47話 十六歳、暗雲漂う初顔合わせ
最後に到着した瀬名のために、改めて新人の自己紹介タイムが始まった。
まず名乗ったのは、十代半ばほどの少年。以前は西洋風の容貌が誰も彼も大人っぽく見えていたけれど、今は慣れて判別できるようになっていた。
スポーツが得意そうな、瀬名と趣が異なるワイルド系のアイドル顔。焦げ茶の髪に、夕暮れ間近の空を連想させる群青の双眸がなかなかに目を惹く。
美少年と呼ぶには大袈裟感があるけれど、同年代の女子からは「かっこいい」と頬を染められ、年上のお姉様からは「カワイイ」と愛をもっていじられそうな顔立ちだ。
ただし。必ずしもそれが好印象に繋がるとは限らない。
「俺はアスファ。武器は剣」
「……」
「……」
「……で?」
「ああ?」
もう一言ぐらいないのかな? と声をかけた瀬名に、ぶっきらぼうにガンを飛ばしてきた。
何か後に続けるのかなと待ってみたのだが、さっきのあれで終わりだったらしい。
新人? そのはずである。
よほど童顔でない限り、今の瀬名と同い年ぐらいの少年だ。
そして手練れには見えない。
己の目が節穴かもしれない可能性を考慮し、二度見、三度見してみたが、やはり印象は変わらなかった。
姿勢や仕草や、雰囲気その他でわかる。この少年は童顔の大人ではなく、子供で、初級者だ。
加えて解説するならば、背伸びしたい盛りの少年が、「こういう態度が大人っぽくてかっこいいだろ」と勘違いして突っぱる「アイタタ!」な言動にしか見えなかった。
何故だろう。ごく普通に始まった自己紹介タイムが、いきなり暗礁に乗り上げた気がする。
「アスファ君ね、わかった。歳はいくつ?」
話題のひとつとして尋ねてみたら、アスファ少年はどことなく嫌そうな表情を浮かべ、
「討伐者は実力主義だ、歳なんざ関係ねーだろ。おまえこそいくつだよ。俺よりガキじゃねーか」
と、いかにも年頃の潔癖な少年らしい、とんがった台詞を返してきた。
なんだか、「こんなに若くてやっていけるのか?」とか「このガキにゃムリだろ」とか、さんざん言われるたびに反発してきた過去を髣髴とさせる反応である。
彼らの基準で童顔の瀬名は、確かに十三~四歳ぐらいにしか見えないだろう。だが人に指摘する前に、相手の質問に答える気はないのだろうか。
しかし、ひょっとしたら育った環境が劣悪で、初対面の相手への正しい挨拶や言葉遣いを誰からも教わることができなかっただけかもしれないので、念のために確認した。
「一応訊いておくけれど、〝丁寧語〟って知ってる?」
「――はぁっ!? 馬鹿にしてんのかよ!」
キレやすいチンピラのごとく怒り出した。
結論。――だめだこの子、会話にならない。
気を取り直して、次へ行こう。
「わたくしはフラヴィエルダ=ノトス=バシュラール。十七歳、第八階位の魔術士ですわ」
瀬名はくらりとめまいを覚えた。
暗礁に乗り上げそうになったと思ったら、まさかの魚雷がきた。
道理で、瀬名がテーブルにつく前から、終始やたら不愉快そうに眉をひそめているはずである。
気位が高そうなお嬢さんだなと思っていたら、冗談抜きで本物のお嬢様か。しかも〝ノトス〟とは――
デリケートな話題だったらまずいので、念話で小鳥さんに訊いてみた。
≪ノトスって確か、公爵家のミドルネームじゃございませんでした?≫
≪仰るとおりです≫
≪この国の公爵家で、最近没落しそうな家ってあったっけ?≫
≪ありません。中位以下の貴族ならまだしも、王家に次ぐ最高位の公爵家はそうそう没落などいたしません。国が揺らぎます≫
≪だぁよねえええ?≫
腰の位置まで伸ばしたゴージャスな赤毛。波打ち揺れて毛先まで艶々ときらめき、つり目がちの双眸は濁りのない紅茶色。
仕立ての良さそうなワンピーススカートに、魔術士の定番とも言える深い紺色のローブは金糸の紋様入りで、防寒だけではなく防魔にも優れていそうな、おそらくは一品ものだろう。
極めつけに杖。ゴテゴテした飾りはなく、シンプルで機能美を追求した美しい銀杖の先端には、透明でくもりのない魔石がはまっていた。デザインといい質といい、これも一般の武器店にはそうそう並ばないものである。服装と併せ、まともに購入しようと思ったら、かなりの金貨が飛ぶはずだ。
健康的でハリのあるすべらかな肌。指先までよく手入れされ、美しく形をととのえられた珊瑚色の爪。
――生活の困窮した没落貴族の元お嬢様では有り得ない。現役の超お嬢様だった。
ツンと澄ました気位の高さは、庶民の活気に満ちた食事処にまるでそぐわず、瀬名とアスファ少年が言葉を交わしている最中も、ずっと不躾な値踏みの視線を彼女の方角から感じていた。
「わたくしには、何かお尋ねになりたいことはありませんの?」
「はあ……いろいろありますが、とりあえず後でいいです」
「――っ!」
お嬢様は気の抜けた返事をする瀬名をキッと睨みつけ、次に「ふん、これだから無知で粗野な平民は」と小さく毒を吐いた。
≪わー、本物のワガママ貴族令嬢に会っちゃったよ! 騎士団にもこういうタイプいなかったから、なんか新鮮~……。この子、何を言いたかったのかな?≫
≪先ほど〝第八階位の〟とわざわざ申告していたでしょう。そこで「えっ!?」とびっくりして欲しかったのではないでしょうか≫
≪はいぃ?≫
≪十二階位まである中で、この国の最高位が十一階位の宮廷魔術士でしょう。八階位は立派に高位魔術士ですよ≫
≪もしや、わたくしのレベルこんなに高いのよ自慢? あ、あほらし……≫
≪無意味ですのにね≫
≪ほんとだよ。あほらしいから次いこう、次≫
最後のひとり。こちらは二十歳にはなっているだろうか。位置的にフラヴィエルダお嬢様の隣になるけれど、妙にテーブルから椅子を離しているのが気になる。
褐色の肌、長い灰白色の髪、アイスブルーの目。出るところの出ている苛烈な印象の強いお嬢様と異なり、スレンダーでやや長身、湖水に浮かんだ月を連想するエキゾチック系の美女だった。
「わたくしはリュシエラと申します。フラヴィエルダお嬢様の身の回りのお世話をさせていただいております。どうぞよろしくお願い申しあげます」
褐色の肌のスレンダー美女は立ち上がり、スカートの前に手を重ね、ゆっくりと上品にお辞儀をした。
モスグリーンのローブは、何の変哲もない普通の素材。腰には女性向きの繊細な装飾を施された美麗な細剣。服も武器も、お嬢様が身につけているものより数段質は落ちるが、そこらの平民と比較すれば明らかに上物だった。
(お嬢様のお世話、って)
なるほど、だから〝問題児が二名〟となるわけか。呆れて物も言えないとはこのことだった。
アスファ少年も大概だったが、このお嬢さんも討伐者を何だと思っているのだろう?
「それで? わたくし達は全員名乗りましたわ。あなたはいったいどなたなのかしら?」
リュシエラが名乗るところをイライラしながら聞いていたご令嬢が、さっさと話を変えろとばかりに険しい声を放った。――どうも、主従仲はあまりよろしくないようだ。
手紙によればアスファとフラヴィエルダの二人は、もとは他支部の討伐者ギルドで登録をしており、今回大人の事情があれこれ絡み合った結果、ドーミア支部で引き受ける展開になったらしい。
ゆえに、つい先日越してきたばかりの彼らは、〈黎明の森〉の魔女の噂も、そのお使いの少年の存在も、まるで知らないのだった。
普通なら和気あいあいとした雰囲気の店内で、他にも客の姿があるというのに、このテーブルにいる人間の声だけがやけにはっきり響いている異様な状況に、二人だけがまったく気付いていなかった。
誰もが耳をダンボに変えて、しーんと静まり返っている。周囲の客から漂ってくるおかしな空気を、リュシエラだけは感じ取っていたが、お嬢様にどうお伝えすればいいか迷っているふうだった。
(うわー、やりづらいだろうなあ。すぐ癇癪起こしそうだもん)
リュシエラに同情しながら、瀬名は口をひらいた。
「では、改めまして。私はセナ=トーヤです。どうぞよろしく」
「……失礼ながら、非常にお若く見えるだけで、わたくしより年上の方なのかしら? それなりのお立場でいらっしゃるのでしょうし。もしや、あなたも聖銀の討伐者の方なのかしら?」
ぎょ、とアスファ少年が目を瞠った。年下のガキと頭から決めつけていたので、その可能性を考えもしなかったのだろう。
瀬名は苦笑をこぼした。
「いいえ。私は討伐者ではありませんよ」
「? ……ではいったい、どのような?」
「その話をさせていただく前に、私のほうからも質問があるのですが」
瀬名はリュシエラと名乗った女性に視線をやる。
「召使い同伴で討伐者登録を?」
「――わたくしが連れて来たわけではありません。父が勝手に寄越したのですわ」
リュシエラを忌々しそうにねめつけ、フラヴィエルダ嬢は吐き捨てた。きつい視線を受け、リュシエラは半分ほど瞼を伏せる。
瀬名は内心「おいおい」と天を仰いだ。
「……つかぬことを伺いますが。今まで会った討伐者から、『お嬢様の道楽ならやめろ』と忠告されませんでしたか?」
「道楽ではありません! わたくしは自らの力を証明するために、討伐者ギルドに登録したのです!」
フラヴィエルダ嬢は瀬名をキッと睨みつけてきた。つまり忠告されたことがあるようだ。
だからなんでイエスかノーかで言わないんだ、こいつも人の質問にちゃんと答えない奴だな、と瀬名はうんざりしてきた。
「自らの力の証明?」
「ええ、そうです。わたくしは幼い頃より、優れた魔術士になることを目標に努力を重ねてまいりましたの。けれど宮廷魔術士は女性に門戸が開かれておらず、娘は政略の駒としてしか価値を見出されません。わたくしは望む道を塞がれ、勝手に決められた未来などに従いたくはないのです」
「…………」
「己の力を示し、己の意思で立つために、わたくしは覚悟をもって家を出ました。ですので、父も実家も、一切わたくしには関係ありませんわ……!」
「……なるほど」
つまり家出娘か。どうしようこれ。
お嬢様の未来さえ切り拓ければ、連れ回している召使いの未来はどうでもいいのだろうか。
≪この子ひょっとして、アホの子?≫
≪アホの子ですね≫
ゲームの魔術士は、知性の数値が魔力の最大値や威力に直結する設定が多かったように思う。――ゲームばかり引き合いに出すのもどうかと思うが、比較検証できる知識が他にないので、ついそれを例に挙げたくなるのは致し方ないだろう。
ところが、その数値がほかの仲間達を圧倒しているにもかかわらず、ときに「知性とは何か」、人々を哲学の沼に沈めそうなキャラクターが存在したものだ。
瀬名は何とも言えず、テーブルにあった枝豆っぽい豆をひとつぶ、口の中に放り込んだ。




