39話 魔法使いのもとへ集う者達
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ドーミア城の一室でその木箱を受け取り、中身を確認した辺境伯カルロ=ヴァン=デマルシェリエは、「たしかに」と微笑んで蓋を閉じた。
一見すれば何の変哲もない木箱だが、指定した人物以外は開けられない術印が刻まれている。
精霊族と、デマルシェリエ家、双方からの〝贈り物〟。前々からひそかに準備していたそれが、ようやく出来上がった。これをあの偏屈魔法使いが素直に受け取ってくれるかは大いに謎だが、受け取ってもらわねば話にならない。
さてそのためにはどういうふうに持っていくかと、案外腹の黒い領主は楽しく想像をめぐらせる。
なんだかんだであの人物は、最終的には「クッ、しょうがない…」とかうなだれながら、折れてくれそうな確信もあったので。
「ウォルド殿は今後どうされるおつもりだ?」
その箱を持ってきてくれた使いの男に、辺境伯は気安げに今後を尋ねた。
短く刈り込んだ白銀の髪、青灰色の瞳。鍛えぬいた厚みのある体躯に、長身の辺境伯が見上げるほどの上背がある。
銀の鎧を身につけ、鞘におさめた幅広の大剣を背負う男は、例の魔法使いが精霊族の幼子を保護した際、彼らとの連絡役をつとめてくれた人物だった。
精霊族はほとんどの人族を嫌うが、もちろん中には例外もいる。ウォルドはその数少ない例外だった。
寡黙で真面目なこの男は、いかにも戦いに向いた身体を持っているが、決して己の力に溺れたりはしない。
ウォルドは神官位を持つ剣士だった。終生神々に仕えると誓っており、十年ほど前に聖戦士として神殿より聖鎧を賜っている。そのまま修行の名目で討伐者ギルドに登録し、あっという間に駆け上がって、現在は最高位の聖銀クラスとなっていた。
グレンとも交流があり、何か目的があって各地を転々としているとも聞いたが、本人から直接詳しく話を聞いたことはない。
「それなのだが、しばらくはこちらで活動させてもらおうと考えている」
「ドーミアに留まられるのか?」
てっきりいつものように、腰を落ち着ける間もなく発つのだろうと半ば思っての問いかけだったのだが。
「ああ。こちらの神殿で祈りを捧げる際に、天啓を得た。俺はその魔法使い殿にお会いし、関わらねばならない」
「……魔法使い殿に?」
「俺に妙な野心はないと、伯もご存じのことと思う。迷惑はかけぬから、どちらにおられるか教えていただけないだろうか」
ウォルドに妙な野心などあろうはずもない。付き合いの長い人物ならそれをよく知っている。
「私自身は、むしろそなたを紹介したいぐらいなのだが。下手に紹介しようとすれば、あちらは警戒してしまうやもしれんな」
「それは王宮の件が原因か?」
まわりくどい言い方をしないウォルドに、辺境伯はつい眉をひそめてしまう。互いに悪意あってのことではないが、自分が婉曲な表現を苦手とする自覚のあったウォルドは「すまん、不快にさせたか」と即座に謝罪した。
例の魔法使いとどっこいの無表情だが、まなざしに誠意を感じる。単に不器用なだけの男だった。
「いや、そなたに対してではない。誤解してくれるな。これは私が個人的に腹立たしく感じているだけなのでな」
「かの種族からも、伯にお聞きするよう頼まれているが、王宮の動きはだいぶ鈍くなっている様子か?」
「…………」
「違法奴隷の売買に一口噛んでいた孤児院や豪商、地方貴族などは相当数にのぼっていたのだろうが、優れた〝情報提供者〟の存在によって大半を一網打尽にしたと聞いている。だが、大もとに繋がる賊だけは捕らえることができず、核心に近付くほど邪魔が入るだろうとも彼らは言っていた」
辺境伯はため息をつきたくなった。読まれている。
他種族を嫌うものは、二種類に大別される。よく知らないためにその種族を疎んじる連中と、よく知るからこそ疎んじる連中だ。
精霊族の人族に対する感情は後者だった。彼らは文字通り、「嫌になるほどよく知っている」のだ。
第一王妃の全面協力を得ていながら、辺境伯でさえ元凶に王手をかけられない理由はただひとつ。
ほかでもない王が邪魔をし始めたからである。
最初は静観の姿勢だった。最後まで口出しせずにいてくれればよかったものを、誰かに入れ知恵でもされたのか、ことあるごとに辺境伯へ不敬だの性急だのと苦言を呈し、追及してものらりくらりとけむに巻こうとするようになった。以前は宰相がたしなめれば、臣下の声に耳を傾ける姿勢をとってくれたものだが、最近では己の感情に固執し、かたくなになることが増えた。
だがそれでも〝王の臣下〟である以上、堂々と王に対する不平不満を漏らすわけにはいかない。そんなふうに悩む辺境伯に、思わぬ助け船が入った。
「なに……まことか?」
「は。いかがいたしましょう」
家令のブノワが耳打ちした報告に片方の眉を上げ、ちらりとウォルドを見る。
「新たな客人が来たようなのだが、そなたも同席してくれるか」
「俺は構わんが。そちらはいいのか?」
「構わぬ。むしろいてくれたほうがいいだろう。何せ、その客人達の目的はそなたと同じなのでな」
「何?」
そうして城の応接間に通されたのは、ゆうに五十名ほどはいる半獣族だった。頭らしき人物と、その側近と思しき五十余名は堂々としたもので、領主の城に気おされる様子もない。
代表者数名だけと申し伝えていたのだが、「全員が代表者として来た」と押し切られてしまった。
「お初にお目にかかる。俺は族長のマウロだ。まずは、我が部族の子を保護してくれた礼を言わせてもらいたい」
灰色の獣の耳と、ふさふさの尾。黒の勝るものや白の勝るもの、人に近い姿や獣寄りの姿などとそれぞれだが、彼らの共通する特徴に辺境伯は内心でうなった。
(――灰狼の部族か)
ウォルドも内心で驚いていたが、口をはさむ様子はなかった。
話を聞けば、魔法使いに保護された子供達の中に、彼らの部族の子がいたという。魔法使い本人の希望もあり、表向き〝通りすがりの目撃者〟という設定で押し通していたが、当時の状況を知る被害者本人を騙せるはずもない。
「というわけでこの大恩をお返しすべく、我らは魔法使い殿にお仕えすることにした」
「――――」
なにがどうして「というわけで」なのか。いろいろ重要な部分がすっ飛ばされた説明に、辺境伯もウォルドも唖然とする。
が、考えてみれば狼系の半獣族にはこういう連中が多いのだった。もともとは思慮深く、短慮な行動は取らないはずなのだが、彼らは決して恩を忘れず、良くも悪くも命に対しては命で報いようとする。
あの魔法使いが面倒ごとを嫌って謝礼を固辞したために、本日の「というわけで」に繋がったのは明白だった。
「これから魔法使い殿にお会いしに向かおうと思う。辺境伯殿にもその旨を事前にお伝えしておこうと思ってな」
快活に笑う灰狼の族長は、ウォルドと変わらないぐらいの年齢。おそらくは三十代前半から半ば頃か。
見た目だけなら、やや渋みの加わった落ち着きのある青年である。部族を束ねる長の貫禄もある。
だがその行動はいかがなものか――。
「いや、待たれよ。お会いしに向かうと言うが、いま彼がどこにいるか――」
「ああ、心配はいらぬ。全員でにおいを追えるのでな」
「…………さようか」
「うむ」
保護されたばかりの幼児に残っていた、あの魔法使いのにおいを記憶していたというのだろうか。
半獣族の中でもとりわけ嗅覚のするどい狼族だ。おそらく可能なのだろう。
グレンいわく、普段から森の中で暮らし、薬草や香草類の栽培や調合を手がけている魔法使いは、「草木や花や土のにおいが強い」とのことだった。
人の町の中では見つけやすいにおいでも、外にいる間は見つけにくいのではないか。
あの少年は本日、遠乗りのために愛馬を連れて門を出たと耳にしている辺境伯は、その旨を族長に伝えたが、「その愛馬とやらのにおいも同時に追えば問題ない」とあっさりしたものだった。
これはもう、どうにも止めようがなさそうだ。
辺境伯は家令にひとことふたこと命じ、族長のマウロを伴って魔馬の飼育場に案内させた。魔法使いの愛馬、ヤナが普段暮らしている場所でにおいを憶えた彼らが勝手に飛び出ていかぬよう、「かの魔法使いの友人として我らも同行する」と重々言い含め、その間に騎士長のセルジュ=ディ=ローランを呼んだ。
すぐさまローランをはじめとする十数名の騎士が集められ、自前の足で駆ける彼らのあとを、辺境伯とドーミアの騎士が魔馬に乗って追う。
もとから人族と半獣族は脚力も体力も異なるが、灰狼の一族はケタが違って身体能力が高い。
(仕えるとあっさり言うが、本気なのであろうな。いったいどうするのだか)
とにかくセナ=トーヤに会わせないことには始まらない。己のいないところで突撃されても大変なことになりそうなので、ある意味で不幸中の幸いかと、辺境伯は前向きにこの事態を捉えることにした。
ドーミアの魔馬を借り、ウォルドも同行者に加わっている。いきなりの展開に戸惑っている様子だが、彼らのような〝腹芸を嫌う種族〟と付き合う際には、ウォルドのような人材は必須であった。
なんとなくだが、魔法使いからもこの男は好かれそうに思える。
要するに、突然こんな狼族をぞろぞろ引き連れて押しかけて、セナ=トーヤが不機嫌になりそうだなと悟った辺境伯は、ウォルドに緩衝材の役割を押し付ける気まんまんだった。息子ライナスもいれば喜んで道連れ――後学のためにともに連れてきてやったものを、彼は先日暴れた盗賊の捕縛のため、遠方へ出かけて不在だった。残念である。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく、平穏そのものの風景が続いた。
しかし、ひとり、またひとりと、次第に眉をひそめる者が増える。
(……どこへ向かっている?)
デマルシェリエの騎士だけではなく、それは灰狼の連中も同様だった。
「……なあ、伯よ? 訊きたいのだが、例の魔法使い殿は〝遠乗りに出かけた〟のだよな?」
「……そう聞いているが」
「…………気のせいかもしれんが、……おかしくはないか?」
彼らは鼻をひくつかせ、しきりに耳を動かしている。
ぴりりと空気が引きつる緊張感があり、明らかに警戒を強めていた。
一見すれば、のどかな田舎の風景。どこか何かが変わっているようには見えない。
しかし、デマルシェリエの騎士達は彼らの反応の理由を理解していた。
(セナ=トーヤ……貴殿は、愛馬で風景を楽しみに出かけたのではなかったのか? そういう話だったであろう?)
わずかずつ、濃さをましてゆく魔の気配。
うっすらとかすむ向こう、豊かな草の平原から徐々にくっきりと浮かびあがる魔の山の姿に、辺境伯は悔やんだ。
――この程度の手勢では足りなかったか。




