93話 ある少女の、弔いの物語
遅い上に長い&暗めの話になってしまいました。
最果ての地と呼ばれるファートゥスの大神殿で、カティアはひっそりと弔われた。
これは、とある少女の物語。
◆ ◆ ◆
物心ついた頃には、古ぼけた孤児院の中にいた。
傍にはいつも、少し年上の少女がいてくれた。気付けばずっと一緒にいたので、こういうのを〝おともだち〟っていうんだよね、と、二人で笑い合ったことがある。
それがいったい何歳のことだったか、もう思い出すこともできない、遠い昔。
ひょっとしたら姉妹だったのかもしれないけれど、確かめる術はなかった。
そこにいる子供達はいつも飢え、いつも怯え暮らしていた。
毎日毎日働いて働いて、それでもろくなものを食べられない日々。
ぐう、とおなかを鳴らす子供達の目の前で、〝神官様〟は子供達の稼いだお金で豪華な銀の食器を買い、温かいスープを飲み、おいしそうなソースをかけた分厚い肉を頬ばっていた。
今ならわかる。その男が何をしていて、自分達が何をさせられていたのか。
毎日、誰かが叱られていた。
毎日、毎日、殴られ、蹴られて、ほんの数日前に来たばかりの小さな子が、ほんの少し逆らってしまったがために、顔が真っ赤に腫れあがるほど殴られた翌日の朝、床の上で冷たくなっていた。
子供達は皆で一緒にその子を土に埋めてあげた。いつか自分達もこの土の中に入るんだろうなと、皆が漠然と思っていた。
だからその時が来たら、自分達がそうしてあげたように、大切に埋めて欲しいと。
みんな狭い部屋に放り込まれて、身を寄せ合って息をひそめて、ただひたすら、嵐が過ぎ去るのを待つ。
顔立ちの綺麗な子はたまに別の部屋に連れていかれた。神官様や、神官様のお客様とお話をしたり、〝特別なお世話〟をするためだ。
ある日、私と彼女も呼ばれた。それはとても怖くて苦しくておぞましくて、一刻も早くこの時間が終わってくれればいいのにと、それしか考えられなかった。
「騎士様になりたい。このご本みたいな」
お友達の少女が、いきなりそんなことを言い始めた。
彼女は、ほんの少しだけ字が読めた。
本に書かれているような強くて立派な騎士になって、誰にも負けない大人になりたい、と。
「女の子は騎士様になんてなれないのよ」
それよりも私は、大きくなったらこんな所から逃げ出して、あの太っちょの神官様が追いかけてこられないような所へ行きたい。
あんな嫌なことをされずに済む、そんな幸せな日々を送りたい。
でも、どこへ逃げればいいんだろう?
ここ以外、どこに行けばいいのかわからない。
ある日、貴族様が孤児院にやって来た。
それはいつものお客様とは違った。
そいつが来てから、私のお友達はいなくなってしまった。
やがて噂が流れた――あの子は本当は、貴族様のお嬢様だったんだって。
愛人の産ませた子供だから、隠してたんだって。
でももう邪魔者がいなくなったから、引き取りに来たんだよ。
(どうして!? どうして一緒に連れてってくれなかったの!? お友達じゃなかったの!?)
置いていかれて悔しくて、悲しくて、さんざん泣いて。
――でもそれ以上に、あの子がこんな所から抜け出せて嬉しかった。
◇
ある日、何人もの荒っぽい男たちが孤児院にやってきて、神官様を取り囲んだ。
私たちの見ている前で、私たちが何度もそうされたように、殴られて蹴られて血まみれになっていた。
ひいひい悲鳴をあげて、無様に命乞いをして、でも許してもらえなかった。
子供達はじっとそれを眺めていた。だって、すごくいい気味だったから。
そいつはとても悪いことをしていたのがバレたらしく、こっぴどく痛めつけられた後、どこかの兵士に連れていかれた。
私達は地獄から解放された。とてもあっけなく。
――でも、それは勘違いだったのかも。
だって今でも、夢を見るの。
あんなに小さかった私達が、いったい何をさせられていたのか。
私達はあんなに小さく、無知で、弱い生き物だったのに、どうしてあんな日々を送らねばならなかったのですか。
試練の意味など知らぬまま、どうしてあんな試練を課され、消えない傷を永遠に負わねばならなかったのですか。
神々が見守るはずの神殿の中で、あなたがたに仕える者から、どうして私達はあんな苦痛を、辱めを、抵抗など叶わぬ幼い身で、毎日受け続けねばならなかったのですか。
いつしか白い神官衣を纏うようになり、私は毎日、神々の像の前で問い続けた。
風の噂で、〝彼女〟が〝父親〟の支配から逃れ、どこかの騎士団のもとへ身を寄せたと聞いた。
どうやって私がここにいるのを知ったのか、一度だけ手紙が届き、見習いとして毎日厳しい訓練に耐えていると書かれていた。
騎士様になりたいと、決意に満ちた横顔が鮮明に浮かんでくる。
彼女はあの頃とまったく変わらず、そしてあの頃とはまったく違うのだ。
誰よりも強く、美しく――ずっとそのままで在って欲しいと、願うのは私のエゴだろうか。
返事は机の中に仕舞ったまま、未だ出せないでいる。
混迷の闇の中から、学ぶこと以外に己を救い出す方法のなかった私は、皮肉にもその努力と博学を認められ、この国の王女の家庭教師という栄誉を与えられた。
かつての自分からは想像もつかない。まさか王宮に招かれて、第一王女殿下にお教えする立場になるなんて。
栄誉であると同時に、とても責任が重く、周囲から称えられると同時に、妬みを招き寄せる立場でもあった。
正直、辞退したいと何度思ったことか。だが、一介の神官ごときに逆らうことなどできようはずがない。
その第一王女殿下が真面目な生徒であればまだよかったものを、あいにく夢見がちで勉強嫌い、さらに無自覚のわがままを振り撒かれる御方だった。
それでも誠心誠意、王女殿下に向き合い続けた。
「もっと、自由な立場に生まれられたらよかったのに」
「おまえ達が羨ましいわ。素敵な恋をして、愛する方のもとへ嫁げるんだもの」
「どれほど美しいお城に住んでいても、わたくしの望んだものではないわ。閉じ込められて、いつかお父様の命じた殿方のもとへ行かねばならないなんて」
「神官だというのなら、おまえには答えられるというの? なぜ神々はわたくしに、そんな悲しい運命をお与えになったのかしら?」
呆れる、などというものではなかった。
なんとまあ、お歳の割に幼い王女殿下であらせられることか。
物語で読んだ悲劇の王女を、ご自身に重ねておられる。
お優しいを通り越して娘に甘過ぎる母君と、美辞麗句を並べ立てる貴族の男性方と、蝶よ花よと過保護に大切に守ってくださる侍女の方々がこんなにもいて。
重なるところなど何ひとつないというのに。
「あなた様の運命に、陰りや悲しみなどございませんよ、殿下。十三歳にもなられて、物語ごっこはおやめなさいませ。きちんと、周りの言葉に耳を傾け――」
「――……ひ、……酷い!! 酷いわ!!」
ああ、しまった。つい、苛立ちが口をついてしまった。
王女殿下がワッと泣き出してしまい、侍女達が剣呑な視線を突き刺してくる。
無礼者と罵られ、あわや母君である王妃陛下が出てきそうになり、しかし私を救ったのは皮肉にも、諸悪の根源たる王女殿下だった。
酷いことはしないで、わたくしは平気よ、と。
哀れを誘う涙が、可愛らしくも救いがたい少女だと思った。
けれど。私は気付いてしまったの。
私に敵意を向けてくる侍女達の中に、ひとりだけ異質な者がいたことを。
ほんの一瞬。気のせいだったかもしれない。
けれどどうにも、その侍女のことが頭から離れなくなってしまった。
私は彼女の行動を、知らず目で追うようになった。
何でもなければいい。勘違いであればいい。
けれど、もし、勘違いでなかったら?
悲劇の主人公に酔い、幸福に包まれて育ちながら、幼少期を汚泥の底で過ごした私に、幸福の意味を問いかけた愚かな王女。
もう十三歳。――けれどまだ、十三歳のか弱い娘。
もしも彼女を傷付けようとする大人がいるのなら、自分が守ってやらねばならない。
だって彼女はきっと、むきだしの大人の悪意に抵抗できないのだから。
大人である私が、守ってあげなければ。
――ああ。
どうして、そんな勘違いをしてしまったのだろうか。
どうして、どうして私は。
その女は誰も見ていないのを確かめ、王女殿下のお化粧品に、何やら不穏な表情で触れていた。
お勉強が嫌で逃げ出してしまった王女殿下を捜し、その時私がお部屋のドアの影で見ていたことに気付かずに。
私はそれを手に取り、侍女長へ報告をした。
翌日、私は罪人として縄をかけられた。王女殿下のお化粧品に毒を仕込んだとして。
――その侍女は涙ながらに無実を訴え、侍女長は私よりもその女を信じた。
私が無礼な発言で王女殿下の御心を曇らせた瞬間を多くの者が目撃しており、そのことも私の不利に働いた。
鞭打たれ、神官位は剥奪。
薄暗く不衛生な牢獄の中で、いつしか肺に異常をきたした。
もう涙も出ない。
いや、私の頬が乾いていたのは、もうずっと昔からだった。
いつだったろう。感情のままに、泣き喚くことができていたのは。
騎士になる夢を叶えた彼女は、元気でやっているだろうか。
あの頃はずっと一緒だったのに、いつしか道が完全に分かれた友達。
ここにいるのが、彼女ではなくて良かったと――
『女の子は騎士様になんてなれないのよ』
だって私はきっと、そんな気高くて強い存在にはなれないもの。
でもきっと、あなたはなれるから。
なってくれたらいいと、あの苦しい日々の中で、
それがずっと私の、きらきら綺麗な、大切な夢だった……
◆ ◆ ◆
「――……はあっっ!! ……はあっ、はあっ……」
水底でもがき苦しむように、わたくしは腕を懸命に前へ突き出して目が覚めた。
「うっ、うっ……うう……」
嗚咽が漏れ、頬から枕までがぐっしょりと濡れている。
はあはあと何度も荒く息を吐きながら、ふと思った。
「…………ゆ、め?」
夢、だったのかしら?
誰の?
わたくしは、ここにいるわたくしは、誰、だったかしら?
重苦しい身体を起こしながら、両手の平をじっと見つめた。
そして周りをぐるりと見回す。
そうして、少しずつ思い出した。
――ああ、ここは……わたくしに与えられた、お部屋だった。
今のわたくしの世界。
最果ての地と呼ばれるファートゥスの大神殿の、せまくてみすぼらしい一室。
切り石の壁と床。華やかさのかけらもなく、硬い寝台と最低限の家具。
着古してやや黄ばんだ聖衣。
大罪を犯して追放された、元王女アレーナ――そうささやかれる、今のわたくし。
怖かった。悲しかった。悔しかった。
だって、わたくしがいったい、何をしたというの?
わたくしの何が悪かったの?
こんな酷い、苦しい日々を、何故わたくしが送らねばならないの?
誰もわたくしを助けてくれない。誰もわたくしを守ってくれない。
わたくしは王の娘として生まれ、誰よりも輝かしく、高貴な身分の……
わたくしはただ、ただ……
幸せな恋を……
「…………」
床の上に足をおろし、冷たい感触に、気休め程度に頭が冷える。
泣いたって、誰も助けてなんてくれない――だってここにいる人々は皆、心がこの石のように固まってしまっているから。
水差しの中身を少しだけ布にかけ、顔を拭いた。
そうしてぼんやりと、靴をはき、部屋から出た。
そうだわ……確かわたくしは昨夜、体調が優れないと訴えたの。
王女でありながら、洗濯や畑仕事、薬草の栽培と、労働を強要されて。
とても疲れて、もう動けない、ほんの少しも休ませてくれないのと、神官長に泣きながら訴えて。
そうして、早めに休ませてもらえることになったのだったわ。
神官長がお薬湯を作ってくださって。とてもいい香りのお薬湯だった。
これを飲んでぐっすりお休み。そうすれば、きっとよくなるからと仰って。
いい香りで、不思議と苦くないお薬だったから、泣いて喉の涸れていたわたくしは、言われた通りに飲み干して。
とてもすっきりして、そうして瞼を閉じたのだったわ。
「――アレーナ? あなた、起きて大丈夫なの?」
「あ……」
見咎められてしまった。
わたくしと同い年ぐらいかしら。いつも厳しくて、辛辣な言葉ばっかりぶつけてくるの。
凄く苦手な娘なのに、まだ頭が少しだけぼんやりしているせいかしら。今朝は何故か、そんなに怖い、嫌な子だとは感じなかった。
「……ほら」
「?」
「今朝実ってたの。甘くて美味しいわよ」
彼女はわたくしの口もとに、小さな果実の皮をむいて押し付けた。
毒味もなしに、他人の手から食べ物を――なんて、いつもなら言うはずなのに。
もぐ、と舌に乗せてみたら、とってもみずみずしくて。
「ふらついてる感じかしら? つらいなら部屋に戻る?」
「え――いえ、いいえ。今は、お部屋に、戻りたくないの……」
「そう? なら、今朝のおつとめには一緒に行きましょうか。肩に手、置いていいわよ」
「え?」
「だから、手。いいから体重かけなさい」
「…………」
ごく自然にわたくしの手を取り、彼女はその肩に寄りかからせた。
……変だわ。彼女は、こんなふうにしてくれる娘だったかしら?
もっと厳しくて、高圧的で、わたくしを傷付ける酷いことばっかりを……
……酷いことを。
……どんなふうに、言われていたのだったかしら……?
足もとはおぼつかないのに、何故かしら。頭は冴えて、どんどんすっきりしてくるような……。
彼女はわたくしのために、ゆっくりと歩いてくれた。
そう、わたくしのためにそうしてくれているの。
そんなふうにできる彼女に、どうしてわたくしは、血も涙もない魔女のようだと思っていたのかしら?
建物から出ると、灰色の神殿の荘厳なたたずまいがわたくしを圧倒する。
最果ての地と呼ばれる、ファートゥスの大神殿。
ここがわたくしの新しい住まい。
わたくしは一日の始まりに、必ずあるおつとめをせねばならない。
それは、この神殿に弔われた哀れな魂達に、祈りを捧げてあげること。
訪れる者のないいくつもの墓標。
飾り気のない石のお墓。
ひとつずつ、順に祈りを捧げていく。
この人々が、安らかであるようにと。
その中のひとつに、今まで気にも留めなかった、いっそう小さなみずぼらしいお墓がある。
「…………」
――カティア。
――どうかあなたが、天上の門に招かれますように――
たったそれだけを刻まれたお墓。その前に、小さな花束が置かれているのを目にして、
おさまっていた涙が、再び滂沱と溢れた。
身体中の水分がすべて抜け落ちていくほどに。
わたくしはしゃがみこみ、ただその激流に耐え続けるしかなかった。
カティア。
それは。
かつてわたくしが、
どうして、
わたくしは彼女の名前を、今この時まで、
憶えてすらいなかったの。
かつて幸せの絶頂にいたわたくしが、すべてを意のままにできていたわたくしが、
無自覚のままにこの世へ刻んだ、紛れもない罪。
どれだけそうしていたのだろう。
しゃくりあげるわたくしを放置することもなく、彼女はずっと背をさすってくれていた。
何も言わず、何も訊かずに。
「…………どう、して?」
「ん?」
「……ど、して……そん、そんなに……やさしく、してくれ、るの?」
「優しいかしら? あんた、しょっちゅうあたしのことを鬼アクマ言ってるじゃないの」
「う…………ご、めんな、ざ……」
「あーあー、もう、わかったわよ。悪かったわね嫌味言って! ……まあ、どうしてもこうしてもないわよ。こーゆーところにいる奴はね、たいがい何かしらある奴なんだから。お互い様ってことよ! ほら特別にもう一個食べな!」
「……おいし……」
「でしょうとも。こういう干からびた土地だとねえ、却って水分とか栄養とか、ぎっしり蓄えようとする植物があったりすんのよ。これはそういう性質に目ぇつけて、何百年もかけて改良された果物なわけ。痩せた土地でも美味しく育つ、最高でしょうが」
「…………」
活き活きと語る彼女の表情が、なんだかとても眩しくて、綺麗に見えたわ。
「……あなた…………名前、なんていう、の?」
「あたしィ? サシャだってば。超いまさらねー」
「う…………ご、ごめんなさ……」
「いいわよ。今後はちゃんと憶えときな?」
「え、ええ……」
そうね。この時に至るまで名前を憶えてすらいなかったなんて、わたくし、実はかなり失礼だったのではないかしら。
なのに彼女――サシャは、何ら気にする様子もなく、からからと笑った。
◇
すっきりしたけれど、わたくしの顔は、酷いことになってしまったみたいね……。
怖くて鏡を見られないわ。
サシャに言われて顔をこそこそ隠しながら、慌てて部屋に戻って。サシャが、もう一日だけお休みをもらえるよう、神官長様にお願いしに行ってくれた。
泣き過ぎて本当に疲れてしまったから、寝台に戻ろうとして。
ふと、文机に目が行った。
「…………」
机の上に、お手紙。
あれは――いつもの、伝書鳥が運んでくれるものだわ。
不思議な伝書鳥。どうしてか、わたくしの部屋の窓辺にとまり、きちんと手紙を机の上に落としてくれるの。
いつもなら、心浮き立つお手紙。色を失った日々で、唯一の華やぎ――そう、今までは、思っていた。
「……レティーシャ……」
わたくしの、お友達。
正確には、こんなところへ追いやられたわたくしに、内緒でお手紙を送ってくれて、お友達になってくれた少女。
いつもたくさん励ましてくれて、わたくしは。
「…………」
封をあけた。それはいつもの、彼女の好む香水と。
高級な便箋、高級なインク。輝かしい日々を想起させるそれらが、どうしてか、今は妙に癇に障る。
――何故あなたがそのようなつらい日々を送らなければいけないのか、いつも心を痛めております――
――わたくしはいつでも、あなたの味方です――
――親愛なるお友達へ――
……。
他にもいろいろ書かれていたけれど、ただの一言も、心に響かなかった。
そう。そうだったのね。
レティーシャ。
わたくしは。あなたにとって。
臓腑が煮えたぎるような怒りを覚え、その衝動のままにお手紙を破ろうとして。
――ふと、思い直した。
「サシャ……」
彼女ならこれを、どうするかしら。
燃やすかしら? それとも。
「……相談。して、みようかしら……?」
ちゃんと耳を傾けなさい。
誰かにそう、教わった気がするの。
◆ ◆ ◆
「……ありがとうございました」
「いいえ。お気になさいますな」
青い騎士服を身にまとった麗人が、笑いジワを刻んだ神官から小瓶を受け取った。
――その薬の名を、【夢見の雫】という。
「このようなものが実在するとは。おとぎ話の中のお薬だと思っていたのですがねえ」
「はは……追及しないでいただけると、助かります」
「ええ、もちろんですよ。ですが本当に、不思議なものですね。あの娘はカティアの生涯など知らぬはずなのに。彼女の魂を、この秘薬が呼び寄せてくれたのでしょうか……?」
「…………」
騎士はただ微笑み、何も語ることはなかった。




