偽装交際で逃げたい!その1
新キャラ登場です。
ーーピーンポーン!
早朝六時の静かな男子独り暮らしの部屋に、インターホンが鳴り響いた。
誰か来たのかは、確認をとるまでもない。
ーー天堂鼎。
うちの家に、この時間から迷惑とも考えずに足を運んでくる馬鹿は馬鹿しかいない。
見た目を中身が悪い方で裏切っている謎の構成で誕生した、美少女な後輩。
さてさて、どう逃げてくれようか。
昨日から必死になって逃げているが、一度として逃げきれていない。
俺があの世に行けば、鼎はもちろんーー追い掛けてくる。
そんな危なくて変わった超絶変態的な中身を持つ彼女から、どうしたら逃げられるか……考え過ぎたせいか、夢でも追い掛けられる始末だった。
「……ベランダから逃げるか?」
俺はベッドから出て、すぐにベランダへ向かう。
ベランダからロープを垂らし、四階から何とか下へ降りるか。
事実、考える必要はなくそれしか逃げ道がない。
居留守は朝六時で使えない上に、ピッキングでドアを開けて中に入って来るだろうやつは。
「……俺は、ベランダから逃げる!」
ベランダの手摺にロープを結び、いざーー!
「ーーすいませーん! 高山先輩居ますかー? 一年の間桐桐華っす!」
「ーー誰!? ……うああああああ!!」
知らない声と名前に驚き、足を踏み外した。
ロープを握っていた両手がストッパーとなり、何とか二階の高さで落下速度が減少し止まることはできたが、
怖かった……! 素顔に滅茶苦茶怖かった!
知らない声と名前、俺の名前を知っていて先輩と呼ぶあたり、鼎の友達かと思える。
流石に鼎のような女子が、俺のところにだけ集まってくることはないだろう。
ひとまず、ハリウッド映画風にぶらさがる俺は下まで降りて、階段を上って自分の部屋の前へ向かう。
部屋の前には、栗色の髪を短く切って襟足だけ長めに残した一昔前のヤンキー女子の髪型をした子が立っていた。
耳には数個のピアスでヤンキーかギャルか、だが肌の色は真っ白で、スタイル抜群、背なんて俺より少し小さいくらい。
胸は小さいが、それでも背の高さと脚の長さが全てカバーしている。
またまたモテそうな子が来た……。
「えーと……桐華ちゃんだっけ? いらっしゃい、初対面だけど……」
「おお、高山先輩っすか? へえ、こりゃ鼎が好きになるのも分かる……じゃあ先輩、中に入れて欲しいっす!」
「え、何で?」
「ーー鼎のことで話があるんすよ!」
真っ白で綺麗に並んだ歯を大きく見せながら、わんぱく坊主よりも良い笑顔な桐華ちゃんは、俺の中で信用できると判断し家に上げることにした。
★
「うち、間桐桐華っす。はじめまして」
「はじめまして、高山……朝日です」
テーブルを挟んで対面して座り、アイスコーヒーを入れてあげると律儀に頭まで下げて「あざます!」と、ちゃんとお礼のできる子らしい。
「先輩は人見知りって聞いたんすけど、案外普通に喋れんすねっ!」
「いやあ……そうでもないけど……」
特に女子に対しての人見知りが、今は信用して堪えているだけであって以前より増しているんだよな。
何が原因でかって、決まって天堂鼎しかいない。
鼎が俺の前に現れ、日常生活及び人生を脅かし始めた二日前から、人見知りに拍車が掛かった。
もちろん、元からそれなりの人見知りではあった。
だが、今こうして話しているだけで俺はトイレに駆け込みたいと思っている。
胃や腸のある腹部がキリキリと痛みだす。
鼎と初めて会話をした、二日前の放課後は自分が人見知りでないように話しできていたのにーー。
馬鹿には人見知りがでないの? ならこの子は馬鹿じゃないの? やめてよ、馬鹿であってくれよ!
「緊張してんすか? 大丈夫っす、うちも緊張してトイレ行きたいなあ……とか思ってんすよ!」
「え、そうなの? 何だ同じじゃん!」
「え!? 先輩も同じっすか!? 自家発電して緊張解き放そうって感じっすか!?」
「それは知らん」
早かった。俺の否定は、二秒も掛からなかった。
桐華ちゃんは、凄い勢いでテーブルに体を乗り上げ、顔を近づけてきたが、俺の右手が途中で彼女の勢いを受け止め無にする。
もう少しで頭同士がぶつかるところだったぞ、何考えてるんだこの子。
俺の石頭とごっつんこすれば、可愛い(正面からは清楚に見える美少女だった)顔にたんこぶの生産をしてしまうことになるところだった。
「それで……自家発電なら勝手にしておいで。使っていいから……」
「冗談すよ! うち、人見知りしないっすから!」
「じゃあうちに来た用件を聞く」
「鼎のことっすよ。先輩付け回して、迷惑かけて、その上噂まで自分で流してるみたいで……まあ、馬鹿な子っすから、勘違いばっかして、天然炸裂でそれに気づかず暴走してるとは思うんすけど……大丈夫すか?」
ーー大丈夫すか? うん、大丈夫ないっす!
もう既に噂は収集不可能なところまでいっているとか、陽キャラ代表の貴之が電話で昨晩言っていた。
ーー大丈夫な訳がない。
俺の高校生活が新手のストーカーによって脅かされるとは思っていなかった、だから突然にして分岐点が現れどちらにしろ結果は一つだったオチに絶望を感じている。
例えば仮に、これが俺ではなかったら?
それでも同じことだと思う。パンツをラブレターと一緒に下駄箱に入れる子をーーいや、あんな美少女で変態的だったら彼女にしそうだなみんな。
体も求目ている奴とか、高校になってから増えたし。
そう考えると、鼎が好きになったのは俺で良かったのかもしれない。
彼女の貞操は、俺を追い掛け続けている限り守られている。
「……ああああ、知らねーよそんなの。大丈夫な訳ねーよマジで!」
「そうっすよね! だから助けに来たっす!」
「……助けに?」
何が鼎の貞操だ、そんなもの、俺に関係ありんせん。
思わず叫んでしまったじゃないかーー恐るべし鼎効果。
まあ、鼎は全く関係ないとしてーー桐華ちゃんは、俺を助けに来てくれたという。
鼎から俺を助けてくれる救世主ーーこの子がケ○シロウか!?
「うちはこう見えて、鼎の親友っすよ? 鼎に対抗できるのはうちだけっす」
「……ちなみにどう助けてくれるの?」
「うちと付き合っていると、噂を流してある程度の期間だけカップルを演じるっす! そしたら、鼎は私に問い詰めてくると思んで、そこで先輩が困っていたからーーと、全部打ち明ければあいつは流石に理解するっすよ!」
なるほど、つまり偽装交際をして、ないことばかり流された勘違いによる噂を書き換える。
そうすれば鼎が気づいて桐華ちゃんを問い詰めにくる……か。
うん、内容が俺にできるか怪しいところだがやるしかないだろう。
「じゃあ、それでお願い……します」
「うっす! 任せてくださいっす!」
「ごめんね、何か助けてもらっちゃって」
「良いっすよ! 親友の暴走を止めるのが親友の仕事っすから! じゃあ先輩、朝ご飯作って良いすか?」
「え? 悪いよ」
「平気っす! 任せてくださいっす!」
そう言うと、桐華ちゃんは嬉しそうにキッチンへ入っていく。
俺はアイスコーヒーを飲み干して、突如現れた世紀末救世主ーーいや、女神様に感謝を心で伝える。
桐華ちゃんは冷蔵庫から玉子を取り出すと、割ってボウルに入れて、菜箸で砂糖とはちみつを入れてかき混ぜる。
何を作るのかと思って見ていると、食パンをボウルの中に浸し、熱を通したフライパンに油を引いて食パンを置いた。
甘い玉子の良い匂いと、もう一つのフライパンからはベーコンの匂いが漂ってくる。
フレンチトースト風ベーコンエッグと言ったところか。
美味そうだ、後ろ姿と話し方が少しチャラけてはいるが、正面から見ると美少女だし中身もしっかりとしていて、家庭的か……。
ヒロインにするなら、桐華ちゃんを真っ先に俺は選ぶだろう。
ーー鼎、見ていろ? 俺はお前から逃げきってやる!
「先輩、うち彼氏いるっすよ」
「いや、誰も君を手に入れる! なんて言ってないから」
「冗談すよー! うちは彼氏募集中っす! うちにしますか?」
「うーん……まあ、それは今は無いかな」
なんて、遊び慣れた男のようなセリフを吐いてみたりして、桐華ちゃんと朝から大笑いした今日は、何だか良い一日となりそうだ。
今日こそは、鼎から逃げてやるーー絶対に。
お読みいただきありがとう御座います。
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