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1-1 アルマ・フォノンのついてない一日

物語のはじまりです。

アルマ・フォノンは焦っていた。


病気の母と幼い弟の暮らしを支えるために冒険者となって半年。

魔物との戦闘はあまり得意ではなかったが、採取系の依頼をこなしていれば、少なくとも糊口をしのぐことはできていたのだ。


もちろん討伐系の依頼に比べれば採取系の依頼料は格段に安く、多くの冒険者は受けたがらないが、なにより安全度が高い。

快活で容姿も整っていた彼女を仲間に誘う声はいくつかあったが、こと戦闘になるとどうにも自分が他のメンバーのお荷物であるように感じてしまい居心地が悪い。それゆえ彼女は他の冒険者とパーティを組むことを辞め、ソロで活動していた。


最下級の冒険者。とはいえ、問題なく過ごせていたのだ。

そしてそれは、今後も変わることなく続くのだろう、と彼女は漠然と考えていた。

10日前までは。


問題は、彼女が現在住んでいる借家のオーナーが病死し、跡をその息子が継いだことによる。

そのオーナーは母方の親戚で、かなり安く借りることができたため、彼女は冒険者としてこの町に来た当初からその借家に住んでいた。

ところが、その跡取り息子が、家賃の値上げを通達してきたのだ。


「爺さんが生きていた内は言い出せなかったけどね。うちも厳しくて。悪いけど家賃を400コルンに上げさせてもらいたいんだわ。」


400コルンといえば、いままでの家賃の倍に近い。

それを猶予もなく、当月からいきなり値上げとは理不尽な、とも思えるが、もともとかなり安く設定されていたこともあり、金額のみでみれば相場と比べても高いとはいえない。

支払いに応じるほかないのだが、先立つものがない。

採取の依頼を増やそうにも悪天候がつづき、家賃どころか明日の食い扶持にも困るあり様。

家賃支払いの期限を3日後に控え、ついに彼女は、初の迷宮挑戦を決意した。

のだが・・・



アルマは、迷宮挑戦の申請を届けるため、町の冒険者ギルドを訪れた。


その迷宮―ラスゴー迷宮―はラスゴー市に隣接する迷宮であり、冒険者であれば自由に出入りすることができる。

そして迷宮に入る場合、慣例的に冒険者は冒険者ギルドに申請する。

強制ではないが、不慮の事態に備え、ギルドでは行動計画の提出を推奨しているのだ。


「アルマ・フォノンさん、お一人で迷宮に挑むおつもりですか?」


彼女の申請書を受け取ったギルド職員の男はものすごく嫌そうに、彼女と彼女が届けた申請書をみて、そう言った。


(この人、あんまり冒険者からの評判がよくなかったよね・・・。)


この辺りではあまり見かけない黒髪を、これまた見かけない髪型にした男の顔は全体的に凹凸に乏しく、仮面のようだ。

いつもは薬草の買取をしてもらう時にしかギルドを利用しないので、その男が受付をしているときは彼女も買取を翌日にしたりして避けていたのだが、今日はそういうわけにもいかない。

ついてないなあ、と思いつつ、アルマは言い訳をする。


「私、普段は1人で素材採取とかしてるもんで。それでちょっと、急ぎというのもありますし。」

「でしたら、急いでお仲間を見つけられては?」


そんなことができたら、もちろんそうしている。でもそんな当ても時間もないのだ。

彼女は自らの窮状を訴えた。だが職員の男は冷たい。


「理由はどうあれ、無茶な行動は迷惑です。少なくとも2階層への挑戦は認められません。」

「そ、そんな権限はギルドにはないはずです!」

「権限はありませんが、死なれたら迷惑ですから。戦ったら、あなた死ぬでしょ?死にたいんですか?」


あまりの言い様に思わずカッとなった彼女だったが、自分が経験も実力もない初級冒険者であることは事実であり、深い階層への挑戦は無謀であることは他ならぬ彼女自身がよくわかっている。


「そんなあなたには、これをおすすめします。」


そういって職員の男は、一冊の手書きの資料を差し出した。

『冒険者生活協同組合加入のすすめ』

表紙には、そんな文言が記されていた。


「ご説明いたします。」


職員の男はアルマの反応をうかがうことなく、勝手にしゃべりはじめた。

曰く、生活協同組合とは、冒険者およびギルド職員の生活安定をめざした組織である。入会料が必要となるが、組合員は食糧・薬・旅に必要な備品などの割引を特典として受けられる。

また、今後は独自の指定依頼が受けられるようになるとのこと。初級冒険者に対しては武器の貸出なども行う予定だという。


「予定?」

「まだ立ち上げたばかりの組織ですから、現在は指定依頼が発生していません。貸出用の武器も確保できていませんので。」

「それじゃあ意味ないじゃないですか。」

「ですからまずはお仲間を見つけられては?その間に、依頼も武器も用意できるかもしれません。」

「そんなの待ってられません。」

「入会料は、250コルンです。」

「そんなお金はありません!」


この男がなぜこんなにも組合加入を進めるのかわからないが、どうやら彼女にとってメリットはないようだ。


「とにかく、今日の所は迷宮に入りますので。」

「2階層への挑戦は認められませんよ。」

「・・・わかりました。では2階層には進まないようにします。」

「本当は1階層も困るんですが。無理な戦闘はしないこと。危なくなったらすぐ助けを求めること。それから夕刻の鐘の時間までに戻ってくること。いいですね?」


あからさまにため息を交えつつそう言う職員の男に、再び頭の芯が熱くなる。

だが、とにかく申請は済んだ。「今後のためにも、一度加入を考えてください」などと言いながら資料を押し付けようとするのを固辞し、彼女はその足で迷宮へと向かった。



迷宮の入り口付近は、広めの運動場くらいの大部屋だった。

奥へとつづく入口らしきものが3つある。


(変なのに捕まって時間をとられちゃった。急がなきゃ。)


彼女は左側の入り口を選ぶと、奥へと進んで行った。

ランタンの灯りを頼りに薄暗い通路を進むと、再び広い空間が開けてきた。

ここではたまに魔物が沸きだすようだ。

名前は知らないが、人の頭部ほどもあるネズミの魔物だ。

あれなら、薬草を採集した時に出くわしたことがある。

だが、この空間はすでに数組のパーティが占拠していた。


彼女はその場を離れ、さらに奥へと進んだ。

細い通路で何度か、群れと離れたネズミと戦闘になったが何とか倒すことができた。

だが数が少ない。

数をこなせればいいのだが、魔物が良く沸くポイントはすでに別の冒険者に抑えられていた。


そのまましばらく進み、いくつかの大部屋を通り過ぎた。

いずれの大部屋も、先に来た冒険者がネズミを狩っていた。


幾つ目かの大部屋。

偶然、彼女のそばにネズミが現れたため、あわてて切り付けたが、先に戦っていた冒険者から「横取りするな」と文句を言われた。

彼女が謝ると、今出た魔石を寄越せと言う。

泣きたい気持ちをぐっとおさえ、彼女は魔石を渡すと、大部屋を後にした。


狩場を求めて、どれくらい歩いただろうか。

気がつけば彼女は、第2層へと至る階段の前にきていた。

ふと、今朝のギルドでのやりとりを思い出す。

あの職員の言うことは、きっと正しい。私には戦闘の経験がほとんどない。第2層は無謀だ。

だが、背に腹は代えられない。今日もまだ、幾ばくも稼げてはいないのだ。


「そもそも、あんな言い方はないよね。こっちの事情を汲むこともなく一方的に。だいたい、生活協同組合ってなんなのよ。こうなったら、2階層でも狩りができるってところを見せて、見返してやる!」


自らを奮い立たせるかのように、あえて声を出して記憶の中のギルド職員に怒りをぶつけると、彼女は第2層へといたる階段を下り、そこから続く通路へと歩を進めた。

見た感じは1階層と変わらない、ごつごつとした岩肌が目立つ洞穴のような道が続いている。

しかし彼女は、やはり圧倒的に経験が足りなかった。

細い通路から二手に分かれる幾つ目かの分岐点で、彼女は魔物からの奇襲を受けた。


粗悪な剣を手にした、3匹の小鬼だった。

とっさに頭をかばった右腕を、小鬼が振り下ろした剣が強打する。

小鬼の非力さと武器の粗悪さが幸いして、切られてはいない。

だが右手に力が入らず、剣を持つことができない。


(まずい!)


彼女はとっさに、小鬼が待ち構えていたのとは反対側の通路へ逃げ込んだ。

すぐ後を、雄たけびをあげながら小鬼達が追いかけてくる。

だが走る速度は、彼女の方が速い。


(大丈夫。逃げ切れる。とにかく一度引き離して・・・)


そんな彼女の思いは、次の分岐に差し掛かった時に打ち砕かれた。

そこでまた、新たに現れた小鬼達の奇襲を受けたのだ。


(やばい、やばい、やばいやばい!)


とっさに小鬼たちが現れたのとは反対の道へと進路を変えながら、彼女は思う。

こいつらは明らかに逃げる先を誘導している。

ということは、逃げた先には何らかの罠があるのだ。


(落ち着け。とにかく、この状況をなんとかするんだ。)


次の分岐が目の前に迫る。

その片方から小鬼が現れる。


(このまま誘導されるわけにはいかない。間を突っ切る!)


だが小鬼たちの方が一枚上手だった。


(ちょっ!数が増えてる!)


予想外の待ち伏せに戸惑う。

待ち伏せする小鬼は6匹に増えていた。

間を抜けようにも隙間がない。

とまどっているわずかの時間に、後ろの小鬼たちも追い付いてきた。

このまま戦闘になっても囲まれるだけだ。彼女は誘導されていると知りつつも、反対側の通路へと駆け込んだ。

だがその先で彼女が見たものは、行き止まりの広場で待ち構える小鬼たちの群れだった。

小鬼たちの群れの奥には、やや体が大きい小鬼。おそらくあれがボスだろう。


ほどなくして、背後から追いかけてきた小鬼たちが入り口をふさぐ。

合わせて40匹以上はいるだろうか。

まんまとはめられた形だが、こうなってはもう戦う以外に道はない。

彼女は舌打ちをしつつ、痛む右手に力を込めて剣を構える。


「いいわ。かかってきなさいよ。私だって冒険者の端くれなんだからね。」


そして戦闘がはじまった。

先陣を切って襲い掛かってきた小鬼に剣を叩きつける。

その隙に背後からも小鬼が迫るが、これも振り向きざまに剣をぶつける。

いずれも致命傷にはいたらなかったようだ。

だが小鬼たちは警戒を強め、周りを取り囲むように動き始めた。

油断なく周囲をうかがい、うかつに飛び出した一匹を横なぎに切り払う。

首元の肉を切り、骨に届く感触が右手に伝わる。倒した!


(よし!うまくいった。これでもっと警戒するはず)


案の定、小鬼たちは攻めあぐねているようだ。

一斉に飛びかかられることを思えば、はるかに良いが、状況が好転してるわけではない。

ジリジリとした膠着状態。だがそれも、長くは続かなかった。

集中力が途切れるタイミングを見計らうかのように、死角から小鬼たちが飛びかかる。

隙をついて飛びかかってくる数匹を倒すことができたが、代わりに左肩と右足に傷を負ってしまう。

だが休んでいる暇はない。

次第に小鬼たちが飛びかかる間隔が短くなってきた。こちらの体力が落ちてきたことに気づいているのだ。

襲い掛かる小鬼に、がむしゃらに剣をぶつけていく。右腕はもはや熱の塊のようで、痛いのか熱いのかもよくわからない。


と、唐突に強い衝撃を左肩に受けて、彼女は吹き飛んだ。


痛みに呻きながらも、彼女はなんとか身を起こす。

そこにいたのは、群れのボスだった。

なかなか獲物を仕留めきれない状況に業を煮やしたのだろう。


あれはまずい。とっさに剣を構えようとして彼女は気付く。

右手に持っていたはずの剣がない。見える範囲には落ちていない。

吹き飛ばされた時にどこかに飛ばしてしまったらしい。

左肩が激しく痛む。そこを抑える右手も痛い。

動くことができない彼女に、小鬼のボスが迫る。


(ああ、もう。厄日だなあ・・・)


なぜだか自分の置かれている状況が現実ではなくて、どこか別の次元から見ているかのように思えて、彼女はぼんやりとその小鬼を見る。

まわりのすべてがひどくゆっくりと動いて、それでも小鬼は着実に迫ってきて、今まさにその手に持った棍棒を大きく振りかぶって、そこで初めて彼女は死の恐怖を強く感じて目をつぶった。


ゴン!と重い物がぶつかるような音。そして、訪れるわずかな静寂の時間。

だが彼女は生きていた。状況がわからず、彼女は恐る恐る目を開ける。そこで目にしたものは


「何をやっているのですか、アルマ・フォノンさん。」


呆れ顔でこちらを見る、あの評判の悪いギルド職員の姿と、その足元に倒れるボス小鬼であった。


「え?なんで?え?」


状況がさっぱりわからず、彼女が聞く。


「夕刻の鐘がなるまでに戻るようにと、私は言いましたよね。今何時だと思ってるんですか?」

「・・・は?」

「予定通りに戻ってくれないと捜索隊を組まなくてはいけない。そして捜索隊を組むのであれば、私は残業しなければならない。私の残業代、あなた払えるんですか?」

「それは無理ですけど。てか、後ろ・・・。」

「ああもう、うるさい小鬼ですね。今説教中です!」

「ちょっ・・・」


そして男はアルマに対して説教をしながら、ものすごい勢いで小鬼たちを切り伏せはじめた。

彼女にはもはや、今起きている状況が、まるで理解できなかった。


家賃の支払い期限が迫り、意を決して迷宮探索に乗り出そうと思ったら担当の職員は冒険者たちの嫌われ者。その男から執拗に、怪しげな組合の勧誘を受け、ようやく迷宮に入ってみれば狩場はすでに埋まっていた。

挙句の果てに迷宮2階層では小鬼の罠にはまって命の危機に陥った。


その最悪の状況から助けてくれたのは白馬の王子様ではなく嫌われ者の職員その人であり、今まさにその男から説教を受けている。


一体、この状況はなんなのだ。


生命の危機が去ったらしい安堵感と、よくわからない男に説教されていることへの怒りと、自分自身を情けなく思う気持ちと、さまざまな感情が絡み合って、ついに彼女は爆発した。


「私だって・・・私だって好きでこんなことしてるわけじゃないですよ!でも、どうしようもないじゃないですか!私はすぐにお金が必要なんです!でも狩場はどこも埋まってて。私にどうしろって言うんですか!てか、なんなんですかこの状況!」

「ですから言ったでしょう。あなたには、生活協同組合をおすすめしますと。」


そう言って、職員の男は振り返った。

気がつけば、周りを囲んでいた小鬼たちはみな男によって切り伏せられ、無残な骸をさらしていた。

そして男は彼女に近寄ると、彼女に手を差し伸べてこう言った。


「生活協同組合は、冒険者と、ギルド職員の安定した生活を守るための組織です。」


そこで彼女は、初めて男の胸についたネームプレートに気が付いた。


ジョーガサキ。


アルマ・フォノンは、その日、ようやくその職員の名前を知った。


初投稿作品です。

コロナの影響で、勢い余って始めてしまいましたが後悔はしてません。

色々と至らない点も多かろうと思いますが、

どこかの誰かが、少しでも楽しんでくだされば幸いです。

よろしくお願いします。

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