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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
魔女のもとへ集う者達
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78話 再会と嵐の予感 (3)


 子供だと思っていた。だから何も隠さなかった。

 森へ連れて行き、〈スフィア〉へ招き入れた。Alpha(アルファ)Beta(ベータ)を隠しもせず、三人まとめて一抱えにできるほど小さな幼児相手に、何の警戒もしていなかった。


(ああ、迂闊だった。ここは剣と魔法の世界、呪いをかけられて子供にされた王子様の、一人や二人や三人ぐらいいるよな!)


 いえ普通いませんと小鳥の声が聞こえたけれど、実例がここにいるではないか。

 何の警戒もせず油断しきって、あろうことか〈スフィア〉を、その内部をも晒した。呪いの正体を調べるために医療室へ入れ、雨の日などは一日中〝あやしげな研究室〟で放置していた。

 危ないものは触らぬよう注意すればちゃんと言いつけを守り、ちまちまとてとて歩きながら飲み物を運んできてくれたりもした。だからあの子らを締め出そうなどとは、ついぞ思わなかった。


 それが、蓋を開ければ全員青年(おとな)で。

 すべて憶えている、だと……?

 この世界に存在しないはずの技術、存在しないはずの知識で造られたもろもろを、何もかも――


 何も隠さなかった。瀬名のあんな姿やそんな姿や、こんな姿さえも。


 半裸でストレッチをした。豪華総レースの微妙に透けたパンツ一丁であぐらをかいてキンキンに冷えた麦酒(ビール)を一杯やった。風呂に入る時などは真っ()()だ。

 回想したら壁に頭突きをしたくなる恥ずかしいあれとか、露見したら事案もののそれとか、流出したら炎上しそうな感じのこれとか、他にもあんな姿やこんな姿やそんな姿もいろいろたくさん――


 瀬名は片刃の剣の柄に触れ、ゆっくりと引き抜いた。

 殺意は濃霧のように広間に満ち、蒼白になった何人かが後退りする。

 瀬名の精神(こころ)に忠実な魔導刀がゆらりと陽炎を帯び、輝く紋様が浮かびあがった。

 それは歪んだ残像となって瀬名の身体の周辺に揺蕩う。

 かつて目にした経験のない光景、異様な気配を放つ剣に、人々は息を呑んだ。

 一瞬にして大量の魔力が、信じられないほどの高密度でただ一振りの剣に集中し、その凄まじさに呼吸(いき)すらできなくなる。


天魔鋼(アダマンタイト)……!」

「なっ、まさか……!?」


 オルフェレウスの小さな叫びに、どよめきがあがった。

 天魔鋼(アダマンタイト)――神話級の武具に用いられる鉱物である。

 太古の遺跡、秘境にたたずむ神殿、知られざる迷宮の奥地、神々の試練――相応しい環境、然るべき場所、踏むべき手順を完全に無視し、まさかそんなものとこんな流れでいきなりお目にかかるとは誰も思わない。


 オルフェレウス達は結界をあっさり解除し、いつでも動けるように身構えた。

 あの剣の攻撃は、自分達の結界を貫通する。

 おまけに、あの剣に供給されている魔力は、瀬名自身の魔力ではない。おそらくは周辺の大気中を漂う魔力を集めたものであり、それがこの広間に流れ込み集まりゆく過程で、彼らの結界を何ら抵抗もなく素通りしていたのを感知していた。

 防御よりも回避。それが賢い選択であった。人族(ヒュム)達は突然消えた結界に困惑し、その理由に未だ思い至らないふうではあったが、彼らが攻撃対象にされるとは考えにくいので問題ないだろう。

 そんな緊迫した空気を余所に、もはや有象無象の注目など完璧に意識の外へ追いやって、瀬名は眼前の敵を見据え、命じた。


「忘れろ」

「無理だ」

「断る」

「え、嫌です」


 慈悲は消えた。

 ――一人残らずこの世から、黒き歴史を刻んだその記憶ごと葬り去ってくれる。

 瀬名の足が床を蹴った。人間離れした速度で放たれる刃の軌跡は、訓練を積んだ騎士でさえ、誰もその動きを捉えられる者はいない。

 そのはずだった。


「っ!?」

「すまない。怒るのはわかるが、落ち着いてくれ」

「ごめんなさい。あとでちゃんと謝りますから」


 刃が達する前に、瀬名は三人がかりで捕えられていた。

 放しはしないが痛みも与えない、絶妙な力加減で腕や手首を掴まれ、剣を振りきる寸前で動けなくなる。


(こいつら……!?)


 苦痛もないが、振りほどくこともできない。

 魔改造により底上げされた運動能力が、このとき初めて通用しなかった。


 肉体の基本性能が仮に同じぐらいとして、日頃から鍛えているならば、男のほうに軍配が上がる。そしてこの三人は、どう見ても軟弱なひょろひょろのもやしではない。

 強い力。大きな手。それに、思いのほか身体も大きい。

 百七十三センチに達した瀬名が、見上げるほど。


(細いけど、細くない……こいつら、百九十センチあるんじゃ……!?) 


 筋骨隆々を見慣れ過ぎたせいで、感覚が麻痺していたかもしれない。

 〝エルフは華奢で繊細〟という先入観があり、骨と皮だけで死にかけていた弱々しい小さな兄弟のイメージがそれを強めた。

 でも、違う。

 この連中は鍛えていて、騎士達と同じぐらい身体に厚みがあり、そして瀬名を抑えられるぐらいに力があった。


 瀬名は目を瞠り、そのまま凝視した。

 幼い子供が世界を認識し、周りを取り囲むさまざまなものに興味を抱いて、「これはなんだろう」と問いかけるのとそっくりな表情が無意識に浮かんでいた。

 余裕に満ちていた翡翠の瞳が、何故か動揺して瞬きをする。


「せ――」

「セナ!! さすがにそれは駄目だって!!」

「やべえよおい、頼むから落ち着け!!」

「セナ殿、ここはどうか抑えてくれんか!?」

「魔法使い殿、お気を確かに!!」

「穏便に、穏便にですぞ……!!」

「!」


 デマルシェリエサイドから、悲鳴じみた懇願が次々にあがった。

 瀬名は目をぱちくりさせ、「あ」と漏らす。

 ――やばい……。

 さー、と血の気が引いた。


(……やっ、ちまっ、た…)


 いろんな意味で。

 すると、金髪の青年――シェルローヴェンは、さりげなく手を放しながら、困ったような苦笑を唇に乗せた。


「すまない。文句なら後でいくらでも聞く。だがまずは、先に言わせてくれ」


 す、と神妙な顔つきになり、右手を左胸、心臓の位置に当て、少しだけ頭を下げる。


「ありがとう。あなたのおかげで、我々は生きて帰ることができた」


 エセルディウスとノクティスウェルも長兄に続き、「心からの感謝を」と頭を下げた。


「え。いや……その……」


 何と返せばいいかわからなくなり、うろりと視線を彷徨わせれば、標的を血祭りにあげ損ねた凶器が、未だ娑婆(シャバ)の空気に触れたままなのが目に入った。

 攻撃の意志をなくした時点で魔素は既に霧散しており、瀬名はばつの悪さを噛み殺しながら、ささっと鞘に戻す。

 途端、そこかしこで「ほっ…」と安堵の溜め息がこぼれた。

 なんとなく、溜め息の方向へ視線を向けられない。

 どうしよう。やっちゃった。どうしよう。後悔はしないけど!

 殺されかけたくせに――死なない自信はあったとしても殺意を向けられた――その相手に対し、何故かまったく反撃したり幻滅する様子もない奇妙な三兄弟は、晴れやかな顔を上げて「それから」と続けた。


「あなたとの約束を、果たしに来た」





 仕切り直し、会議は再開された。暗黙の了解〝始まってもいなかった気がするのは気のせい〟は全会一致で可決され、人々の切り換えは瀬名が唖然とするほど早かった。

 デマルシェリエ領は再戦の気配濃厚な隣国と、わずかな中立地帯を挟んで向かい合っているだけでなく、人類の生存圏の中では魔物の出現率が高い地域に入る。変化する状況に即座に対応できなければ命にかかわるので、細かいことをいつまでもダラダラ引きずらない思い切りのよさが自然に備わる風土なのだった。


「我々の事情はのちほど説明する。まずは片付けるべき問題を先に片付けよう」


 叡智の森ウェルランディアの代表オルフェレウスがそう言い、辺境伯カルロ=ヴァン=デマルシェリエに否やはなかった。

 この二人が進行役となり、話し合いをリードすると、それはもう重要案件がぽんぽんさくさく進む進む。「もうしばし熟考する時間を頂きたい」だの「己が一存では決めかねるゆえ回答は後日」だの、ぼかしたり先延ばしにすることがなく、「これについてはこうすればいかがか?」「ではそれで」とその場で決まって次へ移るのだ。

 あまりに速いので、傍で見ている瀬名は少しハラハラしていた。

 つい念話でARK(アーク)氏に尋ねてみる。


≪ねえARK(アーク)さん。重要そうなことまでスパスパ即決しちゃってるけど、大丈夫なのこれ?≫

≪現時点で問題は見受けられません。無駄な腹芸を一切省いており、そのために時間が短縮されているだけです≫


 精霊族(エルファス)は主張や提案など、一貫して本音で行わなければ話し合い自体に応じない。種族全員がエンパス能力保有者という厄介極まりない相手なので、綺麗な建て前で本心を隠そうとするやり口が通用しないのだ。


≪ゆえに通常の人族(ヒュム)とはほとんど交渉が成立しないようですが、上手くはまればこのような感じになるのですね≫

≪……裏目的とか含みがないってお互いにわかってるから、曖昧な回答とか結論の保留で無駄に割かれる時間がないってわけ?≫

≪そうですね。腹の探り合いにかかる時間、手間などがすべてショートカットされますので、実に効率よく理想的です。だからこそ難しいのでしょうが≫


 こっそり自分だけ利益をかすめとりたい人種にとっては、本音しか言えない会議など苦痛でしかあるまい。

 長広舌で誤魔化すこともできず、甘い汁を吸いたい者からすれば、旨みがまったく残らない結果に終わる。


(討伐者ギルドと並んで二大ギルドって言われてるのに、商人ギルドの支部長がこの場にいない理由、なんかわかったかも……)


 議題はやはり、今回の怪物騒ぎが中心になった。

 現時点で判明しているドーミアの被害は、【イグニフェル】の幼体の出現を鑑みれば驚くほど少ない。騎士も討伐者も怪我人は出たが、幸い死者は出なかった。避難誘導班もいい仕事をしていたようである。

 祭りのピーク期間もギリギリ過ぎており、今後予想される経済的な損失は、多めに見積もっても微々たるものだった。


「町の住民についてですが……死者、負傷者ともに、ゼロです」

「ゼロ!?」


 え、誰か食べられてた奴いたよね!?

 汗を拭きつつ報告する町長の台詞に耳を疑い、瀬名はグレンに視線で同意を求めるが、意に反してグレンは首を横に振った。


「あくまでも公式には、という意味ですが」


 町長は補足した。

 ――場所は西地区の貧民街(スラム)

 逃げ遅れた周辺住民は喰い荒らされてしまったにも拘わらず、公式な被害者数は現時点でゼロ。

 これは、彼らがひとり残らず、何の届出もしていない不法滞在者だったのが原因だ。


 何者かが移民の手引きをしたり、犯罪に手を染めて身分証を廃棄したり、あるいは廃棄させられたりと、〝住民ではない住民〟が大昔から一定数は存在する。

 大黒柱を失ったらしい自称遺族が、既に何名か保護を訴え出てきていたが、彼らはそれを証明できるものを何も持っていなかった。被害者はもちろん、その家族の名前もどこにも記録になく、中には遺族のふりをして何らかの恩恵を毟り取ろうと目論む悪質な者もいた。

 彼らは全員、一時拘束した後、聞き取り調査後にいくつかの救済措置を示し、なおも住民登録を拒むようであれば、投獄もしくはドーミアからの強制退去となる。身体的な理由で動けない者や幼い子供ならまだしも、そうでなければ最低限の義務すら果たす気のない者が、住民として保護の対象になるわけがないのだから。


 まずは国の定めた国法があり、次に土地の領主が定めた領主法がある。浮浪者は国法の定義において、税を納めていないために居住権がなく、宿に泊まるのはいいが、土地建物の購入はもちろん、借家に住むことさえ許されない。それを破れば不法住民となる。自称被害者達が拘束されているのは、彼らが国法の定義でれっきとした犯罪者だからだった。

 処罰に関しては領主の裁量に任されているので、極端な話、領主次第では処刑されてもおかしくはない。

 ちなみに、町の中では空き家に住むだけでも違法だ。もし以前の住民が亡くなり相続人がいなければ、その土地と建物は一旦領主におさめられ、その後の運用を検討されることになるので、勝手に住んではいけない。もちろん、町の隅であろうが、許可なく住まいを建てることも違法となる。

 どう転んでも、法律違反。なのだが、中にはそれを知らなかった者もいた。

 とりわけ不法住民の妻子などは、ドーミアから出ようとさえしなければ支障がなかったので、住民権のない事実を深刻に捉えていなかった者が多い。


(無知って怖い……)


 ドーミア限定でも、仮身分証の発行は可能だ。それさえあれば町の出入りも可能となり、仕事の選択肢も増える。町の清掃員、果樹農園の労働力、酒場の接客、商家の荷運び、たとえ低賃金でもまともな仕事はあり、仕事中に子供が心配なら、その間は神殿に預かってもらい、ついでに読み書きでも教えてもらえばいい。

 生活が苦しくて税なんて払えない。余所ならその理屈で同情を買えるだろうが、この地で共感できる者はほとんどいない。

 デマルシェリエ領は他の領地より、民の救済策が遥かに充実しているのだから。


 知らないせいで自ら極貧のループにはまりこんでいた者ならば、そこから抜け出すいい機会になっただろう。

 それでも首輪をつけられたくないと頑なに拒む者は、投獄すべきという意見が強い。身分証は魔道具であり、罪を犯せば足がつきやすくなってしまう、そんな理由で持たない輩もいた。

 これについてはオルフェレウス達が協力を申し出て、怪しい者か否かをふるいにかけてくれることになった。あとの尋問や調査等は自力でやってくれ、という感じであったが、それだけでもかなり時間短縮ができて助かる。


 ――そしてとうとう、妖花の(たね)がいったいどのようにして持ち込まれたか、という本題に移った。




瀬名さんがぷちりとキレた件について。

ARK氏:《怒るポイントはそこですか?(呆)》

瀬名さん:「ほかに何がある!?(血涙)」

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