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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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49話 洗礼 (2)


 この世界には神殿があり、神官の間には神聖魔術が伝わっている。

 神聖魔術は回復、浄化、解呪、守護、補助などに特化している魔術だ。

 その中に死者蘇生(リザレクション)は存在しない。これはARK(アーク)氏に確認済みだった。

 死んだら死ぬ。次はないからこそ、慎重になる。たったひとつしかない命を担保に、無謀な賭けを実行に移すことなどできはしない。

 アスファ少年は、瀬名以上にそれが理解できていなかった。よくある少年らしい単純さと潔癖さで、慎重さを臆病と断じ、彼にとって一番大切なのは〝かっこよく振る舞うこと〟だった。

 そしておそらく、彼が討伐者を目指すのは〝生きるため〟ではない。

 〝憧れている〟からだ。


≪ねえARK(アーク)さんよ。この坊やひょっとして、凄く平和な環境で育ったんじゃない? あんまり貧しくない村人とか、商家の息子とか≫

≪仰る通りです。先ほど受付の書類で彼の出身地を見ましたが、実り豊かで、ごく平和な農村ですね。税率も厳しくはなく、魔物との遭遇率も低い領地です≫

≪やっぱりか≫

 

 最も許せなかったのは、この少年が指導役の三人に対し、敬意のかけらも抱いていない点だ。

 瀬名を年下のガキと端から決めつけ、「お坊ちゃんが遊びに来てんなら帰れ」と言い放つぐらいである。グレンやバルテスローグのことなどは、しょせん自分より小柄な猫に爺さんだと下に見ているだろう。

 最高ランクとは素人の若造のご機嫌取りをしてやるほど、お手軽でお安い存在ではないというのに、それがわかっていないのだ。


(……そうだよね。たかが子守に聖銀(ミスリル)クラスを揃えるほどのことなんてないのに、どうしてこの面子を?)


 お嬢様対策でそうしたなら、この坊やは別の誰かに任せてもいいだろうに――瀬名は不意に疑問を覚えた。


「え、えらそ、に……てめ、何様……」


 アスファ少年が声を絞り出そうとするが、怒りで沸騰し、それ以上言葉が出なくなったらしい。感情のままに暴走する、語彙の貧相なお子様にはありがちなことだ。


「私は面接官様だとさっきから言っているんだが? ――おまえが選択できる道はふたつ。ひとつは『ふざけんなやってられっか!』と負け犬の捨て台詞を吐いて退場、討伐者資格の永久剥奪。もうひとつは新人らしく、きちんと挨拶をし直すこと。――『はじめまして、アスファです。歳は何歳です。武器は剣を扱います。よろしくお願いします』だ。ふたつにひとつ。どちらがいい?」

「…………ッッ!!」


 アスファ少年はぎり、と歯を食いしばり、瀬名を睨みつけてくるが、瞳の奥には隠しきれない不安を湛えていた。この時点で反射的に「やってられっか!」と叫ばない程度には判断力があったようだ。

 永久剥奪うんぬんはもちろんハッタリである。この坊やはギルドにとって〝できれば鍛えたい素材〟らしいし、勝手に言っちゃったらまずいかなあと思いつつ、しかしこの期に及んで「やってられっか!」と逆ギレするような考えなしのお子様なら、早々に見限って別の新人教育に力をそそいだほうが建設的だと瀬名は思うのであった。


≪でもこいつ、ここまでコケにされてもさっさと退場しないってことは、ハンター以外に選べる道がない奴っぽいね?≫

≪考えられるのは、「俺はこんなちっぽけな村で終わりたくねえ、もっと広い世界に出て成功してやるぜ!」と大口を叩いて故郷を飛び出したケースでしょうか≫

≪男の子の家出あるある! そりゃ、手ぶらじゃ帰れんわー≫


 小鳥と念話で話している間も、チクタクチクタクと時間は経過しているのだが、アスファ少年が捨て台詞を吐いて消える様子はない。


「……ねえ、歳ぐらいどうだっていいんじゃないの? あたしら女じゃあるまいし」

「そんなにこだわんなくていいでしょ? すぱっと済ませちゃえばいいのに」

「わかってねえな……そうじゃねえんだよ……」

「こだわってるのはそこじゃねえんだよ……」


 沈黙と緊張感に順応してきたのか、コソコソ話が聞こえてきた。

 たくましい連中である。

 そう。瀬名もアスファ少年も、こだわっているのはそこではない。

 アスファ少年は俺カッコイイぜとばかりに、「はっ、誰が答えるかよ!」と人の質問をはねのけた。その、はねのけた質問を綺麗に拾われ、きっちりすべて正しく答え直すように突きつけられているのである。その内容がたまたま〝年齢〟だっただけだ。

 はっきり言ってこれは恥ずかしい。ひそひそ声が言っていたように、内容はたかが年齢。女性ではあるまいし、こだわる必要も隠す必要もない。ゆえにこそ、俺カッコイイが一転して俺カッコワルイになってしまったのだ。男の子のプライドはずたずたである。

 それでも、捨て台詞は叫ばない。相変わらず強気な視線を瀬名に向けてきてはいるけれど、どちらかといえば瀬名に対する敵意より、己の中の葛藤と闘っているような気配がある。

 プライドを優先するか否か、多感で潔癖な少年が踏みとどまり、内心せめぎあっている様子だった。

 討伐者以外に仕事がない、もしくはほかの仕事の選択肢がなくもないけれど、どうしても討伐者になりたい。

 反発したいけれど、ここでキレて喚いたらその道が閉ざされてしまう――


「俺は…………アスファ、です……」


 しばらくして、天秤の傾きは定まった。


「得意武器は、剣……歳は、十四……もうすぐ十五になる…………よろしくお願いしますッ!!」


 最後はほとんど自棄になって叫び、倒れていた椅子をひっつかんで戻すと、音がする勢いでどっかりと座りなおした。そして心底悔しそうに歯ぎしりしながら睨みつけてくる。

 ちょっと悔し涙が滲んでいるかもしれない。


 ――どわ、と店内が沸いた。


「すげえぞ、頑張ったな坊主!」

「よく言えた坊主、えらいぞ!」

「姉ちゃんあの坊やに麦酒一杯!」

「俺からも一杯!」

「あのテーブル全員に一杯やってくれ!」

「腸詰肉も追加でな!」

「あいよ!」

「いやあ悔しかったな坊や、でもよく耐えた!」

「これで一歩大人になれたなっ!」

「怖かったな坊主、もう大丈夫だぞっ!」

「――――ぅうるせええええええッ!!」

「わははははははは!!」

「ギャハハハハハハ!!」

「…………~ッッ!!」


 あっという間にテーブルの上は、大量の酒やおつまみでいっぱいになった。

 アスファ少年は真っ赤になってぶるぶる震えていた。やっぱり涙目になっているかもしれない。


(あ、あれえ? おかしいな。こんなつもりじゃなかったのにな?)


 あと二~三発ぐらいシメの追撃を喰らわせてやるつもりだったのだけれど、この状況でそれをやれば単なるイジメになってしまいそうだ。


(うーん……仕方ない。日を改めるか)


 取り止め? もちろんしないとも。

 矯正する以上は手抜き御法度。出る釘はしっかり叩いておかなければ、緩んでぐだぐだになってしまうではないか。


≪マスター。用法と解釈その他を誤っているかと思われます≫


 小鳥が心の中で何事かをさえずっていたようだが、聞き耳を立てていたおじさま達がもうすっかり大賑わいになってしまったので、瀬名はそちらに気をとられた。

 しかし討伐者の皆さんは太っ腹というか、ノリがいい。

 意図した展開になったようなならなかったような。


「まあいっか……」


 つい呟きが漏れたけれど、かすかな声は野太い笑い声の嵐に消えた。


「じゃあ、私も挨拶し直すかな。――初めまして、私はセナ=トーヤ。十六歳です。どうぞよろしく」

「十六!? 二個も上!?」

「まあねえ」


 この国では遅生まれ、早生まれといった概念はなく、年上、年下は満年齢で区別する。

 だからもうすぐ十五歳になるとしても、アスファ少年は現時点で瀬名の二歳年下となるわけだ。


「嘘だろ~……」

「わはははは、やられたな坊主!」

「思い込みで行動したら危ねえんだぞ~?」

「そうそう。今度から喧嘩売る前に、よくよく相手を観察しなさいねぇ」

「ううう~……」


 ガキ扱いしていたら、まさかの年上。だからといって、そこで一番ショックを受けることもなかろうに、年頃の男の子は単純にして複雑である。

 瀬名は肩をすくめ、ぬるい麦酒で喉を潤した。


 一匹撃破。

 ターゲット、あと一匹。


「ほりゃ、坊主。呆けとらんで喰え喰え」

「あ、ああ……っておい爺さん、これぜんぶ俺がもらったモンじゃねーかよ! なんであんたがほとんど喰ってんだよ!?」

「遠慮せんでええぞ~」


 …………。

 ローグ爺さん、何をやっている。


 バルテスローグは、アスファ少年が獲得した戦利品に堂々と手を出していた。

 口が小さいので小動物の食事風景を髣髴とさせる。しかしひたすらもぐもぐもぐと食べているだけでなく、同じぐらい飲んでもいるので、既に結構な量をたいらげているのだが、口の構造と胃袋の容量はどうなっているのだろうか。

 なごむ。

 楽しそうだな、混ぜてもらいたいな、とつい思ってしまうのだった。




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