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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
魔女のもとへ集う者達
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66話 成長


 後ろ手にブラジャーのホックをとめ、カップに手をつっこんで無い胸をよせよせし、下着マジックでかすかな谷間の出来上がり。

 繊細で可愛らしい桜の花の舞うデザイン。それだけなら爽やかな春の象徴だが、背景が黒から菫色のグラデーションになっているせいで、えもいわれぬ遊郭めいたあやしい雰囲気を醸し出している。

 下はデザインを統一したボーイレッグショーツ。サイドから足ぐりにかけて透け感のある桜色のレースが、可愛らしさとあやしさを絶妙に調和させている。

 姿見の前で仁王立ちになり、瀬名は至福の表情で頷いた。

 しっかり鍛えられた肉体なのに、違和感もなく似合っている。どころか、あるはずもない色香さえ漂っていた。


「素晴らしい」

《おそれいります》


 人気ブランドのカタログデータから瀬名の気に入りそうなものをチョイスし、こちらの素材も加えてアレンジした数々は、瀬名の趣味を満足させなかったためしがない。


《マスター、お食事の用意が出来ましタ~》

「ありがとう、今行く」

《ところでマスター、よく理解できないのデスけれど、ショーツとパンティってどう違うのデス?》

「両方同じ。カタログはショーツ記載のブランド多かったかも。私は昔っから〝パンティー〟一択」

《なんでデス?》

「響きがエロカワイイから」

《はァ》


 黒い長袖のインナーを着込み、黒いズボンをはく。すそが長めの厚手の白いシャツを着て、さらに黒いベストを着込む。

 ベストの上から、いつもの胸当てをしっかり装着すれば、あら不思議、どこからどう見ても男の子の出来上がり。

 朝食の後にベルトと剣帯と革製のウエストバッグを合わせれば完璧だ。


《エロカワイイごーじゃすランジェリーの意義はドコにあるんでショウ?》

「決まっているだろう。見えない場所にこそ宇宙(コスモ)は広がっているのさ」

《はァ》


 やっぱり理解できないデス~、と言いながら、Alpha(アルファ)はくるりと反転してダイニングスペースへ向かった。





 冬の間に積もり積もったあの凄まじい雪が、今や日陰の部分にのみつつましく身を寄せている。

 春ってすごいなあ、と本気で感嘆しつつ、まだひんやりと冷たい空気の中、ぬかるみに足をつっこまないよう気を付けつつ急いだ。

 〈森〉を出ると、そこにはしばらくぶりに会う漆黒の愛馬が。


「ヤナ!」

「ヴルル!」


 魔馬の頭の上にちょこんととまっている青い小鳥。それがヤナをドーミアから〈森〉の出口まで連れてきたのだ。

 心ゆくまで愛馬を撫でまくり、いそいそとまたがって、うっすら白みはじめた空を背に駆けた。

 魔馬に乗って頬に受ける風は冷たくも快い。あっという間にドーミアへ到着してしまい、名残惜しくも騎士団の訓練場へ預けた。


 実に数ヶ月ぶりの討伐者ギルドに着くと、もう全員が揃っている。こちらの人々は朝がとても早い。セナもかなり早起きになったのに、それでも彼らの基準からすればのんびりしているほうだ。


「よっ、おはようさん。久しぶりだな」

「おはよう」

「ほひょ、良い朝じゃの~」


 グレン、ウォルド、ローグ爺さんに「おはよう」と返す。秋以来だが、この面々は変わらない。


「……はよっす」

「……おはようございます」

「おはようございます」


 アスファ、エルダ、リュシーは――……


「……おお?」

「な、なんだよ?」

「な、なんですのっ?」


 少し目を瞠れば、何事かと警戒されてしまった。

 ついグレンに目で問いかければ、その意味を正確に捉えたグレンは口角をわずかに上げて頷く。


「いやごめん、おはよう。ちょっとびっくりした。アスファ、背が伸びたね?」

「えっ? うそマジ!?」

「ああ、そういえば……前はセナ=トーヤ様と同じぐらいでしたのに、リュシーと同じぐらいになってませんこと?」

「そうそう。伸びてるよ?」


 肯定してやれば、少年は顔を真っ赤にして「まじでぇえ!? よっしゃー!!」と小声でオタケビをあげていた。朝早くから大声で騒ぐのは非常識、それをわきまえた態度に、少年の成長っぷりがまたひとつ窺える。こちらが何か言えばすぐ「馬鹿にしてんのか!」と喚くお子様だったのに。

 体格だけではなかった。表情や雰囲気で、この坊やが目覚ましく成長しているのが見て取れる。相互にいい影響をもたらしているのか、エルダの態度も自然で、以前の居丈高なお嬢様ぶりがかなり抜けていた。

 リュシーは屈託した大人である分、状況の変化にまだ追いつけていないようだが、徐々に慣れて困惑も薄まってゆくだろう。



 三月一日。本日は天候もよく、予定通りこの三名の試験として、討伐依頼を選ぶ。

 やや緊張した彼らの前で、グレン、ウォルド、瀬名の三名は、カウンターの前にある大きな掲示板に立ち、(びょう)でとめられた紙を眺めていった。

 ローグ爺さんは何やらもぐもぐ食べている。爺さんはもうそれでいい。

 ギルドにはこういう依頼用紙の専門絵師がおり、挿絵のような説明図はかなり上手く、眺めているだけで楽しかった。読み書きができない討伐者もかなりいるので、依頼の内容はマークで区別がつくようになっている。

 一番上に依頼のタイトルがあり、タイトル脇に植物の図柄のマークがあれば薬草類の採集依頼。鉱物のマークがあれば採掘依頼。剣と弓を交差させたマークがあれば討伐、盾と鎧のマークは護衛依頼、というふうに。ランクは自分のギルド証と同じマークがそこに描かれていればいい。もしマークがマルで囲まれていれば、それは〝パーティ指定〟という意味だ。

 その紙をカウンターに持って行って詳細を尋ね、問題がなければ依頼を受ける流れとなる。どうも合いそうにないとなれば、持ってきた者がもとの場所に戻す。掲示板の材質はコルクに似ているので、鋲でとめ直すのは簡単だ。

 いい加減な討伐者には、そのひと手間すら嫌がってカウンターに放置していく者もいるらしい。が、注意してもやめなければ、実はランク査定に響くのだそうな。そんな輩が果たして依頼人の信用を壊さず、仕事をきちんとこなせるのか、というわけである。


「やっぱまだ、ショボいのが多いな」


 グレンが呟いた。冬の猛威が去れば、まず小物が徐々に湧き始め、それを狙うように大物が出てくる。

 討伐者の活動が活発になるのも、それに合わせて三月末から四月初旬頃からだ。春祭りもあり、護衛依頼も増える。

 今の時期、採集依頼がとても多い。討伐依頼はこれといって目ぼしいものが見あたらなかった。ただしそれは高ランク討伐者の基準なので、小物狙いの低ランク討伐者にとっては、むしろ今が稼ぎ時と言える。

 冬眠明けの生物はたいがい気が立っているので、そのあたりは要注意だが。


「お、これなんかどうだ? 小鬼(ゴブリン)の目撃情報あり」

「こちらもあったぞ。角兎(ホーンラビット)の群れの討伐依頼。トーラスに向かう道中、彼らに任せてみたら手こずっていた奴だ。ちょうどいい」

「さすがにそいつぁショボ過ぎねえか? もうちっといけるだろ」

「いや、小鬼(ゴブリン)はまだ危ないのではないか?」

「おまえ、あいつらガキ扱いし過ぎだっての」


 懐かしい掛け合いに、瀬名がつい笑みをこぼした時、


「ん?」


 一枚の紙に目がとまり、首をかしげた。


「んん?」

「どうした?」

「いや、これ。どう思う」

「――あ? なんだこりゃ?」

「おかしいな。記載誤りではないのか?」

「…………」


 瀬名は依頼用紙を掲示板から外し、カウンターに持っていく。


「すいません、これなんですが」

「あら、セナ様、お久しぶり。この依頼が何か?」


 年齢不詳の受付美女が、にっこり営業スマイルを浮かべた。彼女がここにいる時は、いかつい子羊の行列がよくできる。さすがに朝も早い時間なので、現在は静かなものだったが。



「この指定ランクのマークですけど、これ正しいんですか?」

「えっ? あ、あら? あらら?」


 受付美女は依頼用紙をひったくり、みるみるうちに言葉で説明してはいけない形相へと変貌していった。


「をほほ、少々お待ちくださいな♪」

「はい」


 と言うしかなかった。

 彼女はドカドカと足音も勇ましく、受付の奥の扉をくぐってゆく。直後、

 

「ミュ~リエェ~ル~? これ通したのアナタでしょ?」

「えっ? は、はい、そうですけど、どうしたんですかセンパイ!?]

「『どうしたんですか』じゃないわよッ!! 通す前に承認が要るってあんなに説明したでしょ、あんた全然確認せず独断で通したわね!?」

「……あっ」

「『あっ』じゃないのよッ!! 内容に対して指定ランクと報酬が適切に設定されてるかどうか、それを確認しなきゃ貼り出しちゃ駄目って何度も何度も」

「すいませぇぇええ~んん~っっ!」


 ……。

 …………なんというか。

 どうやら討伐者だけでなく、裏方で働く事務の皆さんも、増員による新人教育が大変なようだと察した。


「ミュリエルちゃんか」

「ミュリちゃんな」

「かわいいんだけどな」

「イェニーさん頑張って…」


 そしていつもの光景らしい。声の調子と周りの反応から、二十歳にはなっていないおそらく美少女と推察。本当に頑張って欲しいものである。

 やがて受付美女のお姉様が、たった今までトラブルなど何ひとつなかったかのように、完璧な営業スマイルで戻ってきた。


「をほほ。ごめんなさいね中断してしまって♪」

「いえ」


 と言うしかなかった。


「えーと、要するにこの依頼の指定は…」

「申し訳ございません。早い話がミスです」

「あ、やっぱりですか」


 道理でランク設定が低過ぎると思ったのだ。

 これは一匹に対し、単独(ソロ)なら(シルバー)が妥当な魔物の討伐依頼だ。なのに青銅(ブロンズ)単独(ソロ)指定になっている。報酬はちゃんと魔物に見合った金額になっているので、低ランクの者が知らずに「これ割がよくねえ!?」と飛びついてしまう恐れがあった。

 受付がこれはおかしいと気付いてくれたならいいが、もしミュリちゃんとやらが運悪く受付担当になっていたら……


「イェニーさん」

「はい?」

「これ、気付かずに受けてたらどうなったんですか?」

「もし依頼を無事遂行されて、誤りが判明すれば後からでも修正させていただきます。依頼達成率は誤ったものではなく本来の妥当なランクで数えられますし、もし報酬が明らかに少ないようであれば、今回のようなギルド側の落ち度の場合、ギルドから差額分が追加で支払われます」

「なるほど」


 つまりその分、ギルドが大損するというわけだ。

 今回は事前に気付けたものの、新人ミュリちゃんは痛恨のミスをやらかしてしまったようだ。

 差額の支払いで片付けばいいけれど、犠牲者が出てしまったら、「すいません」だけでは到底片付かない。


「…………」

「……おい。セナ?」


 青銅(ブロンズ)のしかも単独(ソロ)指定。

 ひとつ下のランクの者、複数名のパーティなら請け負える。

 これはまさに〝そのランクになるための〟〝パーティの〟討伐試験であり。

 さらに最高ランクのお目付け役が複数名控えている。


 受付美女に微笑みかけ、何故かぽっと頬を染めた彼女の手にくしゃりと掴まれたままだった依頼用紙を、そっと抜き取った。


「グレン。ウォルド」

「おいセナ。冗談だろう?」

「へえ……いいかもな」

「グレン!? おまえまで!」


 やや離れた場所で、新人三名が不安そうに様子を窺っていた。

 それはすぐに的中することになる。




◆  ◆  ◆




 その日、〝どうしようもない駄目な子〟達もまた、一種の愛に溢れたその汚名を返上した。

 はぐれ人喰巨人(ギガント)の討伐によって。

 偉業を成し遂げた新人達は、討伐に挑んだ際の心境を尋ねられ、こう答えたという。


「マジありえねえと思った」

「マジありえませんでしたわ」

「祟ってやろうかと思いました」




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