうぜ!」
弓使いのエルフの少女が叫ぶ。
ただ一人、一際体格の大きい隊員が斧使いの少女に再び迫る。
その剣が大きく振りかぶられ、迎え撃つ斧ごと弾き飛ばすかに思われた。
その瞬間、少女の腕が不思議な光を放つ。
「な、なんだと!」
「力自慢はわかったっすけど、もう飽きたっす。それに、力では負けないっすから。」
「じゅ、獣身化だとっ!」
「さっきのお返しっすよ!」
少女の斧を騎兵隊員が盾で受ける。だがなんと、少女は盾ごと騎兵隊員を弾き飛ばしてしまった。
その影から槍使いの隊員が飛び出してくるが、こちらも槍使いの少女が迎え撃つ。
「こっちも槍の間合いにはもう慣れたからね。マルテちゃん、いっくよー!」
「なめるなっ!」
「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
「しゃきーん!」
少女が横なぎに払った槍の刃先が光る。
騎兵隊員は柄でそれを受けるが、少女の槍はその柄を断ち切ってしまった。
とっさに騎兵隊員は槍を手放し、剣に持ち変える。
「なんだその槍は!」
「もういっちょ!ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
「ばーん!」
槍の先に光る盾が現れ、騎兵隊員を大きく弾き飛ばす。
その間に、後方の少女は咒を唱えていた。
「四海、四地、九星、九天、遍く御座す諸神の御先、祝咒を饗とし御象為せ。」
シャン。
少女が杖の先の環を鳴らすと、少女のまわりにネズミとサカナの召喚獣が現れた。
「しょ、召喚だと・・・。」
「な、な、な・・・。」
少女たちの突然の変貌に、隊長が目を丸くして口をパクパクさせている。
「な、何をやっとるかお前ら!それでも誇り高き騎兵隊の一員かっ!そんな小娘ども、さっさと蹴散らさんか!!」
「「「「おう!!」」」」
少女たちの実力を見誤っていたと気づいた騎兵隊員たちが隊列を整えなおして駆けだす。
「へっへ、こっちも準備完了だぜ。」
「誇り高くはないっすけど、冒険者らしい連携をみせるっすよ!」
「マルテちゃん、いくよー!」
『ぶはははは、任せとけ!!」
「雪さん、シノさん、お願いしますね。」
一方の少女たちは、それぞれがバラバラに走り出す。
だが、その動きはバラバラのようでいて、互いに互いの位置をしっかりと把握しているようだった。
「な、なんだ!突然宙に盾がっ!!」
「列を乱すな!連携して個別にあたれ!」
「だめだ!止まると石礫と水弾が飛んでくるぞ!」
『動け動け!右から来るぞ!』
「馬鹿、むやみに動くな、邪魔だっ!!」
「俺じゃない、誰かが声でかく乱してるぞ!」
縦横に走り回る槍使いと斧使いの少女。
攻撃すると見せかけて武器を引っかけたり、跳ね上げたりして騎兵隊の連携を崩していく。
その合間を縫って、魔法の盾が騎兵隊の動きを阻害し、召喚獣たちの攻撃が騎兵隊を蹂躙する。
さらに後方からは、杖使いの少女が魔法で追撃していく。
少女たちの奇抜な連携に騎兵隊員たちはまったくついて行けていなかった。
一人が魔法で吹き飛ばされ、一人が泥の蛇に拘束される。
そして。
「ほい、これで終わりっすね。」
残った二人の首元に、斧と槍が突き付けられた。
町の住人たちはまさかの光景に、大きく口を開けたまま声も出ないようだった。
「こ、これは・・・。」
ムスリカは、その光景をどうとらえればいいのかわからず、思わず院長の顔を見た。
すると彼の視線に気づいた院長は、ゆっくりと笑って、こう言った。
「ムスリカ。あなたはようやく、お父さんとお母さんの死に向かい合うことができたのね。ようやく、きちんと泣くことができたのね。よかったわ。」
そこで初めて少年は、自分が涙を流していることに気づいたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと間が空いてしまいました、すみません。
リアルが忙しくなってまいりました。。。
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