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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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44話 貴重な平和を噛みしめて


 豪快な断末魔が響き渡り、鮮血熊(ブラッディベア)がどさり、と倒れて動かなくなった。

 大型の熊よりひとまわり大きな荒野熊(ワイルドベア)の上位種で――この世界に普通の熊は存在しないので、比較するのは難しいのだけれども――巨体に似合わず足が速く、完全肉食、かつ凶暴で飼い馴らすことはできない種だ。

 討伐者ギルドでは、討伐依頼に(ゴールド)クラス以上が指定される凶悪種である。単体ならば(シルバー)クラス何名かであたれば倒せないこともないが、たまたま複数頭が存在すれば途端に手に負えなくなる。

 そんな魔獣を発見して五分は経過しただろうか。していないかもしれない。

 瀬名の射程距離は〝視界に入る〟ぐらいの距離。おまけに自分の立っている場所から何かをドンと撃つのではなく、標的の周辺で魔素を練り練りすればいいだけなので、攻撃は百発百中、わざわざ接近する必要もなかった。素材をなるべく綺麗な状態で残したければ、せいぜい急所の位置が判別できる距離まで近付く程度。

 ――あの怪物を経験した後では、もうどんな魔物が来ようが怖くないし、大概どうにでもできる。

 この朱い熊さんを見てみるがいい。アレに比べれば、小さいこと儚いこと……。


「うん。もう細かいコトは気にしちゃだめだねこれは」

《仰るとおりです、マスター》

「キミが言わないでくれるかねARK(アーク)君?」


 ナイフを取り出し、解体を始めた。初日に倒した魔物達はそのまま土に埋めていたが、個人的に素材や食材を入手したくなった時のことを考え、血抜きや解体も練習してみることにしたのだ。

 最初は濃厚な生臭さと、ぬめる臓物の感触に「うっぷ…」となっていたものの、地道に回数をこなせば少しずつ慣れて手際が良くなり、それなりに早く終わるようになってきた。

 魔物や魔獣には縄張りがある。群れを形成する種でもない限り、倒した後に別の魔物が寄ってくるまでには、多少の時間があると学んだ。

 それでもノロノロしていれば危険なので、解体はスピードが基本にして命である。腕に自信がない者や、自信はあるけれど作業に時間がかかりそうな場合、魔物の忌避する香を同時に炊いたり、臭いの強い薬液などを周囲に散布した上で作業にとりかかることもある。

 瀬名には自前の結界があるので本当は必要ないのだが、効果を検証したいがため、あえて自作の忌避剤を使っていた。

 料理とは後片付けのほうがやたら億劫なのと同じで、魔物も倒すより後処理のほうが面倒だなとか言ったら、日々頑張って依頼をこなす討伐者達に背後から刺されるかもしれない。それとも共感を得られるだろうか。

 

「つうか、魔法(マジック)バッグあればいいのに……」


 中身が異空間化した収納袋のたぐいは存在せず、物理的に運べる量には限りがある。この巨体だと、瀬名ひとりで持ち帰りできるのは本当にごく一部分だ。

 (ゴールド)クラス指定の魔獣は、素材も肉も良い値段になるので、非常にもったいないと言わざるを得ない。この際、無限収納などと贅沢は言わないから、せめて倍量が入る魔法(マジック)バッグでもどこかに売っていないだろうか。


「しつこく訊いて悪いけどさ。やっぱりこの世界、収納系の空間魔法ってなさそう? 古代魔法とか秘術とか」

《残念ながらありません。転移系の術式なら存在しますが、物を大量に入れて持ち運べる魔法は、発見も発明もされていません。何らかの道具に転移の術式を施し、どこかの倉庫に繋ぐといった発想はあったようですが、マスターが想像されている魔法(マジック)バッグやゲーム世界のインベントリとは、根本的に別物です》

「その、転移の術式を施した道具っての、作れない? 出入り口を〈スフィア〉の倉庫あたりに繋ぐとか」

《作成だけなら可能ですが、持ち運びできませんよ。宇宙空間なら小型化が可能ですが、多くの要素に縛られる地上では、術式がより複雑で巨大なものになります。術式の設置場所を移動させるたびに出発点と到着点の再計算が必要ですし、転移させる物体の〝存在力〟が大きいほど、消費魔力も膨大になるでしょう。〝手を突っ込んで欲しいものをひょいと取り出す〟使い方は不可能ですね》

「やっぱ駄目か……」


 瀬名はがっくりと項垂れた。


「こういう時に、やっぱり仲間(パーティ)っていたほうがいいんだなぁ。主に運搬係として」

《さすがにBeta(ベータ)を連れ歩くわけにはまいりませんしね》


 Beta(ベータ)に限らず、〈スフィア〉の作業用ロボットや運搬ロボットなど、気軽に外に出せる代物ではない。この世界の基準から大幅に逸脱しているあれこれを、おいそれと他人に見せられるわけがなかった。

 限りなく人型に近いアンドロイドを製作する設備も〈スフィア〉にはなく、せいぜい愛玩目的として、小動物ロボットを作る設備があったぐらいである。

 それにもし、アンドロイド製作の環境が整っていたとしても、ARK(アーク)は瀬名の許可がない限り〝外見の一定割合以上が人と類似しているロボット等〟を作ることはできなかった。これはクローンの無許可作成ができないのと根底は同じで、ARK(アーク)(たましい)を形成する絶対の(ことわり)のひとつだった。

 瀬名が「完璧に人間そっくりなロボットを作れ」と命じさえすれば、時間がかかったとしても実現させてしまうかもしれない。けれど、瀬名にそれを命じる気はなかった。

 ロボットはロボットとわかりやすい外見をしていて欲しい。ゆえに、この先もそれを望むことはないだろう。

 とにかく、荷物持ちがいてくれたらいいなと思いはするけれど、結局タラレバで終わるしかないのだった。

 が。そこはさすがのARK(アーク)氏である。


《次の春になれば、運搬の問題は解決されるでしょう》

「春?」

《灰狼の部族が春頃、デマルシェリエに移住して来ます。去り際に族長が話していたことを憶えておられませんか?》

「あっ! そういや言ってたね!」


 瀬名はぽんと手を叩いた。


《彼らはあなたの〝魔法〟を既に目撃しておりますし、口止めすれば吹聴はしません。移住後の住まいは〈森〉周辺に構える予定になっておりますので、気軽に荷物運びを頼めるでしょう》

「おおっ、そりゃいいわ!」


 目撃されたのはドーミアの十数名の騎士達も同じなのだが、彼らをただの荷物持ちとして引っ張り回すのは気分的に抵抗がある。その点、あの狼族なら、遊び感覚でお願いできそうだった。


「それはそうと〈森〉周辺に住む予定って、いつ聞いたの? その話はしてなかったよね?」

《先日、辺境伯からお聞きしました。移住先の領主ですから、族長と辺境伯は手紙のやりとりをなさっておられまして、私も時折、ご相談に乗ることがあるのです》

「いつの間にそんなことを……なんで町の中には住まないわけ? 土地建物が不足してるとか?」

《いえ、灰狼の部族はもとから町には住んでおりません。平原にテントを構え、大自然とともに暮らす民族なのですよ》

「だ、大自然の中のテント暮らし……そのテント、三角帽子みたいな円錐形なのでしょうか!?」

《三角帽子です》

「……っっ!」

《萌えポイントでしたか》

「ウン……」


 瀬名は素直にこっくりと頷いた。


(そうかあ、獣耳とふさふさ尻尾の生えたもふもふ狩猟民族が、うちの近くでテント暮らしするのかあ)


 何故ここで「ご相談」の詳細をきっちり問いたださなかったんだ自分――瀬名は後日、深く後悔するのであった。





 ヤナの背から革袋を二つおろし、片方には爪や牙、骨などの素材を入れ、もう片方には美味しい部位の肉をたっぷりと詰め込んだ。毛皮はかさばるので、今回はあきらめる。

 袋はギルドで販売されていた、素材集め用の袋だ。腐敗を遅らせ、かつ血臭も防ぐ加工が施されており、丈夫で便利なわりに値段はさほど高くなく、討伐者でなくとも重宝する者は多い。

 生肉をそのまま入れては汚れてしまうので、革袋に仕舞う前に半透明の防水袋で包み、きっちり口を結ぶ。厚みのあるビニールやラップのようなそれは、とある魔物が材料になっており、もとの姿を思い浮かべさえしなければ、調理にも使える優れものだ。

 この世界には洗浄系の魔術もあり、気にせずそのままつっこむ者もいるそうだ。

 が、しかし。綺麗好き大国の出身者としては、「洗浄系の魔術って、どの程度まで綺麗にしてくれるもんなの?」と細かい点が気になってくる。

 回復系魔術の体調補正を使い続けても、永遠に不眠不休で健康を保ってなどいられないように、実は綺麗にできない部分がかなりあるのではないか?


 その懸念は的を射ていた。一般に浸透している洗浄系魔術は、術士が〝汚れ〟と認識できる汚れを落とす魔術であり、時間経過とともに悪臭を放つ、目に見えない汚れや雑菌は素通りされるものだったのだ。

 大半の人々は、それを知らずに使っていた。薄ぼんやりと気付いていたり、長年の研究によって理解できている人がいるからこそ、幸いこの世界には洗濯や風呂というものがちゃんと存在している。

 瀬名は洗浄系魔法に依存せず、防げる汚れは防ぎたい派だった。


 地面に横たわる鮮血熊(ブラッディベア)の残骸は、そのうち屍肉喰らいが寄ってきて、綺麗に片付けてくれるだろう。今回の狩場は街道から遠い場所を選んでいるし、この体格の魔獣一頭や二頭ぐらいなら、埋めたり燃やしたりといった後始末は必要ない。

 二~三十キロ程度の重みになった革袋を、魔馬の両脇にそれぞれ釣るし、さらに自分も騎上の人となった。


「ごめんねヤナ、重くて」

「グルル」


 そんなことありませんよ、と言いたげに漆黒の魔馬はいなないた。馬とライオンを足したような凶悪な声だが、やさしい()なのである。

 完全武装の重量級騎士を乗せても平気で走り回るので、この程度は謙遜ぬきで本当に軽いらしいが、それはそれ、これはこれ。親しき仲にも礼儀あり、大切な愛騎獣に対する気遣いを忘れてはいけない。

 そして、油断も大敵。今まで魔物や魔獣を意外と簡単に倒せたからといって、「なんだこんなものか」などと、二度と危険な旗を立ててはならない。

 石橋は叩いてみたけれどやっぱり渡るのやめとく、ぐらいの慎重さを発揮して丁度なのである。


 涼しい風に前髪がそよりと舞い、瀬名は心地良さに目を細めた。


「平和だなあ……」

《と口にされてしまったが最後、事件は舞い込むものなのですよね》

「不吉なことを言うんじゃありませんよこの子はッ!!」


 ARK氏の予言(イヤガラセ)は、間もなく当たることになる。




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