何としてでも逃げたい!
昼休みはとうに終わり、放課後になってしまった。
今日は一日、鼎のせいでドタバタと忙しかった……。
楽しくて時間があっという間に過ぎたなんて、言えたら良いが、ただひたすら逃げ回って疲れて授業中に寝ていただけだから、地獄だったと言える。
あと三日この生活が続いたら、俺は確実に過労死してしまう。
後輩のストーカー行為で過労死なんて、面白いオチなのに笑えない。
「ーー帰ろうぜ朝日。疲れたんじゃーねか? アイス買ってやるよ」
「マジか……やるな。半分お前も加担してたことな気づいてーーなら、もっと褒めるが」
「馬鹿言えよ俺は何もしてねーよ!」
貴之は腰に手を当てて大笑いするが、こいつは加担の意味を理解していない。
貴之自身は、あくまで手を貸してあげたと思っているようだが、俺としては鼎に協力していたーー加担した、でしかない。
悪気が無くしていたこととして、大目に見るが、馬鹿と馬鹿が噛み合うと天才が生まれることを今日実感したよ俺……。
ーーお前らは天才だよ、人を疲れさせる。
「バーゲンダッツな」
「良いぜ!」
貴之に高いカップアイスを買ってもらう約束をして、鞄を肩に掛けて席を立つ。
今日から六限の通常授業が始まり、放課後となればもう夕方だ。
教室から見える夕日が、俺の背中を押してくれている……ような、気がする。
勘違いに浸りたいは、ほんま……。
「ーーせんぱーい!」
「貴之、戦線離脱ーー」
「いや、昼無理だったじゃん。タイムマシン探して告白される前に行くほうが先決じゃね?」
鼎の声が聞こえ、自然と眉が釣り上がった。
ある特定の女子の声を聞いただけで、こうも表情筋が石にように硬くなる感覚は味わえない。
鼎の声は、俺を一瞬で恐怖(逃げ地獄)に叩き落とす凶器と言えるだろう。
頼むから貴之ーー俺を守ってくれ!
「せんぱーい……あれ、居ない?」
「朝日なら帰ったよ、窓から」
「ええ!? また窓からですか!? 怪我していたら大変です!」
「追い掛けてあげてあげて!」
今回の貴之は一転して俺を守ってくれる。
昼に少しふざけ過ぎたと反省し、罪滅ぼしのつもりなのだろうか?
それならそれで良い、助けてもらえるだけで俺はありがたい。
「……じゃあ失礼します」
「また明日ねー」
「ーーあ、そうでした。あのうーー」
「ん?」
鼎がまた貴之に話し掛ける。
さて、俺は何処に居るかと言うと、咄嗟に隠れた掃除道具箱に隠れている。
ここなら、貴之が守ってくれればバレることはない。
教室でかくれんぼする際のお決まりだが、そこが盲点になることもある。
俺は放課後こそーー逃げてやる!
★
「……なんで見つかんだよ!!」
「先輩の良い匂いがしたので……アッハハハッ!」
「笑えねーよ! つか……やっぱ笑えねーよ!?」
匂いだけで見つかってしまった。
掃除道具箱に入っていたのに、埃臭くなって匂いを紛らわせたはずなのに、とてもあっさりと見つけられてしまった。
貴之は何も悪くない、むしろ俺をずっと守り続けていた。
良い匂いがすると鼎が言ったとき、「それは朝日がさっきまでキャンドルスピンしていた」からとか、馬鹿みたいことを言っていたがでもそれなら匂いが残るかもと、無理矢理だが納得できた。
だが、そんな嘘も犬並みの嗅覚を持っている鼎にとっては空気だった。
軽くスルーされ、貴之もお手上げと言ってしまったくらい。
ーー結局俺は、また逃げれなかった。
「先輩、帰りましょう!」
「ああもう! 分かったよ……。帰れば良いんでしょ帰れば!」
「はい!」
いつまでも絶望していては先に進めない。
チャリに乗って、貴之には横に原付きを止めてもらって話しているタイミングで飛び移る。
そしてチャリを残して原付きで帰る……これしかない。
貴之の原付きでニケツして、警察に見つかると厄介だが朝来た道で帰ってもらえば大丈夫のはず。
メールをこそっと、貴之に打って裏で作戦を組もう。
「先輩と帰れる〜!」
「……(分かってるな? 頼むぞ?)」
「……(任せろ!)」
俺と貴之は目で会話をして、教室を出る。
鼎を一番前に置いて昇降口ヘ向かい、出ると鼎が俺の手を引っ張ってくる。
「先輩急いで帰りましょう!」
「ーーお、おい!」
ーーやばいやばいやばいやばい!
俺が引っ張られていったら、チャリを校門前に出せない!
原付きは頭を突っ込んで駐輪場に再度止め直し、そしたらバックしないといけない。
そのまま道路へ飛び出して帰れない。
運の悪いことが続く続く。
仕方ない……チャリを校門前に出すまで乗らないでもらうとしよう。
「先輩、帰りは私が前に乗りますね」
「ーーいや、それはーー!!」
「遠慮しないでくださいーーはい!」
「……(貴之いいいい!!)」
俺は無理矢理荷台に乗せられ、鼎の腹回りに両腕を固定される。
助けてほしいが原付きを取りに行っている貴之は、まだ来そうにない。
逃げられない……今降りて走っても、捕まる。
と、その時だったーー
貴之の原付きの音が近づいてきた。
校門前に原付きを止めた貴之は、さながら救世主のように輝いている。
ーー親友……お前ってやつは!
「ごめん鼎! 俺はーーゲームセンターに行きたいんだあ!」
「ーー来いいいい! 朝日いいいい!」
「うおおおお!!」
少年漫画のように熱く演じているが、実際はただの男子高校生二人が馬鹿しているだけである。
俺は貴之の原付きに向かって走り出す。
そして、校門を出ると同時に高く飛んだーー
ーー逃げられると確信を持って!
「ーー先輩! ゲームセンター経由で帰りましょう!」
「……あれ?」
「すまない……この子、強すぎる……うっ」
「貴之いいいい!?」
原付きに乗ってみたらあら不思議。
貴之が美少女に変わっているではないか。
しかも、T○L○VEるのようなラッキースケベ展開で谷間に俺の顔半分が挟まっている。
「行きますよーー先輩!」
「お、おい待て降ろせーー」
「ゲームセンターへGO!」
「だから人の話聞けええええ!!」
★
結局、鼎と原付きでゲームセンターへ来てしまった。
貴之に明日、原付きを取りに来てもらおう……俺は今回の件について、知らないこととして。
「ーー無免許は絶対にするなっ!」
まあ、唐突だが俺は怒っている。
無免許運転で事故でもしたらどうするんだ?
原付きは誰でも乗れるが、危険と隣り合わせな乗り物だ。
流石に俺も、これには怒っている。
ストーカー行為や、人並み以上の身体能力よりも、原付きを運転したことに。
まだ十五歳のはずだ、ちゃんと分からせないといけない。
「す、すいません……」
「怪我したらどうする!? 俺は良いけど、鼎は女子だぞ!?」
「……そうしたら先輩のお嫁さんに行けますね!」
「来なくて良い……てか、来るな! そうじゃない、無免許で保険の適用も何もない、事故したら一発で警察のお世話、免許取れなくなるかもしれない、だから言ってるんだ! 心配して!」
……あれ、俺なんで心配しているんだ?
そう思った時には、既に遅かった。
言い訳をする余地は無く、鼎は嬉しそうに微笑むと振り子のように左右に揺れだした。
……うん、もう面倒くさいで言い訳は良いか。
俺は諦める。
どうせ今となって、言い訳したところで鼎の中にある俺の紳士像は崩れない。
一発で極限まで引き上げられた紳士像だ。限界突破することはないだろう。
「……それだけ覚えておけよ? 無免許はだめ!」
「はい! ーー先輩優しい、大好きです! 付き合ってください!」
「お、おい!? まじで、それも、やめろテメェ……!」
鼎は俺に抱きついてきた。
引き剥がそうにも引き剥がせない。
マダニや釣り針のようにかえしがついているのかと思うほどだ。
「……先輩好きです。好きです!」
「俺はーーお前みたいなの認めないし受け入れたくねええええ!」
ーー今日一日で、一生逃げられないと俺は悟った。
ブックマーク、評価が、知らないうちに沢山入っていました!
ありがとう御座います!
どうしてか分かりませんが、一時間の閲覧数も上がっており驚きのあまりです(笑)
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