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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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51話 初顔合わせ、その後


 暗雲漂いまくる初顔合わせの後、フラヴィエルダ嬢とリュシエラ、改め、エルダとリュシーは、ドーミアの町の手頃な宿屋をこれから探しに行くと言った。

 二人は昨日ドーミアに着いたばかりで、長期滞在に適した、過ごしやすい宿をじっくり探すのだとか。


「過ごしやすい宿?」

「え、ええ……。初日の宿は妥協しましたけれど」

「…………」

「な、何ですのっ?」


 半眼で睨みつけてやれば、お嬢様が反抗的に睨み返してくる。が、腰が引けて覇気もない。


「……リュシー?」

「……はい」


 リュシーに説明を求めれば、案の定、今まで彼女達が泊まっていた宿のグレードは、裕福な商人が贔屓にするレベルの高級宿だった。

 大貴族の御用達と比較すれば、確かに格段に落ちるのだろう。が、瀬名でさえ金銭感覚を疑うレベルだった。

 何せ、彼女達はこの半年間、毎日ずっと宿屋暮らしをしてきたのである。最高級ではないにせよ、高級宿の宿泊料を毎日、およそ半年分も平気で支払ってきたのだ。格安のビジネスホテルではなく、観光地の旅館を毎日借りていたと想像すれば、非常識ぶりがわかりやすいだろう。

 ちなみにリュシーは、庶民と貴族の金銭感覚の違いをわかっていたが、お嬢様が安宿への宿泊を拒否したのだそうな。加えて、お嬢様の衣装と持ち物がどれも最高級品だったので、防犯面の心配もあり、安宿を強くすすめられなかったらしい。

 ランクアップすれば護衛任務を請け負うこともある討伐者に、護衛を雇わねば安宿に泊まれないお嬢様が登録する矛盾。


(どんだけ家から金くすねてきたんだよ!?)


 エルダが家から持ち出したのは公爵家の金であり、すなわち親の個人資産、もしくは領民からの税金だ。

 最近では、請求先を公爵家にして多額の支払いを済ませることもあったらしい。これはリュシーが令嬢の父親に、安否報告を兼ねる意味合いもあったそうだ。


「なっ、なんですって!? 余計な真似をしてっ!!」

「…………」

「……な、なによ、その目は?」

「……いいえ」


 さすがの召使いも半眼になっていた。珍しく反抗的な態度を取られてお嬢様は動揺しているが、誰も同情しない。

 どう聞いても、召使いの言い分が正義だった。お嬢様が無分別に「あれを買え」と命じ、預かった金子袋の中身が足りなければ、公爵宛てに請求してもらうしかないではないか。

 瀬名はなんだか、彼女の父親が可哀相に思えてきた。バシュラール公爵が性格に難のある要注意人物だとは、誰からも耳にしていない。


≪後継者問題とかに支障はないのかね?≫

≪問題ありません。フラヴィエルダ嬢には心身ともに健康な弟がおり、後継ぎに内定しております≫

≪ふうん。ちなみに公爵夫妻が隠れて我が子を虐待してた可能性は?≫

≪限りなく低いかと。そもそもそのような人物であった場合、辺境伯やギルド長には隠しおおせません。弱者を虐げる気質などもなく、まともな人物です≫

≪じゃああのお嬢さん、本気でお父さんに好き放題させてもらってるだけ……?≫

≪そうなりますね≫

≪うーわー! 反抗期の娘に家の金ごっそり持って家出されたあげく、行く先々で散財されるとか、お父さんマジ可哀相……!≫


 会ったこともないバシュラール公爵に、瀬名は同情を禁じ得なかった。


 瀬名はエルダ達に高級宿の利用をやめさせ、ギルド併設の宿に泊まるよう厳命した。討伐者登録をしている者しか利用できず、アスファ少年もそこに部屋を取っている。

 町の宿より安価で安全なのだが、リュシーはこの宿の存在を知らなかった。登録して初めて存在を知るケースは別に珍しくはないし、以前はリュシーが登録していなかったので、紹介されたところでどのみち利用はできなかっただろう。

 そして現金以外、全身をかためた無駄に高級なもろもろを、誰かの形見や大切な人からの贈り物など、よほど愛着のあるもの以外は家に返却させるよう命じた。間違ってもただの見習いが身につけていい代物ではない。もし本人の実力が装備品に見合っているのなら、とうに(ウィード)からは脱却できていたはずだ。

 結果として、お嬢様の衣類と杖はすべてアウト。呆れたことに、ギルドの窓口に預けている彼女の衣類は、普段着含めてゆうに数十着。そのうちの半数は店で買い足したもので、高位貴族から見れば安物でも、ただの町娘なら一生袖を通すことのないレベルの服ばかりだった。

 さらに、アクセサリー型に加工された守護の魔道具も十種類以上。


「庶民舐めてんのかおまえ」


 地獄の底から響くような低い声が自然に出ていた。

 エルダは蒼白になって硬直し、周辺の人々が寒そうに肌をさする。


「こんだけ親の金で贅沢しながら自力で生きるもんとか、アホっ娘の典型かおまえは――これ全部却下!! 新しく買い足した服と魔道具はすべて売却、リュシー監督のもと中流階級向けの標準的な服を買い直せ!! 嫌なら家へ帰れ!!」


 リュシーは衣類のみ二着、公爵家で支給された召使い服を返却。唯一、公爵より褒賞として賜った細剣だけは手元に残したいとのこと。

 もちろんオーケーを出した。彼女はこの半年間、休みゼロで毎日働いてきたのだから、むしろ特別手当をもらったっていいだろう。

 しかもリュシーは貴人女性の護衛もできるよう訓練を受けており、正直エルダより即戦力になりそうだった。どんなに細く優美でも剣は剣、意外と重さがあるので、たとえ外見からは想像がつかずとも、彼女にはそれを振れるだけの筋力があるのだ。

 今までフラヴィエルダ嬢が優雅に家出生活を満喫できていたのは、間違いなくリュシーのおかげだろう。


 ぶちぶち不満を漏らしながら、エルダはリュシーと部屋を取りに向かった。

 アスファ少年は、何故かごついおじさんやお姉様達にいじくられている。今日と明日はエルダの身の回りの大片付けをせねばならないので、その間だけ一旦訓練は延期となり、先輩達にドーミアを案内してもらう流れとなったようだ。

 相変わらず口調はぶっきらぼうを気取っており、少年のツッパリ感が空回っていたけれど、何故か当初ほど不快感を覚えない。

 ……どう考えても、同じテーブルでごくごくもぐもぐしている爺さんのせいだった。


 この少年は、近くに最強毒抜きのバルテスローグ爺さんを置いておけば心配ないだろう。




◆  ◆  ◆




 部屋に戻るなり、フラヴィエルダは高ぶる感情のまま、銀杖を放り投げた。

 歩くたびきしむ床に、きつい目尻がさらにつり上がる。


「お嬢様。その杖はご実家に返却なさるお品ですので、粗雑に扱われるのは……」

「お黙りなさい!!」

「……」


 家から持ってきた装備品は基本、すべて送り返すこと。

 当然フラヴィエルダはこれに反発した。装備がなくてどうやって討伐者になれというのか。


『ギルドの支給品を安く購入させてもらうか、低ランク向けの装備品を扱っている店を紹介してもらえばいい。皆そうしている』


 涼しい顔でセナ=トーヤは言った。その程度の品がおまえには相応しいと愚弄されたようで、悔しさに歯ぎしりした。

 今日と明日はギルドから紹介された武器・防具店をめぐり、必要なものを揃え直して、本格的な指導は明後日から開始となる。

 こんなくだらない訓練などを、まだ続けねばならないなんて。

 もしや実家から妨害されているのではないか?


「……個人的な意見ですが、セナ=トーヤ様のご指示に、ご実家は関わりがないのでは」

「なぜそう言いきれるの。――あのような胡散臭い〝魔法使い〟ごとき、裏でどんな取引をしているのやらわかったものではないでしょう!」


 そう、これも不愉快な点だ。黒髪に黒い瞳、黄色がかった肌色という異国の容貌。耳慣れない家名だが、他国にはそういう名があるのかもしれないと、最初は軽く流していた。

 ところが、アスファという少年がセナ=トーヤの名について尋ね、そこで彼の正体が判明したのだ。


 正統な魔術士ですらない、野良の〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟。

 幼子に聞かせる御伽噺。あるいは子供騙しの説法で民衆の心をつかむ下賤な浮浪者。


「お嬢様。そのお言葉、次は人前で口に出されてはなりませんよ。あなたが『魔法使いですって、何故そんな詐欺師を』と仰られた瞬間、周りの方々がどのような反応をされたのか、つい先ほどのことをお忘れになったわけではありますまい」

「う……わ、わかっているわよ、おまえまでわたくしに指図しないでちょうだい!」


 あのアスファでさえ、あれほどやりこめられておきながら、〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟と聞いた瞬間、瞳を輝かせていた。

 噂に聞いていた通り、民衆は御伽噺が好きで、中には大人になってもそれを純粋に信じている者がいるらしい。

 物語に出てくる、まるで奇跡のような〝魔法〟の数々。現代ではそれがただの誇張や、無知な者が書き記したせいで正しく伝わらなかった歴史の一部と判明しているけれど、平民にはそれを知らない者が多い。


 その話を、初めて実感させられた瞬間だった。

 自分めがけて一気に集中する、周りすべてからの、濃密な敵意の視線――

 身の危険を感じ、咄嗟に口を閉ざしたが、今思い返してもゾクリとする。


「……今日は疲れたから、もう休むわ。夕食は部屋でとるから、あとで持って来て」


 こんな古びた安宿の、質の悪そうな寝台では落ち着いて眠れそうにないが、横になればそこそこ疲れは取れるだろう。

 フラヴィエルダは掛け布の手触りの悪さに顔をしかめ、溜め息をつきながら腰をおろした。


「…………」

「リュシエラ?」


 氷の視線に気付き、フラヴィエルダは訝しげに眉根を寄せた。


「……わたくしのことは以後、リュシーとお呼びください。お嬢様……いえ、エルダ様」

「――は?」


 フラヴィエルダは目を見開く。


「……何を言っているの?」

「わたくしとあなたは今、同等の関係です。ですので、夕食をお食べになりたければ、ご自分で取りに行かれますように」

「なんですって!?」


 リュシエラはふん、と小さく鼻で嗤った。

 つねに無感動で従順だった彼女の、初めて目にするその表情。


「おひとりで靴も履けない。着替えもできない。誰かに命じて運ばせなければ、食事もできないフラヴィエルダ様……あなたがご実家のお屋敷を出られた際、お父上が無理やりわたくしを付いて行かせなければ、おひとりでどうなさるおつもりでした? 無謀にもほどがあるでしょう」

「そ、それはっ、……ちゃんとすべて、自分でやるつもりだったわよ!」

「ご自分で宿を取ることもできないのに? そもそも宿の探し方はご存知でしたか? 馬車賃、宿泊料、食事料、武器や防具、その他装備類……相場はいくらぐらいなのか、あなたはちゃんとお調べになったことがありますか? おまけに、旅慣れない女のひとり旅など無用心の極みです。なのにあなたは、心配して付いてきてくださった護衛の方々も追い返してしまわれた」

「仕方ないでしょう! あの者達はお父様の部下なのよ、ことあるごとに家へ帰れ帰れとうるさいから……!」

「当然でしょう。あなたは、自力で立つ意味を欠片も理解なさっておらず、覚悟さえできておられない。そして今回の指導役の皆様も、あなたの言動からすぐにお察しになられたことでしょう。誰からも実力を認められている高位討伐者の皆様を貴族令嬢の感覚で見下し、〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟を好む民の前で〝魔法使い(レ・ヴィトス)〟を貶めた発言をする。ただの世間知らずで無謀なお嬢様が、大口を叩いておられるだけだと」


 リュシエラは、「戻るべきだ」と、今までひとことも言わなかった。だからフラヴィエルダは、彼女だけに同行を許していたのだ。

 せっかく与えた好意を仇で返されたような怒りが芽生え、フラヴィエルダはそれこそが理不尽な感情だとも気付かぬまま、憤りをぶつけた。


「おまえこそ、そのような口がきける身分だと思っているの!? ――移民の血統奴隷のくせに!!」


 自らの赤毛のように、血がのぼって真っ赤になった少女へ、リュシエラは変わらず冷ややかな微笑を向けた。


「ええ、奴隷ですよ。あなたではなく、旦那様の。ですから、あなたがあの方と無関係を主張なさる以上、あなたの命令に従う義務など、わたくしにはないのです」

「うっ」


 放った悪意がそのまま跳ね返り、フラヴィエルダは声をつまらせた。

 リュシエラは冷笑を深める。


「ですが、ご安心ください。あなたがこのまま負け犬となって、しゅんと項垂れてご実家に帰るつもりはないと仰るのなら――」

(かん)に障る言い方はおやめ!」

「これは失礼いたしました。――あなたがあきらめないと仰るのなら、靴の履き方、服の着替え方、宿のとり方、買い物の際の相場など、生活のために最低限必要と思われるすべて、わたくしの知り得る限りをお教えいたします」

「え……?」

「協力する、と申しあげているのですよ」

「……何を企んでいるの?」

「企む、というほどのことではありません。せっかく登録いたしましたので、この機会に、わたくしも真剣に討伐者を目指そうかと」

「はっ!? な、なんですって!? おまえ、奴隷がそんな勝手を許されると思っているの!?」

「勝手ではありません。旦那様からも許可をいただいております」

「い、いつ!?」

「ドーミアに来る直前です」


 フラヴィエルダは愕然とした。


「そもそもグレン様が『召使いの同行は許可しない』と条件を出されたのは、あなたの指導を引き受けてくださる前だったのです。ギルド長と辺境伯様がその旨を旦那様にお伝えくださり、その際のお手紙にて、確約をいただけました。もしもあなたが、この再研修期間を挫けずにやり通せれば、わたくしもあなたも、自由に生きることを認めてくださるそうです」

「お父様が……」

「逆に言えば――あなたが、途中で挫けて放り投げてしまえば終わり、です」


 もしフラヴィエルダが目標を貫き通せないようであれば、その時は公爵家に仕える者として、なんとしても令嬢を実家に連れ戻すこと。それがリュシエラに与えられた条件だった。

 甘い、とリュシエラは思った。既に半年を棒に振ったわがまま娘に、さらなる猶予期間を与えてやるとは。

 けれど指摘はしなかった。これはリュシエラにとってこそ、自由になる最大のチャンスだったのだから。


(このまま、しっかりやっている〝つもり〟のお嬢様を続けられるとは、思わないでくださいね?)


 セナ=トーヤは今までのギルド員や討伐者達とは違う。フラヴィエルダの実家を知りながら、微塵も怯まない。そんな人物がいるとは思っておらず、リュシエラは内心驚いていた。あの辺境伯でさえ、多少の遠慮はあったというのに。


(同等と言っていたけれど、あの四名の中で最も発言力を持っているのは彼で間違いない)


 このお嬢様にまともな教育を施せるかどうか。きっとそれはセナ=トーヤの、リュシエラに対する評価に繋がるはず。


「そういうわけですので、頑張りましょう。エルダ様」


 リュシエラ――リュシーは、ひっそりと嗤った。




◆  ◆  ◆




 ――なんてことがあったとかなかったとか。

 ちょっと物陰に隠れるだけで誰にも悟られない、隠密スキルのやたら高い諜報鳥から念話で報告を受け、瀬名の思考が一時停止した。


(やっべえ。どうしよう)


 暗黒(ダークサイド)の扉が開いてしまったようだ。

 だからその扉は危険だから触れるなとあれほど。


(……知―らないっと)


 瀬名は少しだけ悩み、小鳥からの報告を闇に葬った。




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