64話 第十三階位の魔導士 (後)
過去に出現した魔王をまとめた資料映像が流され、聴きながら眺めていると、だんだん違いが浮き彫りになってくる。
確かに【ファウケス】のような、人間の凶王でも充分に通用しそうな魔王と、それ以外の魔王とに大きく分かれるのだ。
もとになっている種族に一貫性はない。獣型だったり蟲型だったり、とにかく法則性がないので、これは手こずるはずだと瀬名は思った。
どんな所に棲んでいるかさえ、予測の立てようがない。
「インドア派のやる気無し魔王が、一生無害なまま老衰で大往生するってことはない?」
《予見に優れた精霊族が警告を発している以上、あなたの御同類という希望的観測はお捨てになったほうがよろしいかと》
「チッ、やっぱりか……」
他人に迷惑をかけないタイプのひきこもりだったらいいのに、やはりそんな都合の良い話はないようだ。
「もしそいつが気まぐれに暴れ出したら、この国が脅威に晒される可能性って高い?」
《かなり高いかと。過去の事例でも大陸中で相当の被害が出ておりますし、もし光王国に直接被害がなかったとしても、近隣諸国が滅びでもすれば影響は免れられません》
「私の素敵スローライフが……!!」
瀬名は叫んだ。そんな事態になったら、「私なにも関係ありませんよ部外者ですから」が使えなくなってしまうではないか。
被害予測地域は大陸全土。つまり瀬名の生活圏もバッチリ脅かされるのである。
のんびり平和に、平穏に、何事もなく、日々徒然となんちゃって魔法使いなスローライフ。
特別善行は積まないけれど、悪行にも走らない、ただの無害で普通なヒト。そんな素敵日々が。
《前半同意いたしますが、後半の自己評価については若干の異議が》
「お黙り。――やばい、もう十何年も出遅れてるじゃんか。絶対これはあれだよ、水面下でなんか着々と進行してるパターンだよ!」
帝国方面はプロの辺境伯達にお任せしておいて、こちらは魔王に集中したほうがいいだろう。
「とにかく、とっとと見つけるだけは見つけとかないと、なんかやばい気がする。つうか、ある日突然どこからともなく湧いて出て、問答無用で最終戦争に巻き込まれるとか絶対嫌だ!」
《それについては全面同意いたします》
瀬名は現時点で判明している魔王関連の情報をざっと頭に叩き込み、その上で魔王の正体や生息地に思いを馳せた。
地頭の悪い人間ごときが、ARK様に勝てるわけがない。だが、これは優劣や勝ち負けの問題ではなかった。
理屈の通じない相手なら、理屈をすっ飛ばして核心を掠めるような、ずれた思考回路が役に立つこともある。何よりARK氏は完璧だが、それでも〝魔王〟を拾い損ねていた。そういうこともあるのだ。
(違う観点からのほんの思い付きが、ARKの助けになるかもしれないしね)
過去どんな魔王が存在し、この世界の種族達はどのようにその脅威を退けてきたか。
少なくとも今までは退けられる存在だった。これからもそうであって欲しい。
(襲ってきて、被害が出てから初めて反撃するんじゃ、ほんとは遅い。後手に回り過ぎてる。でもそれを待たなきゃ、相手がどんな種族かすら何もわからない。わからなきゃ、対策を立てるどころじゃないんだから。――それが今までの状況)
討伐者ギルドにおける戦力の底上げ。騎士団ももちろん訓練に身を入れている様子だが、どちらも想定しているのは防衛戦だ。
王国側からイルハーナム神聖帝国に戦争を仕掛けるはずはないし、もしとち狂った王族がそれを命じようとしても、確実に非難の声が集中する。今はそれどころじゃないだろう、何を考えてるんだこのアホ、と。
瀬名が以前思い付きで口走ったように、騎士団や討伐者ギルドは大海嘯、あるいはそれに近い事態を想定して備えていた。魔王の話は瀬名がその意味を知らない内に、かなり広範囲にまで広まっているのだが、逃亡者が続出しているといった話は聞かない。
彼らの仕事は魔王討伐ではなく、その影響で活発化が予想される魔物への対策だからだ。
それにそもそも、魔王がどこにいるかも不明なのに、安全な逃亡先など調べようがない。
中には、愛着のある場所を守りたいという理由で留まる者もいるだろう。辺境騎士団の連中は皆そうだろうが、討伐者ギルドの中にもそんな気持ちで臨んでいる者が少なくはないはずだった。
瀬名は他の貴族領に行ったことはない。けれど、デマルシェリエ領はかなり居心地がいいとよく耳にする。実際に他領のギルドを転々としていた連中がそう口を揃え、瀬名としてもドーミアをとても気に入っていた。
もちろんゴロツキはいるし、討伐者の中にも悪質な連中が紛れていたりするが、それは国のどこへ行っても言えることだ。一点の穢れもない完璧に美しく澄んだ世界など、むしろ不自然で、人がまともに住めるような世界ではない。
――そうだ、美しいといえば。
「この国、精霊族が比較的多いって聞いてた割に、実際に交流してんのは鉱山族とかのごく一部くらいらしいね? 肝心の王家とは付き合いなさそう……ていうか、あんまり仲良く付き合えそうにない感じするんだけど?」
前々からのあれこれのせいで、瀬名の王家に対する心証は良くない。他国のもっとあれな王族を比較対象にすればマシな部類に入るが、話に聞く精霊族の性格だと、瀬名が今まで間接的に関わりかけた王家の連中とは、どうにも合わない気がするのだ。
《気のせいではなく、実際には王侯貴族とは絶縁状態です》
「なんですとう?」
何がどうしてそうなった。
《詳細は不明です。百年ほど前、時期的に魔王種【ファウケス】が討伐された直後と思われますが、何故かこの国の王太子が廃嫡され、その後第二王子が即位しております。その頃から徐々に距離が開いていったようなのですが、第二王子の息子、すなわち先代国王が在位期間中に、当時の王太子廃嫡について何やら苦言を呈したらしく、双方の関係に亀裂が入りかけたという記録が残っていました。正しくは、〝決定的に入った〟のではないかと》
なるほど。それはどう聞いても、当時の元王太子が精霊族の逆鱗に触れるような禁句を言ったか、何かをしでかしたに違いない。
そしてせっかく廃嫡という形で矛をおさめてもらったのに、後になって先代国王がよせばいいのに話を蒸し返し、修復不可能になってしまったと。
「何やってんだよほんとにもう……」
《外聞の悪い事柄があったのは確定でしょう。表向きは修復できたように取り繕っていますが、実際には絶縁状態です。ただ、この国は臣下の層が厚いので、彼らの尽力で報復は免れているようですね》
「派閥争いやらかすような連中いっぱいいるのに?」
《現在の宰相はバシュラール公爵の親友ですよ。公爵本人は財務大臣、乳兄弟は国王の秘書官、ついでに外務大臣は辺境伯の幼馴染みです》
「超納得した!」
なるほど、馬鹿をやっているのは大概が雑魚で、重要なポストにはまともな人間がついているのか。
「あれか、悪質な臣下が国王を傀儡にして国政を滅茶苦茶にするストーリー、あの逆パターンか」
《仰る通りかと。少なくとも例の王太子の時代から、このエスタローザ光王国は臣下で保っているふしがあります。当代の国王は統治者としてはそこそこ優秀だったはずですが、最近迷走しているようですし、後継を育てる能力に至っては壊滅的にないと言わざるを得ません》
「あんな王女さん放置するぐらいだしね……」
《あの元王女だけではありませんよ。地獄界の入り口と悪名高いグランヴァル侯爵領の領主は、当代の王太子と懇意にしているともっぱらの噂だそうで》
「うおおおーいいぃー!? マジ大丈夫かこの国の未来!? 滅びの危機に魔王関係なくない!?」
むしろ次の王様、傀儡にしちゃったほうがこの国のためなんじゃ?
かなり本気で瀬名は思った。
《全面同意いたします。ただ、それでは悪しき前例を作り、後の時代に逆臣が蔓延る原因に繋がりかねないので、なるべく軌道修正させたいというのが、まともな臣下達の総意のようです。廃嫡は容易ではありませんし、それはそれで外聞の悪い前例の上塗りですからね》
「あれ……なんでかな……目からしょっぱい水が出そうになるよ……」
次代の王の矯正。それはきっと荊の道だろう。なのに、そんな大変な時期に、よりによってこの魔王騒ぎだ。
どうか臣下の皆さんが過労で倒れませんようにと、瀬名は遠くから彼らの健康と睡眠時間の確保を祈った。
「精霊族も前々から魔王の調査してるんだよね? どのへんまで進んでんのかな」
《彼らとの面会を申し込みますか? マスターならば、辺境伯経由でも討伐者ギルド経由でも、呼びかければすぐに応えがあるでしょう》
「うっ! そそそれはちょっと……」
《マスターはエルフをお好みなのでしょう? 彼らはこの世界版エルフですよ? 私としましても、現状ではどうしても決定打に欠けますし、彼らからの情報で補完したいところなのですが》
至極もっともなARK氏のご意見である。
しかし瀬名には、極力彼らに関わりたくない重大な理由があるのだ。
「だって絶対すんごく美形じゃないか! あのちび兄弟の同族なんだよ!? 絶対目が潰れる! 浄化されて消滅する!」
《まだそのようなことを仰いますか。……わかりました。ではマスター。実は、例の小動物三匹の引き渡しの際、森の出口付近に設置していた隠しカメラが、父親と思しき青年を捉えた映像があるのですが》
「なぬ……!? おま、いつの間にそんなブツを……」
《防犯対策です》
基本ですよね、と副音声が聴こえ、瀬名はパカリと口をあけた。
いろんな意味で。
《なかなか鮮明に撮れていましたよ。これを鑑賞して耐性をつけることを推奨いたします》
「えっ、そんないきなりっ、やめてだめよいやっ、私まだ成仏したくないいいッ!!」
観てしまった。
やや遠くから捉えた小さな姿だったのに、EGGS提供の隠し撮り記録映像とは比較にならない鮮明さで、激しくリピートしてしまった。さすが高性能隠しカメラである。
ちび兄弟が「とてててっ」と駆け寄って抱きつくシーンでは、うっかりハンカチを探してしまった。
しかし、あれが三児のパパか……遠目でもスタイルの良さと整った顔立ちがはっきり見て取れるぐらい、紛うことなき長身の美青年なのだが。
しかも濃紺の長髪ストレートに毛先までつややかなキューティクルとは何事か。
(こ、こんな小っさな映像だけでこれほど美形とわかるなんて……なにこの外見偏差値の差別感!? くそう、カルロさんとは別ベクトルでいい男じゃないか……!)
ますます現物には会いたくなくなった。
もし目の前に立たれでもしたら、きっと自分が芋虫毛虫にしか思えなくなるに違いない。
◇
《ところでマスター》
「なんだねARK君……これ以上どんな追い打ちをかける気かね……?」
《もし国があなたを「第十三階位と正式に認定する」と言ってきた場合はどうなさいますか?》
「え、いらない。そんな認定もらったら十四階位とか十五階位とか十六階位とかぞろぞろ出てきそうじゃん。そんな怖いのとバトるなんてやだ」
《バトる前提ですか》
「だって位をやるから万一の時はそういうのと戦えって意味でしょ?」
《そうなるでしょうね》
「そんな敵ホイホイいりませんよ。ないと思うけど、もし打診あったら断っといてね」
《かしこまりました》




