70話 囮と獲物 (4)
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感想、評価、ブックマーク等もありがとうございます。
偶然ですが本日7日にちょうど70話。1話目の頃はちゃんと続けられるか心配していたものの、続いてる上に読んでくださる方がいて嬉しい限り。
気分転換になっているようでしたら幸いです。
討伐の証拠として魔物の耳を切り取り、防臭加工を施した袋に入れた。
「今さらだけどこれ、指じゃ駄目なのか? 色と爪の形で区別つくだろ」
「それは……指では、倒した個体数を、水増し、……しやすいから……では? ……うぷ」
「なーる。って大丈夫か?」
「き、きかな……で……」
エルダが魔術であけた大穴へ、火の屑魔石と一緒に魔物の死体を放り込み、土をかぶせて後始末は終わり。今朝がた軽く降った雪のおかげで、この辺りの木々は湿っており、延焼の心配はない。
街道から少し離れた、視界の悪い林の中。小鬼どもにとって狩りに絶好の条件だったろうが、討伐する側からも都合が良かった。
短剣を振りまわしながら追いかけたので、切断された枝を目印にすれば帰り道はわかる。
無事に帰り着くまでが討伐だ。気を抜かないよう、慎重にもと来た道を戻る。
(あとは、もし偶然奴らの巣穴を見つけても、絶対に入らないこと)
下手に様子をさぐろうとしてもいけない。その場合に自分達がやるべきことは、一刻も早くギルドに報告することだ。
昼夜関係のない小鬼は夜目がきき、洞窟を好んで棲む。食料調達に出た小鬼を仕留める分には低ランクの討伐者でもできるが、もし巣穴が見つかった場合、高位討伐者のパーティ複数を中心に、綿密な掃討作戦が立てられる。
巣穴の奥には、上位種が存在するかもしれないからだ。
(ちょちょいと倒して終わりの雑魚なもんか……知らねえって怖えんだな)
三人で早歩き続け、やがて林を抜け出ると、ようやくアスファは大きく伸びをした。
「よっしゃ、お疲れーっ!」
「お疲れ様です」
「つ、つかれました、わ…………ぜい、はあ……」
お疲れと言いながら元気いっぱいのアスファ。
いつもと変わらず冷静なリュシー。
服が汚れるのも頓着せず、手近な岩の上にそのままぐったりしゃがみこむエルダ。幸い、岩肌はさらりと乾いていた。
お嬢様は体力がない。しかし、リュシーの監視のもと毎日走り込みをし、短時間でも森の中を走り回れるほど、エルダの体力や持久力は向上していた。
そうでなければ、走るどころか森の中を歩くだけでも、か弱い貴族令嬢の足では不可能だったろう。
「俺も人のこと言えたもんじゃねーけどよ、そんなんでよく討伐者やれると思ったもんだぜ」
「う、うるさ、ですわ、よ……」
しかし自分でもちょっとそう思ったのか、それ以上の反論はなかった。
――小鬼討伐依頼――
街道近くで目撃情報あり。特定の巣穴を持たず放浪してきた、はぐれ魔物の集団であろうと思われる。至急討伐を望む。
エルダが想定していたのは、体力を使わず安全圏から攻撃する魔術士だった。彼女に限らず、魔術士にはそういうスタイルの者のほうが多い。
制御さえ上手くできればそこそこの成果をあげられるので、討伐者になるだけはなれる。ただし、当然ながら上へは行けない。
常に自分だけ安全な場所を確保し、危なくなったら防御力の高い仲間に庇ってもらう。そんな舐めた戦い方で通用する討伐依頼は、鉄ランク以降からほとんどなくなるのだ。
今回の討伐ひとつとってもそうだろう。密集した木立の中、ひょいひょい駆け抜ける小柄な魔物を追いかけたのである。魔馬が通れる広さはないので、自前の足で追うしかなかった。
こんな時、追える足と体力のないメンバーは待機するしかない。そういうことが何度も重なれば、戦闘以外で何か役立つ技能を持っていたり、よほど性格の良い人物でもない限り、誰も仲間に迎え入れなくなる。
前衛が崩れそうになれば、臨機応変に立ち位置を切り替えるなどの柔軟な戦い方ができないタイプの魔術士は、単独活動を余儀なくされた場合、依頼達成率が格段に落ちた。
そうなればあとは転落するだけ。駆け上がって名を馳せるなど、夢物語にも語れなくなるだろう。
「お疲れさん、よくやったなおまえら!」
「毎回同じやり方で上手くいくわけではないが、これから応用を学んでいけばいいだろう」
「一杯やりたいのう」
数歩遅れて、聖銀の三名も出てきた。
そう。実はいつでも救援に駆けつけられるよう、彼らもついて来ていたのである。
アスファは囮役の小鬼を追いかける際、なるべく大きな声をあげて現在地を他のメンバーに知らせた。
エルダとリュシーは距離をあけ、すぐ後ろではなく、回り込む形で後を追った。
一箇所に集中した小鬼達が獲物を前に悦に入り、怪鳥の群れのような奇声を発してくれたため、合図の必要はなくなった。
作戦と呼ぶほどの作戦ではないけれど、上位種がいなければ、この程度でも何とかなる。
もちろん油断は禁物であるし、同じ手段が何度でも通用すると思ってはいけない。
奴らは学習するのだ。もしはぐれ魔物ではなく、巣穴から出てきた食料調達係であった場合、一匹でも生き残りがいたら次はもっと厄介になる。
だから、討伐時には可能な限り一匹残らず始末し、同じ作戦を二度続けて行わないことが鉄則だった。
「人喰巨人ほどではないが、初級者には小鬼の討伐報酬も悪くないだろう。応用編は考えておいて損はないぞ」
「おう!」
アスファは先日の〝討伐試験〟を思い出し、機嫌よく顔をほころばせる。
あの魔物を指定したのは、他でもないセナ=トーヤだった。
ウォルドが「まだ早いのでは」と渋ったのに対し、魔法使いはアスファ達の状態を目にして、「これでいこう」と押し切った。
(つまり今の俺らなら、あのデカブツを倒す力があるって思われたんだよな?)
そして彼らは、みごと期待に応えたのだ。
アスファのやる気は上がりまくった。以前ならここで「俺は強くなったんだ、今さら基礎訓練なんざやってられっか!」と手を抜き始めるところ、逆にいっそう地道な訓練に身を入れるようになっていた。
無闇やたらといきがるな、ろくなことがないぞ。今の彼はそう肝に銘じている。
「でもさ、こいつらって売れる部分ないんだろ? 依頼出てねえ時に出くわしたら損だよな」
特徴的な耳を入れてある袋を眺めながら、アスファはぼやいた。
「まあな。討伐報酬以外の収入は見込めん。だが、放置しておけば周辺の村や町に害をもたらす上に、どんどん数が増えていく。依頼を受けていなかったとしても、見かけたら始末したほうがいい」
「同感だぜ。狩り担当の群れをこまめに潰すのは案外効果的なんだよ、巣穴の連中に餌が全然届かなくなるっつーことだからな」
「そうなると、上位種が出てきてしまうのではありませんか?」
「望むところだぜ。こっちから巣穴に潜り込んで討伐するよか遥かにラクでいい」
「ああ、そういう考え方もあるのですね」
「それにいっぺんでも被害者を見たらわかる。やつら、獲物を嬲り殺すんだからよ……すげえむかつくぞ」
「発見・即・滅! じゃ。あやつら前にワシの酒と食いもん盗りよったからのー」
「私怨かよ!」
グレンとアスファのつっこみがハモり、リュシーはため息をついた。
「我々が無事上がれたなら、受けられる最初のランクの依頼ということになりますし。今後収入のメインとして頭に留めておいたほうがいいかもしれませんね」
「へえ、そうなのか?」
「アスファ……退治する魔物の位階ぐらい憶えておきなさいな。小鬼は青銅相当ですわよ。わたくし達はパーティだから受けられるの」
「うっ、そ、そのぐらい憶えてっし!」
「いや、単体のレベルはそれで合ってんだが、依頼自体は鉄のパーティ指定だぜ」
「――はい?」
「え?」
「なんですって? どうしてですの?」
息の整ってきたエルダが、丁寧に草を払いながら立ち上がる。
「群れを作って襲うからだよ。危険度は群れの規模や狡猾さに応じて上のランク指定になるのさ。さっきの数だと、鉄でも単独だと厳しい」
「そうでしたの……え?」
「そうなんか……って、あれ? だからなんで……」
「あの……確か人喰巨人も、パーティなら鉄、単独なら銀が妥当の依頼でしたよね?」
「そうだな」
「…………」
「…………」
「…………」
――何故そんな奴らを、最底辺の草でしかない自分達にあてがうのか?
一度ならず、二度までも。
この日、初めて三人の心がひとつになった。
「依頼書のランクは、事前に確認したはずなのですが……」
「わたくしも目を通しましたわ。どういうことですの?」
「早い話が、ミュリエルのやっちゃった第二弾だ」
グレンはあっさり暴露した。
「――はいいい?」
「ミュリちゃんん~? あいつまたかよ!?」
「ミュリちゃんって呼んでんのかおまえ。アレ年上だろ」
「だ、だって本人が『呼んで♪』って言うからっ。他にもそう呼んでる奴いっぱいいるじゃねーかっ」
「そんなのどうでもいいですわ!! なぜクビにならないんですのあの小娘!?」
「それがなー、記憶力〝だけ〟はスゲーらしいんだわ。筆記試験が完璧だったもんで、まさか現場であれほどやらかすとは思わんかったらしい」
「頭よかったのかミュリちゃんて……!?」
「し、信じられませんわ……」
「ま、今回に関しちゃ好都合だったけどな。ミュリエルのやっちゃった被害がどの範囲まで及んでんのか、依頼を片っ端から洗い直してる連中は大変のひとことじゃ済まねえだろうけど」
「好都合って?」
「…………」
じとりと集中する三対の視線に、グレンとウォルドは肩をすくめ、バルテスローグは「ほひょ」と意味不明の声を発するにとどめた。
再び調子に乗らせてはいけないので、本人達にはギリギリまで教えないつもりだが、セナ=トーヤが二大問題児の無駄に高い鼻を初日にへし折ってくれたおかげで、かなりスムーズに指導が進み、素材は順調に磨かれていた。
もちろんグレン達のアドバイスもまだ欠かせないので、事前の情報集めや作戦の立て方がもう少し身に付けば、この三人をパーティと条件付きで、青銅の推薦を出そうとグレン達は考えている。
セナ=トーヤが狙ったのはこれだと、グレンは考えていた。アスファはまだしも、エルダのやらかしたあれこれは広域まで轟いている。申し分のない実力を身につけてそのランクになったと説明しても、「親の力ではないか」と邪推する者は必ずいるだろう。
その連中を黙らせるのが、人喰巨人の討伐実績だ。実績のない者がいくら陰口を叩こうが、誰もそんなものに耳を貸しはしない。
最後まで渋っていたウォルドも、魔法使いの真意をグレンから聞かされ、己の不明を恥じた。
……実際のところ、グレンの話は本人に確かめたものではなく、推測の域を出ないのだが。
二人は「それが魔法使いの意図」だと信じ込んでいた。
ともかくパーティの結成期間は、少なくとも一年。そうさせたい理由は、現在はこの三人で安定しているので、討伐者になった直後にばらばらにしてしまうと、リュシーはともかくアスファやエルダが崩れてしまう恐れがあるからだ。
自由にやりたいだろうリュシーには迷惑かもしれない。しかし、一ランク飛ばして上がれるという条件は悪くないはずだ。
リュシーは自由になるために討伐者を目指している。その事情は辺境伯よりグレン達にも伝えられていた。
この中で最も実力が安定して高いのは、間違いなく彼女だった。
しかし、奴隷が討伐者になることは禁じられている。それに彼らは私財を持つことが許されず、今までの報酬においてリュシーの取り分は、すべてエルダに振り分けられていた。今回もそうなる。
討伐系の依頼がない草は、正式には討伐者の扱いではない。奴隷のリュシーにはここまでが限界であり、バシュラール公爵は娘エルダが無事やりとげることを条件に、隷属契約の破棄を約束していた。
リュシエラと亡くなった母親は、無一文の移民だったらしい。加えて、この髪に肌の色。
くだらない話だが、血族そのものが忌み嫌われているために、〝公爵家の財産〟という体裁を取らなければ、その母子は無事でいられなかったのだろう。
そして影響力の大きな公爵が奴隷を解放するためには、他の貴族を納得させられるだけの口実が必要となる。バシュラール公爵は奴隷制度を非難している、そんな噂が貴族間で広まってしまうと、面倒なことになりかねないらしい。
(お貴族様の社会ってのも、面倒なもんだよな。さっさと解放してやりたくとも、簡単にゃできねえときた)
グレンは何気なく空を見上げた。
――そこには、雲を背後に羽ばたきながら、彼らを見渡す青い小鳥。
グレンの瞳は、光の加減ではなく感情によって形を変える。
す、と細くなった瞳にウォルドが気付き、その視線の先を追い、やはり眉をひそめた。
見た目も言動も可愛らしいミュリエルさんはエルダさんと同い年。
頭脳明晰なはずのに、何故かうっかりやらかすタイプ。
ギルドではミュリエルさんが隣に立つと、エルダさんが真人間に見える不思議現象が発生します。




