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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
ハッピーバースデイ
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59話 咎の末裔 (前)

ご来訪ありがとうございます。

鼻をポッキリされる前のエルダさんが非常~に性格悪いです。


 その一族は人によって〝咎の末裔〟と呼ばれていた。

 遥か昔、魔王がこの世に顕現した折、数多の種族を裏切って魔族に与した、その子孫なのだという。

 もはや真偽のほどを確認しようのない時代の話だ。それでもその話はずっと語り継がれ、穢れた裏切りの血を遺す者として、彼らは長く迫害を受け続けてきた。


 濃い色の肌と反対に、白に近いほど色の薄い髪。

 男女ともに一見すれば華奢だが、見た目を裏切る強靭さを持つ。

 そして、同族以外を心の底から嫌悪していた。


 迫害の歴史がそうさせたのか、排他的な気質が先だったのかは不明だ。彼らは人族(ヒュム)の中の一民族だったが、そう名乗ることを嫌っており、今さら受け入れられたいとも、このままずっと人でいたいとも思ってはいなかった。

 もしかしたら、本当に遠い先祖のどこかで、魔族の血が混ざっているのかもしれない。


(ひねくれ者で、可愛げのかけらもない種族だ)


 リュシエラは首長のひとり娘として生まれ、幼い頃、〝魔族狩り〟で故郷の集落を滅ぼされた。

 本気で魔族として討伐の対象にされたわけではない。のちに判明したことだが、あの〝魔族狩り〟は、あるたった一人の皇子による遊びに過ぎなかった。

 大勢のゴロツキが私兵として雇われ、集落は略奪の限りを尽くされ、住処には火を放たれた。諸悪の根源は遠くの丘から、酒杯を片手に惨劇を眺めて愉しんでいたという。

 その数年後に帝位争いに敗れ、弟の手で残虐な死を与えられたらしいが、だからどうなるというものでもない。それが事実なら「ざまあみろ」と思うだけだった。


 リュシエラは母親に腕を引かれて逃げ延びた。

 苦難の旅を続け、流れに流れて、母子(おやこ)はエスタローザ光王国に辿り着き、人格者として名高いバシュラール公爵に庇護を求めた。

 王家に次ぐ公爵家に勤めるには、家柄の明確な者でなければならない。しかし母子は身分証を持たぬ不法移民だったため、使用人として雇ってもらうことができず、ゆえに公爵はボロボロになった二人を、血統奴隷という形で迎え入れてくれたのである。


 使用人との大きな違いのひとつは、奴隷が主の財産である点だ。下手に手を出せば、それはすなわちバシュラール公爵の財産に手を出したことになり、もし怪我などさせようものなら、法のもとに相手を罪に問うことができる。

 もちろん利点ばかりではない。

 奴隷は奴隷、母子の事情と公爵の恩情を知らぬ者達にとっては、それ以外の何でもなかった。

 出身がどことも知れない、異民族の母子の奴隷は、どこへ行っても蔑みの対象となった。

 幸い公爵とその奥方は人格者であり、使用人も優しい人々ばかりだったので、他家に所有されている奴隷達とは比較にならないほど大切に扱われていただろう。


(母様が、あんな愚かな勘違いをしなければ……!)


 幼い娘を連れた逃亡生活は、さぞ大変だったろう。それについては感謝しているが、公爵家に落ち着いて以降、彼女は娘の怒りと苛立ちを掻き立てずにはいなかった。

 愚かにも彼女は、公爵と夫人に欠片も感謝をしないどころか、「この自分をこんな立場に貶めるなんて」と激怒していたのだ。

 一族の排他的な気質を〝気高さ〟と捉え、心を砕いてくれる使用人を疑ってかかり、「あれらのことなど信用してはなりませんよ」と我が子に言い聞かせた。

 そして、いつか自分をこんな所から連れ出し、必ずや一族の復讐を遂げてくれと――おとぎ話の代わりに吹き込み続ける魔女と化したのだ。


 ずっと娘にべったりで、まともに働く様子はなし。おまけに己が貴婦人であるかのように尊大にふるまう。

 他の使用人が憤るのは至極当然であり、その話は公爵の耳にも入った。母親はリュシエラと引き離して隔離され、一年後、病を得て死んだ。

 公爵夫妻には頭を下げられてしまったが、リュシエラは慌てて「その必要はありません」とハッキリ伝えた。大貴族の豪邸に落ち着き、周りの人々に優しくされ、首長の妻として敬われていた時代を思い出したのか、増長した母の態度は、子の視線からも目に余るものだったのだ。

 それに何より、己の復讐を執拗に我が子へ負わせようとしてくる彼女が、心底気持ち悪く、恐ろしくなっていた。引き離されてからも不安は拭えず、亡くなったと聞いた時は悲しみを感じるより、ホッと安堵したのをよく憶えている。


 それからは必死で働いた。母が滅茶苦茶にした周囲からの好意と信頼を取り戻すには、そうするしかなかった。

 貴人に仕える使用人は、同時に護衛としての役割を求められることがあり、リュシエラもひととおり訓練を受けた。他の子女より頭ひとつ抜けた才覚を示したため、リュシエラは令嬢の専属として教育を受けることになった。

 沈着冷静で真面目に働き、腕も立つリュシエラは、やがて予定どおり、公爵令嬢の護衛も兼ねた侍女に昇格した。


(やっかまれる覚悟をしていたのに、同情されて面食らったな……)


 哀れみを含んだ不可解な激励の数々。その意味が、赤い髪の令嬢を前にして明瞭になった。

 フラヴィエルダ=ノトス=バシュラール公爵令嬢は、何故あの夫妻からこんな娘がと誰へともなく問いつめたくなるような、短気で短慮なワガママ娘だったのだ。


 気まぐれに繰り出されるお嬢様の命令に振り回される日々。


 彼女の歪んだ性根の原因はすぐに判明した。フラヴィエルダ嬢は家庭教師や親類、他家の貴族達から、美しく賢い公爵令嬢として褒めそやされ、過剰に甘やかされていたのである。

 ご機嫌だけ取ろうとする無責任な他人の言葉には耳を澄まし、真に愛情をもって厳しく接する両親の前では耳を塞ぐ。

 貴族令嬢がワガママなのはよくあることだ、彼女に限った話ではない。噂に聞く他家の令嬢と比べれば、この程度、まだマシなほうだろう。――何度そう己に向かって諭しても、ふつふつと煮え滾るような感情は、やがて誤魔化せないほどに大きく膨れあがっていった。


(私は、この娘が、嫌いだ)





 あの日、建物全体が大きく揺れ、公爵邸の人々を恐怖に陥れた。

 揺れはわずかな間だけで、幸い人や建物そのものには何ら被害がなかった。

 それでも、世界そのものがいきなり揺れたのだ。いつもは強気な少女が真っ青になりながら、恐ろしさでがくがく震え、文机にみっともなくすがりついている。

 見回せば、他の侍女達も涙ぐみながら恐怖に震えていた。日頃から感情を押し込めているリュシエラも鼓動が速くなり、呼吸を整えるのに時間がかかった。


 遠くで、甲高い泣き声があがった。

 怯える公子――フラヴィエルダの弟君だ。

 次いで、侍女達がそれをなだめる声。


 少女はぎり、と唇をかんだ。


「どうして、あの子ばっかり……!」

「…………」


 フラヴィエルダの侍女達の間で、なんとも言えない空気が流れた。

 どの点を取って「あの子ばかり」なのだろう。

 だいたいその不満は、今この場で口にせねばならないものだろうか。

 幼児がすぐに泣くのは当然であり、自分だってあのぐらいの年齢の頃には、すぐにギャンギャン泣き喚いて周りを右往左往させていたくせに。


(むしろ姉として、弟を案じるべきでしょう。あなたは何歳(いくつ)になられたのですか)


 誰もがそう思ったに違いない。


「お父様も、お母様も、ご自分の娘のことはどうでもいいのね……!」

「…………」


 何を言っているのだ、この小娘は。


(旦那様も奥様も、ちゃんと真っ先にあなたのご無事を確かめられたでしょうに)


 そして二人とも仕事をしているのだ。我が子を放置して夜会を渡り歩いているのでも、賭博場に通っているのでもない。果たすべき勤めを果たしているのである。

 公爵は現在王宮へ向かい、夫人は混乱する邸内の采配に追われている。忙しい両親へいたわりの一言もないのか――こんな正論を説いてみたところで、耳を貸しはしないだろう。

 彼女はとにかく、自分が虐げられているということにしたいのだから。

 娘など嫁にやる以外、何の役にも立たないと頭から見下す父親。生まれて数年の跡継ぎ息子ばかり猫可愛がりし、娘になどろくに関心を向けない母親。

 そういうことにしたいのだから。


「わたくしの邪魔ばかりするお父様なんて、超えてみせるわ。何が素晴らしい公爵様よ。ずっと優秀になって、お二人とも見返してやるんだから!」

「お嬢様」


 さすがに聞き捨てならなかった。まともな父親を貶める発言はもちろん、公爵が娘を妨害した事実などただの一度もない。そしてこの台詞が、もし他家の人間の耳に入ったらどうなるか。

 リュシエラは彼女を諌めようとしたが――


「うるさいわね!! 鬱陶しい気遣いなんてやめてちょうだい、哀れみなんていらないのよ!!」

「……っ」

「わたくしには魔術の才がある。家のための結婚をして、家に縛られるなんてまっぴら。わたくしは絶対に、誰よりも優れた魔術士になって、自分で運命を切り開いてみせるわ! わたくしはわたくしの力で、絶対に幸せになってやるんだから……!」

「――――……」


 豪邸に住み、美しい衣装を纏い、大勢の使用人にかしずかれ、

 美酒と、美食と、甘く優しい賛美のみを味わい、

 時に厳しくも優しい両親の愛情を否定し、

 まるで今の自分が彼らのせいで幸福ではないかのように。


 リュシエラは憶えている。侍女になった日、開口一番、フラヴィエルダが何と言い放ったのかを。



『どうして奴隷なんか、わたくしの侍女にするんですの!?』



 公爵は彼女を叱った。公正な貴族令嬢としてあるまじき無神経な発言だと。

 娘より〝奴隷ごとき〟を庇う父親に、少女は癇癪を起こした。


『どうしてお父様はいつもわたくしばかり叱るの!? 弟にはちゃんとした侍女をつけるくせに、わたくしには奴隷だなんて――ひどいわ!!』


 リュシエラの心は凍りつき、整った(おもて)からは一切の表情が消えた。



(私は、この娘が、嫌いだ)



 この凶暴な衝動を押し殺すには、無感動な人形にでもなるしかなかった。




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