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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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50話 洗礼 (3)


 鉱山族(ドヴォルグ)――この世界版のドワーフは、小柄でヒゲモジャ、頑強、酒好きで鍛冶が得意。

 いつも汚れて汗をかき、豪快で大雑把な気性が、一見すればこまめな掃除洗濯等と結びつきにくいけれど、意外にも彼らは清潔好きで風呂好きだった。


 多くは陽の射さない地下空間内に町を築いており、疫病の予防などにことのほか気を遣ってきた歴史がある。もともと病にかかりにくい種族ではあるが、すべてに耐性があるわけではない。ゆえに職業柄、しょっちゅう汚れはするものの、必ず丁寧に洗い落とし、常に清潔な状態を保つ主義なのだった。

 そして意外性の極致だったのは、そんな彼らが酒の次に、フローラル系の香水を好んでいること。それは地下にはないものだからだ。

 花の香りの仕入れ先は精霊族(エルファス)――この世界版のエルフである。この世界のドワーフとエルフは、なんと仲が良かったりした。ドワーフはさまざまな鍛冶工芸品を、エルフは香水や薬などをそれぞれやりとりし、良好な関係を築いていたのである。

 爽やかな森林や甘い花の香りを好み、綺麗好きの清潔好きで、腹芸が嫌いな実力主義。一見すれば対極にありそうでいて、実はウマが合うのだった。


 そんなこの世界版ドワーフのバルテスローグは、凄腕っぷりがまるで想像できない、愛嬌のある爺さんだった。身長二メートルほどのウォルドと並べば、幼児並みに小さく見えて、余計に可愛らしい。けれど、神経はかなり図太いようだ。

 そして内心がまったく読めない。白髪たっぷりのヒゲモジャで顔が隠れているせいで、ますます読めない。

 状況はおそらくきっと理解できているはずなのに、一貫した我関せずっぷりが凄い。でも何故か許せる。そんな不思議爺さん。

 ほっこり和むのを惜しみつつ、瀬名は「さて」と頭を切り替えた。


「では、次の方。フラヴィエルダさん」

「な、なんですの?」


 波が引くようにさあ、と静かになった。

 ここに来てようやくフラヴィエルダは悟った――「こいつやばい?」と。しかしもう遅い。


「先ほどの話をおさらいしますが。あなたは決して道楽ではなく、本気で己が力を証明したいと考えているそうですね?」

「え、ええ」

「目標は優れた魔術士になること。しかし宮廷魔術士は女性に門戸が開かれていない。娘は政略の駒としてしか価値を見出されないものだが、親に決められた未来などに従いたくはない。ゆえに己の力を示し、己の意思で立つために、覚悟をもって家を出て、討伐者ギルドに登録した。――父も実家も、一切自分には関係がない、でしたね?」

「ええ、そうですわ!」


 わかりやすくまとめると、アスファ少年が肉を半分かじりかけた状態で「ん?」と顔を上げ、お嬢様に「何言ってんだこいつ?」と言いたげな視線を向けた。


(おや? 調子に乗ってなかったら、意外と察しが良いっぽい?)


 彼の反応は正しい。堂々としてご立派そうに、押しつけられた運命に抗う宣言をしたフラヴィエルダ嬢だったが、かなりおかしい箇所だらけだ。

 お嬢様と召使いを交互に見ながら怪訝そうにしているので、意味が難しくてきょとんとしているわけではなく、お嬢様の言い分の矛盾にちゃんと気付いている。少年への評価を、瀬名は密かに上方修正した。


「お話はよくわかりました。アスファ君とのお話しを聞いていたでしょうが、私は四人目の指導役を依頼されてここにいます。ですので私の立場は、グレン、ウォルド、バルテスローグと同じぐらいだと認識しておいてください」

「……わかりましたわ」

「リュシエラさん、あなたは今後どうされるつもりですか?」

「わたくし、ですか? わたくしは、お嬢様に従います」

「あなた自身は討伐者ギルドに登録をする気はない?」

「いえ、わたくしも登録をいたしました。そうでなければどこへも連れて行けないと、グレン様が仰られましたので」


 もう既に登録していたのか。

 グレンに目線で尋ねると、いまいましげに頷いた。さすがだグレン。

 瀬名は召使いに向き直る。


「つまり、もし登録せずとも付いて行けるようなら、登録しなかったと?」

「はい。以前の支部では、同行の際に登録を求められませんでしたので」

「当たり前でしょう。この者が討伐者になる必要などないのですから。けれどそれがここのやり方と仰るのですから、仕方ありませんわ」


 割って入ったお嬢様の言い草に、グレンは不愉快そうに切れ長の猫目を細めた。


(〝この者〟ときたか。……しかもこのお嬢様、どうもグレンが妖猫族(ケット・シー)っていう段階で舐めてかかってんな?)


 選民意識の強い貴族の中には、こういう小柄な動物系の種族を蔑視する者がいるとは聞いていた。

 一応は最高ランク討伐者に対する最低限の礼儀を守っているつもりのようだが、この調子では瀬名が到着する前にも、暴言のひとつやふたつ吐いているのではなかろうか。

 「たかが猫ごときが」とか、「何故こんな猫が」とか……


「――フラヴィエルダ嬢。私はたった今よりあんたを〝エルダ〟と呼び、丁寧語も使わない。リュシエラは〝リュシー〟と呼ぶ。あんた達も今後、人に名乗るときはエルダ、リュシーと名乗れ」

「なっ……」

「そしてエルダ。討伐者として活動する以上、そして同じ(ウィード)という立場上、アスファとリュシーはあんたと対等であり上下関係はない。よって彼らに対し、とりわけリュシーに、あんたから何かを命じることは一切禁止する。彼女に何かをしてもらいたい時は命令ではなく、お願いをしろ」

「なんっ……何を勝手な!?」

「何が勝手だって? ()()()()だろう。ギルド長やカルロさん達は、おまえさんのご実家に配慮して強く言えなかったんだろうがね。私には関係ないんだよ」

「!?」


 愕然とするお嬢様を横目に、瀬名は木製ジョッキを傾けてごくりと麦酒を飲む。

 正直、かつての冷えたビールとは比べ物にならず、味もあまり好みではなかったが、付き合いで何度か飲んでいるうちに慣れた。


「フラヴィエルダ=ノトス=バシュラール。父も実家も関係ないなら、なぜご丁寧にこれを名乗る?」

「は? わたくしの名前を名乗って、何がいけないんですの!?」

「支配的な実家と本気で縁を切りたくて、討伐者を目指した元貴族の子息令嬢はあんた以外にもいるが、彼らは家名なんぞ名乗らないし、ましてや爵位名なんて絶対に口にしない。没落していない現役の公爵家の娘だと自ら名乗るあんたは、世の中を甘く見た大貴族のご令嬢が、一時のわがままで家出しましたと自ら吹聴しているも同然なんだよ。いつでも実家に頼ることができます、ってな」

「そ、そんなつもり、わたくしはっ」

「次にリュシーへの態度。父が勝手に寄越した、つまり彼女の主人はバシュラール公爵であり、召使いの彼女は主人の命令に逆らえないともちろん知っているよな? あんたが『余計な真似をして』と怒りを向けるべき対象は公爵であり、拒否権のない召使いのリュシーではないともちろんわかっているだろう? 自分に逆らえない、反撃できない相手だと認識した上で、嫌味をぶつけたり八つ当たりをしたり好きに扱っているのなら、あんたは〝公爵が送り込んだ召使いの存在を公爵の娘として受け入れている〟わけなんだが、もちろん理解できているよな?」

「ッ!!」

「最後にあんたの、その装備。上から下まで最高級品で固めているけれど、その装備は誰が買った? もし公爵家の金ではなく、己の才覚で稼いだ金で購入したのなら悪い、勘違いだったと謝ろう」

「~ッッ!!」


 フラヴィエルダは茹であがったタコのように真っ赤になり、プライドを刺激された怒りと図星を指された羞恥とで、口をぱくぱくさせてあえいだ。

 しかしアスファ少年の時とは違い、誰も彼女に同情などはしない。怖いもの見たさを通り越し、「最後までここに残れた者は強者」と謎のチキンレースに突入した男達は、背後で聞き耳を立てながらうんうんと頷いている。

 ――自力で事業を興せるような才女ではないから、討伐者ギルドに登録した。

 身につけているものは上から下まで、自力で用意したものでは有り得ない。


「以上、あんたのやっていることが〝道楽〟と言われる理由だ。反論があるなら聞くけど?」

「わっ、……わたくし、は、……どう、道楽で、などっ……」

「道楽で討伐者などになりはしない?」

「もちろんですわッ!!」

「今ならまだ、しゅんと項垂れて実家に帰る道もあるよ?」

「馬鹿にするのも大概になさいませ!! 誰が帰るものですか!!」


 よし、言質はとった。瀬名はひそかにニマリとする。

 ないと思ったけれど、開き直って「ばかばかしい、こんなのしょせん道楽ですわ!!」とすべてを撤回されなくてよかった。


「…………」


 ふと、この国の結婚適齢期を思い出す。

 平民の女性なら、だいたい十五歳から十九歳。かつて三十過ぎても未婚、予定すらなかった〈東谷瀬名〉の記憶に照らし合わせて吐血しそうになるけれど、この国の女性は二十歳過ぎても未婚なら行き遅れと陰口を叩かれる恐ろしい世界だった。

 貴族令嬢はもっとシビアだ。だいたいは幼い頃から婚約者がいるものなので、成人とともに結婚というパターンが非常に多い。十七歳の彼女は、本当ならこんなところにいる場合ではない。


 となると、バシュラール公爵としては、彼女のやる気を削いで欲しいのかもしれない。世間知らずのお嬢様の幻想を砕き、しゅんと項垂れて実家にとんぼ帰りさせてもらい、せめて二十歳になる前には結婚させねばと望んでいるのかも。

 しかし公爵の事情はともかく、辺境伯やギルド長は純粋に戦力増強を望んでいるはずだ。グレンの連名で手紙が届けられた以上、ギルド長にも貴族におもねる思惑などないと見ていい。

 ならば瀬名が優先すべきはそちらのほうだ。

 もし公爵に、できれば娘を送り返してもらいたい隠れた思惑があったとしても、わざわざそこまで深読みして――それも単なる推測の域を出ないものを――叶えてやろうとする義理などない。

 というわけで、方針転換は不要、このまま続行といこう。





「さあ、教えた通りに繰り返してごらん?」

「…………」

「まさかついさっき教わった言葉をもう忘れたわけじゃないだろう? 実は忘れちゃいました、なんてことがあっても別に怒らないから、その時は正直にお言い? 大丈夫、呑み込みの良し悪しは人それぞれなんだから、いくらでも、丁寧に、きっちり教えてあげる」

「っっ……」

「ほおら、どうしたんだい?」

「ふ、ふざけ……こ、こんな、わたくしに、……た、ただで済むと……っっ」

「ただで済まない場合はどうなるんだろう? キミ、まさか誰かに『あの気に食わない平民に目にもの見せてやって!』とおねだりでもする気かな? まさかだよねえ、己の力を示すんだって張り切ってたもんねえ、いきなり他力本願とかないよねえ?」

「うううう~ッッ!!」



 …………ひそひそ。ひそひそ…………

 ……なあ。あれどっちが……

 シッ、言うな……

 …………ひそひそ…………



「ほぉら、言ってごらん? 嫌なら別にいいよ? 尻尾巻いてお帰り願うだけだからねえ。大丈夫、キミが敗者復活戦に参加する勇気もなく、お子様っぽく喚き散らして捨て台詞吐いて逃げちゃいました、残念ながら〝また〟不合格ですって、ギルド長達には私からちゃぁんとしっかり伝えておいてあげるからねぇ。何にも恥ずかしいことなんてないよぉ? なぁんにもねぇぇ……」

「…………ゎ、……ェ……」

「ん?」

「……しは、……と……」

「ん~? 何かなあ? 聴こえないよぉ~?」

「――――」

 

 だん、とテーブルに手の平を叩きつけて勢いよく立ち上がり、


「わっ、――わたくしはッ、エルダと申しますッ!! ウォルド様、グレン…様、バルテスローグ、様、セナ、様、アスファ、リュ、シー、……こっ、これからよろしく、お願いいたしますッッ!!」


 どす、と勢いよく座り込んだ。真っ赤な顔でぶるぶる震えつつ、ぜえはあ息を切らしている。



 ターゲット、撃破。

 瀬名は心から満足げな笑みを浮かべた。



「ああよかった、君達が快く挑戦してくれる気になって! これで心おきなく訓練を開始できるね! 安心してくれていいよ、基本メニューは私が考えるから!」

「ぅえッッ!?」

「えぇッッ!?」


 そう。挨拶が終われば、次は訓練があるのだ。わかっていたはずではないか。

 これで終わりではない――少年と少女から一気に血の気が引き、先ほどとは別の意味で小さく震え出すのだった。


(……なあ、グレンよ? 本当にこれでよかったのか……?)

(あー……なるようになるだろ……多分)


 遠い目で語り合う男達の声なき声は、いつになく上機嫌な魔法使いには届かなかった。




初めて来てくださる方も、いつも読んでくださる方もありがとうございます。

話数の累計で前話、タイトルで今回が50話目……なのですがその50話目がこれでアレでいいのか主人公。

瀬名の夢見る平穏スローライフへの道のりは遠そうです。

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