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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
ハッピーバースデイ
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58話 虚像の英雄 (後)


 依頼に潜む危険性。わずかな兆候を軽視したために招いた惨劇。

 そういった〝討伐者になった場合の具体的な注意点〟については、父親から何も教えられていなかった。

 将来本気でそれを目指すとは考えていなかったからか。もしくは、息子が理解できる年齢になってから、改めて話すつもりだったのかもしれない。


 アスファが生まれ育った村の近くには、騎士の砦があった。騎士達は村を守ってくれてはいたけれど、頼みごとができるような気安さはなかった。

 仕事でほとんど戻らない父親を除き、戦い方の指導をしてくれる人物はいない。

 しかし彼は同年代の少年達の中で、頭ひとつ抜けて喧嘩が強かった。


 ――十二歳になろうかという頃。父親が依頼の最中、魔物に殺された。

 アスファの中で、魔物を倒したい願望に怒りと悲しみが加わり、より一層それは強くなってゆく。

 なのに周りの大人達に全力で止められ、母親にも大反対され、しばらく村で鬱々と過ごすしかなかった。


 十四歳になったある日。

 そりの合わない悪ガキがからかってきた。

 以前アスファに喧嘩で負けたのを根に持ち、それ以来しつこくネチネチ絡んでくるガキだった。


「おまえ、まだここに住んでんだ?」

「……だから何だよ」

「十三になったら討伐者になる、とかエラソーに言ってなかったっけ?」

「…………」

「へへっ。どーせ、おまえみたいな腰抜けの親父は、弱いから殺されたんだろ。みんな言って――」


 殴り飛ばした。

 鼻血まみれになって泣きわめいても許さなかった。


「ふざけんなよ……俺だって好きでぐずぐずやってんじゃねえ……!」


 遠くへなど行かず、いつかこの村の自警団に入り、皆を守って欲しいと。

 大人達に、母親に、そう懇願されたから。だからここに留まっている。

 ――でも本当は、知っているのだ。


(裏で、こいつとおんなじこと、コソコソ言ってやがるくせに)


 ――あいつが死んでしまったのは自業自得だ。好きこのんでそんな危ない仕事についたりするから――


「俺は絶対に討伐者になって、お前ら全員見返してやるからな!!」


 息巻いて、父親の形見の剣を手に、身ひとつで村を飛び出した。

 そして、最も近くの町にある討伐者ギルドに駆け込み、その勢いのまま登録したのである。





(頭カッカしてたとはいえ、無謀だったよな……)


 バカをやっちまったなあ、と思う。

 守ってくれと言った同じ口で陰口を叩く、厚顔で身勝手な村の大人達はともかく、他は弁解の余地がない。

 (シルバー)だった父親よりランクの低い連中だからと、そんな理由で指導役を侮るなど、考え違いもいいところだ。

 反対する母親に、納得してもらえるまで話し合わなかったのも良くなかった。彼女は息子より討伐者の現実を知っていたはずだ。親として、我が子に危険な仕事につかないで欲しいと願うのは当然だったのに。


 その後の行動はもっと最悪だ。


「クソッ、このガキ、ちったぁ言うことききやがれ!」

「るせえ、いちいち止めんな!!」


 制止されるたびに苛立ち、深い考えもなく魔物の方角へ特攻した。


「ほらみろ、倒せるじゃねーか、こんなただの雑魚!」

「……っ」


 嬉しかった。実戦の手応えを感じられて。

 強い自分に有頂天だった。

 ――たとえば、その魔物が実は罠を張っていたり、指導役が念入りにフォローをしてくれていたおかげで事なきを得ていたりと、そういうことにまるで気付きもしなかった。

 優秀な討伐者とは無意味な戦闘など避けるものであり、他でもないアスファの父親でさえ、そうして高い評価を積み重ねてきたというのに、まるで知ろうともしなかったのだ。

 華々しい英雄譚に憧れる、夢見がちな子供のままで。


「ふ……ごう、かく?」

「ああ」

「……んでだよ!? 俺はきっちりやってたじゃねーか!?」

「そういうところが、だ。てめえ一人が〝きっちりやってるつもり〟で勝手に死ぬならともかく、てめえの暴走に巻き込まれて周りが死ぬんだよ――このガキが」

「…………!!」


 結果は覆らない。一度不合格を言い渡された者は、もう一年見習いランクのまま、地道に活動をこなさなければ再試験を受けられなかった。

 最長でおよそ半年の指導期間が、次のランクへ上がるための試験であり、指導役とはイコール試験官だということを、最初に説明されていたにもかかわらず、アスファは聞き流していた。どうせ自分はさっさと合格できるからと。


 思いがけず、そう長く待たずに次の機会を与えられ――セナ=トーヤにあれだけ言われてもやめなかったのは、今さらやめられなかったからだ。いったいどんな顔をして故郷に戻り、母親や村人達に会えばいいというのか。大口を叩いて村を出た少年の体たらくを知れば、きっと彼らは失望と嘲笑を向けてくるだろう。そらみたことか、と。

 このまま里帰りなどできない。唇を噛みしめ、アスファは屈辱に耐える道を選択したのだった。





(つうか、耐えるもなにも、俺の自業自得じゃんよ……)


 我の強い人間は、通常、己の非を簡単には認められないものだ。アスファも以前は自分の言動を振り返ることができず、噛みついてばかりだった。

 なのに今彼は、とても、とても、とても神妙に、正確に、己を見つめ直すことができるようになっていた。

 何故か。


「うるさいわね、いちいち指図しないでちょうだい!!」

「どうしてわたくしがそんなことをしなければいけないんですの!?」

「そのぐらいできますわよ、バカにしないでちょうだい!!」

「そんなことぐらいわかっていますわ!!」

「わたくしのせいじゃありませんわ!!」

「わたくしは悪くありませんわ!!」

「わたくしはちゃんとやっていますわ!!」


 ……そう。これである。

 そこに、少年の黒歴史を、とてもわかりやすく体現した少女がいたからだ。



 あれ? ひょっとしてまさかこれ、俺……?



 自覚という名の稲妻が脳天を貫き、少年は愕然とした。


 俺こんなんだったのか。

 こんなんだったのか。

 マジかよ。嘘だろ。嘘と言ってくれ。


 かつて他人に吐き散らした憶えのある台詞が、そっくりそのまま己の胸や精神を容赦なくえぐる日々。

 やがて限界に達し、気付けば燃え盛る赤毛の少女に、てめえなんざ蝋燭だ吹き消してくれるわと言わんばかりの勢いで怒鳴っていた。


「うるっせえよ!! ――指導役の言うことはちゃんと聞きやがれ!!」




◆  ◆  ◆




 注文していた料理が次々と運ばれてきた。食欲をそそる匂いに、空腹の虫が騒ぎ出す。

 本日は大人組からのおごりなので、たっぷりごちそうが食べられるのだ。

 徐々に賑やかさを増す店内に、エルダとリュシーもやってきた。以前エルダはかたくなに自室へ食事を運んでいたのだが、食べながら一日の振り返りをすることが多いため、グレンが同席するように命じたのだ。

 さんざん嫌がっていたのに、リュシーが背後で「エルダ様」と呟いてからは、何故かびくりと身を震わせて大人しくなった。


(こいつらも不思議な関係だよな……)


 エルダがリュシーに対して本当に高圧的だったのは最初の内だけで、気付けばどこか怯えるような、虚勢を張った態度が目につくようになった。リュシーの「エルダ様」が出た瞬間、「なんですの!?」と威嚇しながら、どことなく相手の顔色を窺う姿勢になる。

 そう気付いたのはアスファが周りをちゃんと見られるようになったからだが、もっと先に気付いていたグレンやウォルド達も、「なんだろうな、あれ?」と首をかしげていた。

 グレン達でさえわからないことは、セナ=トーヤに尋ねるに限る。

 春になってもこの調子だったら、それとなく訊いてみよう。


(ひょっとしたら、家の決めた結婚が嫌だどうの、って言い草のとこでキレたんかな)


 リュシーの結婚適齢期は過ぎている。おまけに彼女は、出るところの出ているお嬢様と異なり、肉付きが薄かった。

 加えて長身。アスファやセナ=トーヤと比べ、目線が若干高い。いくら神秘的な美女でも、背の高い女性と結婚したい男など、そう簡単に見つかるものではない。

 さらに、儚げなのは外見だけ。細剣を片手で軽々と扱える女の肉体が、本当にか弱いはずがなかった。持ち主のようにほっそりと流麗な見た目の剣は、その実、それなりに重いのである。だって剣なのだから。

 もしそういう理由でキレたのだとしたら、突っ込んだ途端に命の危機だ。絶対に本人に訊いてはいけない。誰も庇ってはくれないだろう。


(ウォルドなら釣り合い取れそうだけどな。他人がとやかく言うことじゃねーか)


 ――アスファは、リュシーが奴隷であり、そもそも結婚の自由がないことを知らなかった。

 目の前の料理に意識を戻し、がつがつと喰らいつく。

 男性陣の食事風景に、エルダが嫌そうに顔をしかめた。さりげに彼女の手にもプラメア茶のカップがあり、アスファはこっそり可笑しくなる。

 空腹の解消を優先し、テーブルの料理が半分ほど腹におさまったあたりで、本日の反省会を開始。とはいえ、最近は順調なので気楽なものだ。

 セナ=トーヤがエルダに対し、初級魔術以外の行使を禁じていたのも大きい。エルダは宮廷魔術士うんぬんと豪語していただけあって、かなり高位の魔術まで扱えるが、強力なものほど集中力と大量の魔力を必要とする。そして自己顕示欲の強いエルダは、そんな高位魔術ばかりを使いたがった。それゆえの禁止令である。

 おかげで戦闘訓練の時、時間短縮と魔力の温存でエルダはめざましく成長しているのだが、残念ながら当人にその自覚はなかった。


「……わたくし、いつになれば中位以上の魔術を解禁してもらえますの?」


 今日もぽつりと不満を漏らすエルダに、アスファはまたかよ、とうんざりした。


「戦闘が予想以上に長引いた時はどうする? 初っ端から魔力を使い果たして、気力体力精神力もぎりぎり。ようやく切り抜けられたとして、その後はどうやって帰るつもりだ? まさか俺やリュシーにおぶって行けと?」

「くっ……!」

「おお、すげえ……あの坊主が冷静な指摘を……!」

「しかも的確じゃないか」

「な、ライナス? こいつ成長したろ?」

「うん、びっくりしたよ。以前とは別人みたいだ」

「……あんま褒められてる気がしねえのはなんでだ」

「まあまあ、不貞腐れんなって!」


 かかかと笑うグレンに、ぽむぽむと肩を叩かれた。


「実際、魔法使い殿のご指示のおかげです。これからはエルダ様の暴発に巻き込まれ、犠牲になる不幸な方は出ないでしょう」

「……ちょっとリュシー。どういう意味ですの?」

「あ、俺らも聞きてえな」

「今後も生き延びるために是非!」

「なんですって!」

「周りを気にせず最大威力の攻撃魔術を撃ち放とうとされ、修正がきかずに暴発し、とんでもない大惨事になることがたびたびありました」

「マジで!?」

「うわぁ……」

「大惨事たびたび!? 一回だけじゃなくて!?」

「その場にいなくてよかったぜ……! 俺らに話が来るわけだ、こりゃ」

「セナのおかげで命拾いしたな、おまえらよ……」

「ああ、まったくだな……前の担当者には同情を禁じ得ん」

「…………」


 男どもがぼそぼそ相槌を打ち、エルダは真っ赤になって押し黙る。

 リュシーの話によれば、以前ご令嬢がぶっ放した〝災害〟をフォローする際、複数の指導役が重傷を負い、バシュラール公爵が高位の治癒士を派遣して多額の慰謝料を支払ったそうだ。

 以来、「フラヴィエルダお嬢様がらみで何かあったとしても、実家の力で揉み消される」――そんな噂が広まり、誰もが指導役を拒否するようになったらしい。


「そこで旦那様は辺境伯様にご相談され、辺境伯様にご相談を受けたユベール様が、ドーミア支部で引き受けてくださる流れとなったのです」

「ええっ、なんですのそれ!?」

「なんだそりゃ!? ひょっとして親父さんすげえ理解ある人なんじゃねえの!?」


 エルダとアスファがほぼ同時に叫んだ。


「素晴らしいお人柄ですよ? 何故かエルダ様が反抗なさってるだけで。ユベール様が声をかけられた(ゴールド)の皆様は噂を知って固辞されてしまったので、最終的に全員聖銀(ミスリル)の方々になったのは、却って幸いと申しますか」

「エ~ル~ダ~、おま、親父さんに謝れ!!」

「ううう、うるさいですわよッ!! そもそもお父様が余計なことをなさるから、妙な噂が広まるのですわッ!!」

「余計なことじゃねーだろ、てめえがケガさせた元凶だろがッ!! つか被害者にちゃんと謝ったのかよッ!?」

「知りませんわッ!!」


 自棄になって怒鳴り返し、ここへ来てエルダの食べる速度が速まった。


「あッ、それ俺のプリトロ鳥の肉!! 大事にとっといたのに喰いやがってッ!!」

「ふんッ、大皿料理に誰のモノもありませんわよ、ノロノロ食べてらっしゃるのが悪いんじゃありませんことッ!?」

「てめーがそれ言うかよッ!?」


 店内の喧騒に負けず、賑やかに怒鳴り合いが始まる。


「元気だなあ。……なんだか二人とも、いい感じに馴染んできたね?」


 ライナスの感想に、リュシーを覗く大人組の全員が微笑ましいまなざしで頷く。

 子供が元気いっぱいに、たくさん食べるのはよいことだ。

 ちなみにエルダは十七歳、アスファも既に十五歳。法的には成人枠のはずだったが、リュシーと本人達以外は全員、彼らの実年齢を忘れているのだった。




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