71話 招集
「お帰りなさいグレンさん」
「ああ。セナに呼ばれたんだが、先に討伐報告を」
「既に皆さん、あちらに集まってます。報告は後でも構いませんので、急がれたほうがいいと思いますよ」
「わかった。討伐証明だけ預けといていいか? 俺のじゃなく、こいつらのだが」
「はい、お預かりしておきます」
ギルドの受付で急かされ、グレンとアスファ達は屋内訓練場へ足早に向かった。雨や雪の日以外はあまり利用者がおらず、訓練用の的などを設置していなければ広々としている。
そのはずだったが。
「っ?」
扉を開けた瞬間、一斉に振り返った顔の多さに、反射的に一歩下がりそうになった。
「よお、グレン、坊や達」
「爺さんもウォルドさんもこんにちは~!」
「……おまえらまで呼ばれたんか?」
「そーなんだよ、みんなで祭り見物しようぜって来てみたらさ」
「あたしらも遊ぶつもりだったんだけどねえ」
彼らは他の町で活動している討伐者の友人だった。ギルドの宿を借りるか、宿を斡旋してもらおうと足を踏み入れた途端に捕まったらしい。
「俺はそっちのガタイのいい兄さん初めて会うけど、パーティでも組んだ?」
「いや、組んじゃいねえよ。事情あってな。こいつはウォルド、神官騎士で討伐者だ」
「神官騎士! ってぇとひょっとして、おまえさんと同ランクの!?」
この時ウォルドは、神官騎士定番の銀と白の鎧ではなく、風景にとけ込みやすい暗い緑や茶系の防具を身に着けていた。陽光や灯火に照らされて輝く聖鎧は、美しいが無用に目立って普通の討伐依頼には向かない。
神官騎士の紋章は武器にも防具にも入れているので、身分を隠しているわけではなかった。
「ウォルドだ、よろしく」
「おお、よろしく!」
「なんかカッケぇな」
「そ、そうか?」
「あたしらはグレン達の知り合いっつーか、ここにいる皆は誰かしら顔見知りだよ」
「そうなのか。俺は、前の活動地域が遠かったからな……知っている顔が少ない」
生真面目に対応するウォルドの横で、グレンはいっそう目を細めて訝しんだ。
ここにいる者のうち、直接声を交わしたことがあるパーティだけでも、金が三パーティ、銀が二パーティ……他は噂だけなら知っている連中ばかりで、全員が銀以上だ。
(しまった、坊や達のパーティ名。失念してたぜ)
同時に代表者の登録もしなければいけない。決まらなければ仕事が受けられないので、アスファ達には早めに考えさせておかねばならないが、さて、どのタイミングで話すか。
ともかく、その件はこれが終わった後でもいいか。
「噂じゃ、新人の指導やってんだって?」
「まぁな。こいつらがそうだ。アスファ、エルダ、リュシー。今日も討伐依頼を片付けてきたばっかでな、呼ばれたんですぐこっちに来た」
「おお、お疲れさん!」
「いい面構えだな坊主、と……」
「キレイ系美女とキツイ系美女だ……」
「うちは男所帯だってのに! なんだこの羨ましいメンバーは!?」
「は、はあ」
「俺んとこにも潤いを寄越せ……!」
「え、えーと」
「やめなあんたら、困ってるでしょ!」
「…………」
アスファ達は完全に腰が引けていた。言動だけならそこらの酒場にもいそうな、どうしようもない兄ちゃんやおっちゃん達だったが、低ランクの連中と纏う空気が根本から違う。
格の違い、と言うのか。歴戦の覇気、油断のない観察眼――それらが、以前より感覚の磨かれた少年を圧倒する。
エルダもリュシーもなんとなく肌で感じ取ったのだろう、緊張の面持ちで口をつぐんでいた。
グレンの「潤うかどうかは微妙だがな」という失礼な発言にも、珍しく反応しない。
「おまえら、何て説明されて来た?」
「説明っつーか、緊急招集かけられて? 説明はみんな集まってからするってさ」
「他の奴らも似たり寄ったり、屋台を渡り歩いてたらとっ捕まったりとかな」
「なんなのかしらねぇ?」
「イヤな予感する。この面子、豪華過ぎ」
「だな……」
「っと、来たみたいよ?」
「ギルド長と……誰だ?」
半獣族が耳と鼻をひくつかせ、わずかして、ギルド長のユベールが現われた。
すぐ後に続いた人物に、訓練場はシンと静まりかえる。
(……騎士団だ)
(なんで騎士団が?)
ドーミア騎士団団長、ノエ=ディ=セーヴェル。キリリとした表情から堅苦しい人物と誤解されがちだが、その実サバサバとして話のわかる聡明で美しい女性騎士。
副官のセルジュ=ディ=ローラン。セーヴェル騎士団長の信頼あつく、冷徹美形と評される外見のせいでこちらも誤解されやすいものの、中身はまともな常識人。
そして――
(黒髪、青い鳥……あいつが……)
(へえ……)
(想像してたのより細いな……それに若い。中身はどうかわからんが)
(噂通り、魔力の気配が欠片もない……どちらかというと剣士の風格じゃないか?)
(どんな魔術を……いや、魔法を使うのだろうか……)
そんな無言の会話が、そこここで交わされる。
噂を耳にしてはいても、実物を見るのは今日が初めての連中も多かった。
本物であると噂の〝魔法使い〟。
とりわけ魔術を得意とする者達の視線は熱い。
(質問攻めにして、怒らせる奴が出なきゃいいけど……)
異様な熱気を周囲から感じ、アスファはエルダとリュシーに目配せをして、さりげなく隅に移動して身を縮こまらせた。
なんで俺らここにいるんだろう、と思いながら。
◆ ◆ ◆
急に呼び集めて申し訳ない旨をギルド長ユベールが簡潔に詫び、セーヴェル騎士団長が同席する旨の挨拶も手短に、瀬名の順番が速攻で回ってきた。
大人数の前でのスピーチなど経験皆無の瀬名は、低ランクなのに何故かこんな場所に紛れ込んでいるアスファ達より、実は遥かに緊張していた。
(なんで直接話すことにしちゃったかな自分……?)
それは今後を見据えたからである。ひょっとしたら似たような依頼で、またお世話になりたい日が来るかもしれない。
とりわけ今回のこれは瀬名のひと声による緊急招集なので――ちなみにセーヴェルもユベールも、瀬名が某人物からもらった無敵ネックレスの存在を知っている――不愉快な印象を残してしまうと、次に声をかけた時に応じてもらえなくなるかもしれない。
要するに誠実な態度が大切と考えた結果だ。重々承知しているが、それでも泣きごとぐらい言いたくなるのである。
みっともなく声が震えてしまわないよう、腹筋に力をこめた。
「こんにちは……いえ、もう今晩は、ですね。私が今回、あなた方の依頼人になる予定の、セナ=トーヤです」
頑張った甲斐があり、いい人そうな声音と表情が作れたと思う。
依頼人、のところで驚く様子がちらほら見受けられたが、声をあげる者はいない。訓練場は相変わらず静けさが保たれている。
好奇心と値踏みの視線をびしばし感じるけれど、話を遮ってまで質問攻めにしてくる者はおらず、密かに瀬名は胸を撫で下ろしていた。
あらためて眺めてみれば圧巻である。集った者は全員が討伐者、それも一部を除いて高ランクの実力者ばかり。
彼らはランクが高いから実力があるのではなく、実力があるから高ランクになれたのだ。当たり前だがランクではなく、能力が先に来る。しかし案外、これを逆に勘違いしている者は多い。
死の危険を常に意識し、勇敢と無謀をはき違えず、あるいは一時間違えたことがあったとしても、乗り越えて慎重さを身につけてきた。
用心深く、まずは情報を集め、準備をしてから動く。そうすれば生き残りやすいことを知っており、そして相手は魔物だけとは限らない。
上流階級の者がイメージしがちな〝ゴロツキの集まり〟は、ほとんどが低ランクに集中していた。銀に到達すれば周りの視線にも気を配るようになり、道端で通行人に因縁をつける馬鹿はいなくなる。
金や聖銀になればちょっとした小貴族、実質は英雄に近い扱いで、上流階級の中でさえファンがつくほどだった。
つまり、この〝魔法使い〟の人となりや逆鱗を調べもしないうちから、「魔法使いって本当かよ?」「魔女ってどんな人?」「嘘じゃないならここで魔法使ってみてくれよ」などと、いきなり不躾に質問だの要求だのをぶつけてくる手合いはいなかったのである。たとえギルド長やセーヴェル騎士団長という牽制がなかったとしても、だ。
その代わり彼らは決めていた。「あとで一番詳しそうなグレン達に訊いてみよう」と。
それを感じ取ったグレンは「うへぇ、面倒くせぇ…」とげんなりしていた。いっそ、すべての対応をローグ爺さんに丸投げしてしまおうか。……意外とあの爺さん、なんとかできるかもしれない。
グレンがやさぐれている一方で、瀬名の心はだんだん落ち着いてきていた。もちろん初対面の者も多かったが、顔見知りの討伐者が何人も集まってくれたからだろう。
もし知らない人だけで構成された視線の集中砲火を浴びていたり、野次を飛ばされたり質問攻めにされたりしていれば、薄いガラスの膜のごとく繊細な心の防御壁は、儚く「ぱりーん」と砕け散っていたに違いない。
砕け散った後で中から何が出てくるか、それはもはや誰も知ることはなかった。
ただ、アスファとエルダとリュシーが、苦い薬草を噛み潰したかのような表情でこちらを凝視してくるのだけが気がかりであった。
口パクで「みんなだまされるな」や「ペテン師」などと言っているが、どういう意味だろうか。困ったものである。
目撃者がいたらどうしてくれるのだろう。
ローグ爺さんなら何を訊かれてもナチュラルにすっとぼけそうな気がします。
モンスター退治よりみんなから注目を浴びることのほうが怖い主人公…。




