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96話 ある神官騎士と、囚われの姫君の物語 (2)

次は後編と言いながら申し訳ないです、長くなってきたので変更いたしました。

前後編ではなく1.2.3話と続けます。


 あれは、昨年の秋頃だったか。

 あの魔法使いを、まだ少年だと信じて疑わなかった頃。

 俺の属する神殿という組織と、一般的な魔術士との違いを尋ねられた。

 

 なんとなくセナは何もかもを知っていそうな雰囲気があり、知らないと言われて少々意外だった。

 だが、聞いてみて納得した。暗黙の了解として広まっている知識は、それを知る者に話を訊かなければわからないことが多いのだと。

 それもそうだな。


 他に人の姿のない城壁の上。たまに巡回の兵が通りかかるぐらいで、セナが用意した酒は温かいというより、熱いほどだった。料理に酒を入れることがあるのは知っていたが、酒が湯気をたてているのは初めて見る。

 口に含んでみると、冷えてきた夕空の下で、これがことのほか美味い。

 そのうちこれも、ドーミアの酒場のメニューに加わるだろう。セナは美味いものを独占しない。むしろ広まれと言わんばかりに作り方を広める。

 心地良い静寂、喉を通る美味い酒……だからなのか、俺の口は随分と軽くなった。後になって思い返せば、してやられたような気がしなくもない。だが、セナは人の過去を吹聴するような者ではないだろう。

 少々、気恥ずかしいだけだ。


「聖魔術は神殿に属する者にしか扱えず、四大属性などの魔術は扱えない。逆に四大属性の魔術を扱う者は、聖魔術を扱えない。それは知っているだろう?」

「うん。どうしてそうなるかまでは、よく知らない」

「俺も、神官騎士を名乗っていながら詳しいと言い切れないのだが――言ってしまえば両者の違いは、祈る対象の違いだろうな」


 神官達はどこかにおわす神々に祈り、魔術士達は聖霊に祈る。

 私見だが、神官達の祈りのほうが真摯で、神々に従属する者として偉大な御力を借り受ける一方、魔術士達は聖霊との契約により力を振るうといった印象だ。

 ゆえに、貪欲に栄華を追い求める王侯貴族が、自ら望んで神殿に入ることなど滅多にない。

 そして精霊族(エルファス)が多くの民に恐れられている最大の理由は、彼らが聖霊の眷属であり、数多いる種族の中でも、竜種に匹敵する高位種族とされているからだ。

 生身の肉体を持ち、森と魂の親和性が強い生き物で、ゆえに〝精霊族〟と呼ばれている。


「この国からずっと西に、コル・カ・ドゥエル山脈国がある。国土の全域がほぼ山で、神殿の総本山があると聞くが、俺は行ったことがない。その国の近くには、鉱山族(ドヴォルグ)の国もあると噂されていた。真偽のほどはわからんが、彼らの王国は山の中、それも地下深くにあり、身体がずんと重くなってしまうので、人族(ヒュム)には到底住めない場所なのだとか」

「……局所的な高重力地帯……?」

「ん?」

「いや、なんでもない。続けて」

「ああ。……俺は昔、コル・カ・ドゥエル山脈国の手前、エレシュの大神殿にいた」


 今はもう他国に併呑され、消えてなくなったに等しい、故郷とも呼べる国。





 気が付けば神殿の孤児院にいた。よくある話だ。

 諸外国の関係が今よりもきなくさく、小国間での小競り合いも多発していた。

 コル・カ・ドゥエルは昔も今も変わらず沈黙を守り、俗世のつまらぬ争いとは断絶状態。

 エレシュの国は、そんな山脈国に最も近いふもとの国と呼ばれており、俺は赤ん坊の頃、孤児院の前に捨てられていたらしい。

 無口で無感動な子供だと、よく言われた。

 言いつけはきちんと守るが、可愛げのない子供だと。

 そう言われても、よくわからない。

 つまらないと言われても、何をすれば面白くて、可愛げがあるとなるのか、よくわからなかった。


 聖魔術もまったく憶えられず、頭の悪い出来損ないだと陰口を叩かれる日々。

 実害がなければどうということもないが、聖魔術に関してはさすがに落ち込んだ。

 エレシュの大神殿の孤児院は、子供達を例外なく未来の神官として育てる。同年代の子供達が、見習い候補として簡単な初歩の魔術を徐々に憶えていくというのに、俺はどうしてもできないのだ。

 十二歳ぐらいの頃だろうか。余所の神殿から、サフィークと呼ばれる少年が移ってきた。

 今まで小さな神殿にいたが、とても優秀で将来性があり、大神官から声がかかったのだという。

 知的で、人当たりも良く、整った顔立ちの少年は、あっという間に皆にとけ込んだ。

 俺とは正反対。

 けれどサフィークは何故か、よく俺に話しかけてきた。

 俺は正直者で誠実だから、話しやすいのだと。


「相手のいない所で、こそこそ悪評をひろめて嗤うのが、僕はどうにも好きでないんだ。そういうのの仲間に入れって誘われるのも、誘う者も良くないと思うんだよ。でも君はそういうことしないだろう?」


 当然だ。俺もそういうのは好きになれない。だから皆にとけ込めなかった。

 立ち回り、というのか。サフィークはそれが上手く、皆に嫌われることはなかったけれど、俺はそれが下手だったから、疎んじられてしまった。

 ただ、俺はそれを寂しいとも悲しいとも感じたことがなかった。

 誰もが陰で言うように、俺の心はどこかが欠けてしまっているんだろう。

 それが、なんだか申し訳なくて落ち込むことはあった。彼らに対してではなく、俺を育んでくれた神殿という場所そのものと、その神殿におわすであろう神々に対して、だ。

 ――せっかく命を助けてもらったのに。不出来でごめんなさい。

 どうにかして、俺はあなた方の役に立てないんだろうか?


「うーん、そうだなあ。……そうだ、ウォルド。君って体格がいいから、神官騎士になるといいんじゃないかな?」

「神官騎士?」

「うん。神官の皆様は、戦闘を不得手にされてる方が多いだろう? 僕も将来は神官になるつもりだし、剣や盾を持って戦う自分なんて想像もできない。けど君は、他の子より身体が大きいじゃないか」

「……そうだな」


 その通りだった。俺は同年代の子より力が強くて体力があり、頭ひとつぶん背も大きい。

 食べているものは同じなのに、骨格も少ししっかりしていると言われた。


「多分、ウォルドはそういうのに向いてるんだよ」

「……そうだろうか」

「そうだよ。まずは身体を鍛えて、聖魔術はおいおい憶えていったらいいんじゃないかな? ああ、けれど、聖魔術が憶えにくいからって、属性魔術は憶えようとしないほうがいいかもしれない。バレたらきっと、怒られてしまうかも……」

「それは、俺もそう思う」


 他の神殿はどうか知らないが、エレシュの大神殿の神官達は、魔術士が嫌いだ。

 神官らしくやんわりと非難する程度で、はっきり嫌いとは言わないものの、あれはやはり〝嫌い〟で間違いなかったのか。サフィークも断言した以上、そうなんだろう。


 ――魔術士は聖魔術を憶えられない。

 神々への信仰心が皆無だからだ、と。

 神々の慈悲が〈祭壇(アルタリア)〉という形で人々を守っているのに対し、魔術士どもは平気で人を傷つけ、方々で血を流す。

 信心深い神官達からすれば、だから魔術士という存在が許せないらしい。

 魔術士は魔術士で、神官のことを嫌っていると聞く。自分を嫌う相手を好きになるのは難しいからだろう。


 ただ、すべては噂の域に過ぎなかった。

 俺は魔術士に会ったことがなく、彼らが本当に信仰心の欠片も抱いていないのか、ゆえに汚らわしい救い難い存在で、聖魔術を使うことができないのか、実際に確かめてみたことがない。

 聞かされるそれが事実なのか、神官様に尋ねてみたことがある。


「何を言っているのです、おまえは。そのようなことは当たり前、ごく常識でしょうに」

「なぜだ? 俺もあなたも、この神殿の外で暮らしたことなどないじゃないか」

「…………」


 嫌な顔と溜め息ひとつ、仕事を増やされて終わった。

 この神殿で常識と言われていることが、外でも常識とは限らないのに。それを俺に気付かせたのは、外から来たサフィークという友人の存在だった。

 そう、俺にとってサフィークは、唯一と言える友だった。彼も俺に「友達になってくれると嬉しい」と言ってくれたので、それで間違いないだろう。

 他者を貶める噂話を、何故か皆は好む。「おまえもそう思うだろう?」「おまえもこっちの仲間だろう?」と、誰のことを好きか嫌いかで、仲間分けするのを好む連中も多い。

 俺はそういうのに馴染めず、サフィークもそれが共感できなくて苦手だと言っていた。

 神官とは公正で、人々のために在るべき存在だと。他者を不当に貶め、それを娯楽にするべきではないと。

 そういうことを、人好きのする笑顔で、やんわり周囲に伝えるのがサフィークは上手い。俺と大きく違うのはそういうところだ。


 俺は神官様に、神官騎士を目指したいと希望を伝えた。

 俺は体格に恵まれていたのと、大神殿には剣の指南をできる者がいたので、希望はすんなりと通った。

 水を得た魚というのか、俺はどんどん力をつけていった。もとは貴族の邸宅で剣術を教えており、老境に入って引退と同時に神殿へ入ったという師は、老いていても指導は的確で、そして評価も公正な方だった。

 俺が周囲から孤立しがちと知っていても、これはこれだと、俺を正当に評価してくれる。それが思いのほか嬉しかったらしく、俺はすっかり剣にのめりこんでいった。


 十五歳ぐらいの頃、俺は正式に神官騎士となった。これは異例の速さと言われた。

 すべての神殿に神官騎士がいるわけではなく、数も少ない。訓練は厳しく、なれる者はごくわずか。

 神殿の兵士として、神兵と呼ばれるものはいるけれど、神官騎士は彼らよりも立場が上となる。サフィークにすすめられてその気になったはいいが、剣を習い始めるまでそのことを知らなかったとは言いにくい。

 そんな調子だったので、残念ながら彼らからのやっかみも受けた。聖魔術も使えない出来損ないごときが、と――そう、俺はその歳になっても、神官騎士でありながら、未だに聖魔術を扱えなかった。

 だから正直、難しいかと思っていた。むしろ信心を疑われ、神殿から追い出されるかもしれない、と。

 俺は神々に対し、その存在を疑ったことはない。けれど、それだけでは足りないのかもしれない。俺は心がどこか欠けてしまっているから、何が不足しているのかわからない。

 師が俺の実力、誠実さを大神官様に強く推してくれなければ、俺の目標が叶えられることはなかっただろう。

 俺は神殿に属する者、そうしておくためにも、俺には確たる地位を与えていたほうがいいかと、大神官様は最終的に頷かれた。

 少なくとも師は喜んでくれたので、俺も素直に喜ぶことにした。


 そして俺と同い年ぐらいだったサフィークも、正式に神官位を得た。彼も異例の速さだった。

 孤児院の子供と呼ばれるのは十二歳までで、十三歳を過ぎて神官見習いと呼ばれるようになる。ほとんどは十七~十八歳ぐらいでようやく下位神官になるのだ。エレシュの大神殿においてはそうだった。


「さすがウォルドだね、きっとなれると思ってたよ」

「おまえも、なれるだろうと思っていた」


 そうして、半年ぐらい経ったろうか。

 エレシュの神殿に、どこかの姫君がやってきた。





 美しく波打つ漆黒の髪。

 紺碧の眼。

 やや褐色寄りの肌色――


「……南方系の特徴だね。南の国々のお姫様、かな?」


 サフィークがやや眉をひそめて呟いた。

 このあたりでは、南の人々があまり好かれない。

 男は節操がなく、女性は慎みが足りないとされる。

 裕福な男が両手の指ほどの妻を迎えたり、女性はそんな男に媚を売る手管を幼い頃から学ぶ。


 神殿にとって、歓迎できない人種だ。

 それなのに、わずかな従者を引き連れただけの姫君は、しばらくエレシュの神殿に身をひそめることになった。




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