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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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53話 とある令嬢と(元)召使いの朝

ご来訪ありがとうございます。

ちょっと遅くなりました。


 わたくしはフラヴィエルダ=ノトス=バシュラール。十七歳。


 訓練は、筆舌に尽くし難い屈辱の連続でしたわ。


 まず最初にやらされたのは、わけのわからない奇妙な筆記テスト。

 二枚に分かれていて、一枚目のタイトルは


 〝状況に応じた正しい対応〟


 二枚目のタイトルは


 〝ただしい しつもんのこたえ〟


 一枚目はともかく、二枚目は何なのかしら。まるで子供が書くような文体で、小馬鹿にされているとしか思えない気配が漂っていたのだけれど。

 実際はその程度では済みませんでしたわ。

 安っぽい樹皮の用紙に、安っぽい炭ペンでいくつかの設問が書かれていて、何故こんな簡単なことをやらされるのかと首を傾げながら、解答を記入していったの。


 一枚目:問一. エルダさんとアスファ君とリュシーさんは討伐者のパーティです。昼近くなり、三人で食事処に入りました。さて、エルダさんはどうしますか?


 答え. 庶民向けの店でしたら、不特定多数の客が出入りしているはずでしょう。ですのでまずは慎重に、前の客人に汚されていない落ち着いた席があるかどうかをリュシーもしくはアスファに確認させます。料理人の腕にあまり期待をしては酷ですから、とりあえずどのような料理があるのかを確認させ、口に合いそうなものがあればやんわりと希望を伝えます。


 ………………


 二枚目:問一. 「お嬢さんの道楽ならやめなさい」もしくはそれに近い忠告をされたことはありますか?


 答え. 何度も申しあげますが、わたくしは真剣に己の能力を証明しようとしているのです。無粋な問いをあまりに何度も繰り返されると、不愉快になっても無理はないというものでしょう。


 ………………

 

 採点結果。


「0点」

「何故ですの!?」


 いくらわたくしのことが気に入らないからといって、あんまりな点数ではありませんこと!?

 けれどわたくしがそうくってかかったら、「いやこれ、当然だろ…」とよりによってアスファごときに呆れられてしまったわ。アスファごときに!

 リュシーまで「エルダ様……」とあからさまな蔑みの視線を向けてきますし、いったい全体なんなんですの? いくらなんでも酷いのではなくて!?

 すると極悪魔法使いは、全問にバツをつけた理由を樹皮用紙に書き連ね、自室に貼るよう命じたのです。



〈エルダ君のための最低限必要な改善項目・五ヶ条〉


 その一、質問されたら「はい」か「いいえ」で端的に答えましょう

 その二、無駄に回りくどい長文を会話に用いるのはやめましょう

 その三、自分でできることは自力でやりましょう

 その四、斜め四十五度上から目線で相手を見下さないように気を付けましょう(相手によってはとても危険です)

 その五、いい席があれば皆のために自分が確保してあげるぐらいの気をきかせましょう



 愚弄してますわ。

 完全にわたくしをコケにする気ですわね!!


 信じられないのは、これだけではありませんわ。

 わたくし、魔術士ですのよ?

 魔術士なの。

 大切なことだからもう一度念を押しますけれど、魔・術・士、ですの。


 ――なのにどうしてわたくし、走り込みなんてやらされているのかしら!?


「サボったら食事抜きね。リュシー、監視よろしく」

「お任せください」


 リュシエラぁぁぁ、おまえはどっちの味方なの!?

 ――って、そうね、そうだったわ。おまえはわたくしの味方なんかでは有り得ないのよね……!

 極悪魔法使いごときに惑わされ、すっかり従順さの消えてしまったリュシーに見張られて、心底悔しいけれど言うことを聞くしかなかったわ。

 最初は仕方なく頑張ったのよ。けれどね、わたくしは貴い血筋に生まれ育ったの。

 野育ちのアスファや、貴人を警護する訓練で身体を鍛えたリュシーのような女とは違うのよ。繊細なの。か弱いの。

 毎日毎日、走って、走って、走って、走って……


「全身がギシギシ言うんですの……目の前がかすんできましたわ……もう無理……」

「大丈夫ですエルダ様、これをお飲みください」

「あら……」


 リュシーが飲み物を差し出してきたわ。喉が渇いていたから、丁度いいわね。久しぶりに気がきくようになったのかしら、良いことだわ。

 ごくり。


「あら――あらら? まあ、すてき! なんだか痛みも引いたし、視界もすっきりしたみたい!」

「よろしゅうございました。――それはセナ=トーヤ様からいただいた飲み物なのです。こういう時のために、と」

「えっ……」

「では、お身体の調子も復活したご様子ですし、再開しましょうか♪」

「――――」


 昔はいつも陰鬱だったリュシーの笑顔が、光輝いていたわ。

 それから再び走って、走って、走って、走って……


「もう嫌よ!! わたくしは魔術士として成功するために家を出たんですのよ!? なのに何故、こんな全然関係のない、疲れることばっかりさせられてるんですの!?」


 食事抜きですって!? ふん、それがどうしたというの!!

 卑しい下民ではあるまいし、一食や二食抜かれたって、いちいち騒ぐほどのことでもありませんわ!!

 極悪魔法使いにじーっと無言で見つめられましたけれど、こ、怖くなんてないんですからね!!

 ええ、決して!!



 三食抜かれましたわ。



 ……。

 …………。

 あ、あら? なにかしら。

 なんだかとっても、くらくらするの。

 ぐうう、って、おなかから妙な音がするし。何なのかしらコレは??

 何かの病気??

 ………………。


「…………」

「…………」

「…………」

「……何か言いたいことでもあるのかな?」

「な、……なにを……仰っているのか……わかりません、わ……」

「エルダ君? 〝はい〟か〝いいえ〟で素直に答えようね? 何か私に言いたいことでもあるのかな?」


 ………………。


「…………はい」

「うん。何かな?」

「……おなかと背中が、ぴったりくっついたような、感じがするのですわ……」


 胃にやさしいお料理をたくさん食べさせてもらいました。

 おかしいわ。庶民料理のくせに、どうしてこんなに美味しいのかしら?

 その夜は久々に、枕を濡らしましたわ……。



 わたくしはフラヴィエルダ=ノトス=バシュラール。

 いえ……今はもう、〝エルダ〟と名乗るべきなのでしょうね。


 もうすぐ、リュシーがわたくしの部屋に来るでしょう。

 このところは「いつかお一人で起床できるようになってくださいね?」と優しげに微笑まれて、それがいっそう嫌味ったらしいのだけれど、今朝は自力で起きてやったわ。

 すると、まさにそのタイミングでドアがコンコンと鳴らされて。


「おや、おめずらしい。エルダ様がもう起きておられるなんて」

「…………」

「うふふ、今朝もとっても天気がよろしいですよ。本日はどのようなルートを走るのでしょうね?」


 まるで世界のすべてが輝かしいと言わんばかりに、晴れ晴れとした笑顔。

 それを聞いてわたくしが絶望と恐怖のどん底に落とされることぐらい、わかっているのでしょうねこの女は……!!


「ああ、その前に厨房のお手伝いがありましたね。今朝はイモの皮むきのお仕事がたくさんあるようですから、急いで準備しましょうね?」

「…………」


 依頼で出向いた先に、常に食堂があるとは限らない。

 討伐者たるもの、もし携帯食料が尽きれば、自力で食べ物を確保する必要がある。

 だから最低限、食材の扱い方ぐらいは慣れておくこと。

 そう言って、魔法使いはわたくしに、このわたくしに、〝早朝の厨房のお手伝い〟などという試練を課したのよ。

 毎朝毎朝、イモや野菜や何かの皮をむきむきムキムキ……皮をむいてばっかりなのだけれど、これのどこがどう為になるというのかしら。

 ええ、わかっているわ。やらねばならないのよね。奴隷のリュシーがあっさり合格するのはまだしも、アスファごときがあんなに手際よく食材の下ごしらえをしたり調理したりお茶を淹れたりできるのがおかしいなんて、全然、これっぽっちも思っていなくてよ。

 ええ、決して、悔しくて会うたびに難癖をつけてたりしませんわ!


「さあ、今日も頑張りましょう。でなければ、いつまで経っても朝食にありつけませんからね」


 まるで神殿に描かれた聖母のごとき微笑を浮かべてリュシーが宣告するのだけれど、ちょっとでいいから、元のリュシーに戻ってくれないかしら、なんて思ったりしないわ……。



 安宿の一室で、やわらかな早朝の陽射しが、目と心に沁みるのです……。




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