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各部隊に割り当てられた時空巡回前の待機場所兼執務室(通称、詰め所)に戻ったオオツジたちを、宙に浮かんだ黒い子ブタのぬいぐるみらしきものが迎える。特別部隊専属のアシスタントロボット、セバスチャン1011だ。
「おかえりなさいマセ」
黒とグレーに統一された特別部隊の詰め所はゆったりとした広い造りで、一流ホテルにあるVIP専用のラウンジを思わせた。一見しただけでかなりの金がかかっていることがわかる。
部屋に入るなりオオツジは金杯と花束をセバスチャンに投げてよこした。
「適当に処理しておけ」
「ハイ。いつもおっしゃられるように記念の杯は倉庫にブチ込み、花は邪魔にならない場所に活けておき
マス」
小さな体のどこにそんな力があるのか、金杯と花束を軽々と抱え、セバスチャンはふわふわ浮かんだまま、いったん部屋を出ていく。それを特別部隊の新人隊員、コマダが名残惜しそうに見送っていた。
「あの、飾らなくてよいのですか?せっかく文化省直々にいただいた記念杯なのに」
「くくっ、まだまだだな、コマダ。もう杯や盾なんて吐いて捨てるほどもらってるんだ。今さらありがたみなんて感じやしない」
隊員の一人、スギヤマがからかうような口調で答えた。
隊員たちは好き勝手に酒を作って飲み交わし、部屋には寛いだ時間が流れていく。
「それにしてもあの第八部隊は目障りだな。連中が我々を差しおいて、あの足立英麻とかいうガキと時の花びらの回収を行うのはやはり不愉快だ」
「同感ですね。オカの老いぼれジジイもなめた真似しやがって。この前の花びらの回収だってまぐれで成功したに決まってる」
「けど、さすがに今度の回収は苦戦するだろ。何しろ、花びらの反応に予測がつかないんだからな」
サトウ、スギヤマ、モリモトたち三人の隊員は意地悪くほくそ笑み、同じタイムパトロールに属する第八部隊の悪口を言い合っている。
「しかし、どうなってるんだ?あの紫式部の時の花びらは」
グラスを揺らしながらサトウがわずかないら立ちを見せた。
「データ上の経過に変わりはないのか」
「ええ。例の妙な反応が続いたままです。どう解析しても原因不明で」
モリモトが答える。
スギヤマが小さく舌打ちした。
「何だって二枚目の花びらにはこんなわけのわからない謎があるんだか…」
「あんなものは謎でも何でもない。それよりもなぜ、メビウスは前回、あれほど早く卑弥呼の花びらの在り処を突き止められたのか―――俺はそっちの方がはるかに気になる」
特等席で足を組んだオオツジが言い放った。
酒を片手に、一人窓から夜景を眺める副隊長、ワシズの美しい立ち姿に見入っていたコマダはオオツジの言葉にえっ、と驚く。
「…では、紫式部の不可解な花びらの反応の原因は何なのですか?」
オオツジがちらりとコマダを見た。その眼力の強さにコマダはたじたじになり、顔を真っ赤にした。
「いやっ、あの、その…」
オオツジはそれには構わず、煙草をくわえた。戻ってきたセバスチャンが素早く彼の前に馳せ参じ、器用にも短い前足二本でライターの火をつけた。
ふうっと一筋の煙が立ち上る。
コマダはまだ赤い顔でうつむいていた。オオツジはそんなコマダを見て、くっと笑った。
「そう難しいことじゃない。要するに」
再びオオツジは煙を吐いた。サトウたち三人も聞き耳を立てている。
「今度の花びらは両方とも、物語へのこだわりが強い女流作家さんがお好きだってことさ」