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201X年
無邪気な笑い声。時々、ふざけ合う声。それらがこちらの窓辺までこだましてくる。
思い思いに帰宅する校庭の生徒たち。その中には同じクラスの友達、純、あかね、理子の姿も小さく見えた。
「あーあ、いいなあー。みんなは引っかからなかったんだもんねえ」
自由気ままに帰っていく彼女たちを教室の窓際の席から見下ろしつつ、英麻はぷうっと頬を膨らませた。
「まったく。英国数の主要三科目ならともかく、何でうちの学校にはこんなのにまで補習があるんだか」
六月のある日の放課後。
今の時間、この(空き教室)では日本史の補習授業が行われていた。対象は先の第一回定期試験の結果がかんばしくなかった生徒で、英麻もその一人というわけだ。補習を担当する英麻の天敵、角宮はプリントの追加印刷で現在、留守だった。角宮にしては珍しく枚数が不足するミスがあったのだ。戻るまでの間、生徒たちには別のプリントの問題を解いておくように、との言いつけがなされた。内容は前回の試験の復習と今、授業で習っている平安時代に関する分野だった。
「ぶーたれてないでちゃんとやったらどうですか、足立サン。全然、進んでませんぜー?」
右隣に座る八重歯の少年、松永がふざけ半分に英麻を小突いてくる。この松永も英麻に劣らぬ大の歴史嫌いであった。
「うるさいわね、あんたに言われる筋合いないわよ」
英麻はふてくされた顔でプリントに向き直った。問題はまだちょっぴりしか解けていない。
(…まったくあきれちゃうネエ。歴史と時空の平和を守るタイムアテンダントが日本史の試験で悪い点取るなんてサ)
英麻のリュックサックにキーホルダー(かなり大きめだったが)のふりをしてくっついている未来の子ブタ型ロボット、ニコ777がテレパシー経由でぼやいた。すかさず英麻は小声で文句を言った。
「何よ、今度はニコがお小言、言うわけ?だいたい、あんたが試験間近に範囲でもない平安時代の勉強を強制したのがこうなった原因なんだからね。しかも結局、次の花びらの回収は延期になっちゃったじゃないの」
英麻がタイムスリップによって弥生時代へ連れて行かれ、二百年後、すなわち221X年の未来人たちの要請で
タイムアテンダントとして最初の時の花びらの回収任務を果たしてから早くも一ヶ月。
本来なら前回の宿主、卑弥呼の花びらの回収からそう間を開けずに次の宿主である紫式部の分の回収が行われる予定だった。だが、ある日、未来側から連絡が入って急遽
きゅうきょ
、紫式部の花びら回収の延期が伝えられたのであった。
(しょうがないヨ。それにはちゃーんと事情があるんダヨウ)
「事情?事情ってどんな事情よ」
「それはこっちのセリフだなあ?」
英麻の机の真横で低い声がした。背筋にサーッと冷たいものが走る。
そこには印刷を終えて戻ってきた鬼のツノミヤ、もとい角宮が立っていた。
「一体、どんなわけでそうも堂々たる独り言が言えるのか。それも補習中に」
「ええっとー、それはそのお…」
英麻はしどろもどろだ。松永たち他の生徒はだんご虫みたいに丸まった状態でしらじらしく机にかじりつき、必死に『ボクたち、最初からちゃんと勉強してましたよ』アピールをしまくっている。
「プリントを見せてみろ、足立。独り言を言う余裕があるならもうとっくに全部、解き終わっているはずだろう」
「げっ…いや、先生。それはちょっとまずいというか」
「どうまずいんだ?」
容赦なく詰め寄ってくる角宮にまごつく英麻。
その時である。聞き覚えのある音が耳に響いてきた。
―――…カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…!