83話 黒幕の描いた予定表 いち魔法使いによる偏見と考察
だってそうではないか。
あやしいのはグランヴァル。
グランヴァルならやりかねない。
これ大事なことだから、忘れないように。
しっかり目に付く場所に、〝次はグランヴァル〟とメモが貼られている。
犯人にとって、あの怪物騒ぎでドーミアが崩壊しようがしまいがどちらでも良いのだ。どちらになろうと自分達へ疑いが向かないよう、あらかじめ〝次〟に誘い込む方向を決めておき、随所に目印を仕込んでいるだろう。
その誘導先こそがグランヴァルなのではないか。
黒幕の頭の中には〝彼らにとって都合のいい物語の筋書き〟がある。
〝進行予定表〟と言い換えてもいいかもしれない。
ある日ドーミアが恐るべき怪物によって被害をこうむった。
事態が収束すれば、その怪物の正体が何なのか、どのような経緯でドーミアに出現したかの調査が始まる。
そうして、あやしい名が浮上した。
グランヴァルだ。
デマルシェリエはグランヴァルの地へ疑惑の目を向ける。情報収集に力を入れ、直接現地へ赴き、地位の高い者がグランヴァル侯爵一家と面会し、あの手この手でなんとか奴らの尻尾をつかもうとする。
有能な人材が集まって頭をひねり、時間をかけ、日数をかけ。
しかし敵は手ごわく、のらりくらりと躱され、決定的な証拠を掴むことはできなかった――
「で、皆さんがグランヴァル方面にかかりきりになっている間、黒幕は別の場所で目的のために着々と準備を進めているわけです。やがて皆さんはグランヴァルの背後にいる黒幕の正体に気付くが、時すでに遅し、事態はもはや手の打ちようがないところまで来ていた……とまあ、そんな流れになるんじゃないかと」
「そ、……れは……」
「もしこれから即、グランヴァルに向かったとしても、あちらの歓迎の準備はとっくに整ってそうな気がしますね。とても思わせぶりな感じにおもてなししてくれそうです。台詞とかシナリオ立ててわくわくしてるんじゃないでしょうか。とゆーわけで、時間と労力の無駄に終わりそうですし、無視でいいんじゃない? て思うんですけど」
「…………」
その光景を具体的に想像してしまったらしい何名かが殺気立った。
辺境伯も顔をしかめているが、さすがの彼は慎重だった。
「あの怪物を持ち込んだ犯人は未だ知れぬが、これから先、調査をすれば必ずグランヴァルの名が出てくる、と?」
「必ずといいますか――出てきたら、この件に関してはシロ確定かな、と」
「奴らがシロ……?」
「あいつらが……?」
別の意味でざわわ、と揺れた。
「あー、シロって断定するのも語弊がありますかね。トカゲの尾の先端、ぐらいでしょうか。頭の思惑に沿って動くけれど、企画には一切関わってない感じかな。黒幕に辿り着けるほどの大した情報は与えられてない下っ端というか、ひょっとしたら下っ端の自覚はなくて、自分が頭だって勘違いさせられている手合いかもしれません」
「幹部や黒幕の協力者ですらなく、トカゲの尾……?」
「じゃないかな、と。もともとそいつら自身が尾なんだから、さらにその尾を探ろうったって手が空を切るのは当たり前ですし、それに気づいて本体まで辿ろうとしたところで、ちょんと切り離されて終わりなんじゃないですかね? わかりやすい役割分担だと思いますよ。堂々たる悪役っぷりで撹乱する道化と、その陰で地道に工作する中堅どころと、指示を出す大物。出資者と頭は別の可能性もあります」
「…………」
デマルシェリエサイドから何とも言えない唸り声がそこここであがり、精霊族サイドは面白そうに瞳を輝かせていた。
何なのだろう、この温度差は。
「しかし、――かねてから黒い噂で知られているグランヴァルの名が、ここぞとばかりに精霊族と我々の双方で浮上するとなれば、さすがに我らが罠を疑うやもしれんと考えるのではないか?」
「いえ、カルロさん。そもそもが連中、精霊族に関しては完全にノーマークだったと思いますよ。こいつらが今ここにいるのって完璧、ただの成り行きですから」
「あ」
そうなのである。精霊族は、前々からこの領地の人々と親交を深めていたわけではない。
つまり黒幕の予定表には、彼らがこのタイミングでドーミアにやってくる予定は書きこまれていなかった。この状況は完璧にイレギュラーなのである。
このドーミアで起こった異変は、あくまでもデマルシェリエだけのもの。
本当なら叡智の森ウェルランディアの王子達に起こった異変と、紐づけて考えられることはなかった。
瀬名はちびっこ三名を保護した件について、「ワタクシたまたま近くを通りかかっただけです。難しいこと何にもわかりません」と主張し、セーヴェル団長も快く納得してくれた。ゆえにあの件は表向き、ドーミア騎士団によって解決したことになっている。
瀬名は偶然に子供達を発見し、騎士団に通報して彼らが他国へ売り飛ばされるのを阻止した。つまり、見て見ぬふりをしなかった第一発見者として、精霊族に感謝されている――世間的にはそういう認識になっている。
もちろん、敵がそれをすべて鵜呑みにしているとは思わない。当然調べているはずだ。
呪いで幼児化した王子達を救ったのが、騎士団ではなく魔法使いであることを。
だがそれを知ったところで、計画を大幅に修正するほどのことではない。
精霊族は〝魔法使いには〟感謝をしているが、デマルシェリエに対してはクールな対応に終始している。以前より態度は軟化しているものの、あからさまに馴れ合ったりはしていない。
――だから彼らが、デマルシェリエを例外と見做し、密な関係を構築しようと考えていたなどとは思わなかった。
実際に交流を深めるのは王子達の解呪が成功した後になるため、それまでは時々情報を交換する程度にとどめていた、それが余計に「今後も馴れ合いはしない」意思表示のように見えただろう。
少なくとも最初に予定表が出来上がった時点では、ウェルランディアの王子達は〝助からない予定〟だったはず。助かる見込みがない。
そして、彼らがデマルシェリエと連携する道理もない。
すべてはそれらを前提として〝準備〟が成されていたはずだ。
「シェルロー、エセル、ノクト。あんた達は行方不明になる前、どこへ向かう予定かってのを誰かに話してた?」
「ああ。わたし達は必ず行き先を告げて郷を出る。グランヴァル領は、真っ先に候補に挙がったろう」
「あんた達三名以外に同行者はいた?」
「いや、いなかった。郷を出る際に見送った者達にも確かめたが、我々三名だけだった」
「これは欠落した記憶にも含まれる内容ですが、どうやら我々はグランヴァルへ向かう前、魔王に関わる何らかの情報を掴んだ、あるいは掴めそうな含みの言葉を残していたようです。確証がないので明言を避け、『それを確かめに行く』という言い方をしていたと」
瀬名は頷いた。
「そしてあんた達は突然行方不明になった。どうやら最後に足跡が途絶えた場所はグランヴァル侯爵領。となれば、かの侯爵領には当然魔王との何らかの関係性が疑われる。ひょっとしたら、決定的な何かを目撃したか、手がかりを掴んだかして、消されたのかもしれない――」
「ああ。我々を捜索する者達は、そんなふうに想像したろうな」
シェルローの言葉に、オルフェレウスが無言で頷いていた。
「だが、あなたはそうは思わないのだろう?」
「うん。あんた達が掴めると思っていた情報とやらは、ただのフェイクだったのかもしれない」
「……その地で何かを掴み、襲われた可能性が濃厚。そんな疑惑を演出するためだけに利用された、か?」
シェルローはひっそりと微笑った。
(わあ、察しがいいなあ。つか、目が笑ってないよぅ)
とても怖かったので、瀬名は気付かなかったことにした。
それはともかく。
黒幕は行き当たりばったりの衝動的犯行に及んだのではなく、事前に綿密な長期計画を立てていた。
運搬中に発芽するリスクを防ぐため、冷凍状態で運ばれたと思しき例の種は、真夏の炎天下ならいざ知らず、年間を通して気温が低めのエスタローザ光王国において、植えた直後にいきなり発芽したりはしない。
気温差と発芽の時期を計算に入れれば――
≪貧民街に〝植えられた〟時期はおそらく、二月後半頃かと≫
間違いなく黒幕にとって計算外のかたまり、ARK氏が念話で答えた。
放置でいいんじゃない発言の理由でした。
侯爵家の悪役令嬢、待ちぼうけ……。




