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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
魔女のもとへ集う者達
89/316

88話 踊らされる愚者の悲哀 (2)

誤字脱字報告、ありがとうございます!

こんなところにとびっくりしました。助かります!


 長かった髪を切り、男ものの服を身に着けた。

 胸当てでふくらみを隠し、口調と態度……は、ほぼ素だったけれど。

 森の中でのアクロバットにより、日々身体は引き締まり、剣を振って腕の筋肉もついて。

 ARK(アーク)氏が完璧と太鼓判を押し、瀬名もその手腕に感心するほどの出来栄えで、むしろちょっとどうかと思うぐらい一瞬たりとも疑われなかった。

 はじめに交流を持ったのが辺境伯親子だったのも効いている。シンプルだが上質な服装も相まって、瀬名は「猥談には向かないお上品な少年」だと認識された。

 下町の兄ちゃん、ヤクザ風のおっちゃん、そんな人種が大勢集う討伐者ギルドの酒場で飲んでいても、下品な話題で絡んでくる輩はいなかった。

 この人物をいかがわしい会話に引きずりこんではいけないという空気がなんとなく出来上がり、そんな話題を振られて動揺する心配もなかった。


《よしんば引きずりこまれたとしても、微塵の動揺もなく躱すどころか参加なさりそうですが》


 ずっと慎重に隠してきたというのに、まさかあんな方向からバレてしまうなんて。

 しくじった。ああも大々的にバラされてしまえば、今さら口封じなどしても意味がない。


《正しくは〝口止め〟ではないかと》

「え? 余計なことを喋らないようにこの世から消えてもらうのを〝口封じ〟って言うよね?」

《まさかの正しいチョイスでしたか……!》


 あんな大勢の人々の前で気絶などをしでかし。

 とどめに、あの運搬方法! あれは本当にどうにかならなかったのか。しかし運ばれ終わった後で文句をつけても、すべては過ぎ去った過去の話だ。

 善意百パーセントによる行動だったのもつらい。妙に顔色の悪かった相手が、突然意識を失ったら、それは心配するだろう。

 駄目押しに、〈スフィア〉へ連れ帰ってもらった後、ようやく目覚めた瀬名を案じる三兄弟の前で、ARK(アーク)氏が濁して誤魔化すでもなく、きっぱりあっさり診断結果を言い放った。

 瀬名よりも百倍ぐらいうろたえ、真っ赤になっていた三兄弟。恥ずかしいわ情けないわ申し訳ないわで、あの居たたまれなさといったらなかった……。


(だから貴様は貴様の辞書へ「オブラートに包む」という言葉を追加しろとあれほど)


 もっと赤っ恥なのは狼族の連中に対してである。性別がわかるぐらいなら、お月様のにおいだって間違いなく気付かれている。なんて嫌な事実だろうか。狼族の女性はどう対処しているのか。


《彼らはお察しの通り〝バレて当たり前〟ですから、男女ともに却って平気なようです。脳筋だのデリカシー皆無だのと言われる半獣族が多いのは、そういった種族差のせいもあるのでしょうね。というわけでマスター、体調もそろそろ万全になっておられますし、いい加減にお外に出てみては?》


 あえて訊こう。何故そんな必要が?

 こんな、こっ恥ずかしい思いを我慢してまで、別に他人になんて一生会わなくたっていいじゃないか。

 別にこのままずっと〈スフィア〉に引き籠もってたって――


《なりません》


 却下された。

 だが、今回ばかりはすんなり引き下がるわけにいかない。

 女だとバレてしまったではないか。皆を騙していた。それについてはどうすればいい。


《危険から身を守るため、男性を装う女性はこの世界、マスター以外にも一定数は存在します》

「……だから?」

《女性のみを狙うチンピラや通り魔、誘拐団などの具体例を交えてご説明すれば、さほど苦もなく理解を得られました。今後そういったトラブルには、精霊族(エルファス)半獣族(ライカン)の戦力にて対処させます》

「させますって」

《なお、この森は先日、正式に光王国との取引が成立し、マスターおよびウェルランディアの共有財産となりました。三兄弟のもう一人の父君、ハスイール卿が直々に出向かれ、治外法権もつつがなく分捕ってくださったとのこと。基本的に国法と領主法に従う必要はありますが、強制力は消失いたしました。すなわち現在、名実ともにこの森の支配者はあなたです、マスター》

「…………」


 城に向かったのは、わずか数日前だったのに。

 もはや、力なく突っ伏すしかなかった。





・バレた

・精霊族の(さと)ができた

・半獣族の村ができた

・森を買った

・ヌシに据えられていた

・治外法権付き


 以上、この数日間の出来事である。何が起こっているのかよくわからない。これはきっと運命が「開き直っていいよ」と、優しく諭してくれているのだろう。

 そう解釈し、〈スフィア〉から出たのはさらに翌日のことだった。それでもぐずぐず粘り過ぎて、あやうくARK(アーク)氏が三兄弟に強制連行を命じそうになった。

 もう胸を隠す必要はないかと少しだけ逡巡し、やはり今までのように胸当てを付けた。習慣になっていることはそうそう変えられないし、突然変えても落ち着かない。


「おはよう、瀬名」

「……おはよ」


 待ち構えていた三兄弟。彼らは新しくできた郷のほうに居を構えて住んでおり、〈スフィア〉の内部に入ったのは瀬名を運び込んだあの日、一度だけだった。

 本日は彼らの郷をじっくり案内してもらい、時間があれば半獣族(ライカン)の村の様子も見に行く予定だ。

 あのうろたえっぷりが夢まぼろしであったかのように、兄弟達は自然だった。正直ありがたい。半獣族の連中も変わっていなければいいのだが――いや、変わる以前に、彼らはそもそも瀬名が女だと知っており、その前提で仕えるだのなんだのと宣言していたのだった。

 それよりも何故、何がどうなって、灰狼の部族が瀬名に忠誠をうんぬんという話になったのか。

 撤回しようのないところまで事態は進んでしまっていた。老若男女合わせておよそ七百名が、既に引っ越しを完了しており、今さら「結構です」などと追い帰せない雰囲気だった。

 思い起こせば、どう考えてもARK(アーク)氏の計画的犯行である。族長が辺境伯とやりとりをしてARK(アーク)氏に相談をどうのと――具体的にどんなやりとりが成されてこんな展開になったのか、もっと初期の段階できっちり問い詰めておくべきだった。うやむやで放置していたがためにこんなことに。


(ふ……やめよう。すべてはもはや、私の手を離れたのだ……)


 ひとつ頭を振り、爽やかな朝なのに黄昏を背に負いながら、三兄弟の導くままに歩き始めた。


 ――数分後。瀬名のテンションはだだ上がりに上がりまくっていた。現金なものである。

 まず、〈スフィア〉から村までの道は道らしきものが引かれていない。これは意図的にそうしている。

 やがて竜の肋骨のごとき大岩があり、そこが郷の入り口になっていた。

 なだらかな階段を進めば、いつの間にかそこはもう精霊族の集落になっている。〝どこから〟といった境目が曖昧なのは、彼らの集落が森の都合に合わせてつくられているからだった。

 一見すれば計画性など皆無のようでいて、実は彼らなりの計画に基づいているらしい。彩り鮮やかな花が咲き、大小さまざまなキノコ類が道端や窓枠の横に並び、人族(ヒュム)の町なら撤去されるであろう根や倒木がそのまま通路として使われ――まさに、メルヘンの世界からそのまま飛び出てきたような、森の中の不思議な村がそこにあった。


「うわお……どっかから妖精でもひょっこり出てきそう……」

妖精族(フェアリス)か? まあ、奴らも好みそうだが、出てきても駆除するぞ」

「く、駆除?」


 害虫扱い!? エセルの衝撃発言に思わず見返せば、三人ともそっくりな表情で眉をひそめていた。


「会ったことはないのか?」

「うん」

「会えば、意味がわかる」

「会わんほうがいいけれどな」

人族(ヒュム)は特に、可愛らしい外見と言動に騙されやすいんですよね……性質(たち)が悪いんですよ? 無害な森なのに旅人が遭難する三大原因、奴らも入ってるんですからね」

「マジで? ――あ、ひょっとして面白がって迷わせるとか、そういう?」

「それです」

「遊びで遭難させられたほうはたまったものじゃないな。しかも奴ら、旅人が力尽きるまで、その耳もとで愉し気に笑っているというぞ。そこに悪意はなく、反省もしない」

「げ……」

「我々のほうが奴らの上位種にあたるから、わたし達に逆らうことはない。命令もきく。だが大抵はその場限りで、すぐに忘れるのだ」

「やるなと言ったイタズラを、少ししたら忘れてまたやるんですよ。迷惑極まりないので、郷の結界は奴らの侵入も排除する役割を持ってます。結界を張っていない集落では、見かけたら駆除が基本ですね。あれらは、仲間が消滅しても何ら痛痒を感じませんので」

「へぇー……」


 妖精に関しては、エルフほどに執着はない。イメージは崩れ去ってしまったけれど、「ふうん、そういう種族なのか」と瀬名の反応はあっさりしたものだった。

 害虫と言えば、これほど森に融合した集落を築きながら、虫は得意ではないというのも不思議な話だった。恐れおののくほど拒絶感はなく、魔術薬の調合に使ったりもするのに、自宅の虫除け対策万全とは、これいかに。


≪種類にもよるのでしょうが、人型種族にとっての天敵は、魔物の次に虫と言われています。彼らも精神生命体ではなく、生身の肉体を持った人型種族ですからね≫


 小鳥が念話でささやいた。なるほど、納得である。

 かなりの範囲まで集落は拡大していたが、住民は三兄弟を含めてもまだ二十名に満たないとのこと。灰狼達と異なり、彼らの移住にはそれなりに日数を必要とし、今いるのはかなりフットワークの軽い若者だけなのだそうだ。人口が増えるのはまだ先になる。

 いきなり部族まるごと越してきた灰狼達がおかしいので、彼らの腰が重いとは微塵も思わない。くどいようだが、数日でこれをつくりあげただけで相当である。

 もういっそ、ぐだぐだ考えずに、住民が増える日を呑気に楽しみにしておくとしよう。

 

 ひととおり郷を見回った後は、いよいよ灰狼の村へ。

 彼らはテント生活をする狩猟民族であったが、定住する以上は建物も必要と、こちらも凄まじい速さで村の建設が進められている。

 建物は木造と石造りが半々で、石材はそこらの岩を力業で加工し、伐採する樹は精霊族(エルファス)が選んでいる。通常は加工に長期間を要するものであっても、彼らの魔術によって一気に短縮され、即日使える建材になる。これには狼族達も驚き、大喜びだったという。「作業がはかどる、便利だな!」と。ドーミアの連中なら遠い目になりそうな案件だった。

 しかし、むしろ精霊族(エルファス)のほうが樹を切ることに積極的だとは。これが誰にとっても意外なことであった。

 理由を聞けば得心がいく。というのも、もともとどこからが〝迷いの森〟になるか不明のため、放置されていた樹々が多かった。それも何千年ものの大樹ばかりで、こういう森にありがちなことだが、葉の多く茂る樹が密集すると、根もとまで陽が射さなくなり、他の植物が育ちにくくなってしまうのだ。

 陽がなくとも育つ種類もあるけれど、健康的な森は木漏れ日が大地に降りそそぐ森だ。開花すれば陽光のような光を放つ花などもあるらしいが、どこにでも年中咲いているありふれた植物ではない。

 ある程度は間引いたほうが、健やかな森に育つ。精霊族(エルファス)のいない迷いの森に、不健康でおどろおどろしい雰囲気の森が多いのは、そういった事情からだ。


 〈黎明の森〉は閉ざされた森でありながら、正のエネルギーに満ちており、よくある根もとの死にかけた迷いの森ではない。ただ、放置されている〝外側〟となれば話は別なので、街道まで浸食していかないよう、いくらかは切っておいたほうがいいのだった。

 ――というより、既に森の切れ端が、一部街道を呑み込んだ形になっているので、辺境伯とも予定を調整し、灰狼の村が完成する頃には、そのあたりを綺麗に整えるつもりらしい。


(街道整備……なんかそこにも、小鳥さんの影がちらついてそうな気がするのは気のせいか?)


 いやきっと、気のせいだ。考え過ぎはよくない。前向きに生きよう。

 ちなみに族長は食料確保のため、仲間を連れて狩りに行っていた。悪人ではないのだが、謝罪攻撃をくらわされそうな不安があったので、悪いが不在でよかったと思ってしまう。

 狼族達は、瀬名に対して口調も態度も、ごく自然だった。忠誠などと大袈裟なことを言っていたけれど、要は「うちの子助けてくれてありがとうね!」のノリだったようだ。

 様を付けて呼ばれるのが少々あれだが、「え? でもセナ様はセナ様でしょ?」と不思議そうに首を傾けられ、やめてくれる様子がない。

 まあ、あだ名のようなものだと思えばいいか。


 それより、出来かけの村ではあるが、精霊族の郷とは別の意味でテンションが上がる。

 素晴らしいことに魔馬や雪足鳥の飼育場もあった。今までずっと騎士団にお任せし、ドーミアまで足を運ばねば会えなかった愛馬が、すぐ近くに住めるようになったのだ。

 伝書鳥も飼われており、ちょっとした手紙のやりとりもだいぶ簡単になっている。

 そして何といっても。


(…………嗚呼。癒されるうぅ……)

 

 魅惑の獣耳、獣耳、獣耳。

 尻尾、尻尾、尻尾……。

 もちろん、「触っていい?」などと頼んだりはしない。さすがにそれは変態が過ぎると自重している。

 眺めて楽しむだけだ。

 以前瀬名に助けられたという坊やが、ちょこちょこっと駆け寄ってきて、満面の笑顔で「ありがとーございました!」とお礼を言ってきた時も悶えそうになりつつ耐えた。

 どうしよう、手触りのよさそうな尻尾がぶんぶんぶん……いや、いけない。自重せねば。


「今は何をしているところだ?」

「……!」


 シェルローが尋ねた途端、坊やの肩が揺れ、機嫌のよさそうだった耳がひょこっと伏せた。

 ……どうやら、緊張している。シェルローの声も表情もごく自然だったのだが、どうしても少し怖いようだ。

 本能的な苦手意識もあり、これは一朝一夕で矯正できるようなものでもないのだとか。まあ、この先ゆっくり時間をかければ、きっと慣れてくれるだろう。

 坊やは大人達が忙しく働いている間、自分よりも小さな子の面倒を見ているとのこと。十歳ぐらいになればもっと身体がしっかりしてくるので、みな働き始めるそうだ。

 瀬名は「あれ? ひょっとして」と呟いた。


「お勉強はどうしてる?」

「おべんきょう?」


 坊やが目をまるくした。


「……読み書きできない?」

「よみかきって何?」

「……文字を書いたり、読んだりできる大人はいる?」

「わかんない!」

「……瀬名。彼らの様子を見てきた限りでは、読み書きが可能なのは族長と側近、長老の合わせて数名ぐらいだった」

「なんと」


 狩猟部族だから、今まで必要がなかったといえばそれまでなのだろうが。

 ドーミアに出かけることもあるだろうし、今後は必要になるケースも増えるだろう。


(すぐには無理としても、可能なら勉強しといたほうがいいよね。今後の課題かな)


 兄ちゃんや姉ちゃん達のお手伝いに戻るね! と、坊やはちょこちょこ走り去ってしまった。

 尾が揺れる。耳が揺れる。何故ああも、やつらはこの心臓を鷲掴むのか。


「……瀬名?」


 シェルローの低い声が氷塊を落とした。

 無表情が怖い。


「はいっ? 何かなっ?」

「……触っていいぞ?」

「――――っっ!?」


 金髪エルフが、打って変わってほんのり微笑み、耳を器用にぴこ、と動かした。……読まれている。


(お、おま、おまええええっ、わかっててやってるなああああ!?)


 本物エルフの耳がそこに。

 さわりたい。

 さわりたいとも。

 本人が良いって言ってるんだからいいじゃないか。

 だがしかし甘い誘惑に流されたが最後、致命的な罠が待ち構えている予感しかしない!?

 凄まじい葛藤が己の胸中を吹き荒れ、瀬名は前進も後退もできなくなった。


「セナ様ーっ!」

「はッ!?」

「ちっ……」


 いま誰かが舌打ちしたような……いや、空耳だろう。

 正気に戻った瀬名の傍に、伝書鳥の飼育を担当している青年が駆けてきた。

 瀬名宛にドーミアから報せが届いたらしい。


(何だろう?)


 鳥の足から筒が外され、抜き取った皮紙をクルクルとひらいた。


「……あらま」

「何かあったのか?」

「や、それが……」


 瀬名から皮紙を渡され、三兄弟も目を通してきょとんとした。


 ――実行犯と思しき男が、自首してきた。




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