41話 共闘
デマルシェリエの騎士が十数騎、こちらへ接近してきている。
率いるのは辺境伯。そしてほんのり苦労性なセルジュ=ディ=ローラン。
彼らはおよそ五十名ほどの、弓と小刀を持った見覚えのない半獣族の戦士達とともに、こちらをまっすぐ目指しているらしい。
「ほんとにこっちへ向かってんの……?」
《はい。間違いありません》
まずい。――こいつをまだ、倒せていないのに。
◇
未だしぶとく暴れ続ける怪物をこの檻の中に閉じ込め、いったいどれだけ経ったのだろう。それほど長くは経っていないはずだが、緊張状態が続き過ぎると、時間の感覚がおかしくなってくる。
周辺の魔素を集められるだけ集め、より高純度の魔力を精製し、怪物のパワーに耐え得る強靭な〝剣〟の姿に練りあげた。
確かに己の魔力の消費はない。その代わりに、この魔物を決して逃がさないための集中力をキープし続けねばならないことが、思いのほか瀬名を疲労させていた。
長く続く緊張感は、精神力を容赦なくごりごりと消耗させる。魔物相手の戦闘初心者にとってはなおさらだ。
そう、初心者なのだ。誰がなんと言っても紛うことなき初心者なのだ。
――なのに自分、なんでよりによって魔物退治初日に、こんなのを相手にしちゃってるんだろう。
(レベルに見合わないボス級モンスターには絶対遭遇できない、あの親切設計が切実に欲しい今日この頃!)
まほうつかい・レベル1ごときの身でありながら、うっかり調子に乗ったばかりに、ラストダンジョン手前のフィールドに足を突っ込んでしまった。
リアルさの追求なんていらないから、駆け出しまほうつかいには絶対そんなところへ行けない、シナリオ上のロック機能を標準搭載して欲しい。
(つっても、もうエンカウントしちゃったから今さら遅いんだけどネ!)
などなど、しょせんは現実逃避の思考遊びに過ぎないのだけれど、何故か現実逃避をすれば正気を保ったまま現実に向き合えたりもするのだから、人の心の仕組みは謎である…。
偽ドラゴンブレスで一気に方を付けるつもりだったのか、【ヒュドラム】に焦る様子が窺えた。膨大なエネルギーを大放出したにもかかわらず、それが効果なしという結果に終われば、慌てたって無理もないだろう。
瀬名だって困っている。急所であるはずの頭部、それも無防備な口内からこれだけやっているのに、どうしてこいつは頭半分ぐらい潰れた状態で生きていられるのか。
生命力が強過ぎるにもほどがあるだろう。瀬名を始末できなくてこの【蛇】も「げっ、こいつやべえ!? いい加減しねよお前!」と思っているだろうが、瀬名だって「おま、いいかげん大人しく成仏してろよ!」と叫びたくなるのだった。
お互いに不幸な出会いと言えた。
【ヒュドラム】はよりいっそう暴れ出すも、ブレス攻撃を連発してくる気配はもうない。さすがにそこまでの力はもうないのか、しかし怪物はその規格外な身ひとつで充分に兵器となる。
しなる尾が鞭となり、地上をなぎ払えば――そんなものをまともにくらった者は、生きてはいられないだろう。
この際、〈グリモア〉による魔法を辺境伯達に目撃されてしまった点についてはもういい。だからどうか、安全地帯に避難してくれないだろうか。
瀬名にはもう、彼らを守るための結界を展開する精神的な余裕がない。あちらもこちらもと意識を分散させれば、必ずどこかでコントロールが甘くなってしまう。
この【蛇】がその隙を見逃してくれるとは到底思えなかった。
その願いとは裏腹に、騎士と半獣族達はとうとう、瀬名の位置からでも視認できるまで近くに来てしまった。
おまけに――
「ちょ、ドラゴンブレスもどきの次はアースクエイクぅ!? やめろよ冗談じゃないってのマジでっ!!」
風圧で岩石とともに土埃も吹き飛ばされ、一気にクリアになった視界の向こうで、クレーター状にへこんだ大地が見える。
彼らの姿をなかなか見つけられず、最悪の展開が脳裏を駆け巡り、息が止まりそうになった。
《大丈夫です、マスター。あれを》
「……あ!」
彼らは瀬名の不安を最高の形で裏切った。
ひとりとして欠けていない。それに、誰も深い傷は負っていないようだ。
「さっすが!」
なんて心強い。経験豊富な本物の戦士達は違う。瀬名は心から笑みを浮かべた。
純粋な魔力の剣は瀬名の精神に呼応し、さらに研ぎ澄まされ、美しい輝きを放つ。
守れない、なんて上から目線の、とんだ勘違いをしてしまった。
彼らが無力な野次馬であろうはずがなかったのだ。
(援軍、かな? ――なんか、いい…)
不思議と、心躍る響きの言葉だった。さっきまでジリジリまとわりついていた疲労感も薄れている。
小鳥による実況解説によれば、騎士と半獣族の戦士達は、何故か互いの武器を交換したらしい。
騎士達は弓を預かり、防御プラス遠距離攻撃に徹し、運動能力の高い半獣族は、騎士の剣を使って近接攻撃を始めたようだ。
《弓の腕前は騎士達のほうが上のようですね。それに辺境伯とローラン騎士隊長の近くに、神官がいるようです》
「神官?」
《いわゆるパラディンでしょうか。なかなか素晴らしい体躯の人物です》
「ぱ、パラディンだとう?」
《もともとの矢じりは四大属性いずれかの魔力をこめられた、対魔物用の強力なものだったようですが……聖魔術を上掛けして属性を消去していますね。どうもこの【蛇】、属性魔術のたぐいが効かないのでしょうか。あのパラディン殿、かなりの戦闘経験を積んでいそうな様子で――》
「お願いARKさん、そこまでにして。とっても気が散る。意識が萌えの彼方へ羽ばたきそうになる」
《これは失礼いたしました》
今回、半獣族の戦士達が自前の武器を使わない原因は、有能な討伐者候補のトール、レスト、ミウから聞いた話ですんなり想像がつく。
彼らの強みは、身体能力全般が優れていること。そこそこのレベルの武器でも大抵の戦闘には勝利できてしまうがゆえに、上質の武器を持っている者が実は少ないのだ。
おそらく、彼らが持っていた小刀のグレードでは、この【蛇】にはろくなダメージを与えられないのだろう。
本末転倒というか、臨機応変というか。
そこで己の武器を躊躇わず交換という手に出られるのだから、どちらも戦闘においては徹底した現実主義のようだ。妙なプライドにこだわって勝機を逃し、みすみすやられてしまう輩は、きっとここには来ていない。
「そもそもそんな奴がまざってたとしても、カルロさん達がうまいこと、そいつだけ追い帰すだろうしな」
何時間も経っていないはずだけれど、ひたすら自分ひとりだけでこの怪物を相手にし続けていたせいか、なんちゃって魔法を見られて困る以上に、強い安心感を覚えていた。
精神的に安定した瀬名の感覚は研ぎ澄まされ、【ヒュドラム】が再び尾を高々と持ち上げようとするのを察知する。
「させるか」
〝剣〟の先端が鍵爪の形状に変わり、蠢く尾に引っかかってくらいついた。部分的な形状変化は難しかったが、なんとか成功である。
「うおっ、なんだありゃ!?」
「すっげー……!」
「とんでもないな……」
地上にいる男達はぎょっと目をむき、心をひとつにして頷き合った。
俺達、味方でよかったな。
うん、よかった。
アレが敵だったら終わってたな。
そして即座に、うまい具合に鍵爪に絡みついた尾へ、すかさず雨あられと攻撃が降りそそがれる。
尾の先端が意識せず地面をこそげ取り、飛んでくる巨石を足の速い魔馬を駆って避けながら、馬上で射かける騎士達の矢が目標を外すことはなかった。
聖魔術で攻撃補助のかかった矢じりと、半獣族の全力で振るう刃が同じ個所へ集中し、皮膚一枚を残すまで削りきって、とうとう自重で地響きをたてながらそれは落ちた。
「うおおおお――ッ!!」
「よっしゃああ――ッ!!」
「油断するなよ、しばらくの間は尾だけで勝手に動いてるからな!!」
「おおともよ!!」
「退避だ退避ーっ!!」
「ここでぷちっと潰されるような間抜けすんじゃねえぞお前ら!!」
「ったりめーだろ!!」
「ちくしょーっ、やってやったぜぇぇぇッ!!」
地上の歓声は瀬名の耳にも届いていた。
瀬名は会心の笑みを浮かべ、〝剣〟の魔力の一部を回収する。
豊富な〝力〟が戻るのを感じ、そして首の部分から下を失った怪物の口の中から、最後に残るその意識を永遠に刈り取った。




