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空から来た魔女の物語  作者: 咲雲
嘘がまことへ
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36話 十六歳、とにかく練習してみよう


(憶えちゃったもんは仕方がない。まずは練習をするんだ。そうだ、それしかない……)


 もし、もっと早い段階で――精神的にまずい状態になっていた時、〈グリモア〉が既に頭に入っていたら、自分はどうしていたろうか。つい想像して、瀬名は苦い薬草を噛み潰したような顔になる。

 ()は瀬名が一度はあの道を通ると予想しており、復活してそこそこ安定した精神状態に戻るまで、機を待ち続けていたのではなかろうか。

 頭を振って後味の引く苦さを振り払い、円形広場の中央に立って、さて何から試そうかと思案する。


「最初は安全そうな魔法からがいいかな?」


 単純に、水滴を出すところから始めてみる。こちらの世界に対応した化学式やそれに応じた演算処理など、そのあたりの調整は〈グリモア〉さんが自動でやってくれるので、瀬名はイメージという名の命令を出すだけでよかった。だからこそ、どんな命令を出せばいいかが、この場合は重要になる。

 まずは、湿気が多い状況を思い浮かべた。湿度の高い植物園、風呂。そして徐々に湿気が集まり、ある一点に集中すれば、そこには水の雫ができる。

 そうイメージすれば、周囲の魔素が呼応し、ゆっくり、少しずつ集まりはじめた。


「お……おお!? ……ほんとに動いてる……」


 手で触れてもいないのに、何かを動かせる。それも目に見えないものをだ。

 なんとも言えない奇妙な感覚に一瞬身震いした直後、思い描いた空中の一点に、小さな水滴が生じた。

 ふわりと浮かんでいる水の粒に、瀬名が思わず「うわっ」と漏らした瞬間、制御を失った水滴はポツリと落ちて、足もとに跡を残した。


「うおお、まじでー……?」


 にんまりと口角が上がった。表情筋がほとんど仕事をしないので、実際にはほんの少しだけだが。

 もう一度同じことを繰り返せば、さきほどより早くできた水滴は、浮かび続けるイメージに従い空中に静止したままで、イメージを変えればクラゲのようにふよふよ漂い、何も制御しなければ普通に地面に落ちた。

 同時にいくつもの水滴を発生させたり、大きさを米粒大にしたり、サイコロ大にしたりと、瀬名はいろいろ試していく。


「こりゃ、砂漠に追放とかされても、飲み水に困らないで済みそうだわ」


 水滴よりも多く、手の平に満たすイメージをしてみれば……


「ん? これ、お湯じゃん?」


 体温と変わらないぐらいの中途半端なぬるま湯に、つい顔をしかめた。

 ――そいういえば、湿度の高い植物園や風呂だと、温かいイメージが強い。冷たい水にならなかったのは、おそらくはそのせいだ。

 少しずつ熱を奪うイメージをすると、徐々にお湯が冷め、ひんやりと美味しそうな水に変わった。


「……飲んでも大丈夫かな?」

《飲用に適した水をイメージすれば問題ないのでは》

「あ、なるほど」


 水を濾過するイメージか。


「最初から綺麗な水を集めるイメージで出せば、二度手間にならなくていいかな」


 ただし、いきなり自分で発生させた水を飲むのは気分的にハードルが高いので、もっと慣れた頃にいつかためしてみようと先送りにする。

 今回は飲まない代わりに、手のひらの水を自在に動かしてみた。無重力空間のように水が浮かびあがり、さらに熱を奪うイメージを強めれば、氷の結晶ができた。


「はは……どうしよう。魔法が使えてしまったよ……」


 魔法だ。魔法。これを魔法と呼ばずして何と呼ぶ。


(どうしようヒャッハー……いやいやいや、駄目だ。抑えろ。調子に乗ったらコケる、それが私。勇者でさえ調子に乗り過ぎたら奈落に落ちる世知辛い世の中、その他大勢のモブ遺伝子から生まれた私は、なおのこと自制心を忘れてはならぬ。そう、何よりこれは、ARK(アーク)印の魔導式なのだぞ?)


 ……うむ。一気に冷静になれた。次へ行こうか。


 ひとしきり水や氷で遊――練習したあとは、風をためしてみた。これは水と違って肉眼で捉えられず、より漠然としている分、想像以上にコントロールが難しかった。


「うーん。風系統が一番好きだったんだけど、やってみたら大変なもんだね」

《現実には〝風〟そのものに色などついていませんからね》

「それな。〝ウインドカッター〟じゃなく〝(かま)(いたち)〟になるわ。……あ、なんかそっちのほうがいい……?」

《さようですか》


 制御が難しいからいっそ風に色付けしちゃおうかな、なんて、そこまでしなくてもいいだろう。それはそれで〝どの範囲まで色付けするか〟で悩みそうだし、空気と風の境目ってどこまでだ? などと考えだしたらドツボにはまりそうだ。

 それもある程度慣れてきたら、いよいよ火にチャレンジだ。いきなり攻撃魔法に手を出すのはやはり怖かったので、ライターか蝋燭ぐらいの小さな火がポッとともるイメージで始めてみた。

 これも難なく成功し、瀬名はふと気になった。

 ――果たして、自分で出した火に自分が触っても平気なのだろうか?


《あなたの肉体が耐火仕様になっていない以上、対策ゼロの状態で触れるのは危険でしょう》

「やっぱり?」

《ですが、あらかじめご自分の出したものがご自分を害することはないイメージで武装されておけば問題ないかと思われます。魔素がそのイメージに沿って動くはずですので》


 簡単に言ってくれるが、実行に移すのは難しそうだ。失敗すれば痛い思いをするだろうし、あまり試してみたくはない。


「取り扱い要注意だな。これはもっとコントロールに慣れてから練習しよう」


 ちなみにこの世界の魔術では、魔術を放つ瞬間、発動光と呼ばれる光が術士の周辺に生じる。妖精の粉を思わせる光の粒であったり、霧状であったり、色も人によってさまざまだ。

 術を行使する際、滲み出る魔力や、普段から身に纏うオーラが術式に反応してそうなるのだそうな。


 とりわけ、攻撃系統の魔術は華々しく派手派手しい。藪から蛇を招きたくないので、未だに誰からも本物の魔術を見せてもらえていないのだが、タマゴ鳥提供の資料映像を観る限り、とても綺麗でいつまでも見ていたくなるような現象である。

 ただあれは、実戦でどうかと問われれば……闇夜の中でいい標的になったりしないのかな? と、つい心配になってしまう。

 眺めて楽しむ分にはテンションが上がる。けれど実戦では、魔術士が未熟だと「これから攻撃しますよ」と事前に警告してやっているのとほぼ同義だった。

 追尾型の魔術でもない限り、素早い敵にはひょいと避けられて終わり。真正面から当てようとしてもなかなか当たらないので、ならどうするかと思いきや、ほとんどの魔術士は危険な魔物をまともに相手にしたくないのもあり、そこでさっさと戦線離脱する。


『魔力持ちはいいとこの血筋に生まれやすいからなあ、どうしても苦労知らずの坊ちゃん嬢ちゃんが多くなっちまうんだよ。どーでもいい場所へ攻撃魔術を一発撃って、義務は果たしたとばかりにあとは前衛に丸投げ、っつう仕事舐めた連中ばっかりでなぁ。アレと報酬山分けって納得いかねえんだぜ?』


 と、イケ猫グレン氏がぼやいていた。

 物理攻撃の通じない敵がいるために、どうしても魔術士のニーズは一定から下がることはない。加えて、戦場では肉体派戦士に守ってもらう頻度が多くなりがちで、ますます己が貴重な存在だと錯覚してしまう。

 討伐者ギルドで下位ランクに分類される青銅(ブロンズ)クラス。その壁を突破できるひと握りの魔術士は、魔術を遠距離攻撃のみに限定せず、避けようのない距離・タイミングで放つなどの戦闘センスも見られる。

 魔力の大半を消費して高位魔術の呪文を長々と唱えたあげく、あっさり避けられる魔術士が三流。必要最低限の魔力で、初級魔術を近距離から急所に叩き込む魔術士が手練れというわけだ。


 そんな高ランクに到達できた魔術士達でも、発動光そのものは気にならないらしい。魔術とはそういうものだという認識があり、はじめから光ることを前提で使うのに慣れているからだ。


 ただ、〈グリモア〉さんではその発動光が出てこない。そもそもが瀬名は反応して光るような魔力を持っていないのだ。

 意識して、わざと周りを光らせてみたら成功した。はっきり言って綺麗以外にまったく意味のない現象であるが、調子に乗って輝く魔法陣もどきを演出することもできた。

 が、意外とコントロールがかなり面倒だった。光輝くなんちゃって魔法陣は、水や風や炎といった不定形の現象以上に、かなり明確に細部までデザインしなければ発現しなかったからだ。

 こうでもないああでもない、これはイマイチとひたすら繰り返すうち、


「何やってんだ私は……」


 ふと我に返り、恥ずかしくなってきた。

 本当に、中身いい大人がなにをムキになってるんだか。必殺技を一生懸命考案する小学生のごとき行動である。


 黒歴史、ひとつ追加。


 誰にも見られていなくてよかった。この際、小鳥氏はノーカウントでいい。

 格好いいものは、人様の魔術を眺めて楽しむことにしよう。





 そうして、ひたすらこまごまと練習を続け、気付けば日が暮れていた。

 空腹を覚えるけれど、疲労感は微塵もない。

 なんちゃって魔法を数え切れないぐらい連発したけれど、精神力の枯渇も見られない。むしろ充足感でいっぱいだった。

 事前に聞いていた通り、いわゆる魔力切れという現象とは無縁のようである。

 もともと保有魔力ゼロ、自前の魔力を使っているわけではないのだから。

 まんまとARK(アーク)のぶらさげた餌に釣られ乗せられ騙されている自分のお手軽さが悔しいところだが、充実してしまう己の心はどうしようもない……。


(やり方がずるいんだ……タイミングがバッチリ過ぎるんだよ……!)


 悪魔に手の平でコロコロ転がされている己の姿を幻視しつつ、それでも言えない。「魔法なんて使えたところで何になるんだ! こんなものいらない!」なんて。

 数日前なら勢いで言えたかもしれない。しかしもう言えない。絶対に言えない。

 言えるものか。


「……ところでARK(アーク)さんや。さんざん魔法使いまくっといて今さらなんだけど、魔素の大量消費で自然界に悪影響出たりとか、ないよね?」

《ありません。もしこの星の住民全員が、同じ魔導式を同時期に乱用するならば深刻な問題に発展したでしょうが、マスターお一人ならばさほどの影響もなく、すぐに元の状態に戻ります。そもそもあなたの〝魔法〟が放たれた後は、集めた魔素のほとんどがそのまま大気中に戻っていますので、厳密には〝消費〟されたわけでもありません。一時的に周辺の魔素濃度が高くなっているのですが、お気付きになられませんでしたか?》

「あ、言われてみれば?」

《時間経過とともに拡散して薄くなりますし、気になる場合は意図的に拡散させることも可能です。魔素自体は人体に直接有害なものではありませんので、魔力抵抗の弱い人物が近くにいたとしても問題ないでしょう》

「そっか。それならよかった」

《はい。ですので、いくらでも心おきなく、マスターの思うがままに〝魔法〟を行使なさってください》

「…………おう、任せろ!」


 ARK(アーク)氏が「いいぞもっとやれ」と背を押してくれている。

 これからもいっそう足を踏ん張り、控えめに堅実に、慎重にいこうと瀬名は誓った。




ご来訪ありがとうございます。

ようやく、ようやく魔法使えるところまで来ました……! 何話目(愕然)

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