43話 好意またの名を包囲網
大所帯で門を出たはずの騎士達が、どういうわけか帰還時には魔法使いのみを連れている。それも前後左右、がっちり固めた陣形で。
出迎えた民の反応は、魔法使いを知る者と知らない者とで綺麗に分かれた。
「どちらの方かしら?」
「領主の若様のご友人じゃないか?」
「あの小鳥、きれいな色だこと! 何ていう鳥かねえ?」
「きゃっ、ローラン様もいらっしゃるわ! 素敵!」
「今回は何やったんだろうな……?」
「さあ……どこへ連行されてんだろう?」
「あ、ローラン殿もいるぞ」
「ああ、ローラン隊長な。あの方も安定だな……」
何が安定なのか。
一行の中に大柄な神官騎士が含まれていたのもあり、ますます好奇あるいは同情の視線に晒され、瀬名の口から魂がひょろりと抜け出そうになっていた。
≪おうち帰りたいよう……≫
≪お気を確かに、マスター≫
≪すべてを有耶無耶にしてここから逃亡できる方法とか何かない? 都合よく突発事件が起きるとかー≫
≪そうですね。では手始めにドーミアの守護結界を消≫
≪ぅあああああ!! やっぱなし!! 今のなし!! 私は従順でイイ子だから無駄な抵抗なんてしないんだぁ!!≫
≪さようですか≫
皆さんここに厄災の小鳥がいますよ!! と内心で叫びつつ、瀬名は自分達に念話が使えて心底よかったと思った。
◇
ヤナと一時の別れを惜しみ、ドーミア城を案内される。
ウォルドのパートナーは意外にも魔馬ではなく、雌の雪足鳥だった。ドーミア騎士団の雪足鳥とつがいになったらしく、卵を産むかもしれないので、しばらくここを拠点に活動するとのこと。
立派な外見の印象に反し、ウォルドは朴訥で喋るのを苦手そうにしていた。が、遠い目でドナドナされている瀬名を気遣い、苦手ながらも話題を振って気分転換させようとしてくれたようだ。もの凄くとてもいい人であった。
(やば、お礼しなきゃいかん人が増えてく一方だわ。えーと、セーヴェル騎士団長には甘いお菓子でオケ。ローラン班長は……あ、出世して隊長になったんだっけか? この人も毎度何かしら巻き込んでる気がするな……本人よりセーヴェルさんに感謝伝えて株上げしとくほうが喜びそうかも。んで、ウォルドさんの好みは要チェック、と……)
案内されたのは、ドーミアの城の応接間、それもさほど堅苦しくない相手専用の部屋である。ウォルドを残して人払いされ、厳しい尋問を覚悟していた瀬名は、用意されたお茶を含んでホッと息をついた。
目ざとく気付いた辺境伯が苦笑を漏らす。
「それほど構える必要などないぞ? 此度のあれは誰にとっても、予想外の〝事故〟であったのだからな。むしろあれを放置していた場合に、今後発生したであろう恐ろしいほどの損害を考えると、さっさと潰しておいてくれた貴殿には感謝するしかない」
「あー……いえ、でもあれはさすがに、私ひとりの力ではありませんよ。今だから言ってしまいますけど、途中けっこう厳しかったですからね。あそこまでやって、まだあのパワーでピンピンしてるんですから……もうしぶといのなんのって。ほんと何なんでしょうかね、あれ? あんなの、二度とやり合いたくありませんよ」
「…………」
辺境伯はにっこり笑むだけで、否定も肯定もしなかった。瀬名よりも辺境伯のほうに共感できるウォルドは、やはり茶で喉を潤しながら視線を部屋の隅にそらす。
――あそこまでやってあのパワー? おまえがそれを言うか?
二人とも、そう突っ込みたい気持ちでいっぱいなのだった。
あれだけの長時間、あれだけの大魔法を維持しておいて、魔力切れも起こさずピンピンしているおまえこそいったい何者だ、と。
面と向かって突っ込むような愚を犯さない辺境伯は、おもむろに長方形の箱を取り出す。
それをテーブルに置き、ゆっくり手で押して、対面に座る瀬名のほうにすべらせた。
「……これは?」
「本日、ウォルド殿に運んで来ていただいた物だ」
横の客人席に座っているウォルドを見上げれば、青灰色の瞳がちらりと見下ろして頷いた。
目線で促され、瀬名は飾り気のない木箱の蓋に触れ、できるだけ丁寧に開ける。シンプルで装飾らしいものはないけれど、なんとなく上質の作りに思えたからだ。
(わ……綺麗)
光沢のあるワインレッドの布が内側に貼られ、そこには豪華な金銀宝石の耳飾りやら髪飾りが輝いて――いたわけではなく、ドッグタグのようなネックレスがおさまっていた。
瀬名は慎重に鎖の部分に指を通し、ネックレスを顔の前まで持ち上げる。
それはドッグタグそのものだった。正直、宝石類にはあまり興味のない瀬名は、こういう格好いいデザインのアクセサリーのほうが好ましく映る。あいにく昔の〈東谷瀬名〉には似合わなかったけれど、髪型も体形も服装の傾向も大幅に変わった今の〝自分〟になら、とてもしっくりきそうな気がした。
白銀のプレートに黒い縁取り。中央部分には、この国の公用語であるエスタ語で〝セナ=トーヤ=レ・ヴィトス〟と綴られている。同じく白銀色の細かなチェーンを通されたそれは、グレンに以前見せてもらった聖銀クラスの証にそっくりだった。
光の反射だけでなく、子供のように嬉しげに瞳をきらきらさせる少年に、ロマンスグレーと神官騎士が微笑ましそうなまなざしを送る。
法的には成人枠とはいえ、やはり十代後半は、彼らから見れば子供の感覚なのであった。
(……んん?)
ただし、ここで気付くのがセナ=トーヤである。他の一般的な子供なら意味を理解できなかったであろうポイントを、やはり彼は見落とさなかった。
プレートの発行者の部分に彫られた紋章が、ギルド本部でも光王国のものでもない。
薔薇に似た世界樹の花と剣――これは、デマルシェリエ辺境伯の紋章だった。
これだけで意味を成すが、さらにもうひとつ紋章がある。
神秘的な薄布の衣装を纏った女性が、獅子並みの巨躯の狼に乗っている。貴族女性が騎乗の際によくするような横座りだが、視線は前を見据え、手にするのは弓とも杖ともとれる不思議な形状の武器。
そして狼には、鳥に似た翼が生えていた。確かこれは〝聖狼〟と呼ばれ、魔獣ではなく聖獣に分類される伝説上の生き物だったはず。
≪……ARKさんや? この紋章、記憶にないんだけど、どっかに載ってたっけ?≫
≪いいえ。これは人族の紋章ではありません≫
≪あ、ほんとだ≫
目を凝らせば、小さくて見えにくいが、紋章の女性の耳はやや長く、尖っている。
「…………」
おそるおそる顔を上げれば、辺境伯の輝かんばかりの笑顔に出会った。
(あ、あんたらなぁぁ、これを用意し始めたのはいつだ……?)
そしてやっぱり、事後承諾の返品不可か?
どいつもこいつも!
◇
瀬名には知らされていなかったが、瀬名は既に実力が証明されており、ギルド長権限とグレン達の推薦も合わせれば、討伐者ギルドの聖銀クラスに登録することがいつでも可能になっていた。
けれど発行者がもし討伐者ギルドだったなら、余程でなければ王族の命令から瀬名を庇うことはできない。いくら貴族並みの身分を保証してくれるものでも、討伐者は討伐者、王族に及ぶ存在ではないのである。
さまざまな思惑のある者達が、自らの陣営へ〝魔法使い〟を引き込もうとしていた。その動きを読んでいた辺境伯は、「同胞の子の恩人たるセナ=トーヤへ感謝の品を贈りたいが、どのようなものがいいか?」と相談してきた例の種族に、逆に相談を持ちかけた。わずらわしいものを嫌うセナ=トーヤを、権力欲に取りつかれた魑魅魍魎から守り、彼がそんな者どもとは関わらず、平穏にのんびり日々を過ごせるようにするための方法を。
そうして、密かにこれが作成された。
デマルシェリエ辺境伯が瀬名の後見人となれば、〝セナ=トーヤ〟に用がある者は皆、辺境伯を通さねばならなくなる。例の王女の件に違法奴隷の件と続き、王宮は辺境伯に対して強く出にくくなっていた。
何よりも、辺境伯の紋章の隣にある、もうひとつの紋章。
もしどこかの愚か者が、〝セナ=トーヤ〟に対して強引な手段に出たとすれば、辺境伯だけではなく、この紋章を示す存在に対しても喧嘩を売っていることになる。
(おぅ……まーじでーすかー……)
ただ単純にスローライフを送りたい。それだけなのに、どういうわけだか、どんどん大ごとになっていっている。
「ちなみにウォルド殿は、我らからあの種族に連絡を取りたい場合の数少ない窓口なのだ」
「……それほど大層な存在でもない。断られる場合もある」
「その時も、とりあえず聞くだけは聞いてくれるのだろう? 門前払いをされぬだけ別格だ」
「…………」
ウォルドは少し頭をかいた。照れているらしい。
そんな場合ではないのに、ついほっこりしてしまった。
「ところであの御子らについてだが、お身内の方々の話によれば、かなり悪質な呪いがかけられていたそうだ」
「あ、それは気になってました。呪いの正体は判明したんですか?」
「いや、そういった話はまだ聞いておらんな。進展があれば連絡をくださることになっている」
「そうですか……」
「あの時は速やかな解呪を優先するため早々に発たれたのだが、恩人に直接礼を伝えることができず、口惜しそうにしておられたぞ。彼らが再び訪れた際には、一度ぐらいは会ってさしあげてくれ」
「…………」
つまり、また来る予定があるらしい。
あの日、瀬名に届けられた手紙には、子供達の迎えが森の外で待つと書かれていた。迎えに来たのは父親と数名の仲間。辺境伯とギルド長の情報網で、同胞を捜索している珍しい種族の情報を既に把握しており、それが例の件と結びついて、思いのほか早くコンタクトが取れたのだそうだ。
一刻も早く無事を確かめたい。かといって、決して無遠慮に〝レ・ヴィトス〟の領域へ踏み入ることはしない。
彼らはそう約束し、デマルシェリエの騎士達が例の最短ポイントの入り口まで案内したが、約束通り決してそこから先へは侵入しようとしなかったらしい。
彼らが森で迷う心配などないのに。本当に、何日でも待つ心づもりだったようだ。
答えに窮した瀬名は、とりあえず曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すしかなかった。
「呪いは解けそうなんでしょうか?」
「さてな……それもわからぬ。解ければよいと思うが」
「あくまでも俺が目にした印象では、彼らの雰囲気には絶望感や悲壮感といったものはなかったように思う。確実ではなく厄介ではあるが、手段はあるとも言っていたぞ」
「そうですか」
ならきっと、どうにかなるだろう。そう信じるしかない。
「それと、彼らからの伝言を預かっている」
「伝言?」
「それを渡す際に伝えて欲しいと頼まれていたのだ。『もし貴殿の身に何らかの苦難が降りかかった場合、この大陸に存在するすべての森の同胞が、貴殿の味方だ』と」
「――大陸」
「そう仰っていたぞ」
「…………」
大陸。大陸規模か。
一国内の話どころではなく、もしやARK・Ⅲが宇宙空間から撮影していたあのどでかい大地の、あっちからこっちまで全部か。
いやいや、まさか。そんなまさかだろう。瀬名は一瞬白くなりかけた。
(え、ちょっと待って。あいつらの森ってどんだけあるの? 総人口って何人? ていうかあのちびっこ達、何者?)
――というか、叫ばせてくれ。
私は庶民なんだよ!
誰が何と言おうと庶民なんだよ! 一般人なんだよ!
国際規模のブツなんて、所持するだけで怖いんだよ……!
と、言いたいけれど言えない、己の小心っぷりが恨めしい。
隣には善意しかない神官騎士。前面には「にっこり」と完璧な笑顔の辺境伯。
(あ。カルロさんひょっとしてアナタ、わかってて退路塞いでらっしゃる……?)
瀬名にこの場でプレートを突き返す選択肢など、あろうはずもなかった。




