5話 未知の世界で最初に警戒すべきこと
着陸と呼ぶには生易しい、まさに墜落と言ったほうが適切な状況だった。
俗に反重力システムと呼ばれる機能を備えていたにもかかわらず、故障でもないのに、まるで減速効果がない。既にそれを予測していたARK・Ⅲは、方舟の最深部、自身の核を保護する〈スフィア〉のみを残し、外郭のすべてを犠牲にしてアトモスフェル大陸を目指した。
外部の高温が嘘のように、〈スフィア〉の内部は穏やかだった。
原始的なパラシュートをひらいて落下速度を抑えるも、完全に勢いを殺すことはできず、地表に衝突する瞬間、まるで石を投じた水面のように、ちぎれ飛んだ巨木や粉砕された岩石が土砂とともに盛大に宙へ舞い上がった。
落下予測地点の森に広域展開しておいた何重もの防御シールドが衝撃波を内部に閉じ込め、被害は限りなく最小で食い止められたが、いくらかは防ぎきれず外へ逃れた。
巨大な球体は大樹をなぎ倒しながらわずかに転がり、地面を深くえぐった跡を残して停止する。
これほど凄まじいエネルギーの渦中にあっても、〈スフィア〉の内部はつねに水平に保たれ、揺れもほとんど感じなかった。
外部の音も一切遮断されており、シートベルトで固定されていた少女は、何ら不安や不調を覚えなかった。
◆ ◆ ◆
〈スフィア〉は緊急時における重要人物の脱出を想定して造られたらしく、大人が余裕で暮らせる程度の部屋が十室ほど設けられていた。
その他、およそ二十名分をまかなえる永続的食糧供給システムと物資の保管室、医療室、浄化装置や必要と思われる最低限の設備がそなわっており、かつて〈東谷瀬名〉が暮らしたワンルームマンションと比較すれば、〝最低限〟という言葉の使い方に異議を申し立てたくなる広さと快適さである。
《ハジメましてマスター、Alphaと申しマス。ワタシの役目はマスターのお食事の用意トカお部屋のお掃除トカ色々デス。ヨロシクお願いいたしマス~》
《おう、オレはBetaっス。オレもまあ色々っスけど、多分ARKの助手つーか、使いっ走りみてーな仕事メインになると思いマスぜ。よろしく頼んマス!》
珍妙な雪だるまのような召使いロボットが起動し、個性たっぷりに挨拶をした。
それまで瀬名の面倒を見ていたのは、逐一指示がなければ動けず、自律思考機能のない単純なタイプのロボットで、この二体の起動と同時に当座の役割を終え、休眠することになった。
この雪だるまロボット達が実に優秀な働き者で、瀬名は本当に自分でやらねばならないことが何もなかった。
大人が余裕で暮らせる部屋と言ったが、セレブの高級億ションを想起させるような、機能的で美しく、やたら広い部屋だった。庶民なら一家三~四人でも余裕で住めるかもしれない。つまり身体が十歳の少女からすれば、とてつもない広さである。
床も壁も天井も白い。ソファやテーブルやイスなど、主な家具も白で統一。
しかしワンポイント的にクッションカバーがダークブラウンであったり、テーブルクロスがモスグリーンであったり、洗面室やバスルームの一部をシルバーや大理石のような素材で変化をつけていたりと、ゴテゴテな成金風の家具や装飾は一切なく、シンプルな高級感を追求したデザインだった。
あまりに快適すぎて、もともと方舟の全容を知らなかったのもあり、他すべてを焼失したと言われても、瀬名には未だぴんとこないのだった。
この球体そのものが三つあった〈ARK〉の本体のうちのひとつ、というのは、何となくわからないでもない。自己修復能力を備えた生体金属のかたまりであり、損傷した傍から本来の形状を回復し、最硬度の建造物でありながら柔軟な頭脳そのもの。
もっと詳しい説明もされたが、はっきり言って専門外なのでよくわからなかった。
というより、〈東谷瀬名〉は専門と呼べるものを何も持っていなかった。
浅く広く興味を持つが、表面をさらう程度にとどまる。
おまけに、複雑な計算は機械に任せればよかったし、ちょっと調べたいことがあれば携帯マルチ端末をポケットから出して検索するか、AIにひとこと尋ねればすぐに解決した。誰も昔ほど気合いを入れて勉強しなくなったせいで、実は逆に頭が悪くなっているのではと疑問視されていた時代の申し子である。
ゆえに瀬名は、せっかく以前とは雲泥の差である進化型補助脳を得ているらしいのに、そのあたりの自覚なり実感なりがどうにも薄い。
よくわかんないけどそういうものってことでいっか、で片付けるしかないのだった。
地面に巨大な傷跡を残しながら、ARK・Ⅲは防御シールドのいくつかの層を迷彩シールドに切り換えていた。
己の姿を隠し、かつ、現地人類の侵入を防ぐ。
内部が見えなくなるだけではなく、指向性のある波動だか何だかを帯びていて、シールドに接近した者は「なんだかあちらへ行きたくないな」と漠然と感じ、そうと自覚のないままに遠ざけられるようになっている。
それに逆らって無理に進入を試みれば耳鳴り・不快感・吐き気などに襲われ、なおも強引に進入しようとするなら、電流を流したり、物理的な壁のように反発を持たせることも可能だそうな。
そのようなシールドをとりあえず一定間隔で十枚ほど張った。今後、様子を確認しながら増やすなり範囲を広げるなり、適宜対処する予定とのこと。
次に球体の周辺を一時的に無酸素状態にし、温度を急激に低下させて火災を防いだ。
命令なしで次々これだけのことが出来てしまうのだから、こいつ〈マスター〉なんていらないんじゃなかろうか、と瀬名はこっそり思うのだった。
「つうかさ。こんな船体が綺麗さっぱり燃え尽きちゃうんなら、他の人達はどうやって生き残る予定だったわけ?」
そう。無事に残っているのは〈スフィア〉のみ。かなり巨大な球体だが、内部は人が足を踏み入れられないスペースがかなりの部分を占めている。
乗員を無理やり何十人も乗せるだけなら可能だったかもしれないが、その後はどうやって生き延びればいい?
想定しているのは限られた少人数、すなわち乗員の中でもトップに位置する〝選ばれた〟要人だけで、すし詰め状態で脱出するパターンが全く想定されていないのだ。
おまけに、人間に限らず動植物を含め、保管していた膨大な量の細胞と記憶情報、それを蘇らせるための設備の一切があっけなく失われた。かろうじて残っているのは〈スフィア〉内の食糧供給システム用のものだけで、当然ながら対応しているのは食に適した種類のみ。
医療用に人体の一部を再生する設備はあれど、人ひとりまるごと培養できる設備はない。かなり場所をとるからだ。
今後自分以外のクローン人間を量産される心配がなくなったので、瀬名としてはホッとしているのだが、方舟計画者の意図からは明らかにズレていないか。
「ARK・Ⅰの〈スフィア〉はこれと違って、全員乗れるくらい大きかったとか?」
《いいえ。〈スフィア〉はどの船も規模・デザインともに統一されておりました》
「え。じゃあなおさらこーゆー時はどうするつもりだったの?」
《初期の計画案においては、多少の誤差があったとしても損耗なく余裕で着陸可能でした。ですので、いくつかの区画が使用不能になるケースは想定されていても、本当に完全に〈スフィア〉しか残らない状況になるとは、どなたも本気で思ってはいなかったのです》
「なんじゃそりゃ」
つまり、どうせ使う機会は来ないと皆が過信していたから、誰もあまり本気で備えていなかったと?
「それって、見通し甘すぎるんじゃないの? もしⅠとⅡがまるっと無事に残ってたとしても、大半が生き残れないことになってるじゃん。沈没前に救命艇が足りないと判明した某がちっとも教訓になってないのかな」
《あえて教訓にされなかったかと。ご自身さえ生き残れば良いとお考えの方がほとんどでしたので》
「お、おおう、そうかい。……素朴な疑問だけど、ほんの二~三十人前後が生き残ったところで、もし生存者が全員男だったらどうすんのさ? 現実問題として子孫できないよ? 寿命来たらそこで終わりでしょ」
《雄が複数集まればそのうち順位が決まりますので、一番弱く若い個体を雌に性転換でもさせればよいのではないでしょうか》
「なんっっつー恐ろしいことを言うんだキミはぁ!?」
《もうひとつの〝対策〟がマシかどうかは不明ですが、〈スフィア〉の利用権を密かにお持ちの方々は、乗客の中からご自分の〝花嫁候補〟を何名か選定しておられました。それならばクローン培養設備のスペースを割かず、他の設備の充実に回せますし、「さしあたって種の存続の問題は解決」とのことでした。ちなみに相手様がたの同意は得ておりません》
「…………」
瀬名は握り拳を作って吼えた。
「変態野郎どもッ!! 自分が女になって何とかしやがれッ!!」
瀬名の偏見に満ちたイメージでは、〝お偉い人〟の年齢層は中高年。それも「未来を若者達のために」なんて、口で言うだけで実行はしないタイプ。そもそも実行できる者はARKには乗らず、若者に乗船チケットを譲っているだろう。
そして性別は男性。昔より女性の地位は向上していても、男尊女卑の傾向は根強くしつこく、なかなか消えない。
自己犠牲精神など持ち合わせのないおっさんの集団が、あらかじめ目をつけていた若いお嬢さんがたを連れて我先に脱出艇に乗り込み、「種の存続のために必要な義務だ」とかなんとかそれっぽい理屈で抵抗を封じながら、あれこれをする予定だったと……!
《おおむねその通りです》
「地獄へ落ちろクソ野郎ども……!!」
もしその手合いがまだ生きていたら、己の手で地獄へ叩き込んでくれる。
決してARKのやり方に賛同したいわけではないが、そんな奴ら滅びて当然と瀬名は思った。
《話を戻しますが。多少の誤差はあっても、損耗は軽微で済むだろうと当時予測されていたのも事実です。私が創られる半世紀ほど前ならもっと慎重に考えたのでしょうが、月面都市の建設や宇宙コロニーの成功に〝科学力〟への自信が鰻登りになっている時代でしたので。もちろんそれは今からすれば百年前の机上の計算であり、現実には〝多少〟では済まない思わぬ要素の存在により、大幅な修正が必要となりました》
「思わぬ要素?」
《ひとことで申し上げれば、ここは〝剣と魔法の世界〟です》
「…………なんですと?」
ARK・Ⅲは証拠を見せてくれた。
宇宙空間から地上を撮影した記録映像だ。
本当に剣と魔法の世界だった。
古き時代のヨーロッパ風の衣装を身につけた白人系の人々が剣を構え、魔法を放っていた。
どう見ても魔法だった。
「……ま、じ、でーっ!?」
しかもこの星に住んでいる知的生命体は一種類だけではなかった。
地球人類に限りなく近い、というよりほぼ同じ種族は〈人族〉。
鍛冶が得意で酒好きなあの種族は〈鉱山族〉。
耳や尻尾がふかふかなあの種族は〈半獣族〉。
魔術が得意で耳が長くて森に住むあの種族は〈精霊族〉。
――などなど、主だった者だけでもざっとこのぐらいだ。
つまり他にもたくさんいる。
《限りなく地球に近い環境ですが、この〝魔法〟が想定外の要素だったのです。現地種族民が〝魔法〟を扱う素になっていると思われるものが大気中に一定量満ちており、これを仮に〝魔素〟と呼ぶことにしますが、〝魔素〟をとりこんだ生物は体内でそれを〝魔力〟に変換し、放出する際に様々な事象として発現させています。放たれた〝魔力〟はやがて拡散して自然に〝魔素〟に戻るようです》
「へ、へえー」
大なり小なりこの星の生物は、〝魔素〟を吸収し〝魔力〟に変換する器官が体内にあると思われる。地球にはこの〝魔素〟に相当するものがなく、したがって瀬名にもそれを扱うための器官など備わっていない。
あるいは、大昔には類似したものが存在しており、現代では退化した状態なのかもしれなかった。
とても残念である。
《この未知なる存在〝魔素〟の影響で、物理法則においても地球とほぼ共通していながら、一致しない部分も確認されました。〝魔素〟という要素を含め計算し直した結果、当初〝生存は絶望的〟という結論が出たのですが、取り急ぎ法則の研究を進め、修正を加えて現在の結果となりました》
「ほ、ほおー……」
しかも、星の周辺を守るように覆う〝魔素嵐〟のような現象も確認されていたらしい。視認できず、光も透過するが、確かにそこに在るとのこと。
嵐の弱まる切れ目の箇所を発見し、この機会を逃せば次に通過可能となるのは早くて五~六十年後、しかも大陸には降りられず、海のど真ん中になるという計算結果が出たそうだ。
そのタイムリミットが、最初に言われた百二十時間だったわけである。
《この〝魔素〟という要因が、宇宙空間でどれほど私に影響してくるかも未知数でした。五十年どころか数日先まで無事でいられる確証もありませんでしたので、情報不足は否めませんでしたが、外郭部分をすべて焼失してでも着陸を試みるべきと判断いたしました》
「う、うん……そうなんだ……」
こんな重要な決定を、〈マスター〉の許可を取らずに勝手に行えるのだろうか。
一瞬疑問に思ったが、考えてみれば〝東谷瀬名の生存にかかわる〟内容だった。
それにもし事前に意見を求められていたとしても、結局は瀬名も同じ決断に至っただろう。
こういう問題に関してはいちいち気にせず、ある程度お任せするべきかもしれなかった。
◇
《とにかくこの星は未知の要素が多過ぎますので、ある程度情報が集まるまで〈スフィア〉から決して出てはなりません》
そんなARK・Ⅲの忠告に、ついつい七匹の子山羊のお母さん山羊を連想してしまう瀬名だった。
いや、あれは「おうちから出ちゃいけません」ではなく、「ドアを開けちゃいけません」だったか――もちろん現実には、そんなほのぼのとした場面では有り得ないのだけれど。
魔素のもたらす現象に加え、地球に存在しなかった様々な生物の生態系。そして何より警戒すべきは、地球に存在しなかった病原体の可能性だ。
地球人類が生息可能な環境で間違いはないはずだが、無視できない不確定要素があまりにも多い。ゆえにARK・Ⅲは、徹底的に情報を集め、可能な限り分析した後でなければ外に出るべきではないと主張した。
東谷瀬名、精神年齢およそ三十歳に否やはない。むしろ妥当と思った。
遊びたがりのじっとしているのが苦手な子供ではない。そして彼女はインドア派であった。
というより、山も海も田舎もないドームの中に暮らす時代だったので、全国民が一定量のひきこもり気質を持っていたのである。
何日もの間、生身の人間にただの一度も会わずとも平気な人々がいくらでもおり、彼女もそのひとりだった。さすがに若い頃は活動的で遊びに行きたくもなるけれど、大人になるにつれ徐々に落ち着き、出かけることが段々億劫になるというか、さほど興味がなくなるのである。
本物の幼子だったら、お外に出てみたいとぐずったかもしれない。
十代半ばの少女だったら、「あたしを閉じ込める気なんだわ…!」と何かの物語が始まったかもしれない。
瀬名は程よく枯れ――精神的に熟していたので、手厚く保護されている事実を普通に理解し、普通に受けいれられるのだった。
「情報収集って、どの範囲までやんの?」
《少なくともこの大陸全土を》
「おおう……」
国単位ではなく大陸規模か。結構かかりそうだが、まあいいだろう。
いくらファンタジー好きで見た目は子供でも、頭の中身はいい歳の大人。リセットできない現実で、「魔法魔法!」と浮かれながら飛び出して行く蛮勇の持ち合わせはなかった。
それよりもARK・Ⅲが懸念したように、のこのこ外に出た結果、未知の病原体に侵され、苦しみぬく事態に陥ることが最も恐ろしかった。
ただの怪我なら治しようがあるだろうけれど、病気はわけが違う。
もし全身から血を吹いて何日も死ねなかったり、皮膚という皮膚にカビが生えたり、体内から得体の知れない生命体が腹を食い破ってキシャァァァ……
(ひいぃぃっ!)
ゆえに是非、この星の全病を網羅し、余すところなく治療法を確立する勢いで徹底的に調べ尽くして欲しい。
剣と魔法の世界に憧れは山ほどある。しかしそれはそれ、これはこれ。
現実問題として、大気中の魔素とやらを吸い込んで地球産の人体に害はないのか、それすらも不明なのだから。
「頑張ってくれたまえARK君。きみになら完璧にできると信じているよ」
《お任せを、ボス》
この人工知能、案外ノリがいいかもしれない。
◇
パールホワイトの卵に菱型の羽がついた、ころころと妙に可愛らしい小型探査機〈EGGS〉が放たれた。
鶏卵サイズの彼らはその姿を周囲に溶け込ませ、あらゆる地域の情報収集を行う。飛行速度は音速に達し、水中では水深およそ数千メートルまで、熱に対してはおよそ数千度ぐらいまで耐えられる優れもの。
地球基準なら深海だろうが活火山の中だろうが、しばらく大丈夫らしい。
とてもそうは見えない外見に反し、恐るべき性能を持ったタマゴ鳥がなんと十機――多いか少ないか微妙なところだが、性能を思えば充分な数だろう。
彼らは大陸中をめぐって音や映像を記録し、情報を〈スフィア〉に送り続ける。閉じた状態の書物を外側からスキャンすることも可能らしい。
ARK・Ⅲはそれをもとにさまざまな分析を行い、必須と思われる内容を重点的に瀬名に教えてくれるのだった。
《この星には〝魔物〟と思しきものが存在しています。おそらく魔素や魔力の影響によって強力な進化を果たした生物と思われ、獣タイプの一部は人類と共存することが可能なようです。それ以外は共存も飼い馴らすこともできないようですね》
「やっぱいるんだ……じゃあ、まさかこの辺にも…?」
《いいえ、少なくともこの森にはおりません。生息が確認された地域は魔素濃度が著しく高い傾向にあり、このあたりは人里よりやや高い程度なので、家畜化された魔獣以外は環境が適していないのではないかと。さらに方向感覚が狂わされる〝迷いの森〟の一種らしく、一部の虫や川魚などを除いて、生物が住めないようです。原因は調査中です》
「へえ、いかにものどかな森って雰囲気なのに。――あ、でも目印とかあれば迷わないだろうし、盗賊とか山賊とかが根城にするってことはない?」
《その可能性も低いかと。この森に関しては、迷わない程度の目印を残そうとすればかなりの数が必要になりますし、人の出入りがあると簡単にばれますので、あまり現実的ではありません。それと、コンパスに酷似した道具が存在しましたので再現してみたのですが、常に針が回転し続け、一定方向を示しませんでした》
何もない空間に実験映像が映し出される。
Alphaとともに起動したお手伝いロボットのBetaだ。
前者は主に瀬名の身の回りの世話をし、後者は主に〈スフィア〉周辺の調査を行っている。
性格設定は、Alphaが《マスター、おはようございマァス!》と人懐こいイメージであるのに対し、Betaは《おうマスター、オハヨウサン!》と、真面目に働く不良のイメージだった。
ちなみに、ARK製の高機能補助脳のおかげで、瀬名と彼らは〝思念通話〟略して〝念話〟が可能になっていたのだが、緊急時でもない限りなるべく発声するよう言い含められている。言葉を長期間話さないでいると、人の会話機能は衰えてしまうからだとか。
樹齢何千年もありそうな大樹に囲まれた中で、Betaの手にある小さな道具は、まさにファンタジーRPGに出てきそうなコンパスそのものだった。針はぐるぐる回転し続け、止まる気配もない。
おそらく使われている素材が異なるから〝酷似した〟代物なのだろうが、あれはもう同じものと考えて差し支えないのではないだろうか。
と思いきや、こちら製コンパスもどきと地球製コンパス、それぞれ用意し比較した結果、双方の回転の仕方に明らかな違いがあった。
ARK様の仰る通り、似て非なる道具と認識しておいたほうがよさそうだった。




