料理のできる後輩から逃げたい!
唐突に時間は飛んで三限目が終わってからの休み時間。
「話がある、親友よ!」
「おう、俺も話がある北○○拳伝承者、拳王ラ○ウよ!」
「なんだハート!」
「ーーお前、朝誰と登校した?」
……俺は口を咄嗟に固く閉じた。
何故雑魚キャラですぐに死んでいっハートが、俺の今朝の登校状況について聞いてくるのか。
それは決まっているーーユ○アと自転車に乗って登校していたことが既にバレているからだ。
親友のハート(本当の仇名)こと貴之は、俺の耳に口を近づけてきた。
一応、俺は耳を貸す。
「噂になってんだよお前……天堂鼎って有名な美少女と付き合ってるとか同棲してるとか」
「……はあ!?」
「バカ! 声でかいでかい! ……朝、お前が天堂鼎とラブラブ登校して来ていたと噂が一瞬で拡散されてる……どうなんだ!? 羨ましいぞテメェ!?」
「聞いておいて決めつけんのかよっ! 羨ましいも糞も無いだろ、あいつはやべーって!」
貴之に決めつけられ、思わず叫んでしまった。
クラスメイト達の視線が一斉に俺に集まり、射殺さんばかりに攻撃力を有していて恐ろしい。
俺は咳払いして落ち着き、貴之ともう一回小声で話すことにする。
「違うんだ……。勝手にそうなってるみたいだけどあの子は本当にやばい。ラブコメディーでヒロインにしたくない、たまに現れるお馬鹿キャラがいい位置づけだぞ」
「と、言うと?」
「勘違いされて、惚れられたは良いんだけどさ。ラブレターと一緒に純白パンツを下駄箱に入られてたんだよ。それで男達のイタズラと思って指定された屋上に行ったら突然の告白だーーまともに付き合えると思うか?」
「……彼女の気遣いと思えば?」
何で疑問形なんだよ、気遣いってなんだよ余計なお世話だよ。
誰がオナネタに困ってるってんだ、むしろオナネタはネットで漁り放題で処理しきれねーよ。
「お前なら付き合えるか?」
「無理だな」
「だろ? それと一緒だ。俺は困ってる、今日も朝からうちのマンションに来たし。逃げようとしてマウンテンバイクを全力で漕げばチャリをパクってママチャリで並走してくるしーーあれはある種の化物だぞ?」
「まあ、そうだな。だけどよ、あんな美少女中々居ないぜ?」
確かに、中々居ないだろう。
見た目を中身が悪い意味で裏切っている美少女など。
塩対応や甘えん坊のような裏切り方ではない。
むしろツンデレやデレデレだと、萌える。
だが彼女の場合は、ただの危ないストーカーでしかない。
それを俺は、どう親友に説明したら良いかーー分からなかった。
★
結局貴之にお願いできずに昼休みまで来てしまった。
いっそのこと、飯を食べないでやろうか?
いや、そんなことをすればきっと「あーん」とか言い出しかねない。
あいつは蜂や熊よりも、危険度が遥かに高い。
「お昼かあ〜! どうするよ飯行くか?」
「……まあ、そうだな」
「ーーすみません、高山朝日先輩はいらっしゃいますか?」
貴之とお昼を購買へ買いに行くため、立ち上がると同時だった。
天堂鼎ちゃん、いや鼎……!
彼女が教室まで来て、しかも名指しでクラスメイトに俺が居るか否かを聞きに来た!
「ーーおいおい朝日。天堂鼎の登場……って、何してんだ?」
「ーー俺は落ちるぞ貴之! 相手は任せたあ!」
「おい! ここに二階だけど無理がーーああ、なるほど。気をつけてなあ!」
俺は戦線離脱した。
二階にある教室の窓から飛び出して、一階のベランダへと降りた。
足首を捻ったが、鼎を巻くことがこれでできる。
確信的根拠は無いが、だが、流石に窓から飛び降りたとなれば怖くて真似できまい。
ーー勝った! 逃げきった!
「ーー先輩!? 怪我していないですかあ!?」
「お、おい! 馬鹿かお前、危ないだろ!」
上から鼎が落ちてきた。
俺は思わず抱きとめてしまい、しまったと思ったが落とすことはできない。
鼎は頬を赤くすると、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
可愛い……けど、中身はやばい。
そもそも、俺がわざわざ受け止めなくても勝手に着地していたのじゃないか。
考えれば考えるほど、自分がしたことの意味が分からなくなった。
ただの自殺行為でしかないのだった。
「……ありがとうございます先輩! 好きです!」
「流石に女子が飛び降りてきたら、受け止めるだろ。それだけだ。あと、変な噂を勝手に流すな!」
「変な噂? 大丈夫ですよ、ちょっとだけ盛っただけです」
ちょこっとだけーーと言って、指で「C」を作ってみせる鼎。
……最悪だな。可愛い行動と発言も、全てが過去のせいで消されていく。
自業自得とはこのことだが、俺が今こんな目に遭っているのもまたーーそうなのかもしれない。
とりあえず大事にはならず、俺は鼎を下ろして購買へ向かう。
もちろん、鼎は俺の後をずっと着けてくる。
鬱陶しいとは思わないが、せめて人が見ていない今みたいな状況の時だけにしてくれとは思う。
でないと、また変な噂が流れていく。
てか発信源はコイツなんだけど……。
購買に着き、メロンパンとコーヒー牛乳を買う。
食費で節約しないと独り暮らしは厳しい。
親から仕送りはあるが、ゲームに大半使う癖が治らず食事節約、電気代節約、水道代節約と独り暮らし男子の三原則をきっちりと押さえている。
袋をぶら下げ、教室に戻ると貴之はおらず何処に行ったのかと思いスマホで連絡してみる。
すると、メールが貴之から先に入っていた。
どうやら屋上へ先に行ったらしい。
俺は急いで屋上に向うと、貴之は一人でベンチに寝ころびながら漫画雑誌を読んで焼きそばパンを頬張っていた。
ーー呑気で良いな、こいつは。
「お、来た来た。早くお前も食えよ」
「お前は待つことを知らないのな」
「待てるかよ昼飯だぞ? それよりちゃっかりと連れてきてんのな」
「御一緒しても良いですか?」
「どうぞー! 俺は下で平気だから二人でイチャラブしてよ」
気配で分かっていたが、やっぱり着いてきていた。
俺はため息を吐いてしまう。
またもや逃げ切れなかった……この子、俺を何処まで追ってくるつもりだ。
「さあ、食べましょう先輩。お弁当ありますよ」
「……ああ、そう。もう好きにして……」
俺は諦めてベンチに座る。
すまない貴之ーーお前は噂を鵜呑みにして気を利かせてくれているのかもしれないが、俺はちっともドキドキしていないんだ。
どちらかというと、ざわざわしている。
空気に「ざわざわ……ざわざわ……」と、何かの漫画のように効果音的なのが見えている。
だが、鼎の開けたお弁当からは「ピカーン!」と、ベタな効果音が飛び出してくる。
美味そうだな、母さんの作る料理よりも一品一品がとても丁寧に作り込まれている。
「食べてください」
「……毒は?」
「じゃあ調味料として持ってきているのでーー」
「いただきます!!」
冗談が通じないのか、冗談と分かって冗談を被せてきているのか、はっきりとしない不思議な感性の持ち主らしい。
それと、保冷バッグの中から鼎が掴んだ調味料とやらは、中身がしっかりと紫色だった。
「美味しいですか?」
調味料を目にして危険を感じた俺は、お弁当の定番である玉子焼きを食べてみた。
鼎が不安そうに俺を見てくる。
……美味い。超が付くほどに美味い。
だが、素直にこれを美味しいと言って褒められない。
こんなにも中身がおかしな女子が、料理が得意とはチートだ。
見た目と家庭的な部分だけ見れば、誰もが羨ましいと思うに違い。
だが、やっぱり中身が残念過ぎて、何かがどれだけ凄くても褒められない。褒めたくない。
いや、褒めても良いけどーー調子に乗るから。
素直に、本音を言うならーー調子に乗るからさっ!
「まあ、美味いん……じゃない?」
「じゃあ明日はお重で作ってきますね!」
「いや、このサイズで十分です。ありがとう御座います」
お重で持ってこられても、流石に食べきれない。
とりあえず食費が浮くので、仕方なしに毎日お弁当を食べてあげることにしよう。
てか、また俺は彼女から逃げることができなかった……。
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