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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
ハッピーバースデイ
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61話 太陽を夢見た娘 (前)

遅くなりましてすいません。

エルダさん回ですが、ほぼ鼻ポッキリ後なので前より丸くなってます。


 物語の女王に憧れた。

 強く、気高く、何者にも屈しない。

 輝ける太陽の女王。


 麗しい挿絵の横顔に魅入られ、いつかわたくし自身もこうなりたいと夢見るようになったのは、果たしていくつの頃だったかしら。


「まことに、お嬢様はお美しいだけでなく、素晴らしい才をお持ちですな!」


 今日も魔術の教師に褒められた。当然でしょう。

 この波打つ豊かな赤い髪と、高位に届いた魔術の才が自慢。

 偉大なる女王の称号こそ、わたくしに相応しい。


 けれど、わかっているの。それは思っていても、決して言葉に乗せてはいけないこと。

 小さな頃のわたくしはお母様にたしなめられて、頬をふくらませて拗ねたものだったけれど、今はもう、「女王のようになりたい」と言うことはあっても、「女王になりたい」とは言わない。

 そんな将来の夢を人に聞かれたら、大変なことになってしまうわ。


 だからわたくしは、誰よりも素晴らしい魔術士になろうと思ったの。

 誰よりも強く、気高く、何者にも屈しない――魔術士の女王に。


 物語の女王や、この国の女王にはなれなくても、それならばなれる。

 この国の礎を築いた、かつての偉大なる魔術士達の再来として、麗しき烈華の女王よと称えられ、歴史に燦然と名を残すのよ。


 ある日、お父様が何枚かの絵姿を持ってきた。


「おまえの婚約者候補だ、フラヴィエルダ」

「――――」


 それはつまり。いつかどこかの貴族のもとへ嫁ぎ、平凡な貴婦人として生涯を終えよということ。

 人々はわたくしをわたくしの名ではなく、夫の家名で呼ぶようになるということ。


 冗談ではないわ……!


「嫌よ、お父様!」


 わたくしは魔術士として名を馳せたいの!

 結婚なんて絶対に嫌!

 けれどお父様は、眉根を寄せて宣告した。


「フラヴィエルダ。おまえには無理だ」


 泣いて怒ったわ。なんてひどい侮辱。いくらお父様でも許せなかった。

 自室に閉じこもり、数日後、いつもわたくしを褒めてくれた優しい魔術の教師が解雇されたことを知った。

 わたくしを認めないお父様を、味方になってくれないお母様を、心から憎んだわ。





 どうしてなのかしら。わたくしは何も悪くないのに、何もかもが上手くいかない。

 エルダと呼ばれるようになり、腰まで長く伸ばした自慢の髪は、いつも三つ編み。それが嫌なら短くしなさいと言われている。

 確かに、一度髪をまとめずに動き回ったら、とても邪魔だったのだけれど。それ以前に何故わたくしは、汗だくになるまで走らされる羽目になっているのかしら?

 服はすべて粗末なものに替えさせられ、魔術の制御に杖が欲しいと希望したけれど、それも却下されてしまった。

 こんな屈辱の連続に、どうしてこのわたくしばっかりが耐えねばならないのかしら。


 おかしい。どうして。

 わたくしは、もっと。


「エルダ。ひょっとして肌がかゆい?」


 その名で呼ばれるようになって、何日目だったかしら。こんな生活を強いてくれた魔法使いが、ふと尋ねてきた。

 元凶のくせに、この人はいつも、真っ先に気付く。


「リュシー。エルダの肌着、もう少し上質なのに買い替えてくれる? なるべく柔らかめのやつ」

「……低質の布地が肌に合わなかっただけでしたら、単なる一時的なものでしょう。しばらくすれば慣れて肌荒れも治まるのでは?」

「うん。ただ、戦闘慣れしてないのに、かゆみに気を取られてたら致命的だし、寝不足になると判断力も低下するからね。前ほどの質じゃなくていいから、今より肌に優しい下着を揃えてあげてくれる? あと、塗り薬もリュシーに渡しておくよ。背中はさすがに自力じゃ塗れないだろうから、朝と寝る前に塗ってあげてね」

「……わかりました」


 無表情で薬を受け取ったリュシーの唇から、小さく息が漏れた。

 今さらわたくしの世話など焼きたくないと、あからさまに顔に書いて。

 怒りに任せて怒鳴りたい衝動に駆られたけれど、実行したら後が怖いし、ここは我慢するしかないのでしょう。


 ――もしわたくしが「あんまり無礼が過ぎると、腹いせに帰ってあげますわよ」と脅したらどんな表情をするかしら?


 ……だめね。鼻で嗤われるだけだわ。

 何故ならわたくしは、断じて、あきらめることだけはすまいと決意しているのだから。そしてリュシーも、わたくしのそういうところを熟知しているに違いないのだもの。

 脅しの材料になどなりはしないし、もしうっかり怒らせようものなら、彼女いわく〝自分で出来ることの最低限〟の教え方が、いっそう厳しくなってしまうだけよ。


「もう、本当に、最悪……っ」


 悔しい。腹立たしい。どうしてわたくしがこんな。

 それでも、今さら放り出すことだけは、絶対にしたくなかった。




◆  ◆  ◆




 食べたらすぐにでも部屋に戻るつもりだったのだけれど、さんざん喉を酷使したので、一息ついてからにしようと思い直し、食後のプラメア茶を頼んだのが失敗でしたわ。

 

「おまえら、喉すげえなぁ」


 猫のくせに無駄に良いお声のグレンが、そんなふうにくつくつと笑い、わたくしがついむっとしてしまったのも仕方ありませんでしょう。

 からかわれるとわかっていれば、さっさと退散させていただきましたのに。

 一緒にからかわれているアスファといえば、全然気にしていないふうなのが、ますますムカつきますわ。


 あなた、わたくしにはすぐ怒るくせに!


 睨みつけてやっても、どこ吹く風。

 しつこく引きずっていると勘違いされるのも業腹ですし、仕方なくプラメア茶を口に含めば、ほんのり甘酸っぱく、なんてホッとする温かさ。

 こんな素敵なものをあの魔法使いが考案したというのだから、世の中はつくづく不可解ですわね。


「そういやさ、〈黎明の森の魔女〉ってどんな人なんだ? 噂じゃよく聞くのに、俺、本人見たことねえ。ライナス……様、は、会ったことあるんすか?」

「…………」


 ――あら? どうして皆様、沈黙なさるのかしら。

 問いを投げかけたアスファは困惑し、リュシーも興味をそそられたみたい。カップから顔を上げて、少しだけ訝しげにしている。


「……いや。実を言うと僕も、お会いしたことは一度もない」

「え、そうなんすか?」

「ああ。それどころか、実在するかもあやしい御方だね」

「へっ?」

「おい、若様よ。どういうこった?」


 ダミ声の持ち主は、皆様いわく〝買取窓口のヌシ〟――モルガド爺様、だったかしら。

 見た目は怖い方なのだけれど、この方、わたくしに「嬢ちゃん、大変だなあ…」と仰りながら、親戚の方からいただいたという蜂蜜をおすそわけしてくださったのよね。

 岩のような体躯と黒い眼帯だけで、人を判断してはいけませんわね。


「ここだけの話、でもないかな、もう。僕や父上以外にも、勘付いてる者はいるだろうし。グレンもそうだろう?」

「まあな。確たる証拠があるわけじゃねえけどよ」

「おい、だからどういうこったよ? 勿体ぶるなっての」

「俺にもよくわからん。どういう意味だ?」

「ごめんごめん。――ウォルド殿はドーミアに拠点を移して間もないし、モルガド殿はいつも買取窓口にいるから、不思議に感じなくてもおかしくはないんだろうけど。でも僕らはさすがに違和感を覚えてね」


 違和感? 何のことかしら。


「人と関わり合いになりたくなくて、ずっと〈森〉に引きこもっている魔女。使いの少年ばかり寄越し、自分自身は決して僕らと接触しようとしない。厄介ごとが嫌いで、面倒ごとが嫌いで、変に巻き込まれたくないから――これって、誰かさんに似てない?」

「似てるよなあ」


 あ……! そういうことですの!?

 他の方々も気付かれたようですわね。

 鈍いアスファだけ首を傾げていましたけれど、彼もすぐに「あ」と口をひらいたわ。遅いんですのよ。


「なんかそれ、まんまあいつの性格?」

「うん。そっくりだよね」

「……つまり、まさか?」

「うん。――あの〈森〉に住んでいるのは、()()使()()()()()()、なのかもしれない」

「――――」


 ……まあ。なんてこと。

 わたくしやリュシーとしては、〈黎明の森の魔女〉のお噂を耳にしてからさほど長くないけれど、こちらの方々にとってはけっこう衝撃なのではないかしら?


「魔女が存在しないのに、あたかも存在しているかのように振る舞っておられる、ということですか? 何のためにそのようなことを?」


 我関せずの態度が多いリュシーも、さすがに気になって仕方がないようね。

 わたくしも気になりますわ。かなりとっても気になるのですけれど。


「んー、あくまでも、いないんじゃないかな? ていう推測が前提だからね?」

「はい」

「さっき話したことがそのまま理由だよ。セナ=トーヤは俗世の面倒なしがらみに関わりたくない。変に注目を集めるのが嫌いだ。だから彼自身はあくまでも、魔女の使いという設定にした。師の面倒を見るのが仕事ということにすれば、面倒な人物から誘われても断り、〈森〉にとどまる理由にできる。そういうことなんじゃないかな?」


 加えて、デマルシェリエ地方のおとぎ話に登場する魔法使いは、圧倒的に〝魔女〟が多い。

 王都方面の童話では、英雄に様々な手助けをする老賢者が定番だけれど、この辺りでは〝人間嫌いの偏屈魔女〟のほうがとても有名。

 わたくしは理解に苦しみますけれど、模範的な賢人より、面倒くさそうに嫌がりながらも何だかんだで力になってくれる魔女のほうが、辺境に住む者には親しみを感じられるのだとか。

 セナ=トーヤに好感を抱く者が多いのは、彼の言動がどことなく、その魔女と重なるからだろう――そんなふうに語られるライナス様こそ、どことなく自慢げで楽しそうですわね。まるで子供のよう。


「俺が疑うようになったのは、こいつは誰かの下におさまるような奴か? って思ったのがきっかけだな。こいつを従えられるって、あの森の魔女ってのぁどんだけ凄ぇ奴なんだよ? って、そっからだ。待てよ、そもそもホントに魔女なんていんのか? ってな」

「いたら実際、凄いよね……セナと張るか、もしくはそれ以上の〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟ってことになるんだから」

「あのー……俺、頭悪いんでよくわからないんすけど。あいつがめちゃくちゃ物知りで頭いいってのはわかるけど、そんなに凄い魔法使いなんすか? 俺、あいつが魔法使ってるとこなんて、よくよく考えてみりゃ一回も見たことないんすけど……」


 ――え?

 何を言っているの、アスファ。

 でもわたくしが声を発する前に、グレンがフスンと鼻を鳴らし、


鮮血熊(ブラッディベア)を知ってんだろ? あいつな、アレを単独(ソロ)でほいほい狩ってくるぜ」

「え」

「な」

「あ、あれを……?」

「ま、確かに、魔法使ってる現場に居合わせたこた、俺らもねえんだけどよ」

「それな、魔法で間違いねえぜ。あいつが持ち込む獲物の大半、トドメ刺した箇所の痕跡が刃物じゃねえんだ。どんな術使ったのかまではわかんねえんだがな、傷痕が焼け焦げてねえから炎以外の何かだと思うぜ」

「…………魔法剣ではないのか? 彼は身のこなしからして、剣も相当の手練れだろう」

「セナは手練れだよ? ウォルド殿はご存じかな、以前こんなことがあってさ」


 ライナス様は、身振り手振りを交え、この地で起こった重大事件――姫君誘拐未遂事件と、魔法使いによる犯人集団の滅殺を、実に楽しげにうきうきと語ってくださいました。

 おかげで辺境伯家が王家に言いがかりをつけられる心配がなくなり、さらに愚かな元王女が自滅によって退場、まともな王女殿下が婚約者に変更され、憂いが一掃されたくだりはなんと申しますか……ええ、あの魔法使いが関わると、そういうことになりますわね。無情に敵を葬るお姿がありありと浮かびますわ。


「す、すげー……でもあいつそれで〝魔法使い〟って、やっぱなんか間違ってねえ?」

「はっは! 同感だぜ! ま、それ以上目立ちたくねえから、魔法は人前じゃやらねえようにしてんのかもな。いわゆる初見殺しで、連発できねえのかもしんねえし」

「街の中じゃ危ねえから外でのみ使うとなると、やっぱ遠距離攻撃系の魔法が得意なのかね?」

「そうかもしれんな……」

「つうかウォルド。おまえ、なんーか隠してねえ?」

「…………」

「あ。やっぱりな。おまえ、とぼけんのヘタな」

「グレン、そのへんはそっとしといてやろうぜ?」

「わかってんよ。こいつがとぼける時は絶対クチ割らねえ時だしな。無理にゃ訊かねえって」

「……すまん」

「父上も何やらご存じみたいなんだよねえ。はぐらかされてしまったんだけど……」


 ――ですからあなた方、何を仰っているのかしら?

 ひょっとして――どなたもご存じなかったの?


「……ご覧になったことならありますわよ? 多分、皆様全員が」

「――は?」

「なんだって? どういうことだい?」

「何言ってんだおまえ?」

「エルダ様?」

「しょっちゅう目の前で使われてますわよ。街壁の外だろうが内側だろうが、このお店の中でだって。単に、皆様には見えていらっしゃらないだけなのですわ」

「――何いいいッ!?」

「きゃっ!?」


 もうっ、危ないですわね!? 頭突きの勢いで前のめりにならないでいただけませんこと!?

 危うく後ろへ引っくり返るところだったではないの!!


「す、すまん嬢ちゃん」

「悪いっ、大丈夫かっ?」

「お茶はかかってない?」

「え、ええ」

「いやマジですまんな。……それで? 使ってるのに俺らにゃ見えてねえってのは、どういうこった?」

「ああ。是非聞きたいな」


 この方達、いつもこんな真面目なお顔をされていればいいのに、どうして普段はああなのかしら。

 内心呆れつつ、深く息を吸えば、ちょっと胸が静まりましたわ。もう、びっくりさせてくれますこと。


「魔力操作が、恐ろしく綿密なのですわ。あれほどみごとに制御される方は、わたくしもかつてお会いした経験がありません。必要な時のみ、瞬時に何らかの術式を構築されていて、それがあまりに自然に行われていらっしゃるために、魔術士以外の方はよほど意識していない限り、感じ取りにくいのだと思います。わたくしの感覚的に、おそらく第五階位以上の魔術士でもなければ、あの方が何らかの〝力〟を行使されていることすら、咄嗟には気付けないのではないかしら」

「……なんてこった」

「えええー、マジかよ……?」

「俺らが気付かなかっただけで、俺らの前でも頻繁に使ってたって? 魔道具でも持ってたのか?」

「いいえ。あのような高度で細かい操作を可能とする魔道具なら、隠し持てるほど小さなものにはなりませんわ。以前わたくしが持っていた杖ぐらいは最低必要になりますのよ」

「つうことはまさか?」

「そのまさかですの。媒体なしで、無詠唱が可能なのですわ。略詠唱を使う方は少なくないと聞きますけれど、遥かに制御が困難な……わたくしにもできません」


 悔しいけれど、それは事実。


「嘘だろ、プライドの塊が自ら敗北を認めた……!?」

「認めた……!?」

「認めた、だと……!?」

「連唱しないでいただけませんこと!?」


 思わずバン! とテーブルを叩いてしまったではないの!

 とっても痛かったですわ。腹立たしいですわっ。

 わたくしの手はあなた方と違って繊細ですのよっ!

 

「しょうがねーだろ驚いたもんよ」

「具体的にセナは何をやってたんだ?」

「それは……」


 いけない、藪蛇だったかしら……あんまり、そのお話は、したくないのですけれど。

 でもどうせ、黙っていてもいつかは知られるのでしょうし。

 じっと次の言葉を待たれては、ここで話さないわけにはいかないのでしょうね。

 憂鬱ですわ。




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