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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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48話 洗礼 (1)


 ここまでのやり取りだけで、ギルド長ユベールが辺境伯に相談し、瀬名へ助っ人依頼が届き、指導役の面子が予定より過剰に豪華になっている理由がはっきりとした。

 討伐者ですらない瀬名に話が来るわけである。これらをどうにかするには、瀬名以上にうってつけの人材はいない。無駄に態度のでかい少年と、つんと居丈高なお嬢様を交互に眺め、胸もとにあるプレートの感触を意識した。

 アスファ少年はともかく、厄介なのはお嬢様のほうだ。現役の貴族で、それもこれほど高位の令嬢が討伐者ギルドに登録したためしなど、未だかつてないだろう。

 当人は「実家は関係ない」と主張しているが、信用できるものか。実家のほうはそう思っていない可能性が大である。今までの指導役達も、このお嬢様の取り扱いには難儀したことだろう。


(どこまで厳しくすればセーフなのか全然判断つかなかったろうし、これ矯正すんのすっごく厄介そうだよね……。とにかく、カルロさんがこいつの実家から難癖つけられないようになるべくお上品に振る舞っといたほうがいいかな)


 しかしここは討伐者ギルド。仕事の内容は危険な地域への採集、魔物や盗賊団の討伐、商隊の護衛依頼などであり、お上品で居続けるにも限界がある。

 ならば逆に、それっぽい訓練でお茶を濁しながら、あえて野蛮なところを見せてさりげなく里心を煽っていく方向で……


「討伐者じゃねえっつーんなら、なんでここにいるんだよ? そんな弱っちそーで何の役に立つんだ? てめえこそ、お坊ちゃんが遊びに来てんなら帰れよ」

「まったくですわ……最高位の方が複数名ご指導くださるというから、()()()期待させていただいたのに、まともな方はウォルド様おひとりぐらい。あとはこんな頼りにもなりそうにないご老体と、たかが猫だなんて……馬鹿にするにもほどがありますわ」

「――ぁ?」


 誰かが、「ひっ…」と小さく悲鳴を発した。それを皮切りに、店内にざわわ、と恐怖が伝染する。

 彼らは知っていた。最後の「ぁ?」を口にした人物が、他でもない〝魔法使い〟であったことを。


(な、なんだ?)

(な、なんですの?)


 さすがに鈍いこの二人も、店内の妙な空気に気付いたようだが、時既に遅し。

 何かが、ぶちぶちぶち、とブツ切れる音がした。





 それは例の魔法使いが、豆の鞘を五つか六つ、まとめてちぎる音であったが、誰の耳にも違う音に聴こえた。

 もっと何か得体の知れない、恐ろしい何かをちぎる音に聴こえた。


「ふ、ふふ……」


 とどめに、微かに響く笑い声。店内は再びシン、と静まり返り、呼吸すらできぬほどの恐怖と沈黙が支配した。


 ――やべえ、ここ戦場になる!?

 ――くそッ、逃げそびれちまった……!!

 ――もう遅い……ハラぁくくろうぜ……。


 そんな、悲壮なアイコンタクトがちらちら飛び交う。


「……グレン君。ウォルド君。ローグ爺様」

「なな、なんだ?」

「?」

「なんぞや?」

「いま私は少々イラッときている。心の赴くままに〝お話し〟しても、後々きみらの問題になったりしないかね?」


 矛先が自分達には向いていないと知り、グレンとウォルドはあからさまにホッとした。


「あ、ああ、なんだそんなことか。ビビらせんなよ。――いいぜ、好きにやれ。むしろそれを期待しておまえさんに来てもらってんだからな」

「お、おい、グレン。本当に大丈夫なのか?」

「カルロの旦那とユベールの旦那にも了承済だ。こいつらは心と鼻をバッキバキに折ってやれば、いい具合になるだろってな」

「ほひょ。あれじゃの。通過儀礼ちゅうヤツじゃの。ええぞやってまえ」

「声援ありがとう」

「おまえらな……」


 この中で一番常識人なウォルドだけは止めたそうにしていたが、残念ながらこの世の物事は大抵、多数決で決まるのである。

 よって、瀬名は心おきなく、怪訝そうにしている二人のほうへ向き直り、満面の笑みを浮かべた。リュシエラだけは冷や汗を浮かべてお嬢様に忠告したそうだったが、聞く耳持たない主を持つと召使いは大変そうだ。


(公爵家が横槍入れてきたらどうする? ――知ったことか)


 もし今回の〝教育的指導〟に難癖をつけてくるような愚物だったなら、ありとあらゆる手段を行使し、全力で叩き潰してくれる。

 瀬名の、かつてないにこやかな笑顔を不幸にも目撃した人々は、「あ、これ殺る気だな」と悟り、いつでも退避行動を取れるように準備を始めた。


「では、改めて〝面接〟を始めようか――アスファ君、フラヴィエルダ君」

「はっ?」

「面接、ですって?」

「そうだよ。何だと思っていたのかな? 無能なアスファ君と、無能なフラヴィエルダ君」

「なッ、なんですって!?」

「馬鹿にしてんのかてめぇ!?」

「事実だろう?」


 瀬名のいっそ優しげな声色に、誰かがブル、と腕をさすった。


「まず私の立場をはっきりさせておこう。――私は討伐者ではないが、君達の指導役の一人であり、面接官だ。すなわち、私には君達の合否を決める権限がある」


 ということにした。誰が後で何を言ってこようが構わない。いざとなれば、瀬名には無敵のご印籠がある。


「そうでなければここにはいない。そのぐらい考えればすぐわかることだろうに、君達は随分な態度をとってくれたものだ。実に軽率だと思わないか? 私が何者かも知らないというのに」

「うっ」

「そ、それは……」

「私の心証を害すれば、君達が討伐者として上の位に行ける日は決して来ない。まずはそれを肝に銘じ、口のきき方に気を付けることだ。わかったかね?」

「……ッ!!」


 悔しげに唇を噛む少年少女。

 はたから見れば、前途ある若者達をもてあそぶ悪徳面接官の図であった。


「次に君達の立場もはっきりさせておこう。お粗末な君達のおつむでも理解できるよう、大事なことをもう一度言っておくが、君達は既に最長半年の訓練期間を終えてさえ合格点をもらえず、現時点でれっきとした最下位ランク。大きな口を叩けるような立場ではまったくないのに、それすら理解できていない、無能だ」

「ぐっ……」

「うう……っ」

「しかも、敗者復活の機会を与えられながら感謝もせず、最高位にある指導役達にケチをつけるなんて、周囲からどれほど失笑を買う行為だったか想像もつかない間抜けっぷり」

「わ、わたくしは無能などではありませんわッ!! 無礼にもほどがあるでしょうッ!!」

「事実を正しく言っているだけだ。アスファ君もフラヴィエルダ君も、鈍くて浅慮で注意力散漫――」

「うるせえよっ!!」


 少年が真っ赤になり、テーブルにバシンと手の平を打ちつけた。勢いよく立ち上がった拍子に椅子が倒れ、食堂内に結構な音を響かせる。

 こういうのをテンプレートな反応と言うんだっけか。呆れながら、瀬名は自分でも薄ら寒いと思っていた笑みを消した。

 少年がぎくりとして半歩下がり、ますます周囲の空気が固まったような気がするけれど、何故だろう。せっかく胡散臭い作り笑いをひっこめたというのに。


(おや、グレン君、ウォルド君。なぜ椅子をそっちへ移動させようとしているのかね? そんなに離れなくても別にせまくないよ?)


 ローグ爺さんは店員のお姉さんをつかまえ、麦酒の追加注文をしていた。なごむ。

 ただ、お姉さんの顔色がちょっと悪そうなのが心配だ。酒飲みが多過ぎて、在庫が少なくなっているのかもしれない。

 まあいい。外野は気にせず続けることにしよう。

 瀬名の情け容赦は、この時点で一切がドブに捨てられていた。

 二人いっぺんに相手にすると収集がつかなくなりそうなので、各個撃破に移行する。

 ご身分が厄介そうなお嬢様は後に回し、最初の標的は少年からだ。


「お、……俺は、ちゃんと訓練をこなした!! 無能なのは俺じゃねえ、前の指導役の連中だ!! あいつらがまともな評価しやがらねえから――」

「黙れ」

「っ……」

「アスファ君にもう一度質問しよう。結局、さっきちゃんと答えてくれなかったからね」

「な、なんだよ?」

「きみの歳はいくつ?」

「――は?」


 少年はきょとんと目をまるくした。


「年齢は何歳?」

「は? え?」

「生まれてから何年経つ? だいたいでもいいよ」

「な、なんだよさっきから?」

「アスファ君はいくつ? 何歳? 生まれてから何年ぐらい経つ? それとも、もしかして質問の意味が理解できないかな?」

「なっ、――馬鹿にすんじゃねえ!!」

「またそれか。君は随分〝馬鹿〟という言葉が好きだな。私はさっきから、年齢は何歳だ、と質問をしている。何度も、繰り返し、ここまで丁寧に訊かれなければ、まともに質問の内容を理解することもできないのか、と訊いた」

「な、……、……ふ、ざけ…………だから、そんなの、どうでもって……」

「とても素晴らしい模範的な珍回答をありがとう。実に見当違いで礼儀のなっていない新人の代表格たる挨拶だった。家計を助けるために採集依頼をこつこつこなす子供達でさえ、ぼくは十一歳です、あたしは十二歳よ、ときちんと答えられるというのに、きみは自分の頭がそれ以下だとわざわざ自己申告してくれたわけだ」

「ぐっ」


 少年の顔がますます真っ赤になった。

 瀬名の頭にあるのはもちろん、トール、レスト、ミウのグループだ。他の討伐者達も彼らの礼儀正しさを思い浮かべたのだろう、相槌を打つ者がちらほらいる。


「討伐者は実力主義? 歳は関係ない? 誰もそんなことを尋ねてはいないのに、誰もが知っているただの常識をどうしてわざわざ口にする? ――どうせ先輩の討伐者達に、ガキだの若造だのとさんざん言われて気にくわなかったんだろう。どうして彼らがアスファ君をガキと呼ぶのかを教えてやる。見た目が若いから? 彼らより年下だから? そんなありきたりな理由じゃない。おまえの言動、礼儀のかけらも知らない態度が、十歳程度の子供より世間知らずでガキっぽいからだよ」

「――っ!!」


 少年はぶるぶると震え、血管が切れそうな形相で拳を握りしめていた。

 瀬名は何も大袈裟なことなど言っていない。この少年の言動と比較すれば、実際に(ウィード)として小金を稼ぐ子供達のほうが大人だった。

 

 何年もプロの討伐者達を見てきているだけあって、彼らはそれが危険と隣り合わせの仕事だとよく知っている。ただでさえ小さな子は魔物だけでなく、悪質な大人からも狙われやすいので、常に警戒を怠らず、身の危険に対する感覚を養っていた。

 最も安全と思われる依頼であっても、油断すれば死の危険が迫ると肝に銘じ、無謀な真似はしない。そういう下地があるからこそ、幼い頃からギルド登録をしている子は、長じて優秀なハンターに育ちやすかった。

 己の年齢がはっきりしない孤児も、年齢を問われれば「たぶん何歳くらいかな?」と、何も構えずさらりと推定年齢を答える。それはごく自然な問いかけであり、ただの挨拶であり、傷ついたり怒ったりするほど重大な話ではない。ガキ扱いをことさらに嫌がり、そう呼ばれるたびに腹を立てる者は、彼らと比較され、余計に子供っぽく見られるのだ。

 外見や実年齢ではなく、その中身が。


(馬鹿にしてるのか、って? おまえこそ、討伐者ってやつを舐めてかかってるだろ。討伐者はゲームの職業(ジョブ)じゃない。死んだら死ぬ。リセットも蘇生もないってのに)


 アスファ少年の〝問題〟がどのあたりにあるのかピンときた。

 多分彼は、命令違反をする。

 指導役の指示をまともに聞かない。反抗したがる。自分の実力とやらに無駄に自信があり、危険だと警告されても、度胸試し的にやってしまう。

 同年代の一般的な少年と比較すれば、腕っぷしは強い部類に入りそうだ。少年らしく細身だが、身体つきはしっかりしており、名乗った時に剣を手にする様子が馴染んでいたので、最低でも何年かは素振りなどで鍛えていそうだ。

 ただし討伐者になる以上、ちょっと強いだけでは足りない。周囲の状況の把握や、危機管理能力も必須だ。ランクアップできないということは、総合的に見て「こいつをこのまま上のランクにしたらすぐ死ぬ。多少腕に自信があっても自衛はできない」と判断されたわけである。


(苛酷な環境で生きてきた現地民のあんたのほうが、平和ボケ大国出身の私よりボケててどうすんだよ)


 危険に対する認識も甘ければ、これから職を得ようというのに甘ったれた態度のお子様に、世の中の厳しさを思い知らせてくれる。

 適切な受け答えができなくて就職活動なんぞできるか。

 礼儀のなっていない舐めた態度の新人が世間を渡っていけるか……!!




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