サドゥの願い
ゴブリンを初めて討伐してから、かれこれ一週間が過ぎた。結構このサバイバル生活にも慣れてきた頃だ。
俺はゴブリンに受けた傷を癒やすために、極力拠点から動かずにトレーニングに主軸をおいていたが、ようやく違和感なく動かせるようにはなったからそろそろ討伐を再開しようと思う。
光由は、狩り担当になっていたが、たまにゴブリンの耳を取ってきていたので、ゴブリン討伐もしていたのだろう。
ちなみに、ゴブリンの耳にはえぐり取ったような痕がある事を不思議に思い、光由に聞いたところ、触るのが嫌だから、尖った石を耳の付け根に全力で投げて切断したという。聞いた事を後悔した。
「にしても、戦いに慣れたよな、俺達」
「この状況じゃ、戦わなきゃ生きられないからな。そんな感じで一週間も過ごしたら、そりゃ慣れるでしょ」
「俺はまだ衛生面では慣れてないけどな。トイレを野外でするのはムズムズするわ」
「対応力が低いぜ景章。俺っちの様に割り切りを大切にしなきゃ」
風呂はまだ川から自作出来るからいいのだ。だが、トイレの、特に大は穴を掘って、そこでいたすのだ。洋式便器で座ってしてた奴には刺激が強い。
色々と元の世界と比べると不満が多い分、元の世界がどれだけ住みやすかったかがよく分かる。我慢するしかないけど。
狩りとゴブリン討伐には慣れたし、この森の中で新しく学べる事はなさそうだな。
「そうだ、サドゥが土能力で野球のボールを模した物を作ってたぞ。‥‥‥これこれ、どうだ?」
サドゥが昨日の晩の見張り番の際に、作っていた。光由君の攻撃が強化されるように、とのことだった。それを籠(これもサドゥの土能力で作った)ごと渡す。数は10球ある。
「おー! すげぇなこれ! 本物と似てる! これで更に投げやすくなったぜ! 助かるー」
大喜びだな。サドゥの嬉しそうな気持ちが伝わってくる。土能力便利。
「試し投げしたいだろうが、少し待ってな」
「なんだ?」
投げる対象を探している光由を静止して、これからの目的を伝える。
「そろそろこの森でやりたい事も無くなったし、二手に別れて、最寄りの街を探そう。集合場所はここで、見つけたら共有して翌日にそこに向かう、という感じで」
「そうだな、俺っちも街に行きたいから丁度いいな」
「ただ、俺はサドゥのおかげで大丈夫なんだが、光由は言葉通じないから、文字を読み書き出来る様になってもらうからな、頑張れよ」
「マジ!? 言葉通じねぇの!? うーわ、俺っち他国語とか苦手なんだが‥‥‥」
俺も苦手だからその気持ちは痛いほど分かる。不安そうにしてるし、少し安心させてやるか。
「ここの文字は日本語に近い感じだから、そこまで難しくなさそうだぞ、五十音みたいなのもあるしな。少なくとも英語よりは覚えやすいだろ」
「そうだといいけどな‥‥‥」
苦笑いする光由、不安は完全に取れてないが、少し安心してる様だ。
「という訳で、光由の場合、誰か人を見つけても俺と共有してくれ、そもそもコミュニケーション取れないだろうしな」
「了解了解! 翻訳頼むぜ景章!」
「任せろー。じゃ、俺は川が流れる方に行くわ、光由は逆側頼むぜ。あ、そうそう。川に沿って探せよ、戻ってきやすいから!」
「了解、川を目印に、だな? 大丈夫だぜ。じゃ、行ってくる」
上流の方に向かう光由を見送って、俺も川に沿って探しに行く。
道中、ちょくちょくゴブリンが襲ってきたが、そこまで弱くなく、多い群れでもなかった為、殴る蹴るで討伐していく。街に着いた時の資金源になるので、耳を忘れず回収していく。
襲われる以外は特に変わった事は無さそうだな。川以外は相も変わらず木ばっかりである。周りを見回して、異常がないかをチェックし、歩いていく。
「にしても、この世界娯楽ないのかー? ゲームしてぇのよ俺はー」
(こんな森の中に娯楽なんてある訳ないじゃないか。街に行っても、そこまで期待しない方がいいよ)
ため息でもついてそうな物言いである。ただの愚痴が口から出てきただけだよ。
「にしてもこの森、ゴブリン出てくるって以外は静かだな〜。猪と丸鳥しか見てねぇし、あんま生態系豊かじゃないのな」
(ゴブリンはどこにでもいるし、結構平和な森なのかもしれないね)
「ゴブリンだけと戦ってもな〜。まぁ、危険な所だったら、サドゥと出会う前に俺と光由は死んでただろうよ」
(そうでもないと思うけどね。どんな危険な場所でも、君と光由君の二人なら、しぶとく生き残ってた気がするよ)
「お世辞はいらねぇぞ、俺自身が弱い事を理解してるんだ。サドゥが力を与えてくれなきゃ、俺は猪の時だって、ゴブリンの時だってすぐにお陀仏してた。それ位弱いって奴が、生きていけるはずがねぇ」
(‥‥‥君の強みはそこではない気がするけどね。それと、僕が力を与えたじゃなくて、仲間になったと捉えればいいんじゃないかな? ほら、仲間同士で助け合うのは当然じゃない?)
サドゥが言う、俺の強みってのは分からない。こいつの性格状、教えてくれる訳がないが、それに俺が気付いた時に誇れる物だといいのだが。
「どの捉え方にしろ、サドゥのおかげで俺と光由は今も生きられてる。だからお前が幽霊になり、彷徨い続けてまで叶えたかった事を、やろうとしてるんだから」
俺は立ち止まり、遠い遠い空を見つめる。
サドゥは、二年程前に全身を赤色に染めたある一人の男により、出身の村を滅ぼされた。
村人は次々に殺され、家も畑も、全てを壊された。唯一の家族であった、妹まで殺され、それに激昂したサドゥはその男に向かっていったが、その攻撃虚しく斬り倒された。
その男は、赤く染まった目でサドゥを見下ろし、去っていった。
妹を殺されたサドゥは強い復讐の気持ちで蘇り、異能力を手に入れた。
この世界での異能力が使えるようになるにはは、一回死ぬ必要がある。死してなお、強い生きる気持ちがある者に異能力は授けられ、二度目の人生を歩む事になる、と言われている。
サドゥは、妹を殺した赤い男への復讐と、妹との最後の約束、【冒険者になって、史上最年少でLランクに到達してやる】を叶える、この二つの事を叶える為に生きてきたという。
それでも、無茶をして魔物に殺されて、幽霊として彷徨っていたようだ。
俺は、サドゥのおかげで生きているからこそ、この願いを叶えたいと強く思っている。安っぽい正義感ではあるが、極悪非道な赤い男は個人的にも許せないからな。
(君が何を考えてるかは、この悲しげな感情で僕にも理解出来るよ。もとより、頼った理由はそれだしね。ただ、凄く大変な事だ。引き受けて感謝しているからこそ、改めてお願いしよう。‥‥‥僕と一緒に、妹の仇を、とってくれ)
そんなの、改めて言われなくても答えは決まっている。俺は、先程までの悲しみではなく、強い意志を目に込めて再度サドゥに誓う。
「もちろんだ」