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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
魔女のもとへ集う者達
91/316

90話 踊らされる愚者の悲哀 (4)

感想・評価・ブックマーク等ありがとうございます。

誤字脱字報告も本当に助かります。見直しても自分ではなかなか気づけないんですよね。


 ――出来過ぎ。

 うなだれている一名を除き、ここにいる皆の心がひとつになった。

 うん、やっぱりな。出てくると思った。

 あまりにも予想通りの展開に、騎士達は何ともいえない複雑な表情になっていた。

 そして同時に理解する。これは事前にオルフェレウス一行との会談があったからこそ、そう感じることができているだけなのだと。

 やはり黒幕どもは、デマルシェリエサイドと精霊族(エルファス)サイドを切り離して考えている。まさか双方がさっさと共闘関係を結び、情報交換が行われるとは思っていなかったのだろう。


 ドニに例の(たね)を与えた男の特徴――ドニの感じた印象を詳しく語らせてみれば、その男は明らかに裏に精通した人間だった。その男の判断でドニが雇われたかどうかは不明だが、仕事には完璧を期すタイプであり、そのへんにいるようなゴロツキではなく、余計な真似はしないと思われる。


(その割に、ドニ相手によく喋っている……)


 ――ここを通るのは〝荷〟の引渡し相手の都合。

 ――人それぞれ、その時期そこにいて自然な場所、不自然な場所ってものがある。

 ――でもって俺はあの町に入れねえ理由がある。わかったか――


 これだけでも結構な情報量だ。

 瀬名はドニと話していて感じたが、ドニは「訊くな」と言われたことについてしつこく訊いたりはしない。転落生活が長く続き、さんざん痛い目に遭ったのか、変に藪をつつかない小心さと用心深さが身に染みついている。

 にもかかわらず、無駄なお喋りをよしとしないプロの仕事人が、「余計な好奇心を持つな」と警告した直後に、親切にも自分からこれほどの情報を与えてやっている。


 ――〝荷〟の引渡し相手の都合から、場所はドーミアがよかった。

 ――その相手はその時期、ドーミアにいて自然な人物であり。

 ――それをドニに伝えた男は、浮浪者でも入町税あるいは指定物品を納めれば短期の滞在証が発行されるドーミアにさえ、入ることのできない何らかの理由がある。


(これはきっとフェイクだ。多分そいつは、ドーミアに入ろうと思えば入れる)


 他の領では、身分証のない者は例外なく門前払いになる町のほうが一般的だ。締め出された浮浪者は、町の防壁の外側に寄り集まってこびりついて貧民街(スラム)を築き、ときに魔物の襲撃に遭ったり、領主の差し向けた兵に追い散らされたりする。

 そんなふうに〝汚らわしい犯罪者予備軍〟を排除していながら、では町の中の治安がいいかというと、そうとは限らない。

 壁の内側にも歴然とした貧富の差があり、生活の苦しい者がだんだん壁際に流れ着いて滞留し、準貧民街のような地区ができあがる。身分証があって魔物の脅威に晒されない分、外の連中より遥かにマシ――そうして盗んだ金で税を納める輩が、大きな顔で外の連中を見下す構図ができていた。

 重税に苦しむ民の不満の矛先をそちらへ向けるため、わざと貧民街(スラム)を放置している領地もあり、グランヴァルもその手合いだと聞いている。


 デマルシェリエは近くに港があるわけでもなく、東に敵国、西に魔の山、今は手放した広大な迷いの森と、悪条件がこれでもかと揃っている土地で、他の領地と同じようにやっていれば人が居つかない。人がいなければ兵は育たず、食料も得られないので、代々の辺境伯は自領を廃れさせないために、他のどんな領主達よりも真剣に頭をひねり、民の獲得と保護につとめてきた。

 その答えのひとつが、身分証なき者でさえ受け入れる現在の方針だ。一旦は仮身分証を与え、しばらく様子を見て問題がなければ本身分証を発行するこのやり方は、当初は「間諜や犯罪者どもが大喜びしそうだ」と方々から揶揄されたにもかかわらず、蓋を開ければこれ以上なくうまく機能していた。

 仮身分証といえど魔道具だったので、ちんけなゴロツキには偽造や二重所持などが難しく、そんな知恵や伝手を持っているほどの連中なら、どこへ行っても潜り込めるプロぐらいしかいない。実際、この仕組みの悪用を目論む小悪党よりも、「極貧生活から抜け出す最後の機会(チャンス)だ…!」とばかりに、真面目に奮起する者のほうが多かったのである。


(これ、余所が真似しても絶対失敗するだろうな)


 やっかみまじりに冷笑しながら、それでも表立って直接的な非難をする者がいないのは、本当にデマルシェリエが国から離反してしまっては彼らも困るからだ。

 同様に、王家も辺境伯には強く出られない。自分達よりも民からの信望を集めている辺境伯に対し、複雑な想いを抱くと同時に、いなくなられては困るので、〝信のおける頼もしい臣下〟として繋ぎとめておかねばならない――内心がどうであれ。


「ドニ。最初に移り住んだのはグランヴァル領で間違いない?」

「あ、ああ……そうだ……」

「その後、ここに移ってきたのはいつ頃? どんな理由で?」

「……二、三年ぐらい前、だったと思う……昔、牢から出た直後、だったかな。声、かけられたんだ……ちょっといろいろ、運ぶだけで、金もらえる仕事があるぜ、って……」


 まだショックが抜けない様子で、ぼんやりしながらもドニは答えた。


「あんたの身分証は? 本名が全部書かれているやつ」

「……貴族籍から、抹消されちまったから……もう、ない。だから……ここに来たんだ。デマルシェリエ領は、身分証持ってなくても、町に入れるっつーから……」


 ん? と首をかしげたのは騎士達だ。


「すいません、少しいいでしょうか?」


 ローランが断りを入れ、瀬名は頷く。


「ドニ。平民用の身分証はどうした?」

「は?」

「もらっただろう? 平民用のものを」

「……なんでだ?」


 今度はドニが首をかしげた。

 騎士達の間に沈黙が降り、ローランが眉をひそめる。


「貴族籍から抹消されて平民に落とされた、という事情はわかった。だがそれなら、家名の記載のない平民用の身分証が発行されて交換になるはずだぞ?」

「――はあ? してねえよそんなの?」

「…………」


 つまり、この時点から既に仕込みが始まっていたわけだ。

 ぼんやりとうつろだったドニの瞳に、若干の理性が戻ってくる。さすがに彼も、何かおかしいと感じ始めたらしい。


「ほんとは、もらえるもんなのか?」

「ああ。あまり知られていないかもしれんが、国法で定められている。おまえが平民になったと誰に聞かされた?」

「ろ、牢番と一緒にいた男だよ! なんか、役人っぽい服着てて。兄上が俺の不祥事にすげえ怒ってて、俺はもうデュカスじゃねえって、そいつが言ってたんだ! 前の身分証はもう使えなくなって処分されてるっつーのも、そいつが……」

「名前はわかるか?」

「わ、わかんねえ。確かそいつ、名乗らなかった……と思う……」

「新しい身分証について、誰か何か話さなかったか?」

「話してねえよ。つか、そうだ、確か俺、そいつに訊いたんだ。『処分だって、ふざけんな、じゃあ俺の身分証どうしてくれんだ!?』って。そしたらそいつ、んなもんあるわけがないとか鼻で嗤いやがって! あれ、大嘘だったんか……!?」


 当時の憤りが浮かんできたのか、蒼白だったドニの顔に徐々に赤みが差す。


「牢出てすぐ、兵士に町から放り出されたんだ。そんで、外の貧民街で腐ってたら、話しかけられて。前科ついたらもう二度とギルドに登録できねえし、話に乗ったんだ」


 最初の仕事は、デマルシェリエのどこかの町。その後もいくつかの町を行き来し、昨年ドーミアに来たばかりらしい。

 だんだん記憶が鮮明になってゆくドニの話に相槌を打ちながら、瀬名はローランに目をやる。


「死んでもいい捨て駒じゃなく、生き残る前提だったみたいだね、これは」

「どうやらそのようですね」

「は? え? なんでだよ?」

「つまり、そんなふうにベラベラ情報を吐き出して欲しい人材だったんだよ、あんたは。発芽の瞬間に、例の建物内にいないことも見越してたんじゃないかな。――あの(たね)は太陽がしっかり昇ってる時間帯じゃないと発芽しないんだ。その時間帯、あんたは自分の部屋にいることは少なかったんじゃないの?」

「――……そうだ。滅多にいなかったよ。その、俺……下戸で。酒がだめなんだ。あの部屋、他の部屋から酒の臭いがぷんぷん漂ってきててさ……夜寝る時ぐらいしか戻らなかった」


 それでも運び屋として紹介された専用の部屋で、しかもどこよりも安かった。寝台の枕元に香り袋を置き、酒の臭いを誤魔化しつつ眠り、陽の昇っている時間帯は必ず外に出ていた。


「誰かにその話をしたことはある?」

「……してねえ。下戸なんざ情けねえし、好きこのんで自分から言いやしねえよ」

「それは単なる個人の体質だから、恥でもなんでもないよ。たまたま生まれつき身体が受け付けない食材や飲み物があって、ドニの場合は酒だっただけ。ちなみに、そういう体質はドニ以外にもいるから、『恥ずかしいやつだなもっと飲めよ!』とか煽られても絶対飲んじゃ駄目だよ? 命が危ないから」

「へ? 体質? え、酒にそんなんあるのか……?」

「あるんだよ。事実」

「この方の仰る通りだ。数は少ないが、騎士団にもいるぞ」


 ローランの助け舟に、ドニは目をまるくしている。心身ともに鍛えられ、たくましい騎士にも同様の体質がいると聞き、かなり説得力があったらしい。

 ともあれ、おそらくドニの行動パターンは把握されており、彼があの爆発に巻き込まれないことは織り込み済みだったとみていいだろう。デマルシェリエの情報源になってもらうために、である。

 ただし、その後のドニの行動は、奴らにとって計算外もいいところ。


「――まさか、自首するとは思わなかったんじゃないかなあ?」


 自首するにしても、なかなか踏ん切りがつかないものではないだろうか。


「だな。いずれは捕まるにしても、しばらく逃亡生活を送った果てに、デマルシェリエに追い詰められ……という流れを想定してたかもな」


 エセルが同意した。


《もし、よほど長期間捕まらないようなら、どこかからタレコミが入り、ドニの名が浮上する手はずだったのではないでしょうか》

「うん。逆にこんなスピード解決するとは思わんよねえ」


 喋る小鳥にぎょっとするドニを無視し、瀬名は小鳥の頭を撫でた。

 万が一ドニが死んでいたとしても、小鳥が言うように、頃合いを見て誰かがタレコミを入れてくれる予定になっていたかもしれない。

 そうしてドニという運び屋の存在が浮上し、調査の結果その人物がグランヴァルから来ていた者だと判明する。そういう流れになっていたかもしれない。

 ただし、当のドニがその流れを変えた。本来ならもっと長い月日をかけねばそこへたどり着けないはずだったのを、ごっそり短縮してしまった。

 あの発芽の日から、半月すら経っていないのである。

 逃亡生活とは、もっとこう、何ヶ月も何年も粘るものじゃないのか?

 黒幕サイドの皆さんの、そんな突っ込みが聞こえてきそうな気がした。

 せめて一ヶ月は粘れよ、と。

 まあ、あんなものを持ち込んでしまったドニとしては、恐怖やら罪の意識やらで、ほんの数時間でも永遠のごとき長い時間に感じられたのだろう。

 彼は小物だから利用されてしまったが、小物だからこその精神的な弱さが、速攻で騎士団に出頭するという大技を繰り出してのけたわけだ。

 瀬名の唇に笑みが浮かんだ。


「ドニ」

「えっ? な、な、なんだよ?」

「人を都合のいい駒みたいに動かして、さんざん利用し尽くした後はあっさり廃棄処分。そんな連中に、一泡吹かせてやりたくない?」

「へ」


 ドニはポカンと目を丸くした。


「私はね。私の貴重な平穏な日常に、いらん面倒ごとをねじ込んでくれたそいつらが心底、うっとうしい。あんたはどう思う? いつまでもそいつらの思い通りになってやりたい?」

「そ――そんなわけねえだろ! でも……」

「じゃあ、決まりだね。一緒に敵さんに嫌がらせをしてあげよう」

「はっ? 嫌がらせって」

「もちろん、〝思い通りになってやらないこと〟だよ。――というわけでセルジュさん、このドニ=ヴァン=デュカス氏は、貴重な情報を持っているせいで狙われる恐れがあると思うんだ。黒幕の手先に消されたら困るし、しばらく騎士団で保護してあげたほうがいいと思うんだ」

「はぁ……」

「ちょ、おいっ?」

「家名はそれとなく伏せておいたほうがいいんじゃないかな? どことは言わないけど、騎士の城じゃなく、念には念を入れて秘密の場所に保護してあげたほうがいいと思うんだよ。どことは言わないけど」


 ドニの抵抗を無視し、瀬名はローランににっこり微笑(わら)いかけ、騎士達は悟った。


「セルジュで結構ですよ、セナ様。……まあ、そういうわけだ、ドニ」

「そ、そういうわけって、俺、――俺は犯罪者だろ!? 何だよ保護ってそんな、――牢屋にぶちこむならそう言えよ!? 紛らわしい言い方すんなよ!?」

「貴重な情報に感謝する。組織とやらに狙われる可能性があるので、一時我々が保護させていただく。今後の身の振り方については、その方から説明があるので、安心して聞くといい」

「はぇ……!?」


 エセルが顎に手をやって「ふむ、いいかもしれんな」と呟き、瀬名は満足げに頷いた。





 数日後。

 新しいつくりかけの灰狼の村に、子供達の先生がやって来た。

 悪者に追われてげっそりやつれ果てていた先生は、最初は四十歳ぐらいにしか見えなかったけれど、ちゃんと食べてちゃんと眠り、清潔な服を着ているうちに、年相応の外見に戻った。

 実はまだ三十代前半ぐらいだった「ドニせんせい」は、ちょっと気弱で、言葉遣いは下町のおっちゃんなのに、何故か上品な発音や言い回しや他にもいろんなことを知っていて、やろうと思えば食事を綺麗に丁寧に食べることもできる、一風変わった先生だった。

 灰狼の子供達は他の先生を知らなかったので、先生とはこういう人なんだなと思った。


「さすが元貴族……ちょっと舐めてたかも」

《甘やかされた放蕩息子という話でしたからね。ですが確かに、〝大金を払って高名な教師を雇い英才教育を施す〟ことも、甘やかしの一種になり得ますね》


 家名にあぐらをかいて努力をせず、おつむの出来はいまいち――それが本人の自虐的な自己評価だった。

 が、しかし。


「比較対象を優秀な兄貴とか他家の子弟にしなかったら、話違うんじゃ?」

《平民からすれば相当な博識ですよ》

「だよねー?」


 読み書きできるどころか、グレンに劣らぬ美しい〝貴族的な〟筆跡と文法を得意とし、法的な効力をもつ書類の読解や必要事項の記入ができる。

 計算ができるどころか、四則演算は基本中の基本、面積や体積や重さの求め方も忘れていない。

 本人が自分で自分をけなすほど、ドニの頭は悪くなかった。

 これは、思わぬ掘り出し物だったかもしれない。

 



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