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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
魔女のもとへ集う者達
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80話 再会と嵐の予感 (5)

ご来訪ありがとうございます。

感想・評価・ブックマーク等ありがとうございます、励みになります。

おかげさまで80話になりました! あと数話で狼族も合流予定です。


 エスタローザ光王国の高位貴族、グランヴァル侯爵が治める領地は、領民の間で別名〝地獄界(ガヘノス)の入り口〟と呼ばれていた。

 役人は賄賂で犯罪者を見逃し、民は命を削っても足りないほどの重税を課され、定期的に国が査察していることになっているが、結果は何故か毎回〝問題なし〟。


 そういえば前にそんな話を騎士達としたな。瀬名は漠然と思い出した。

 ミステリアスな容姿のせいで火遊びをしたい猛禽類ばかり寄って来ては、「思っていたのと違う」と勝手に幻滅されてしまう、ほんのり不幸な好青年セルジュ=ディ=ローラン――その部下の父親が確かグランヴァル侯爵の元騎士で、上から横領の罪をなすりつけられて一家全員逃げてきたのだったか。

 偽装したスパイのたぐいでもなく、本当に真剣に逃げてきた一家だと、あの後ARK(アーク)氏がきっちり裏を取っていた。


(ああ、憶えているさ。憶えているとも。ちょっとド忘れしていただけさ)


 要するに、この国の恥部というやつである。

 義務と権利の区別がつかない、色々と履き違えた、わかりやすい悪徳領主夫妻。

 身分の低い者を平気で踏みにじり痛めつける、そういう高慢な貴族は珍しくもないが、彼らのそれはお仲間達でさえ嫌悪するほどに度を越しているらしい。


「だが私に言わせれば、真に警戒すべきはひとり娘のレティーシャ嬢だ」


 この一家、世間ではグランヴァル侯爵夫妻の悪名ばかり轟いているが、カルロ氏いわく、最も油断ならないのはひとり娘のレティーシャなのだそうだ。

 透き通るような白い肌、紅く色づいた唇、たおやかで愛らしくほっそりとした肢体、この親から生まれたこと自体が奇跡と噂の令嬢。心根が優しく清らかで、掃き溜めに咲いた花、グランヴァルの救いの聖女とも呼ばれているのだとか。

 使用人を大切に扱い、時に両親の横暴やおぞましい暴力から庇い、庇われた使用人から噂が広まって、民の人気は高い。


「が……館から一歩も出ない箱入り娘ゆえ、領民を庇ったという話はとんと聞かぬ。それにあのぶくぶく肥え太った両親に対し、はっきり諌めるような姿は誰も見ておらんのだ」

「どころか、両親を心底慕っている様子でしたよね……」


 苦々しげに辺境伯親子は語った。グランヴァル侯爵は娘を溺愛しており、恐怖心で逆らえないわけではないはずだ。

 何より最悪なことに、この国の王太子シルヴェストルが令嬢に惚れ込み、我が婚約者にと熱望しているのだそうだ。

 家格は問題ない。しかし侯爵夫妻の人格と悪評に問題があり過ぎるので、宰相をはじめとして大勢の臣下が大反対。さすがの国王も、中身の醜悪さが外側に滲み出ている侯爵夫妻に関し、「娘はともかくあれと縁戚になることだけは許せん!」と公言したのだとか。

 にもかかわらず、二人の逢瀬は未だ続いており、それを隠してもいない。国王の発言を堂々と蔑ろにしている形なのだが、レティーシャ嬢のあまりの健気さと美しさにほだされた国王は、彼女に対してあまり強く叱責できないという。


(あほか。ていうかあほだ。前々から思ってたけど、絶っ対、あほだ)


 シルヴェストル王子も、恋人から両親を奪うような真似ができるはずもなく――否、彼はそこまで悲壮ではなかった。

 侯爵夫妻は日頃からとことん王子をおだてまくっており、良く言えば素直な王子様は、褒め言葉の裏を疑う醜い心という、次期王位継承者としてとても大事な素養を育んでいなかった。

 ゆえに、噂ほど酷い人物ではないと本気で信じ込んでいるふしがあるのだとか。


「……大丈夫なのか? この国」

「…………」


 エセルディウスの素朴な疑問が、王国民達の心を抉った。


「エセル、訊いてやるな」

「そうですよ。彼らのせいではないのですから…」


 精霊族(エルファス)サイドからの哀れみを込めたまなざしが、さらに追い討ちをかけた。

 ――魔王の襲撃なんかなくたって、あの王族放置してたらこの国、近い将来滅びるんじゃないの?

 誰もが口には出さぬまま、その危惧を胸に秘めていた。


 ともあれ、グランヴァルがほぼ黒で間違いはない。愛娘を利用して王太子に取り入った野心家であり、領民に命を削らせた金で贅沢の限りを尽くす外道である。イルハーナム神聖帝国と裏で通じていても不思議ではない、むしろ自然だ。

 たちの悪さでは娘もどっこいである。レティーシャ嬢は、領主夫妻の民に対する暴虐なる振る舞いに心を痛めつつ、自分にだけは優しい彼らへの愛情を捨てられず、麗しの王子への恋心も止められない。

 純粋ゆえに哀れな娘――と、そう見せかけて、実は単なる〝現実が理解できない恋に恋する乙女〟なのではないかと、ライナスの辛辣な見解が炸裂した。

 彼が以前レティーシャ嬢に会った際の印象が、かつての婚約者の元王女と被っていたそうな。

 現在の婚約者である第二王女フェリシタは、聡明で控えめでありながら芯が強く、相手を立てつつ駄目なものは駄目と揺るがずはっきりさせる少女なので、比較すれば一目瞭然なのだとか。のろけか。

 一方、カルロ氏の意見はもっと穿っている。


「理解した上で、愚かな娘を演じているのやもしれん」


 儚げな美少女である己の容姿に、心酔する者がいることを知っており。

 物語の恋を夢想する愚かな小娘よと、己を侮る者がいることも想定し。

 すべて承知の上で、そのように演じているのではないか。


「父上、それはさすがに考え過ぎなのでは? そこまで小狡いタイプには見えませんでしたが」

「小物ではなく、立派な悪女ならば可能だ」


 カルロ氏は重々しく断言した。


「でなくば、あの侯爵夫妻が放置されている現状に説明がつかん。あれほどの悪逆非道が知れ渡っていながら何ひとつ罪に問われず、栄華は衰えを知らぬ。奴らにそこまで回る知恵はないはずなのだ。誰か上手く立ち回っている者がいる」


 レティーシャは絶妙な立ち位置にいた。

 表向き実権はないが、高位貴族令嬢としての発言力はある。

 恋を夢見る世間知らずの箱入り娘だからこそ、誰からも甘く見られて疑われない。

 最近では王太子の想い人という付加価値も加わっている。


「グランヴァル侯爵はもとからどうしようもない男だったが、以前は奴を抑えつけられる者が少なからずいた。領地経営の改善を王宮から命じられることもしばしばあり、小悪党なりに大人しくやっていたのだ。誰も奴に手を出せなくなったのは、レティーシャ嬢が生まれてからだ。両親が下手をやらかしそうになれば、すかさずあの娘の助けが偶然に入る。美しく成長した娘を侯爵夫妻が利用している、誰の目にもそうとしか映らぬであろうが――おそらく見た目以上に、あれは賢い娘だぞ」


 まさか、という顔をしながら、人々から反論は出なかった。


「極めつけが、侯爵家の使用人の、あの娘に対する敬称だ」

「敬称?」

「〝姫〟と呼ばれている。そして、あの娘はそれを咎めん。微笑みながら、形ばかりの注意をするだけだ」

「ああ……」


 ライナスの表情に納得と嫌悪が浮かんだ。彼もその瞬間を目撃したことがあったのだ。

 当時は「お花畑なご令嬢だな」としか感じなかった出来事が、今や別の意味に塗り変わっていた。

 この国で貴族令嬢を〝姫〟とは呼ばない。これは王族の姫君にのみ許された敬称であり、一介の貴族が自分の娘を日常的にそう呼ばせていたとなれば、王家に叛意ありとして立派に投獄の理由になる。

 娘可愛さからくる愛情表現で、「愛しい姫」と呼ぶ親馬鹿ぐらいいるだろう。令嬢を慕う領民達が、「うちの姫様」と自主的に呼ぶこともあるだろう。

 それらはいずれも、本物の王女を引き合いに出さず、身内だけで言っている分には構わない。その程度なら大目に見てもらえる範囲だ。

 が、使用人までが日常的にその敬称を使っていると匂わせ、しかも他家の貴族の前で堂々と口にするなど論外である。特に令嬢の侍女などは、無知な領民とはわけが違うのだ。


 無垢で清純な乙女の皮を被り、腹に一物ある悪女。

 そうでなかった場合も、侍女からの姫呼ばわりを受け入れている時点で、紛れもない自惚れが透けて見える――自分はそう呼ばれるに相応しい存在だと。


 いくら王太子の想い人であろうとも、もし婚約者であったとしても、令嬢は〝令嬢〟であり、決して〝姫〟では有り得ない。

 その上で、普通ならば叛意ありと見做されるところを、まったく問題視されていない。

 三兄弟が記憶を失った状況から考えても、グランヴァルは黒で間違いなかった。

 場の意見はその方向でまとまり、かの侯爵一家にどのように探りを入れるか、今後彼らへの警戒をどのように強めるべきか、その二つに焦点が絞られることになった。


(……沈黙は金。沈黙は金)


 瀬名は話し合いに耳を傾けつつ、黙して目を伏せていた。

 ところが、最前列かぶりつきの席はとことん不利である。真正面に精霊族(てき)の首魁親子が陣取っているせいで、彼らがさっきからずっと自分に向けている視線に、否が応にも気付かされてしまった。

 奴らがひたすら注目していれば、当然デマルシェリエサイドもそれに気付く。最初の再現である。


「何の嫌がらせだ」


 ついうっかりわざと口に出してしまった。


「誤解だ。――何か気がかりでも?」


 シェルローヴェンはしれっと尋ねてきた。

 問いかけの最後が「あるのか?」ではなく「あるんだろう?」と確信めいて聞こえたのは、気のせいでも被害妄想でもない。


(エンパスやりづらっ!!)


 なるほど、隠せないとはこういうことか。果てしなく今さらながら瀬名は思い知っていた。

 それも一人や二人ではなく、全員ときた。


(これは多分……言わなきゃ駄目なんだろうな)


 多分だが、瀬名が吐くまでこのエルフどもは絡んでくる。そんな気がする。


「あー……カルロさん?」

「ん? 私か?」

「ええ。あの、ほんとにただの、一意見なんですけどね?」

「うむ?」

「グランヴァル、放置でいいんじゃないですかね?」


 すべてを引っくり返す瀬名の発言に、デマルシェリエの面々はぽかんと目を丸くした。




王太子様は金髪碧眼のまさに王子様なイケメンですが、中身残念系。

フェリシタ王女様は華奢で可憐な美少女、自己評価あんまり高くありませんが周りからの評価はかなり高い優れモノ。

主人公は徹底的に王家と関わらないようにしてますが、フェリシタ姫とは会えば仲良くなれそうです。

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