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312話 (1)

ご来訪、心からありがとうございます。


二話~三話になると思いますので、とりあえず(1)です。


 魔物の咆哮がびりびりと地を揺らす。

 身の丈は大人が見上げるほど。通常種の体色は緑だが、色違いの特殊個体もいた。上位種の強力な魔物の群れである。

 不運な討伐者パーティが、別の魔物の討伐帰りに、たまたま遭遇してしまった。到底彼らの位階で手に負える種類ではない。けれど彼らは運が良かった。別の採集依頼のために途中まで同じ道を歩いていたパーティが、すぐに駆けつけてくれたからだ。


「交代する、さがっててくれ!」

「すまん!」

「恩に着るぜ!」


 だいぶ若いが、実に堂々として、かつ冷静なものだった。やはりここで鍛えた連中は違うな――辺境に来て日の浅い新参者達は感心した。まだ二十歳にも届かないリーダーなのに、上位種の魔物に臆せず、虚勢のかけらもない。

 ほかのメンバーもたいしたものだった。

 褐色の肌の美女が素早く動き回って撹乱し、一見細身の少年が弓で敵の目を正確に狙う。

 赤毛の女性が防御魔術と攻撃魔術、双方で的確な支援を行う。

 そして余力を残しつつ、無理なく短時間で勝利をおさめたのだった。


「すげえな兄ちゃん!」

「嬢ちゃん達もすげえもんだ!」

「辺境で位階を上げる奴ってのぁ、やっぱ質が違うなあ」

「んなこたぁねーよ」

「そちらこそ、立ち回りがお見事でしたわ。おかげでわたくし達もやりやすかったですもの」

「はは、逃げ足だきゃぁ鍛えてっからな!」

「自慢になんねえぞ、おい」


 軽口を叩き合いながら、すぐに獲物を仕舞う様子はない。勝利直後の油断は禁物と心得ている、堅実なパーティであった。

 きっと彼らは、辺境の人々に受け入れられるだろう。





「…………」


 無事に終わったのを見届けると、瀬名は小鳥の額をちょいちょい撫で、こっそりとその場を離れた。

 多分大丈夫だろうと思っていたけれど、やはり助太刀の必要はなかった。安心したような少し寂しいような、複雑な師匠心である。


 大規模な討伐で一時的に減っていた魔物の数は、完全に本来の数へ戻った印象だ。

 地域によって濃淡の違いはあれど、魔素に満ちたこの世界では、もともと当たり前に魔物が棲んでいた。それらは人々の脅威であると同時に、腹を満たし、武器になり防具になり、さまざまな道具、薬にも毒にもなった。

 ただし異常な強化現象や、本来の縄張り・生息域を無視した、不自然な個体が頻出することはなくなっている。今しばらくはこの平和が続く見通しだが、もし再びそういう現象が発見された場合、すみやかに騎士団もしくは討伐者ギルドに報告しなければならない。

 愛馬のヤナを駆け、ドーミアの町へ向かった。普段は灰狼の村で世話を頼んでいるけれど、定期的に訓練の名目で騎士団に預けている。ヤナは器量良しさんなので、たまに会わせてあげないと、オスの魔馬達みんなから恨まれてしまうのだ。


 町を出たら、いかにもチンピラな集団に尾けられた。


「うーん。身なりのいい坊やから小遣い巻きあげるつもりなのか、そうでないか、今回はどっち?」

《マスターが〝セナ=トーヤ〟と承知の上で狙ってきた、勇気ある命知らずです》

「おおう。意外と減らないもんだねえ……。私、そんなにカモカモしく見えるかなあ?」

《見極めのできない節穴だからこそ、チンピラにしかなれなかったのではと》

「――真理だ」


 流れ者が時々、魔女の秘宝だの叡智だのを聞きつけて、つけ狙ってくることが今もたまにある。

 案外、完全にはなくならない。どうしてか自分は常に襲う側とかたく信じ込み、自信満々に襲ってくるのだ。

 耳にした魔女の噂についても、脅威度を低く見積もる。噂はしょせん噂に過ぎない、か弱い魔女一人ごとき、俺ら全員でかかればあっという間だ――。


「事前の情報収集と精査って大事だよね」

《襲撃を実行に移してから『しまった!』と慌てても遅いですからね》

「あれだよ、イシドールとかドーミアの町にホーム移した魔術士系の討伐者ども。あいつらがあれこれ大袈裟に語るもんだから、一攫千金目当てのアホが勘違いして、しつこく寄ってくるんだ」

《それもあるでしょうね。ただし結局のところ、人を襲って稼ごうとしてはいけませんという結論になりますが》

「そーだね……襲う奴が悪いよネ。真にか弱い女性やお子様が標的にされるぐらいなら、チンピラホイホイぐらいやってあげるさ……」

《昔より効率は良くなりましたよ。先ほどラザック殿とお仲間の方々に取り囲まれました》

「よりによってラザックさんか!」


 なんて運のない。せめて灰狼の族長ガルセス=マウロ=ロアの一行であったなら、「はっはっはっはっは!!」と教育的指導を受け、根性を矯正されるぐらいで済んだかもしれないのに。

 いきなり副族長ラザック氏の巡回網に引っかかったとなれば、チンピラの皆様の未来は……。


「南無」


 背後に適当な祈りを唱え、さっさと森の奥へ進んだ。


 そこかしこに、異様に大きな、奇妙に美しい有刺鉄線が姿を見せた。邪魔だし危ないから撤去しなさいと小鳥氏に命じたものの、あまりに広範囲に渡っており、完全には撤去しきれなかった。なので、メインルートのみ取り除き、危険なルートを塞ぐ形で脇に寄せられている。

 清浄で美しい森だが、人の手の入っていない太古の森だ。おまけに小鳥氏が若気の至りで少々掘り返したため、崩落してゴッソリあいた大穴や、急流一直線の崖などがあちこちにあり、真面目に危険なのである。

 が、どういうわけか侵入者諸君は、「におうぜ、きっとこの奥に何かを隠していやがるんだ…!」と、あえて乗り越えて行きたがった。

 危ないからわざわざ〝DANGER〟〝この先進入禁止〟等々、警告の立札まで立ててやっているのに、どうして人の親切を曲解したがるのか、実に不可解でならない。

 つまり灰狼の警戒ラインを越えても、一部の人種にとって誘惑に満ちたDANGERがたくさんあり、その奥は耳の長い森の支配者の支配領域(テリトリー)だ。〈黎明の(さと)〉に通じる門を横目に通り過ぎながら嘆息した。


(やっぱ、どう控え目に見ても、裏ダンジョンです)


 予想した通り、灰狼の〈門番の村〉より、こちらは被害が大きかった――が、住民が無事なら、容れ物はどうにでもなるとばかりに、彼らは森林系の魔術で、あっという間に郷を復活させてしまった。以前はなかった〝白い荊〟を気に入った輩もおり、面白いオブジェのように広場をつくり直し、自分の住まいに組み込んでしまった輩さえいる。

 そして、ご近所に裏ダンジョン手前の最後の村ができあがった。

 近頃では(ほし)予見(よみ)の方々も何名か越してきたと聞くし、もとから秘境の郷だったのに、ますますその要素が強くなってしまって……。


(あれだ、一度クリアしたら次のステージが解放されて、難易度が跳ね上がるやつ。まったく、なんだってここの連中が世界を支配してないんだろうね? この世界の七大不思議に登録されたっておかしくないと思うよ)


 ブーメラン? 何のことだろうか。

 瀬名は意図的に感受性を鈍くして、自覚しないようにした。


 やがて〈スフィア〉に到着。

 見渡す限り、天を突き刺す結晶体が占め、様変わりどころではない。

 せっかくの菜園はほとんどが駄目になっていたが、精霊族が足場を構え、無事だった一部の作物や果樹、薬草その他を回収してくれた。

 世間一般では希少とされる鉱物を惜しげもなく使って建設された足場は、周囲の景色に馴染み、ところどころに回収した植物を育てるスペースも設けられ、神代の神殿の空中庭園もかくやという雰囲気に仕上がっている。

 〈スフィア〉の前に広場があり、繊細で美麗な手すりに、仙樹の根、枝葉や蔓草(つるくさ)が絡んでいる。有刺鉄線は身体を引っかける心配のない、離れた場所をうねっていた。――こうなると、本来の用途がそんな物騒なシロモノには到底見えない。最初からファンタジーの荊の城をテーマに設計しましたと言わんばかりの、季節になれば水晶の薔薇でも咲きそうな勢いだった。


「やれやれまったく、とんでもない有様にしてくれたな。変化に順応するのが大変だよ」

《お気に召さないのでしたら、破壊してヴァンパイア城風につくり直させますが》

「待ちたまえストップだよキミ、何も気に入らないとは――……ん? ヴァンパイア城……悪くないかも……?」

《では、蜘蛛の巣の調達に無垢なる狩人【ムンドゥス】を、雰囲気づくり以外にも幼蟲兵の強力接着剤や、魔絹(シルク)などの利益が見込める妖蛾の女王【アドウェルサ】あたりの飼育場を見繕いましょう》

「ストップ。すとぉぉ――っぷ。撤回だ、撤回する。私はこれでいい。否、これがいいんだ!」

《さようですか》

「というかその初耳な生物名、どう聞いても厄災種なんだが? そんなもんうちで飼うな!! そもそも具体的に候補を挙げるっつーことは、既に捕獲場所の目星つけてんな!? 正直に懺悔しなさい!!」


 こんな感じで、最近はすっかり平和だ。





《マスター、本日はウェルランディア産のブレンドティーですヨ~♪》

「ああ、ありがと」


 円形広場の中央に置かれた丸テーブル。それを囲む椅子に腰かけて、Alpha(アルファ)が用意してくれたお茶に手を伸ばした。

 気品漂うお紅茶だったので、気取った感じに片足を組んでみた。単なる気分である。


「美味し~…………ん?」


 絶妙な香りと味わいに頬をゆるめていると、広場を囲む結晶体が燐光を発した。

 音もなくさまざまな色合いの光が内側から滲み出て、その光の芯、最も輝きの鮮明な場所を通り、すう、と現われた人影がある。


【息災か】

【邪魔をする】


「………………」


 反射的に瀬名は思った。



 来るならば 先に報せろ ホトトギス



 ホトトギス、とばっちりである。

 しかも初夏を告げる鳥だ。今は秋、寒さが強まってきた季節だというのに。


(あーやばかった。これがソファじゃなくてよかった!)


 お貴族様ぶりっこをしつつ、お紅茶を堪能している瞬間でよかった。テーブルに顎をついてだらけている瞬間に居合わせられたら、気まずいなんてものではない。


「……どうも、いらっしゃいませ。本日は何用でしょうか?」


【平素の口調で構わぬ】

【用というほどではない。そぞろ語りに参っただけだ】


「はぁ」


 全体の輪郭は明瞭なのに、不思議と顔立ちは曖昧だ。瞳の部分がリアルな石膏像、そんな表現が合うかもしれない。

 薄めた絵の具で淡い色をつけ、ただの石膏像よりも生きた熱を感じる――はっきり言ってしまおう、神様方が現われた。


 そもそも、神々は基本的に竜脈の中に存在し、地上のどこにでも好きなように出現できるわけではない。そうでなければ、目撃例はもっと多くなる。

 ただ力を振るうだけならばたやすい。だが、人々と接触を図ろうとすれば、夢などの形で現われるのが最も無難で安全らしい。本体が竜脈の中にある精神生命体が無闇に力を振るえば、現世(うつしよ)に与える影響は甚大なものになりかねないため、神々の血族たる半神や、厳選した者へ加護を与える形で、この世の民に関わってきた。

 出し渋っているのではなく、気前よく力を放出し過ぎてしまうと、かえってこの世界が危機に陥る。全力全開を迂闊に発揮してはいけない、まさしく彼らは神なのだった。


 瀬名はつくづく、その意味を噛みしめていた。

 こうして、落ち着いた状況で対峙してみれば、心底わかる。ただそこにいるだけで、威圧感のなんと凄まじいことか――……。


 慣れたが。

 こういう種族なんだとあらかじめ心構えをしておけば、案外慣れるのだった。


(んな変人はおまえだけだろ、って? 酷い言いがかりだな(グレン)よ。人という種は、あり余る順応性によって勝ち残ってきた種族なのだぞ? そしてそんな話を聞きながら、平然と返せる汝こそ、我が同類と心得るがよい)


 こちらが頼まずとも、実にまっとうなお客様の礼儀を弁えてくれていて、訪れるのはいつも数名。一気に大勢押しかけてくることはない。つまりこういうご来臨は初めてではなかった。

 やろうと思えば、小さな人ごとき、本当の意味でひとひねりできる方々なのだろう。けれど、地下神殿でのやらかしに負い目を覚えているらしく、傍若無人な御方はいない。己の強さを知るからこそ、そうそう他者に対して力を振るわない、正しい強者の方々だった。

 内心でぶつくさ文句を垂れつつも、肉体のない方々にお茶やお菓子をお出しできないのが、たまに申し訳なくなってくるほどに。


(こんなアポなし訪問されても、本気で迷惑かけられたことって実際ないしね……うん、迷惑ではないよ。実害はない、ないはずなんだ……)


 どうしても最後が疑問形になってしまうのは、多分、あの【望み】のせいだ。




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